第21話 始まりの風
「そういえば祐介」
「なんだ?」
「練習場所ってどうするの?」
「ここから数キロのとこに場所借りてるよ、今日は初日だからバス用意してるからあんしんしてくれ、明日からはそこまで走ってくれ、更衣室とシャワー室も狭めだが用意してあるから安心してくれ」
「すっごい用意周到だね」
「最低限の環境はな、俺自身女の子の選手の扱いは学びながらやってかないといけないとな」
「私とかお姉ちゃんの相手してるのに?」
「それだけじゃどうしようもない、できる奴とできない奴じゃ差が激しいからな、慣れもあるがお前や和田野先輩は別格すぎる」
「そんなにかなぁ。お姉ちゃんはわかるけど」
「でも、お前らには2年以内には俺の球を平気で打ってもらえるようになってほしいがな」
※
「ひろ~、こんな所で練習できるの!?」
「まっとにかく今は準備運動と、キャッチボールしてから後のことを考えよう」
「はーい」
今のうちの仕切りは大体を菜月に任せても問題はないだろう。
問題は練習の方だな。
「あ、あと道具一式は更衣室のところに放置してるから適当に使ってくれ。ある程度は馴染ませてある。兼用5個の右手用20の左手用が5あるから、それぞれに合わせてやってくれ。足りなければ俺の奴使ってもいいから」
「わかった」
「縁屋ちゃんこっちきてもらってもいい?」
「はい、今行きます」
多少経験のあって少なくとも菜月よりはマシな性格の縁屋さんに聞くのが一番いいだろう。
「これからの練習メニューなんだけど」
「私に力になれることなんかないと思いますけど」
「経験者で運動向きじゃなさそうな君になら、失礼だけど意見を取り入れやすいかなってね」
「まぁ、言いたいことはわかるけど」
「悪いな、どこまでこっちペースでやっていいか測りかねるんだ」
「それはわかるけど、どうすればいいの」
「明日までに練習メニュー考えてほしーな?」
「無理よ」
「ですよね」
「もうあるもの」
「そらそうだよねって、ええ」
「手探りだけど、ないよりはいいかと思って」
「ありがと、女神や」
「おだてても何も出ないわよ」
一応数日は基礎練習に集中し。1週間後には紅白戦程度はできる知識を入れてほしい感もあるのだが、野球の知識というのは実際にプレイしながら覚えるのが一番早かったりもする。
正直なところルール程度ならしっているという人も少なからずいるだろう。
「試合形式の練習をするにはどれくらいの時間が必要だと思う?」
「皆の知識次第だけど、1か月から2ヶ月、長くてもそれくらいかしらね」
「だろうな、大正解だ。でも、それじゃあ遅すぎる」
「何を急いてるかわからないけど、その辺は焦ってどうこうできる事じゃないんじゃないかしら」
「1週間で形にしたい、最低でも紅白戦ができる程度には、1年生を縁屋さんと菜月の2人で均等にわけるとして、2年生全員をこっちで請け負って、それでも2週間はかかるだろうし。うーん、どうしたものか」
1週間というのは現実的でないといえば現実的ではない時間、現実の物にするには練習を含めても1人1人を個人的に指導する時間も欲しい。
「最高でも1か月半、それ以上の時間はかけれない。理想的なのは梅雨に入る前に全員がある程度の打撃と守備を出来るようにすること、楽しんで貰うことを第1にそれでいて効率良く。あ、もし〇ラ読むか」
「あれはチームが強くなる具体的な事は書かれてないし、第1現実逃避してる場合じゃないわよ」
「もしも、具体例が出たとして。この石っころにどう慣れてもらうかだな。ゴムボールから軟式、硬式に少しずつ切り替えていって。いや、最初から硬式の方がいいのか? でも、怪我のリスク高すぎるんだよなぁ」
「大変ね、責任者は」
「俺は責任者じゃねえ! でも、お前らの未来を背負うなら、それなりの覚悟がいるんだよ」
「私たちの未来ねぇ」
「他人だからって無責任な事は出来ねーし、菜月の夢は俺も叶えて欲しいんでな」
「そう、じゃあ微力ながら協力させてもらうわ」
「じゃ、今日のとこはキャッチボールが終わり次第、さっきの方針で」
「3組に別れて練習ね、分かったわ」
「ゆうす―じゃなかった、監督ー準備できたよー」
よし、まずは3択だな。
軟式、ゴムボール、硬式の3択、外すな外すなよ。
「じゃあ、とりあえずキャッチボールは硬式でやってくれ、キツそうな感じなら軟式球に変えてやるぞ」
「はーい!」
「んで、菜月と菅野先輩はこっち」
集まった22人の烏合の衆のなかに経験者が何人いるのかは知らないが、まずは最低限の戦力の補強をしなくてはならないが。
即戦力はある程度の身体が出来ている2年生を中心に、菜月と縁屋ちゃん、他は随時考えていくしかないが、もう1人くらい頼りになりそうな経験者は居ないものか。
「なんで私と、菅野? 先輩を呼んだの?」
「とりあえずの短期間強化だな、手のかからなそうなのから手早く集中的に固めてく。
あとは、なるようになるだろ」
「私は別にいいけど、そもそもこんな所来たくて来てるわけじゃないし」
「だって」
「そらそうだ、唯一1人俺の交渉に乗らなかった人材だしな、みっちりと野球の楽しさを1週間で教え込む。そのために野球脳のバカを1人連れてきて後はなるようになるってな」
「別にいいけど、期待するだけ損にならないといいね」
「そんな事言わないで下さいよ明先輩」
「あなたに先輩って言われる義理は無いんだけど」
「まあ、タメですし。とりあえず、小さく三角形作ってもらってもいい? 菜月ボール」
「うん、祐介グラブは?」
「あのな、俺がグラブつけれる体に見えるか?」
「見える」
「眼科に行け」
小さめに広がり、三角形を作るように後ずさりしながら後ろに下がる。
「明先輩、まずキャッチボールの基本から見せますね」
「えぇ」
「一応みんなも見といてもらえるか?」
「「はい」」
「菜月軽めな軽め」
「うん?」
左腕から手投げで軽く菜月の胸元に向かいボールを放る。
「キャッチボールの時は基本的に相手の胸元に向けてボールを放って、んで、投げるときは俺のを参考にしないで、体で投げるように、菜月投げろ」
「はーい」
菜月の投げた軽めとは言いにくい球を素手のまま左手でキャッチする。
「あんな感じで体全体を使って投げるんだ、それは投手をやるときにも必要になってくることだから基本的なことだが。今の俺みたいな手投げは体を痛めるし、それだけは今はしないように」
「「はい!!」」
「意外とうまいのね教え方」
「そらね、同期に桜屋っていう初心者が居たからな」
「最近は祐介の代わりにお姉ちゃんと朝練とか朝の配達とかしてるよ」
「今じゃちゃんと打てるバッターの1人だからな」
「そうだね」
桜屋のここ1年の成長ぶりは誰から見ても目覚ましいものだろう。それも春の甲子園が終わってから本人のポテンシャルも上がってきたようで。
「とりあえず明先輩と3人でやりましょう」
「菅野先輩、ボール投げるのはさすがに大丈夫ですよね?」
「流石にそれくらいなら大丈夫に決まってるでしょ」
「バスケでもボール投げたりしますもんね」
「あんまりないわよそんなこと」
「え、菅野先輩ってバスケやってたんですか」
「そうだよ、真中ちゃんと同じで、中学時代は同じチームだったらしいよ」
「あんた、そこまで調べてたのね」
「だから、必要最低限の調べはしてましたって」
「祐介、流石にストーキングは引くよ?」
「おまえなぁ!」
そんな他愛のない話をしているうちに30分が過ぎ、全員がキャッチボール程度なら問題がないという最高の事実を見つけられた、これは甲子園を目指すのに最もありがたいことだ。
「したら、2年生と1年生に分かれて、2年生は俺のとこに、1年生は更に半分に分かれてっても、メンバーは決めてるから安心してくれ」
「とりあえず、ゆいっちと新井さん、鳥屋さん、御影さん、本条さんは私の方に。呼ばれなかった子は縁屋さんのところに集まってくれる?」
「っとその前に、この中に経験者ってどれくらいいるのかな、新井さんくらいしか俺は認知してないんだけど」
「私と、稚内さんあとは二ノ宮さんと縁屋さんが少し経験があるくらいかな?」
「4人ね、2年生は経験者が居ないのは俺が保証するから、良しとして。じゃあ、1年生の方は経験者を中心に頼む」
「はいはい」
「それと1年生の方は経験者以外での投手を1人か2人といてもらえるか? 出来れば左右1人ずつ」
※
「それで、私たちは何をすればいいの?」
「その前にみんなここにいる全員と面識がある人は?」
「私はみんなのこと知ってます」
最初に名乗りを上げたのは坂本加恋だった。
ボブカットに青い髪、部活は未所属で高校入学時は美術部に所属していたが、高い身体お能力に惹かれスカウト。
ちなみに理想はショートかセカンドに置きたい。
「1年生の時に菅野さんと御影さんそれと西村姉妹さん達には、会ってます他の人たちとは2年生のクラスで」
「そうだったわね、全然記憶になかったけど」
「酷いな明先輩」
「じゃあ、まず1つ。昼休みには全員屋上でご飯を食べること」
「は?」
「野球ってのはチームプレイの競技だからね、まずは2年生だけでも結束を高めて貰うことから始めてほしいかな」
「私はいや、1人でいる方が好きだし」
「じゃあ、俺と一緒に食べます?」
「それはもっと嫌」
「こりゃ手痛い」
完全にコミュニケーションをとることはまだ出来ずとも、明さんはなんだかんだ憎まれ口を叩きながらも自分から話してくれる分やりやすい。
「ま、皆俺は面識あるし、大丈夫だとは思うけど」
「そうですか、半強制的に私たちは巻き込まれた気がしますけど」
「来てくれたんだからいいじゃない?」
「そんなこと言われたらここにいる全員が強制的にここに巻き込まれてますよ」
「そんなに嫌ですか」
「いや、というかそれ以前に」
「「あなたに対して信用がないだけ」」
「あは、皆仲良くなれそうでなんとも」
菜月の前では上手く誤魔化していたが、全員が全員集まるとやはり無理やり引き込んだ反動が出てきてしまっいる。
綻びが出る前に何とかするのが先決ということで、こっちは集中して行こう。
「うし、じゃあ。みんなキャッチボールしてみて硬式の感覚がわかってるとは思うんだけど、ここからはこっちのゴムボール使って練習をするから」
「いいけど、間に合うのかしら」
「間に合う? なにが??」
「するんでしょ、地区大会」
「まぁね。それは今俺の目の前にいる全員次第だよ、俺は無理をさせてまでやらせる気はないから」
正直、無理にでもやってもらわないと。あと2か月で地区大会での1勝は無理に等しいが。
「ま、万が一の時は俺が腹くくればいいだけだしな」
正直な話、埼玉には甲子園優勝校やら、なんやら最近の中では名門校の多い地区で。
「別に私たちには気を遣わなくていいですよ。元々辻本さんに声を掛けられなければここには集まってない人が多いでしょうし」
「それもそうね、どうせ2年生なら即戦力に使えるとかそういう浅はかな発想だったんだろうし」
ギクッ、しっかりと思考が読まれてる。
「いやいや、年の近い人が欲しかっただけですよ。年下はあんまり得意じゃないんで」
「あっそう、まぁいいんじゃない」
というか、気を使うなといわれても、今の現状でどの程度の練習をしていいのかが疑問なんですが。
「菜月! グラウンドの内野使ってもいいか!!」
「うん! 大丈夫だよ!」
「うし、なら何とかなりそうだな。みんなそれぞれのペースでキャッチボールしてくれてたと思うんだけど、いま少し肩が重いとか感じてる人っている?」
「私は特に」
全員が問題のなさそうな表情をしているが、30分もキャッチボールしてて肩重くならないとかマジ?。最近の女子高生は巨人の☆養成ギプスでも体育の授業の時に着けてるのか?。
そういえば桜屋も最近肩が強くなってきたが、キャッチボールする分には最初から問題はなかったな、どこまで必要に気にする必要があるのかはまだ測りかねるが。
ガラス細工のように繊細に扱う必要まではないだろうが。
「したら、均等になるように1つのベースに3人ずつ行ってもらえるかな」
守備練習をする前にまずはボール回しで全員の肩を見よう。
「さっきのキャッチボールの要領で、ここから反時計回りにボールを回すから1人ずつ順番に回していこう」
さっきから返事が来ないから少し不安になるのだが、皆聞く分には不満1つ言わずに聞いてくれるのは素直でよろしい。
「いくよー、ファーストから」
ゴムボールなら少し強めに投げないと、ファーストベースまで届かないだろうから少し腕を使って強めに。
あれ、なんで俺。いまゴムボール持ってるって錯覚したんだろう。
「菅野さん避けて! 超避けて!!」
全身を使って投げてない分、威力は落ちるがそれでも110から130程度は出てしまう。
当たったら確実にあざになる、おまけに完璧なコントロールだし。
「これくらいなら、普通に取れるに決まってるでしょ」
グラブのど真ん中でしっかりとボールを受け止め、快音を鳴らしたボールを素早くセカンドの方へと投げた。
「永川さん!」
そのままセカンドの永川もしっかりとり、サードに居た御影(姉)の方にボールが行き、少しもたついていたが、問題なくボールはホームにいた俺の方まで帰ってきた。
「ナイスナイス!! あと2回行くぞ!!」
最終的に20分ほど回す方向や投げる方向をあちこち変えつつ回しわかったことがいくつか。
捕球から送球までのもたつきがあるのが2人、完璧にできてるのが1人、あとはそれとなくこの程度のことならこなせてるのが残りの6人。
「菅野先輩とあと御影さん、あと西村のあほの方」
「その言い方酷いですぅ」
「3人はこっちに、残りはキャッチボールの応用でゴロ取りの練習してくれるかな、手本は1回見せるから」
「はーい」
「あんた、随分私が嫌いなのね」
「あら、個人的にはお気に入り何ですけど」
「口から出まかせね」
「とりあえず明先輩は手出して、一応見て冷やすから」
「別に痛くはないけど」
「打撲とかって、当たってから少しの間は全然痛まないですけど、時間が経つと結構痛みますよ」
「それは、そうかもしれないわね」
「俺の手違いでケガさせちまったなら、結構後味悪いんで」
「でも、ちゃんと取れてたわよ」
「それは流石としか言いようがないですけど」
完璧に取れていたのは本当の誤算だった。当てて弾くこともなく、難なく取って投げていた様は完璧だったのだから、元の身体能力の高さ故か、それともまた別の何かか。
「したら、3人は少し休んでていいですよ、俺はあっちにゴロ捕球の練習を教えてくるんで」
「何で私たち3人を集めたのぉ?」
「お前ら3人は別メニューだからだ。あと、教え終わったら、そっちの6人も少しは休憩してくださいね」
※
6人にゴロをとる練習を教え、少し菜月の方へ様子を見に来たのだが。
「予想以上にグダグダそうだな」
「あ、祐介。ごめん何から教えればいいかわかんなくて」
「縁屋さんの方は?」
「縁屋さんの方は上手くいってるみたい」
「こっちにいるメンツはー、いや新井さんがいるならこの人数でできるワンペアの練習でもすればいいだろ、俺の方より何とかなりそうなのに何でこんなにグダってんだタコ」
「それはまぁ、そうなんだけどさ」
「あと少しでこっちはひと段落つくから、こっちでもノック想定の練習しててもらえるか」
「あ、うん。わかったごめん」
天才の言うことは他人に共有するときにわかりにくいというが、あいつはそれ以前にバカなんだろうな。
「じゃ、3人はこっち」
「なにをさせられるのやら」
「楽しそうだからぁいいけどぉ」
「私、大丈夫かな」
「言ってもわかんないと思うが、菅野先輩と西村アホの方には投手をやってもらいたい。御影さんには捕手を」
「監督! 質問です」
「なんだ西村(ア)」
「私たち双子の見分け、ついてるんですかぁ?」
西村のアホの方と普通なもう1人の方実は双子なのだが、顔もそっくりで髪型もピンクのショートカットと、それを少し伸ばしただけと。
あまり2人の見た目に一見違いはなさそうなのだが。
「姉の恵子さんの方が胸周りが小さい。そういう見分け方ができる」
「うっわ~」
「最低」
「あのな、俺から見れば女なんてみんな同じ顔に見えるぞ」
「じゃあ、普段はどうやって判別してるのぉ?」
「しゃべり方と性格、あと仕草」
「あ~ん」
「最初からそう言ってたら私たちの好感度は下がらなかったかもしれないわね」
「元々1もないでしょ」
「だから今マイナスになったって言ってるのよ」
「そいですか」
先ほどのキャッチうボールの時と、今のボール回し、その2つで9人のうち捕手と投手の目星は大体ついた。
捕球から送球の一連の動作でもたつきが合ったうちの片方は西村美奈子の方、なんというか、運動そのものが苦手なようにも見えるが。
そしてもう1人は菅野先輩。
あのあとそつなくこなしているのかと思いきや、2回に1回はボールを落としたり、送球をそらしたりとポンコツぶりを見せていた。
まぁ、うち何回かは俺が強く投げての結果だけども。
「で、1つ断っておきたいことがあるんだけど。菅野先輩と美奈子は2人とも。
足触らせてくれ」
「「嫌」」
「いうと思った、御影さんは腰回りと背中ね」
「あ、はい。私は別にいいですけど」
「どう思う菅野ちゃん、あれは絶対ピチピチの女の子触りたいだけの変態だよ」
「どう見てもそうね、今から警察に電話した方がいいかしら」
聞こえる距離で聞こえる清涼で人の事を全力で変態扱いしてくる発言を完全に無視しながら、手袋を両手にはめる。
「安心しろ、布の上からしか触らん。肉付きみて投手用のトレーニングメニューを作るだけだよ、触ればわかる」
「あんなこと言ってますよ奥さん、絶対触りたいだけですよ。一度触ったら何回触っても同じとか、思ってるんじゃないですか?」
「あれはね、顧問の先生が居ないと何するかわからないタイプの外部指導者ね」
「いい加減やっていいか? あっちにも構わないといけないんだが」
「じゃあまず、私からお願いします」
御影姉妹の姉皐月、さん。
ロブ? というのだろうか、少し長めの黒髪なのだが、なんとも女性の髪形はわからん。
この人も大人しめの性格で、あそこの2人にも見習って欲しいくらいなのだが。
スタイルはいいのだがややフラスコ体系で、足元ががっちりしているからかボール回しの時はノーミスで、捕球から送球までの動作が早かったのが捕手選出の理由。
実際問題、捕手は全然変わるけどね。
「んじゃまず腰から」
がっしりと両手で掴むように触り、肉の付き方や外見ではわからない部分を。言い方はまずいかもしれないが触診していく。
「うん、こんなもんでいいよ。ありがとうね、皐月さん」
「え、はい。なんかありがとうございます?」
「?」
「次はどっちだ?」
「しょうがないにゃー、足だけならいーよ。ピチピチJKの生足触らせてしんぜよう」
「何キャラだそれ、直に触った方がわかりやすいが。そんな趣味はないんでなとりあえずあそこのベンチに座ってくれ」
「は~い、まったく触っていいって言ってるのに」
目からハートマークでも飛んできそうなウィンクを避けて、美奈子の足へと手を伸ばす。
「いや~ん、触り方がえっちい」
「しばくぞ」
「ちょっとしたジョークでしょ」
「しばくぞ、あともういいぞ」
「え~、早くない? まだ触られ足りな~い」
「ガチでやめろ、優香とは別の意味で鳥肌が立つ」
「優香って、あの生徒会長?」
「あいつの高校での役職は知らねーが、あいつまだ2年なのに生徒会長なのか」
「理事長の娘だしねー、なんかあるんじゃないの?」
あいつもあいつで色々大変なんだろうか、なら忙しさのついでに俺との関係も忘れてくれればいいんだが。
というか、忙しかったから去年は大人しかった説があるか。少しくらいはねぎらってやるのも必要かもしれないな。
「祐介さん、差し入れに来ましたよ」
「よし、前言撤回」
「あら、何のことですか?」
どこからともなく優香が現れ重そうなクーラーボックスを持ってやってきた。
「重いだろ、持つから貸せ」
「あら、大丈夫ですよ、この程度の荷物なら普段から持ち運んでおりますから」
「お前、学校にクーラーボックス持って登校してんの?」
「そういう意味じゃありません」
「ま、重けりゃそこのベンチにでも置いといてくれ、今俺は忙しい」
「わかりました」
「明先輩こっちきて、このアホの方は終わったから」
「本当に何もしないのよね?」
「するわけないでしょ、俺がそんなことする人間に見えますか?」
「見える」
食い気味の回答に少し心を折られながらも、何とか菅野先輩はベンチに座ってくれた。
そろりそろりと差し出された足に手を伸ばす、別に嚙みつかれたりはしないと思うが。
「視線が痛いです」
体勢の関係で仕方はないのだが見下ろすその目はゴミを見る目そのものだった。
「はい、終わり」
「はぁ」
「なんでため息!? つきたいのはむしろ俺の方なんですが!?」
「悪かったわね、それで?」
「? なにか?」
「なにか確かめたくて触ったんじゃないの?」
正直なところ、2人とも投手をやらせるには土台が出来ていないため本来なら、走り込みからやらせたい所なのだが。
「とりあえず明先輩と美奈子には走り込みをして欲しいんですが、それは明日以降嫌でもすることになると思うので、基本的な投球フォームから教えていきます」
「明日から嫌でも走り込みすることになるって、どういうことー?」
「明日からはここの練習場まで走ってくることになるからな」
「えぇー、それって結構な重労働だよ?」
「まぁ、やりすぎかもしれないが、基礎的な部分をつくるなら割と効果的でな」
「それもそうね」
「とりあえず2人は30分くらい自分のペースでいいんで、無理しない程度に自分のペースでグラウンドの外、走ってきてもらってもいいですか?」
「はーい」「わかったわ」
「意外としっかりしてるんですね祐介さんて。普段は一生懸命なプレイヤーとしての姿しか見ないから意外でした」
「そらそうだ、テレビ中継だけで判られたような気になられても困る」
「あら、甲子園は毎試合見に行ってましたよ、春も夏も」
「怪我が多いとな、ある程度は自分の状態がわかってないとやってられないんだよ。怪我中の練習方も自分で決められるしな」
「それもそうでしたね、祐介さんは。卒業後の事何か考えてらっしゃるんですか?」
「なにも、というか。ドラフトに指名されても、受けない事だけは今のところ決まっちまったな」
「それは、どうしてですか」
「プロアマ規定があるからな、それにプロになっちまったら試合だ練習だ遠征だって、ここには顔をだせなくなっちまう」
「今回のことがなければ。いえ、なんでもないです」
「今回のことがあろうとなかろうと、少なくとも3年間はプロには行ってなかったよ」
「そうですか」
「お前の考えてることはわかるが、別にお前のせいで決めたわけじゃないってのは行っておくぞ」
「はい、祐介さんはそう思ってても言わないと思いますが。信じておきます」
「信じておくってのは信用がない相手にいうセリフだがな」
「うふふ、そうですね」
「「監督!!」」
「どうした」
1年生組の指導を任せていた縁屋さんと菜月から同時に呼ばれたおかげで、めずらしく優香との会話が切りよく終わった。
「こっちでも縁屋ちゃんと話して軽くノックやろうって話してたんだけど」
「別にいいが、大丈夫そうか?」
「うん、私とか他の人が見本見せてカバーすれば大丈夫じゃないかな」
「そうか、なら少しだけやるか」
「うん!!」
「じゃ、また今度な優香」
「はい、じゃあまた明日」
「おう」
スタートラインの前にある壁は何とか乗り越えた、あとは100度叩かないと壊れない壁だろうが何だろうがぶち壊して進むだけだ。
「ほら監督! 早く早く」
「あぁ、少し待ってろ。こっちはけが人だぞ」
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