第26話 現実と焦り


練習試合から2日が経ち練習を再開し始めたものの、一向に次に向けての士気が上がらない千羽矢高校女子野球部の部員たち。


「おら! 気引き締めろ!」

「「はーい」」


完全な燃え尽き症候群で、いくら初試合だったとはいえここまでとは思わなかった。

元気なのは菅野先輩と菜月そして間中ちゃんくらいで。


「ほら皆! ノックはちゃんとやらないと怪我するよー!」

「はぁ、まさかここまでとはな」

「確かに試合には負けたけどねー」

「菜月と間中ちゃん以外は1回グラウンドから出ていいぞ! 実ちゃん、縁屋さんと2人でノック打ってもらえる?」

「はいはーい、監督は何するの?」

「メンタルケアは要らなそうだから、全員を1回マッサージして体の疲れを取ってくる」


これ以上の練習は時間をかけてやるしかない、そのためにも身体面のケアはこまめにしていかないといけないだろう。


「いま体に不安のあるやつはいるか?」

「なんですかその聞き方、セクハラですか?」

「んなわけあるか、お前らにセクハラした所で俺に特がないだろいい加減にしろ」

「それはそれで失礼だけど」

「誰もいないなら、私からお願いしようかしら、この前投げてから肩に違和感があるんだけど」


そういって名乗り出たのは、この前の練習試合で2回2失点の好投(笑)をしていた、菅野先輩だった。


「あの~、私も。この前の試合のあと足が少し」

「2日経っても違和感があるまま?」

「はい」

「重症じゃなきゃいいけど、もう少し早く言ってくれれば良かったのに、練習中は大丈夫だったの? ここまで来るときも走ってるでしょ?」

「痛い感じではないんですけど、なんていうか、熱を持ってる感じで」


熱、というとそっちの方が嫌な感じはするのだが、学校から練習場のここまでの数キロを走る分には問題ないなら。考えられるのは何だろうか。

俺は専門家ではないし、医者でもない。詳しくは見てみないとわからないとはいえ、問題はまだまだ山積みのようだ。


「とりあえずみるから、足伸ばしてそこのベンチに横になってくれるか? あとは菅野さんと他にも体の不調がある子は残ってもらって、あとはノックに戻っていいよ」

「「はい!」」


「えーっと、本田さんだっけ。違和感あるのはどっちの足?」

「右です」

「右足って利き足の方?」

「あの、利き足って?」

「サッカーやるときとかさ、ボールどっちで蹴る?」

「それは右足ですね」

「じゃあ利き足は右だね」

「利き足なんて単語初めて聞いたんだけど」

「そう? 普通に使うと思うけど。足は利き足と軸足って言ってサッカーとかだと重要になることがあるらしいよ?」

「そうなんですね、すいません私あんまりスポーツをやらないのであんまりわからないです」

「大丈夫大丈夫、ここに昔スポーツやってても知らない人がいるから。使わない人は本当に使わないのかもね」


そもそもスポーツっていうのは基本的になんでも左利きが有利というが、両利きの俺は未だにそういう状況になったことがない。

何をするにも割と右のほうが柔軟に使いまわせるのは、元々が右利きだったからというのもあるかもしれないが。


「まっとりあえず右足ね、軽く見てみてダメそうなら明日病院に行こうか」

「はい、お願います」


女子高校生の足を触るという、冷静になればまずい状況に息が詰まりつつ手袋をつけた手で本田の足をさわり始める。


「というか、今のうちに菅野先輩に聞いておくけど。違和感っていうのは?」

「少し肩が上がりづらい気がするのよ」

「それ普通に疲労では」

「それが投げるときは何ともないのよね、球ものってる感じだし。変化球の練習を始めたからかしら」

「そっちの方が重症かもしれないですけど、まぁ大丈夫だと思うんで。軽いマッサージで済むんじゃないですかね、それでもダメそうなら本田さんと一緒に病院で」


そう言いながら触診していた手を放し菅野の方に向く。


「とりあえず本田さんは問題ないとは思うけど、大事をとって明日は病院に行こう」

「わかりました」

「ただ今日の練習は軽めに参加してもらって、キツイようなら途中で抜けていいから」

「はい、ありがとうございます」


「んで、菅野先輩も座ってくれる?」


菅野を含めた二年生組のマッサージは割ともう手慣れたもので、各々の疲労のたまり方、筋肉の使い方などはそれなりに把握していた。


が、昼間にマッサージした感じでは疲労が違和感があるように思えなかった。


「これで何ともなかったら練習メニュー2倍で行きましょうか」

「別にいいけど、違和感があるのは本当なのよ」

「投げづらくなってるってことですか?」

「いや、どっちかっていうと少し投げやすくなっているような感じなのよね」

「うーん、肩の方は何ともないんで、軽く右腕触りますよ?」


単純にフォームに慣れてきた結果なのか、それとも肩以外の場所を痛めているのか。


「肩の方も特に問題はないんで、軽くピッチングしてもらってもいいですか? フォームチェックもかねて少しだけでいいんで」

「わかったわ」

「腕の振り、角度、その他諸々いろいろ見るんで1回ビデオカメラ持ってきますね」

「誰が捕るの?」

「フォームチェックくらいならネットに投げればいいでしょ」

「それもそうね」


人のフォームを無理に真似たせいで変な癖がついてその分どこかしらを痛めているのか、でもその場合は触ってわかる気もするし。

専門的な知識はもう少し入れたほうがいいかもしれないな、自分の役にも立つだろうし。


「それで、どういう風に投げればいいの?」

「普通に投げるのとセットポジションで1回ずつ、変化球も投げれるようなら1回ずつお願いします」

「はいはい」


変化球覚えるなら言ってくれれば教えたのになぁ、そんなことを思いつつ、ビデオカメラを回す。


「それで? 軽く見てどうなの?」

「なーんもわからん、これ意味あるかな、普段見てるの俺じゃないから尚更意味がない気がする」

「本当に意味がないじゃない」

「だって思い付きで言っただけだもん、人のフォームチェックとかしたことないし。俺の完全オリジナルじゃないから、またそこも癖が強くてさぁ」

「それならあなたじゃなくて、普段見てる人に聞く方が早そうね」


これでも野球の知識はそこそこあるんだが、ケガ以外の壁にぶち当たったことがないからなぁ。

元来こういうのはプロに任せるべきだと俺は心の底から思うわけで。


「実ちゃんに聞いてみるか」

「そうね、彼女の方も投手全員の事を見てるからわからないと思うけど」

「捕手やるくらいだから意外としっかりしてると思いきや、割と抜けてるんだよなあの子」

「それでも今のあなたよりは頼りになりそうね」

「そいですか」


これでも野球してる歴は長いはずなんだけどなぁ。


「実ちゃん、ちょっといいかな?」

「はーい、どうしたの監督」

「これ、さっき撮ったフォームチェックの動画なんだけど、なんか違和感ある?」

「あーちょっと監督キャッチャー変わって」

「おうよ」


実が動画を確認してるのを横目に、ノック組の練習を手伝う。


「少し違和感はあるかなぁ、1方向からの視点しかないから分かり辛いけど、この前の試合と比べると少し肘の位置が低いし、こっちの変化球のフォーム見ればよくわかるけど、腕が振れてない感じがするなぁ。

でも、普段の監督ならこれくらい簡単にわかるんじゃない?」

「いつも以上に腑抜けてるから困ってるのよ、これならあなたや縁屋さんに聞いた方が正確だしね」

「そんなに、、、ですか?」


「あれっ落っことしちった」

「祐介? 大丈夫?」


「ほらね」

「本当ですね」



練習終了後、着替えの済んだ皆を集めた。


「それで? 話って?」

「もうかれこれ、女子野球部の設立から1か月以上経つわけだが、ある程度形になったところで、外部から指導者を迎えたいと思う。俺はいつも来れるわけじゃないしな」

「また勝手に決めたの!?」

「またも何も監督は俺だ、わざわざ選手1人1人に聞いて回る必要はない」

「なにそれ!」


「ただ、まだその指導者が見つかってないのが現状だ、予定では夏の大会終了後のつもりなんだが。俺は夏の大会の1週間くらい前まで来る予定はない」

「無計画だし無責任!!」

「私は反対です、外部から指導者を招き入れるほど劣っているとは思っていません」


真っ先に反論をしたのは菜月ではなく、一ノ宮さんだった。


「でも、実際問題この前の練習試合には負けたわけでしょ」

「あれは1か月では時間が足りなかったというだけで!」

「1か月で無理だったことは、もう1か月あっても無理だと思うが」

「そもそも、監督が選んできた相手が悪かったんじゃない~?、春夏連覇してる強豪校だったんでしょ?」

「相手はエースを温存してチームワークにかける状況で試合をしていたのに、負けたんだ状況はイーブンだったんだからな。それに、高校野球で1番になるにはどんな相手にも勝たなくちゃいけないのが現実だ」

「うっ、それは」


「だから判断を下すのは夏の大会が終わってからだ、そこで状況が変わらないようなら、今言ったことは現実になる。そう思ってくれ」

「・・・わかりました」

「それと本田さん、学校には話を通しておくから明日は朝9時にこのメモに書いてある場所に来てくれるか?」

「はい、わかりました」


「それじゃ今日は解散、各自気を付けて家に帰るように」


あの話の後ださすがに心よく返事をする奴はいなかったが、これで覚悟を決めてくれればそれでいい。

今は下手な激励より、活を入れる方が確実に前へ進める。


「逆効果にならなきゃいいが」



翌日の朝、埼玉県内にある小さなスポーツクリニックの前に指定した時間の30分前についていた、診察時間は9時からなのだが診察以外の用のために裏にある家の中に入って行った。


「おはようございますニコルさん」

「あぁ、辻本君か今日来るのは聞いてたが早かったね」

「今日の診察は見てほしいのは俺の事じゃないんで、少し前に来て俺の用事を済ませちゃおうと思って」

「そうか、船瀬ならまだ上で寝ているぞ」

「マジっすか」

「引退してからずっとあんな感じだからね」

「いい年した大人が、昼起きってまずくないですかね」

「いいんじゃないか、一生分の金は稼いだって言っていたからね」

「まぁ、奥さんのニコルさんが医者ですしね」


今日ここに来た理由は、昨日部員たちに話した外部の指導者を求めてだった。

元メジャーリーガー成多船瀬、2004年設立当初の東北ゴールデンファルコンズに高卒ドラフト6位で入団。

1年目からスタメンを勝ち取るもアキレス腱痛に苦しめられ新人王は取り逃し、2年目の5月には高卒2年目には阪神タイランズにトレードされるなど、新人のころから話題性あふれる選手だった。

そして、2009年にはFAで自分を捨てた古巣ファルコンズに戻り『俺はチームの日本一のために戻ってきた』と言い2013年にはチームを日本一に導く。


日本でのプロのとしてプレイした期間はわずか9年だけだったが、その9年間のうちに首位打者を4回、打点王5回、本塁打王4回。

そして盗塁王3回、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞3回、MVP、日本シリーズMVP2回など、日本球界に伝説を残した。

その後海外FA権を行使し単身メジャーへ、開幕メジャーを勝ち取るとホームランを量産、日本人選手が1対3のトレードをされるなど異例のトレードも起こり、メジャーでも1年目から話題性抜群のスタート。


メジャーでも三冠王を達成しMVPやワールドシリーズMVP、ヒッターオブザイヤー、フィールドオブザイヤーを複数回獲得するなど、日本より短い7年間の時間の中本場アメリカのベースボールでもレジェンドになっていた。


ちなみにハンク・アーロン賞を5回も受賞し、シーズン最多安打、最多本塁打の歴代記録を更新するなど普通におかしなこともやっていた。


しかし、輝かしい成績とは別に素行不良、異常なまでのケガの多さ、そして5年連続併殺王など後ろ指を指されることは多々あったらしい。

だがその怪我の功名か、今俺の目の前にいる美人な奥さんに出会うことができ、7年目に移籍した球団では8年目の契約を自分で切り日本に帰るなど、ファンからは彼らしいと思われるような帰国方法だった、その後日本球界に復帰しようとしていたが、心証が悪くどこの球団も取ってくれなかったらしい。


そして今は2人の子供たちに囲まれて専業主夫をしている。

昼まで寝てる主夫を主夫というかはさておき。


「まぁ、今日は暇なんで成多さん起きるまで居させてもらいますよ」

「別に構わないが学校は大丈夫なのか?」

「単位はごまかしてもらってるんで、別に行ってもいかなくてもって感じですかね」

「どうかしたのか?」

「え?」

「いつもならもう少し、なんというか覇気があるように思えてな」

「そうなんすかね~、野球教えてる連中にも腑抜けといわれる始末で」

「あまり無理はしない方がいい、事を焦ると何も上手く行かなくなるものだ」


そうなんだろうか、人生の中で自分より人生経験の多い人の助言というのはあまり自分には当てはまらない的外れなことばかりなのだが、なんというかニコルさんからの助言はよく当たっているような気がする、いままでもそうだったし。


「ニコルさんカウンセラーでもしません?」

「冗談を言うな、私は身体的な事しかわからんよ」

「まぁ、精神科医じゃないですもんね」

「案外的外れな事ばかり言ってるかもしれないしな」

「それないですよ、割と昔に助言もらった時にはあってましたし。ほら、昔俺が船瀬さんと会いたいけど気が合わなそうって話したことあったじゃないですか」

「そういえばそんなこともあったね、私は確か君と船瀬はよくケガをするから、気は合うだろうって言ったんだったね」

「まぁ、割と会うたびに言い合いしてたりしますけど、気が合うのは本当の事ですね」

「そういえば肩の調子はどうなんだい?」

「もうキャッチボールするくらいなら大丈夫なんですけど、今度は手首痛めたみたいで」

「それは、捻挫的な方か? それとも骨の方か?」

「多分、捻挫だと思うんですけど」

「一応レントゲンを撮っておこうか?」

「いやいいっすよ、俺の方は予約取ってませんし、毎日忙しそうですからわざわざニコルさんの手を煩わせる程じゃ」

「君がそういうならいいが、まずそうならいつでも来るんだよ」

「はい、いつもありがとうございます」


楽しく話している時間は早く過ぎるもので、診察開始10分前になっていた。


「それじゃあ、私はクリニックの方に行くとするよ、すまないねなんの気遣いもできずに」

「いえ、大丈夫っすよ、そういうのは船瀬さんの仕事ですし」

「そうだね、私はお茶の場所もわからないから」

「夫婦関係で槇〇敬之!?」



「あ、監督おはようございます」

「おぅ、ちゃんと来たな」

「・・・はい、ちょっと迷いましたけど」

「それはどっちだ、道に迷ったのか行くか行かないかで迷ったのか」

「道に迷うはないですよ、私この辺よく来ますし」

「なら、ここも知ってたか」

「まぁ一応。でも、スポーツなんかやってこなかったんで来る機会はなかったですけどね」

「そうか、診察の方は1人でいけるよな?」

「大丈夫です」

「終わったらそのまま学校行っていいからな」

「はい、あの監督」

「なんだ?」

「昨日の話、本気なんですか」


少しうつむきながら聞き辛そうに本田は口を開いた。


「私は初心者ですし、この前の試合も全然活躍はできませんでした。でも、昨日みたいに皆を追い込むような言い方をしても、離れて行っちゃうだけな気がするんです」

「それは俺が決めることじゃない、俺がいるから行かないって言うようなら俺は今の女子野球部には必要ないって事だしな」

「それは・・・そういうことじゃないですよ、この1か月で皆監督の事ちゃんと知って好きなはずです」

「好きとか嫌いとかそんな感情の話はどうでもいい、そんなのに振り回されて雑念が入るようならそもそもやる意味がない」

「そんなこと――」

「くだらない事いう前に早く診察を受けてこい、その後の話は気が向いたら聞いてやる」

「じゃあ、その時は逃げないでちゃんと聞いてください、私たちの言葉を」


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