必然の4冠と遥かなる1冠

第19話 埼玉千羽矢高校


「おっす」

「よう、雪」

「久しぶりだね」

「そういやそうか? 忙しかったせいであんまり覚えてないが」

「失礼だなぁ、今日は折角おしゃれして来たのに」


普段の活発な印象とは真逆の女の子らしい服装の雪に、少しだけ目を奪われていた。


「色々ありすぎたんだよ、本当ならあんまり遊んでられる状況でもないしな」

「それは、ごめんじゃん」

「いや、いいんだよ。病院に居たときは毎日電話が掛かってきててな、息抜きにはちょうどいいさ」

「なら、よかった。さっいこう?」

「お、おう?」


なぜか俺の後ろに回った雪に戸惑いつつも、何も言わずに車椅子を押してくれる健気な少女に、身を委ねた。



「今日はどこに連れてってくれるんだ?」

「う~ん、今日はあんまり考えてなかった。あと、私埼玉住みだし、あんまり東京駅周辺は遊びに来ないもん」

「そりゃそうか、なら今日は俺が場所決めてやるよ」


普段から雪と会うときは埼玉ばかりで、あまり東京では合わなかったのだが。今日はお互いにその後の予定があるため、東京に集まっていた。


「何か行きたいところとか、食べたいものとかあるか?」

「私は別に、あんまり女の子らしい欲求はないから大丈夫」

「じゃあ少し軽く飯でも食べるか、ちょうど昼時だしな」

「うん! どっちに行けばいい?」

「ここの上にカフェがあるからそこにしよう」

「わかった」


俺が入院している間に、俺は高校2年に。雪は中学3年に。

そして、和田野の妹の菜月は高校生になっていた。


「はぁ、全く。時の流れは何とやらだな」

「なんかあったの?」

「俺の見てない間に周りがどんどん成長していくのを見るとな、伸びしろの無い人間としては悲しいわけよ」

「ふーん」


あまり興味の無さそうな雪自身も、しばらく会っていないうちに見た目はもちろん、精神面も成長しているわけで。


「雪は俺と同じくらい身長が伸びてるし、女の子らしい体つきになってきてるしな」

「ちょっと! その発言セクハラだから!」

「ん、そうか? ありのままの事実を言っただけなんだが」

「それは、ちょっと嬉しいけど時間と場所はわきまえて!」


普通に考えて、160ちょっとしかない俺からすれば、雪にすら身長が抜かれてしまうことは相当ショックであって、体つきに関しては見てて惚れ惚れしてしまいそうな程綺麗なのだが、何か変なこと言ったんだろうか。


「ま、俺の知り合いに比べたら雪は綺麗だってことだよ、悪いな勘違いさせるような言い方して」

「なっ、もう! 馬鹿!! 車椅子押してあげない!!」

「は!? それは困る。俺足だけじゃなく利き腕も怪我してるんだが!?」

「祐介のばーか! もう知らないもん」


あれれ、本当のこと言っただけなのに、なんで俺は怒られてるの!?。

不条理に思いながらも、左手で車椅子の車輪を回し先に行ってしまった雪を追いかけた。

そういえば、秋季大会の前にもこんなことあったよなぁ。



「お邪魔しまーす」

「あ、祐介もう来たんだ、ごめんねゆいっち、ゆっくりしてていいからね」

「うん、ありがと菜月」

「あれ、君は。この前の試合の時に居た、菜月の友達?」

「あ、はい。私川野唯って言います、菜月とは幼馴染で」

「あぁ、そうだったんだ俺は―—」

「辻本さんですよね、いつも菜月から話を聞いてます」

「ほほぅ、それはどういうことなのかな、詳しく教えて貰おうか」

「えっとー」

「ほら祐介! さっさと練習行くよ!!」

「はいはい」


秋の地区大会終了後、1週間程経った頃。いつものように日課の菜月との練習に向かった時、菜月の幼馴染である川野と出会い、菜月から意外な言葉を聞いた。


「そういや、高校はもう決まったのか?」

「うん、ゆいっちと一緒に埼玉の高校に通うことにしたの」

「そりゃまたどうして? 野球やるならうちの方が近くて設備が揃ってるだろ」

「うん、お姉ちゃんにも同じこと言われた」

「ならなんで?」

「祐介は甲子園5連覇するのが夢って言ってたよね、だから私も自分のやり方で甲子園を目指したいの」

「ほーん、それで? お前のやり方ってのは?」

「女子野球部で、甲子園に行ってみたい」

「なるほどな」


甲子園に女子選手が出れるようになって数年、甲子園に初めて出場し、女子選手がメンバーがにいる高校が史上初優勝したのが今年の夏。

そしてそれは菜月の姉、桃。姉を目標にしている菜月にとってそれは大きな壁になっているのだろうか。


「どこの高校に行くんだ?」

「埼玉の千羽矢高校」

「マジか、あそこは男子の野球部すらない所だろ」

「だからこそだよ、だからこそ、そこで目指したいの」

「行動力は流石だが、あそこは、、まぁ、うん。お前が決めたならいいんじゃないか」

「それと」

「それと?」

「甲子園で、祐介を倒したい。それは同じ学校じゃ出来ないからね」

「はっ、そりゃいいな。俺も楽しみに出来そうだ」

「でしょ! だから、楽しみにしててね」



「自分の女子野球部を作って甲子園を目指すか、あいつ。本気なんだろうな」


高校生になった菜月は宣言通り、幼馴染の唯と一緒に千羽矢高校に入学し、今はチームの仲間を探しているらしい。


「なんかあったの?」

「さっき雪との比較例にしてたやつがな、甲子園目指して頑張ってんだよ。これからその手伝いが出来ないか、話に行くんだがな」

「へぇ、その用事って何時からだっけ?」

「2時ごろからだよ、雪の方もおんなじくらいからだろ?」

「あ、うん。ちょっと待ってね電話が掛かってきちゃった」

「あぁ、ゆっくり話してていいからな」

「うん」


雪が席を立ち、いそいそと店を出ていった。

俺は食後のコーヒーを飲みながら、窓の外に見える風景を眺めていた。


「っち、俺の方も電話か。って、出なくていいや面倒くさいし」


連絡先の名前を見て、スマホの画面を閉じた。

菜月が行った高校。何もトラブルが起きてないといいが。


「ごめん祐介、呼ばれちゃった」

「そうか、なら解散だな。俺の方は多少早く行っても問題ないしな」

「違うの、今の電話お父さんからで、祐介も連れてきてくれって」

「親父さんが? 場所は?」

「この近くのホテル、なんでか知らないけど祐介と私が一緒にいるの知ってるみたいで」

「なるほど、親父の差し金か。なら仕方ない、早く行くとしよう」

「うん、車椅子押してくね?」

「あれ、いいのか?」

「うん、おいしいごはん食べたらすっきりしちゃった」

「なるほどな、まっお言葉に甘えるとするよ」

「それじゃ、行こうか」


今日、この後俺が会う予定のあった相手は親父のビジネス相手、そしてある高校の経営をしている人物。

おまけに言うなら、俺の婚約者予定の相手の親父さん。


「全く、野球やってるだけならこんなにも苦労することはないのにな」

「でも、野球だけしてたら。私はこうして祐介と関われてないし、それはちょっと寂しいかな」

「それもそうだな、俺も野球だけやってたら色々と会ってない奴とか、関わってないことも多かっただろうしな。それに、こうして雪と息抜き程度でも会えててうれしいしな」

「そういう恥ずかしいことは難聴系主人公のフリして心の中だけで思うことだよ!」



「あっ、お父さん!!」

「お待たせしてすいませんでした橘さん」

「いや、大丈夫だよ。祐介君を部屋に案内するから雪はここに待っててくれるかい?」

「う、うん。わかった」

「いや、こっからは松葉杖で行くんで、部屋番だけ教えてくれればいいですよ」

「そうかい? なら部屋は2階のエレベーターを出てすぐのところだ、気をつけてね」

「ちょっと祐介! まだ足の骨は無茶が効く状態じゃないって、言ってたよね」

「相手に付け入る隙を与えたくないんでね、本当ならギプスも包帯も全部外したいくらいだ」


そういい残して、慣れない松葉杖でエレベーターの方に歩み始める。


「雪、お前は彼と付き合ってるのか?」

「そういうわけじゃないけど、あれから何回か会ってる程度だよ?」

「彼に好意を抱いてるなら止めなさい、これは私からの忠告だ」

「どうして?」

「彼はあまりにも周りの人間を不幸にしすぎる、お前には不幸になってほしくないんだ、雪には酷なことを言っているが、すまない」

「お父さん、心配しなくても大丈夫だよ。お父さんが心配しなくても祐介は私に興味ないみたいだからね」

「そうか、お前も辛いな」


なんとかエレベーターにたどり着き、2階のボタンを押しドアが閉まったのを確認して、肩の包帯を外した。


「ったく、無理やり連れてこなくても俺は大人しく来たっての」


流石にギプスまでは外せないが、これで幾分かマシな見た目にはなっただろう。

そのままドアノブに手を付け、ノックもせずにドアを開ける。


「お待たせしました、千石理事長、そして、優香さん」

「おぉ、祐介やっと来たか」

「やっとも何も、お前が呼んだんだろうが橘さん使ってまで」

「久しぶりだね、祐介くん、優香挨拶なさい」

「はい、お父様。お久しぶりです祐介様。2ヶ月ぶりですね」


黒を基調としたドレスに肩まで伸びた明るめの髪、少なからずおどおどとした様子の女の子は、俺と同い年の婚約者。千石優香(せんごく ゆうか)。


「前置きはいい、人の休憩中に呼び出して何の用だ」

「あ、はい。すいません、私ではなくお父様が」

「すまないね、くつろいでいるとは聞いていたんだが、近くにいるなら来てもらおうと思ってね」

「この前頼んだ事でしたら、貸し借りはゼロのはずですが?」


そう言い放ちながら義理父の隣の席に座り、足を組む。


「それはもちろん、でもこれから3年間少なからず貸しを作り続けることになるとは思わないかね?」

「ちっ、食えねー人だ」

「それに、君の友人は我が校で女子野球部を作ろうとしているらしいね、私としてはそれで少しでも学校の評判が良くなり、入学してくる生徒が増えれば問題は無いが」

「なるほど、有名になるための確信が欲しいと」

「まあ、そういうことになる。大人の汚い話に巻き込んでしまって申し訳ないが」

「そう思うなら、せめて娘さんだけでも席を外させればいいんじゃないですかね」

「ふっ、それもそうだね。君の言う通りだ」


食えない人、というよりは。何よりも利益を最優先するビジネスマンのような相手である千石相手には、気持ち的には楽に乗り越えられない相手なのだが。


「まあいいさ、期間は1年半。それで成果が出ないようなら、あとはそっちの好きにしてくれていい」

「ふーむ、1年半か、成果というのは具体的には?」

「今年の夏に最低でも公式戦1勝、秋に県、地区共に優勝、つまり春の甲子園には出れるようにする。そして、来年の夏、甲子園優勝。この条件でどうですか?」

「1年半で甲子園優勝とは、随分ハードルを高く設定するね。もっとも1年半でダメなものは3年待っても結果は変わらないかもしれないしね」

「こっちからの要求はたったた1つ、俺をそこの監督として置け、そんでもって全部の条件がクリア出来たら、婚約の件は無かったことにしてもらう」

「いいだろう。もし、できたら、ね」

「じゃ、俺は帰らせて貰うんで、本当ならまだ自宅療養してないといけない時期なんで」

「それは申し訳なかった、気をつけて帰ってくれたまえ」

「ええ、それでは」



「はぁぁぁ、緊張したー」

「お疲れ様、はい、お茶」


ホテルの部屋から出て行き、橘父と入れ違いになるように、ホテルの1階で待っていた雪の元へと着いた。


「ったく、足いてーわ」

「大丈夫? 無理して松葉杖なんて突くからいけないんでしょ」

「ぐうの音も出ない事は言うな、あの親子相手には弱みを見せたくはないんだよ」

「何されたの?」

「なにもされてねーよ、いや、正確にはなにかはされてるんだが。もう覚えてもないな」

「なにそれ、それ相手の人が可哀そうじゃない?」

「お前は気にすんな、もう少しすれば関わる所か会わずに済む」


車椅子に座り、そのままホテルの出口へと向かった。


「待ってください祐介様」

「あぁん? つかてめぇ様はやめろってなんべん言わせるんだこの野郎」

「あっ、すいませんでした、先程まではお父様の前でしたので祐介さん」

「なーんだ、いい人そうじゃんなんでこんないい人を敬遠してるんだか」

「決まってるだろ、そりが合わない、好みも合わない、食いもんの好き嫌いも違うしな」

「そんな、酷いです」

「ほら、可哀そうだよ」

「気にすんな、貶されれば貶されるだけ喜ぶクソ変態だ」

「そ、そんなことないですよ」

「あ、忘れてた。私は橘雪、あなたは?」

「そうでしたね、私は千石優香。祐介さんの婚約者です」

「あぁ、あなたが」

「婚約者とかいうんじゃねーよ、せめて(仮)を着けろクソが」

「祐介って人によって性格が変わるタイプなんだね」

「黙っててくれ雪、それで何の用だ」

「これ、うちの高校の入校証です。お父様が渡してくれと」

「あぁ、それか。別にいまである必要性を感じないんだが」

「いえ、ただ私が個人的にあなたと話したかっただけですよ」

「きっも、心の底から嫌悪感が出てくるわ。もういっそのこと階段に小指でもぶつけてそのまま落ちて死なないかな」

「そんな天変地異レベルの事故死起きないから、もう行こう?」

「あぁ、じゃなクソアマ。クソ、高校に行くと毎回会うのか」

「いいじゃん別に悪い人でもなさそうだし、ねっ今度会うときはあの人も誘おうよ」

「お前、俺の心から平穏を無くす気か」



翌日の昼休み、俺は理事長室に来ていた。


「今日は何の用かな」

「埼玉の千羽矢高校の奴と少し契約を交わした、それについて少し相談がね」

「ふむ、相談というのは?」

「これから卒業までの期間、俺の出席日数を何とかしてもらいたい」

「そういうことか、その契約の内容は私には教えてくれないのか?」

「聞きたいんすか? 逆に。完全に俺のエゴですよ?」

「まぁ、だろうな。なら好きにしろ、全くお前ら親子は迷惑ばかりかけられるな」

「いや、親じゃ無いです義理親です」

「どちらでも同じだ、結果的にはな」

「そらそうだ、じゃっ俺はこれで」


まずは高校に行って、菜月の進捗の確認を最優先。

そして、何より。これ以上状況が悪くならないことを祈るしかない。


「西野さん、出して」

「もう学校はいいんです?」

「あぁ、話は済んだから」

「なるほど、まぁ、この事は内密にしておくっす」

「無駄だよ、どの道あのおっさんから義父にばれる」


急がなくては、あと3ヶ月。

それまでに、1つ目の条件くらいは悠々クリアしてやらないとな。



「お願いしまーす、女子野球部です! 新設予定です! よかったら入部しませんか!!」


結局着いたのは放課後頃の時間帯だった、下校中の生徒に向かいビラを配り続ける女生徒が数人見えた。


「まぁこう、入学当初から毎朝毎夕頑張ってられるな」

「ゆ、祐介。なんでここにいるの?」

「ここの理事長の娘と知り合いでね、遊びに来ているんだよ」

「学校は? 北斎からここまで結構かかるよね?」

「お前は気にすんな、それより、そっちのかわいい子は??」

「かわいい子って、ゆいっちとあとは同じクラスの間中(まなか)ちゃんと縁屋ちゃん(ふちや)だよ?」

「ほへー、こりゃダイヤモンドの原石も転がってそうだな」

「なにそれ、意味わかんない」

「おっそうだな、俺もよくわからん」

「それで?」

「それで? って言われてもな」

「何しに来たの?」

「しーごーと」

「仕事って、掛け持ちでバイト?」

「お前のとこはバイトですらない、ていうかこっちでも金は貰えない」


こう、メンバーが集まってない状況で俺の立場はどう表現すればいいんだろうか、バイトとしか言えないぞ、むしろ俺は野暮用イコールバイト以外の言葉の引き出しを持ってないぞ。


「ま、なんていうかな。傷心を癒すための休養だ」

「そっか」

「コラー! 貴方! 学校の関係者以外が校内に入るのは禁止です!」

「あっ、はっしーだ」

「おっ、当ててやろうか、苗字は橋本とかそんな感じだろ」

「違う違う、川端先生。苗字の後ろを取ってはっしー」

「本名関係ないやんけ」


大声でこちらに歩いてくるスーツ姿の女性は、歳は目測で30手前くらい。

その割にはいい体してるなぁ、俺10年後とかヨボヨボになってる自信あるわ。


「そういえば祐介、言い忘れてたけどうち通常時は部外者立ち入り禁止だよ?」

「いやいや、部外者じゃないから。入校証ちゃんとあるから」

「ちょっと! 私の話聞いてます!?」


近づいてきてハッキリと分かったことが2つ、1つ、めっちゃスタイルがいい。

もう1つは背が150程度しかない。


「女性相手に小さくガッツポーズするの辞めよう? 女性相手に」

「2度言うな2度。俺だってショックなんだからな、もう伸び代ないのに身長160ちょっとで止まって――」

「もういいって、聞き飽きたから」

「まだ2度目なんだよなぁ」


北斎野球部での身長は下から2番目、1番下は1センチ差で、桜屋なのだが。それも去年までの話、運動をし始めた高校生は割と背が伸びるようで、今では多分抜かれてる。


「あ、あとはっしーうちの顧問だから、余計なこと言わないでよ」

「私、本当に空気なんですけど」

「あぁ! すいません先生。はいこれ入校証」

「これ、本物ですか? しかも、理事長のサインだし」

「誰が好き好んであいつの名前が入ってるもんなんか持ち歩くか。てか、第1あほかこんなとこの入校証なんぞ偽造して何になるんだよ」

「それは、盗撮とか」

「するかそんなもん、こんなガキみたいな体つきの女見てどこに欲情しろってんだよ」

「それじゃあ、もしかして私達教員を狙って!?」

「あほか、もういい。いい加減出てきて事情を説明してくれ優香」

「はい、お呼びとあらば」


どこからともなく出てきた優香がそそくさと俺の左腕を組んできた。


「はぁ、今回は勘弁してやる」

「んふっ、毎回こうさせていただきます」

「死ねクソアマ」

「川端先生、彼が今朝お父様が話していた方ですよ」

「うそっ、こんな子が!?」

「おうこら、どんな子だこの野郎」

「い、いえ。すいません、でした」

「しょうもな、クビが怖いならこんな高校やめちまえばいいのに」

「祐介さん、矛盾してますよ今の言葉」

「ま、そうだな。それでも俺はお前は嫌いだし、お前の親もき、ら、い」

「うふふ、祐介さんはいつもお優しいですね」

「何でもかんでもポジティブに考えやがって、頭の中お花畑か」

「和田野さん、女子野球部の設立が認められました。来週までに部員を5人集めれば問題なく活動できますよ」

「本当ですか? よかったよかったぁ。あ、でもあと1人見つけられるかな」

「安心しろあと1人はここにいる」


左腕に組み付く優香に親指で指さし、菜月たちに見せる。


「私に入れって言いたいんですか」

「さあな、お前の判断に任せるわ」

「お断りします、身と心は捧げても利用される気はありませんから」

「けっ、賢い奴だ」

「そうだね、もう1人は私たちが自力で見つけるよ。だって、あと5人は見つけないといけないんだもん」

「そうかい、じゃ、最低でもあと1人、見つかったころにまた来るよ」

「あれ? 知り合いに用って理事長の娘さんにあるんじゃなかったの?」

「さあな、お前は気にしなくていい。俺も少し、人数が集まるように協力させてもらうわ、優香頼んでたリストは?」

「用意してますよ、部活に入っていない運動経験のある2年生と、まだ入学してから部活に入っていない方のリストですよね」

「お前の仕事が早くて助かるよ」

「祐介、ありがとう」

「例を言うならこいつに言いな、なんだかんだいいことはしてるからな。言動と親は気に食わないが」


新しい地での物語は、春風と共に俺のもとにトラブルを持ち込んだ。

失った者への悲しみに明け暮れる時間など、1秒も与えられず急かすように時間は過ぎていく。

墓前に手を合わせるくらいは簡単に出来るのに、それすらまだ出来ていないのはすこし心苦しいのだが。


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