第23話 エースのフォーム(前編)
「はぁ、しんど」
「人の憩いの場に辛気臭い空気を流さないでくれないかしら」
「そんなこと言われてもしょうがないでしょ、俺は1日のほとんどは屋上で暇つぶししてないといけないんだから」
「朝から晩まで暇そうでなによりね」
「ま、暇なのは事実だけど、菅野先輩もここで1人で昼飯とは、可哀想だねぇ」
「今日は1人じゃないわよ、そもそもあんたが昼食は全員で食べろって言ったんじゃないの」
「そうでしたっけ?」
「やっほー菅野ちゃん! ってあれ、監督もいる」
「世にも珍しいため息を吐くオブジェクトよ、放置してて問題ないわ」
「そっか、ならいいけど」
「あほには何言っても伝わらんだろ」
「それにも一理あるわね」
「美奈子、筋肉痛は大丈夫か?」
「んー足の方は若干? 昨日結局最後まで走ってたしねぇ」
「足が痛いならマッサージしてやるが、ストレッチはちゃんとしたのか?」
「うん、昨日は菅野ちゃんと一緒にやったよ?」
「それでも痛いならもともとの運動量の問題かもな。菅野先輩と比べるとって話だが」
「そういえば、監督はなんで菅野ちゃんのこと先輩呼びなの?」
「大人び過ぎてて年上に見えるから?」
「それはないでしょ。第1に監督いくつよ」
「それは内緒に決まってんだろ、お前絶対合コンとかで歳聞かれたらいくつに見える? ってタイプだろ?」
「人を偏見の目で見ないでもらえますぅ?」
「それもそうだな。で、いまは足は痛いんだな?」
「うん」
「じゃっほれ、軽くマッサージしてやるから」
「えぇ、またぁ?」
「安心しろ、俺は手袋付けるから」
「なにその汚いものに触れるような対応」
「いや、セクハラだどうだ言われても困るしな?」
「別に私は気にしないけど」
「そうか、俺は気にするから安心してくれ」
「それはそれでちょっと傷付くんですけど」
ポケットから手袋を取り出し、くつろぎ始めた美奈子の足に手を伸ばす。
「多少、気になるかもしれないが、右足の下に左足入れて少し浮かしてもらえるか?」
「はーい」
「んで、少し痛いかもしれないが声は抑えろよ」
「痛いの?」
「多少な」
「まぁ、努力はしてみるよ」
「よし、やるぞ」
※
「昨日の続きで全員キャッチボールが終わり次第ノック練習、終わったら実践守備に切り替えて、野球のルールそのものから覚えさせていくから」
「あれ、昼間より元気がある?」
「少し野球に触れてるからわすれてるんじゃない?」
「あ、ちなみに走りつかれた人は普通に休憩してからキャッチボールでいいからね」
「はーい、私は休憩しまーす」
「菅野先輩は、今日はどうしましょうか」
「走ってていいなら走るけど」
「それはやめときましょう、足痛めたら元も子もないし。足太くなっちゃいますよ?」
「余計なお世話よ」
「今日は外野も含めてノックしましょうか、打球は強めになりますけど、ゴロの練習にはなるんで。フライはまだ少しボールに慣れてないと大変だろうし」
「そう」
「向いてるのは、美奈子と菅野先輩に、あとは外崎さんか小島さんのどっちかかな」
「どういう風に決めてるのか疑問なんだけど」
「外野手は肩の強さも必要だからね、昨日サード入ってて送球に問題の無かった二人のどっちかと、投手にさせる予定の2人で、3人。まぁ、正直最初は全員外野ノックでもいい気はするんだけど」
「皆多少は勉強してるだろうからそんなに気にしなくてもいいんじゃない?」
「それもそうかもね」
「今日はキャッチボールどうします?」
「1年生で1人余るだろうからその子とやるわ」
「いや今日は余らないですよ、新井さん休みですし」
「いやでも、セットでついてきた鳥屋ちゃんも休みだから、余るのかな?」
「それは知らないけど」
鳥屋というのは人をセクハラ発言したヤバい人扱いしてる、茶道部でいちごみるくを出してきた子で、チャゲの猫耳みたいな髪型したかわいい顔の女の子だ。
「まぁ、あなたがそんなにキャッチボールしたいなら相手してあげないことも無いけど」
「え、なんすかその急なデレ」
「別にデレてないわよ」
「監督、こっち1人足りないから、相手してもらってもいい?」
「おう、いいぞ、えっと君は。稚内ちゃんだっけ?」
「そうだよ!!」
明るめの髪色にロングヘア―の小柄な女の子。
「えっと、今年プロ入りした。稚内選手の妹さんだっけ?
「そうそう、よく知ってるね」
去年の夏の甲子園、うちの高校とは当たらなかったが埼玉の名門校で1年の時から正捕手をしていた稚内悠馬。ここで詳しい話はしないが蓮舫のエース守屋のプロ入りを妨害した1人で、準々決勝で当たった時には守屋相手に5打席5安打、3本のシングルホームランを打っていた。
ちなみに捕手としても有能でギリギリのコースを上手く審判に見せる捕手としての高等技術も持っている。
「まぁ、私は中学2年の時から野球なんてやってなかったけどね」
「それはなんで?」
「それはもう、お兄ちゃんと比べられるのが嫌で嫌で」
「あー、確かに。あれと比べられるのは俺でもいやだわ」
「でしょ? 私も捕手やってたから本当に最悪で」
「稚内パイヤがな、本当に甲子園で当たんなくてよかったっていまだに思ってるわ」
「そうそう、本当に風評被害がって、監督甲子園出てた事あるの?」
「あ、いや。ほら、別の高校の監督やってた時にな!?」
誤解のないように言っておくと、俺は練習の時もマスクとサングラスだし昼間もサングラスは欠かさず着けている。
「というか、捕手経験があるなら昨日の練習の時も言ってくれればキャッチャーやらせたのに」
「いやー、防具が無いかなーって思って」
「別にノックくらいなら無くても何とかなる気もするけどな。ま、言いっこなしでいいかとりあえず3人でキャッチボールするぞ~」
「はーい」「はいはい」
「明先輩はとりあえず、軽く投球モーションで投げる練習しましょうか」
「投球モーションって、どうやってやればいいのかしら」
「自分が窮屈じゃない投げ方で、オーバー、スリークォーター、サイド、アンダーから投げれるんですけど、実ちゃんちょっとしゃがんでもらっていい?」
「うん、いいよー」
「まずこれがオーバーハンド」
足を軽く動かしセットポジションのフォームで投げる。
「んで、これがスリークォーター」
返球されたボールを受け取りあまり使わないスリークォーターでボールを投げる。
「うん、2球ともど真ん中」
「んで、これがサイド」
大きく横からボールを投げ、実ちゃんへ一直線。
「これが、最後のアンダー」
左手が地面に当たるスレスレの位置でボールを放る、フォームで放る。
「監督すごいね、現役バリバリの投球だし、おまけに最後のアンダーとか地面ギリギリだったよ?」
「あぁ、世辞はいいんだが。ヒントになったか?」
「あなたのおすすめは?」
「サイドかなぁ。肩には負担がかからないし、慣れてきたらスリークォーターとかに変える事もできるから」
「そうだねー、いきなりオーバーやるよりは負担が少ないと思うよー
「だそうです」
「なら、そのサイドってのでやってみようかしら、野球に関しては信用を置いても問題なさそうだし」
「そいですか」
「参考にするフォームとかあるといいですよ菅野先パイ」
無言でこちらを見つめる菅野先輩に無言で首を横に振る。
「なによ」
「俺のフォームはダメですよ!? ゲームのキャラ参考にしてるやつだし、普通のサイドより若干低めですから、肘に掛かる負担が」
「監督はそのフォームで投げて怪我したことあるの?」
「いや、サイドで投げるときって大体変化球投げたい時だから、怪我するまでは投げた事ないんだよね」
「じゃあ大丈夫じゃない? 試合はしばらくしないだろうし、負担がかかるほど1人の投手に投げさせることもないでしょ?」
「それはもちろんだが」
「別に自分自身でも無理することは無いから大丈夫よ、あなたがケアしてくれるんでしょ」
「そりゃあ、そうですけど」
「ならいいじゃない、キャッチボールが終わったら詳しく教えなさいよ」
「はぁ、了解です」
「尻に敷かれてるねー監督」
「お前のせいだお前の」
「それは、ごめん」
※
「フォームってどうやって教えるのがいいんだろ」
「見様見真似でやってみるのが1番かしら」
「足運びとか大変ですよ?」
「それでも慣れるまではいいんじゃないかしら」
「どうでしょうね」
「やってみる方が早いわね」
「じゃあ、足運びはこうで、1番力のかかる場所で放る。それだけ」
そういいながら先ほどのサイドのフォームを間近で見せる。
「あなた、教えるの本当に下手ね」
「いや、弁解させて!? 俺自分のフォームを誰かに共有したことがないから教えにくいんだって、それに菅野先輩左利きじゃないから、いまはちゃんとした投げ方で見せれないし」
「じゃあビデオ取れば? 単純に反対に見えるでしょ?」
「それもそうか、カメラもってきてたっけな」
「スマホでとれスマホで現代人」
「スマホ、あ」
「なに?」
「充電無いから家におきっぱだわ、新居に充電器持ってくの忘れててさ~」
「そんなことある? 現代人にあるまじき行為」
「あるある、割と使わないから本当にな!?」
「まあいっか、今日はスマホ貸してあげる」
「いや、いらないと思うけどな?」
「絶対いるって! 菅野先パイにフォームを教えるなら感じだけじゃ絶対だめだから」
「それもそう、なのか?」
「そうだってば! 監督も絶対そのフォーム身に着けるまでに何回も参考にしたものがあったでしょ?」
「いや、初めて見たときにいいフォームだなーって思って、見様見真似で投げたらしっくりきてそのまま使ってるだけ」
ポカンとした実ちゃんの表情から察するに、普通は出来ない芸当なんだろうか。
いやでも俺は普通に出来てるしな~、はてさて、まだまだ課題が多いのだけははっきりとわかってきたか。
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