第25話 敗戦を糧に
「案外早く試合が出来てよかったよ」
千羽矢高校での女子野球部設立から、予定通り1か月。
やっとこさ練習試合をできる程度には練習を重ね段階を踏んだのち迎えた、北斎高校との練習試合の日。
「今日は日程を調整していただきありがとうございました」
「断ったらなにをされるかわからんからな」
「それでどうです、夏の大会に向けて」
「去年のスタメン人は桐生を除いて全員が上手く調整出来ている、あとは1年生だが。どうも、協調性が無くてな」
「あのキャプテンの下で? 冗談でしょう?」
「それがそうでもなくてな、未だに統率が取れていない」
「それを何とかするのが、あなたとキャプテンの仕事でしょ」
「お前としてはどうだ?」
「どういう意味で?」
「顔は合わせたんだろう? 戦力になりそうな選手には目をつけてそうだが」
「まぁ、あそこでボール拾いしてるやつと、あとは羽鳥、荒削りなのは承知ですけど、丹下の3人は即戦力ですかね」
「そうか、お前が早く戻ってくるのを期待してるんだがな」
「いや、無理です。俺来週から大会の日、前日まで北海道いくんで」
「何のために」
「避暑ですけど」
「はぁ」
「それで、そっちのスタメンは?」
「今日は春大会メンバーに、キャッチャー羽鳥ピッチャー鬼道、センター石川がベンチで中田がセンターに、ショート丹下、ファースト佐々木だ」
「え、桐生さんは? てか、鬼道君投手?」
「コントロールは悪いがあの強肩だからな。桐生の奴は野球部を辞めた」
「なるほど、理解しました」
「問題はあるが、投手に関しては俺の知恵じゃなく当人の希望だ理由は言わなくてもわかるだろう?」
「山下くんの前か後にはタイミングをずらすために早い投手を置きたいですからね」
「それもあるんだが、、、まぁいい。とりあえずはそれでいい」
「じゃ、また試合が終わった頃に」
※
「相手の監督さんとなにを話してたんですか?」
「こんな設立したばかりのクソ雑魚チームと練習試合してくれてありがとうございますって」
「う、そこまでですか」
「冗談、今日は頼むよーみんな」
「「はい!!」」
「今日のオーダーは、あれ、オーダー表どこやって、あ審判に渡したのか」
「こら祐介! 覚えてないの!?」
「おーぼーえーてー、無いな」
「私が覚えてるから大丈夫よ、今日のオーダーはほとんど私が組んだし」
「助かる」
「私は試合には出ないから、それくらいしかできないしね」
「大丈夫大丈夫、今日は全員出すから」
ポジションと打順は以下の通り。
先攻千羽矢高校
1番ショート 和田野菜月
2番セカンド 川野唯
3番キャッチャー 稚内実
4番サード 本庄咲
5番ファースト 真中由美
6番ライト 小島桜子
7番ピッチャー 菅野明
8番センター 西村美奈子
9番レフト 一ノ宮加奈子
後攻北斎高校
1番セカンド 和田野
2番キャッチャー 羽鳥
3番ピッチャー 鬼道
4番サード 瀬良
5番ショート 丹下
6番ライト 桜屋
7番レフト鹿島
8番ファースト佐々木
9番センター中田
新井さんは茶道部の部活で休み、守備の人石川はベンチを温め中。
「ピッチャーは2回で交代、こっちは投げれるのが3人しかいないから最後は俺が投げるからね」
「それはいいけど、2回で変えるなら3回で交代にして回し切ればいいじゃない」
「ダメ、監督命令です」
「はぁ、わかったわ」
「過保護なの大概にしないとね! 監督」
「うるせ、今日はボール球なしで行くつもりでリードしろよ」
「はーい!」
※
6回終了時点で点差は7対3。
ボール先行の鬼道君の投球に助けられながらなんとか3点をとるものの、菅野先輩が2失点、センター交代で2番手に入った加奈子が4失点、加奈子をベンチに押し返しファーストに入っていた少ない左利きの1人真中ちゃんを3番手に、ファーストには交代で野村さんが入った。
そして5番から始まる、7回表の攻撃。バッターは代打の縁屋。
「コントロールは悪いからカットカットで四球狙いで行こう」
「ええ」
「別に流れを作ろうとか余計な事考えなくていいから、個人成績のためだと思って」
「わかってるから、言わなくて大丈夫よ。自分が戦力にならないのは自分が1番わかってるから」
普段からネガティブだから励ましてるつもりなんだけどなぁ。
「かっせー花音ちゃん!!」
「ボールフォア!」
「それでいい」
行けそうならというのを込みで盗塁のサインを出す。
羽鳥の肩はそんなに強くないがリードと捕球能力は一級品だ、それでも投手の速球を考えると盗塁はそれなりに早くないとできないだろう。
「本格的に野球を始めて1か月半の縁屋と投手を始めて長くない鬼道君の勝負だな」
「でも、盗塁は流石にきついんじゃないかな」
「大丈夫大丈夫、青信号だから無理ならあの子も行かないでしょ」
「でも、消極的に行っても」
「あんだけネガティブだからこそ自分のことはよくわかってるよあの子は」
初球、鬼道の投球モーションが始まると同時に縁屋がスタート、羽鳥が捕球し送球したときにはセカンドベースへ盗塁を決めていた。
「これでノーアウト2塁、ワンボール」
普通に考えたらバントで3塁、犠牲フライかスクイズで1点の場面だが。
「タイム!」
「そう簡単にはいかないよな」
「選手層は流石に厚いですよね」
「冗談、山下君以外なら問題はないよ」
「投手交代、ピッチャーを山下でキャッチャーを鬼道、羽鳥はベンチに」
「ですよねぇ」
「この場合は?」
「詰みかなぁ、変化球打ちの練習はしてないし。打てても一ノ宮さんと菜月だけだから、ストレートも女の子の力じゃ飛ばすのは無理だよ」
「そんなにですか」
「まぁ、あとはまぐれ当たりに全ベット」
6番小島はセカンドへの内野ゴロでワンナウト、ランナーは動けず。
「ん、菜月今の守備みてて違和感感じないか?」
「まぁ、少しは?」
「ははーん、これはセカンド集中砲火の刑では?」
素早く菅野先輩に右打ちの指示を出す。
「なんでそうなるの? お姉ちゃんが守備上手いのは知ってるでしょ?」
「【あの人】はな」
「どういうこと?」
「今の状況はセカンドが1番投げる可能性の高いショートとファーストが1年生だろ? そして入部から時間のたった今でも、統率が捕れてないらしい」
「今の違和感って」
「投げるまでに時間が掛かってる、その違和感だろう。こりゃ、早いうちに俺は戻らないといけないかもな」
「うん、そうだね」
セカンドにボールが飛び、内野ゴロを難なく捕球するも、送球ミスでファーストがボールをはじき、ボールは1塁ベンチ側へ飛んだ。
「回って! ホーム!」
全力疾走する縁屋がホームにたどり着き、点差は3点差。
「これで十分でしょ」
「もちろんナイスランでした」
ワンバウンドした時点で走塁を開始し、グラブで弾いたときにはホームに帰塁。
カバーに入った鬼道がボールを取った時点でホームを踏んで危なげなくノーアウト1塁で、迎えたものの。
その後は続かず、1点しか取れずに7回表は終了した。
「さて、行きますか」
「全力投球は私とれる自信ないからね」
「それはそう、なんで鬼道君が取れるのか謎だし」
「うん、じゃあとりあえずサインを」
「1でストレート、2でスライダー、3でカーブって感じで6でやってくれツーシームとかは?」
「1の2でツーシーム、2の2で高速スライダー」
「了解」
「構えたところに変化球だろうと速球だろうと投げるからとる方は頼むぞ」
※
抑える方は問題なく乗り切り、向けた9回表。
8回表は菜月がヒットを打ちランナーが運よくでるも、あとが続けず無得点。
「そして9回のバッターは5番の俺からと、打たなくていいけど万が一を考えて交代はなしでいいな」
初球にセーフティバントを決め、ランナー1塁。
小島さんの打席、盗塁を決めゲッツーの可能性を握りつぶしセカンドへ。
「内野ゴロでサードに、もう1回でそのままホームに戻れればいけどそれじゃつまらないしな」
サインは普通に打てノのサイン、9番まで回れば何とかなるな。
「ボールフォア!」
そう思っていた矢先連続で3回のフォアボールで押し出しでホームに帰り。
「任すよー一ノ宮さん」
「はい」
点差は2点、1打同点の場面とはいえ。それが出るかがわからない。
「なんで押し出しさせたんだろうね、こっちは下位打線なのに」
「俺に塁上でうろうろされるのがピッチャーにとってストレスになるからだろうな、いい判断だとしか言いようがないな」
リードに関してもお粗末ながら上手くなっている、これ以上はこっちも手の出しようがないな。
「打った!」
菜月の声につられグラウンドに目をやると、一ノ宮さんの打った打球はピッチャー返しの二遊間を抜けそうなライナー性の打球になっていた。
「あらあら、今日はついてないみたいだな」
セカンド和田野が打球をノーバンでとり、そのままセカンドベースを踏んでツーアウト、完全に抜けると思っていた野村ちゃんが1塁に戻る間もなく矢のようなストライク送球がファーストへ。
「ゲームセット!!」
「うん、これならなんとでもなるな、あと1か月はあるし」
「収穫は大きかったわね」
「メンタルケアが最優先だけどね」
実践試合をやることで出る課題もある、チーム内でのなーなーの紅白戦ではわからないものが大量に。
試合結果以上に求めていたものが得られたいい練習試合になった。
それでも、負けたことによるショックは大きいかもしれないが。
あと1年でこいつらを負かせばいいだけだ、それでなんとでもなる。
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