第24話 エースのフォーム(後編)
「ノックファーストからいきまーす!」
「「はい!!」」
昨日と同じようにノックを始め、数人には外野に付いてもらいながら取りやすいノックを打つ。
「やっぱり違和感あるなー監督のノック」
「そうか? これ以上強く打てって言われても無理があるんだが」
今日はキャッチャーをやってもらってる実ちゃんに小言を言われながら打っているのだが。
「違う違う、あまりにもみんなが捕れすぎてるんだもん」
「それはべつに、皆がうまいだけだろ?」
「違うよ昨日はあっち側だったから気がつかなかったけど、今日ここで見てはっきりしたもん」
「そうか?」
「グラウンドにボールの跡が4列しかない!」
「気のせいだろ」
「気のせいじゃないって!」
「どちらにせよ、今は捕る感覚をしみつかせにゃならんだろ」
「それで実践で取れなかったら元も子もないよ!」
「はぁ、分かったよ。少しだけな」
「次の1周から強めに行くぞ!」
「「はい!」」
「なんかあったらちゃんとケアしろよな」
「はーい」
強めの打撃でバットを振り、強い打球が1塁寄りの1、2塁間に飛んで行った。
「ほっ」
「そのままホームに!!」
1塁についていた真中がキャッチし、そのままホームに送球。
「ほら、案外行けるでしょ?」
「抜けさせるつもりで打ったんだが、2日目のわりには何とかなってるみたいだな」
「昨日のだけでも十分感覚はわかったんじゃないかな、それに監督の昨日のプレーがみんなの目には焼き付いてるだろうし」
「そうか、それならいいけどな」
「大声で騒いでたしね」
「参考にしていいプレーではないがな」
「出来ないから」
※
ノックが終わり今度は実践守備練習に移った。
「まず、今みたいにファーストにノックを打つから、菜月マウンド立て」
「はーい、また私は練習なしですか」
「基本的にファーストに打球が飛んだときは、セカンドとピッチャーが塁にカバーに入る、まずはファースト入ってる子から覚えて行こう。サードとショートの子はいまはキャッチボールかゴロ捕球の練習でもしててくれ」
「その前に、実ちゃんノック変わってもらえるか?」
「え、私?」
「菅野先輩にフォームを教えないとな」
「それもそうか、じゃ、代わりに私のやり方で教えとくね?」
「あぁ、頼む」
「菅野さん!こっち来てください!」
「はいはい、結局あんまり外野の練習にはならなかったわね」
「しょうがないですよ菅野先輩、外野なんて打球の来ない方がいい所ですから」
「それもそうね」
外野から走ってくる菅野先輩に少し申し訳ない感情を抱きながら、待っていた。
「それで、どうやって練習するかは決まったの?」
「決まりましたよ、習うより慣れろ戦法って言うんですけどね?」
「結局ノープランなんじゃない」
菅野先輩と共にブルペン用に用意したマウンドに行き上に立たせる。
「まず足の運び方から、左足をマウンドに添えて、このまま腕を振る。これの練習をしてからフォームに関しては教えていきますね」
「そう、これをやる理由は?」
「ちゃんとやらないと試合でボークをとられます」
「ボークって?」
「やるとバッターが1塁に行っちゃいます」
「なるほどね」
「それじゃあ、足運び普通にしながら、俺はホームの方に立つんで、そこまで直線で投げれるようにしましょう」
「えぇ」
まぁ基本的なところから教えていくつもりだったのだが、俺は初めてマウンドに立った時どんな感覚だったんだっけな。
※
「お母さん、起きてよお母さん!!」
「祐介君、もう、お母さんはいないんだよ」
「そんなことないよ! いつもみたいにお母さん笑って泣き止ませて・・」
「祐介君、少し悲しい話だが、お母さんの死後、君の身柄はうちで預かることになっていたんだ、今日から君はうちの子供になる」
「そんなのどうでもいいよ! お母さんに会わせてよ!!」
泣きじゃくる子供と、そこに居合わせた1人の男。それが義父との出会いだった。
「今日からは、うちの会社の社会人野球部で練習してもらう、それでいいね?」
「別にいいよ、家にいるよりは100倍マシだから」
「確かに、家に半監禁状態でおいてるのは申し訳ないと思ってるが、君は目をつけていないとどこかにいってしまうだろう?」
「家に帰らせろっていってるだけでしょ」
「それは出来ないと言っているだろう?」
「それで、今日は何すればいいの?」
「まずは彼らを相手に投球練習でもしてみたらどうだい? 君の天狗になった自信を砕くにはちょうどよさそうだ」
「それもそうだね、もし全員打ち取れたら、家に帰して」
「それはまぁ、考えておこうか」
人生で2度目のマウンドに立ったのは小学生3年の時、それまで入っていた少年野球のチームでは元々内野手をしていた。
初めて踏んだしっかりと整備のされたマウンドの感覚は今でも覚えている、その時の対戦の結果は思い出したくもないが。
「これが社会人だ、あれでもみんなプロではないんだよ?」
「プロには興味ない、俺は甲子園に勝てればそれでいい」
「そのためにはまずいまのうちだけでも彼らと仲良くしないといけないね」
「母さんも似たようなこと言ってた、そんなの意味ないでしょ」
「そんなことはない、野球はチームプレーの競技だからね・・・」
※
「――ぇ、ねぇ! 監督さん!!」
「あっ、なんです? 菅野先輩」
「とりあえずこんなものでいいでしょ?」
「そうですね! 完璧だと思います」
「それじゃあ、本題を教えてくれる?」
「ういっす」
過去のことは掘り返すもんじゃないな、おかげて嫌な夢を見そうだ。
「まずは、ボールを横から投げるように投げてみましょう、野手でもアンダー送球とかはあるので、慣れておくと便利ですよ」
「なるほど、横から投げるのね」
「肩が疲れてきたら少し休みましょう、疲れてる状態だと悪いフォームが身に付くこともあるので」
「ええ、わかったわ」
横投げになると、足の動きも込みでやってるせいか、ボールは届いても山なりにボールが来る。
「やっぱり、向いてないんですかね」
「あなたが監督をやるのがって話?」
「なぜそういう話に? まぁ薄々気が付いてはいますけど」
「それ以外ならなんの話よ」
「菅野先輩のフォームの話です、まじめな話足運び込みで自然に力がかかるフォームがいいんですよ、俺もそうだし」
トルネード投法は例外としても。
「だから、ってもまぁ、菅野先輩が好きなフォームでってのが一番いいと思いますけどね」
「あなたの本来のフォームはどうなの?」
「オーバーハンドなんであんまりおすすめはしませんよ、故障率が高くなっちゃうので」
「見てみたいわね」
「機会があればその時は、いまはすこしきついですから」
「そう」
正直俺自身も自分のフォームが定着してない以上あまり悪い例は見せたくない、夏の甲子園の決勝最後と春の甲子園最後は結構うまく出来てたんだけどな、こればっかりは自分のことだからビデオを見ながらでも修正は出来ていない。
※
「よし、今日の練習はこの辺で終わりにしましょう、菜月と実ちゃん、あとは二ノ宮さんは少しだけ残ってもらえますか? 他の皆はちゃんとアップしててね」
「それで監督、私たちを残した理由は?」
最初に口を開いたのは赤髪を1つ縛りにした、背の高いロングヘアの女の子二ノ宮さんだった。
「少し菅野先輩の実践投球の練習がしたくて、経験者の人に相手をしてもらおうかと」
「すごい! 菅野先輩もう投球フォームマスターしたんですか!?」
「んなわけあるか、ある程度形になってきたから実践形式で投球フォームを見たかっただけだよ」
「なるほどね、じゃあ私からでいい!?」
「あほ、お前はダメだ、1キロの重り両手に付けても足りねーよ」
「え~、せっかくの私の出番が」
「お前は捕手だ、そんなに早くないから、ストライクゾーンギリギリのところにミット構えるだけでいい」
「はーい、しょうがないなぁ」
菅野先輩をマウンドへ行かせ、俺と他3人はバッターボックスの方へと歩く。
「それで? 実際のところどうなの菅野先パイの進捗は」
「ま、小学生相手なら打ち取れるだろうな」
「う~んと、上々なの?」
「1日目にしてはな」
「私たちはどれくらい本気で打てばいいの?」
「3割くらい?」
全員がえ? という表情でこちらを見てきた。
「冗談だ、思いっきり打って、心折るくらいでいい」
「はーい」
まずは第1打席、打席には二ノ宮、ちなみに二ノ宮と一ノ宮は親戚らしい。
「それじゃ、プレイボール」
「この辺?」
「もう少し下だな」
「はいはいっと」
1投目、構えたところから少し真ん中にずれたボールを二ノ宮が捉え、ボールはライトの定位置に飛んだ。
「残念ライトフライ」
「少しずれたかな」
「四つ角に集中し過ぎた私のミスね」
「それもそうですけど、まぁ気が付いてないならいいか」
「次、実ちゃんどうぞ」
「ほいほーい、菅野先パイ本気で行かせてもらいますね!!」
意気込んでいた実ちゃんの第1打席はセンター真正面の打球になり、判定はヒット。
「おかしいな~、外野の定位置超えるくらいの手ごたえだったんだけど」
「やっぱり、気が付かないもんか?」
「ねぇ、祐介」
「なんだ?」
「これ1回までしか通用しない方法だよね?」
「それは2人次第」
「よく物の数時間で投げれるようになったね」
「まぁな、教えた人間が上手いからだろ」
「あれ、祐介がたまに投げる奴でしょ?」
「たまにというか、俺はあればっか投げるな、サイドスローだから尚教えやすかった」
「なのかな?」
「2人とも目測より半個分くらい上に振ってみな?」
「「??」」
言った通りにボールの少し上を振った二ノ宮の第2打席は外野フェンス直撃の打球に終わり、実ちゃんの第2打席は1、2塁間を抜けるかもしれない打球になった。
「私はなにも変わらない微妙な結果だったんだけど!?」
「多少ムラはあるもんだ、完全にはマスター出来てないだろうしな」
全5打席やり、二ノ宮と実ちゃんの結果は実ちゃんが5打席5安打、二ノ宮は5打席3安打2ホーマー。
「ま、こんなもんでしょ」
「そうね、まだまだ修正の余地があることだけはわかったわ」
「あーいいなー俺も投げたい」
「私は取るの嫌だからね」
「それなら、実ちゃんにキャッチャーやってもらって、打席立つか?」
「あ、それなら。いや、無理やだ怖い」
「私は別にいいよー、さっき4球だけだったけど受けてみて気持ち良かったし♪」
「それなら二ノ宮さん受けてみます? 菅野先輩は俺の隣で見てもらって」
「賛成!」
「もー、なら私も打つ!!」
肩の調子もだいぶ良くなり昨日思いっきり地面をはねた時にひねった手首も違和感はない、これなら右腕で投げても問題はないだろう。
「実ちゃんはミット動かさないでね、防具なしだとあぶないから」
マウンドに立ちバッターボックスに菜月がたったのを確認して投球動作に入る、体をひねり、投げる直前の時は左手を前に構えるイメージで。
「これが俺の全力投球だ!!」
実ちゃんの構えるミットに一直線で進んだボールは、自分でも驚くくらいの快音を鳴らし、取った実ちゃん自身も軽く吹っ飛ばされていた。
「ね、参考になるでしょ?」
「オーバーハンドは故障率が高くなるからおすすめしないって言ったのはあなたじゃなかった?」
「それは、そうなんですけど」
「でも、見てて格好良かったわ、参考になるかどうかはともかくとしてもね」
「それは見せて良かったかな」
「本当に格好よかったわ、ああいうのをエースのフォームって言うんでしょうね」
「いや、どっかのエースのフォームは全部エースのフォームだと思いますけど」
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