第18話 最初で最後の春


「ストライクバッターアウト! 春の甲子園準決勝! 優勝への切符を手に入れたのは北斎高校と福岡の博多高校の2カードになりました!!。そして、北斎エース辻本は今大会1回戦から全試合を完全試合で勝ち上がってきています! まさに鬼神の如き活躍です!!」



「今日までの試合は完全試合。でも、無理しすぎなんじゃないかしら」

「そんなことないですよ、肩は完治したし夏と違って涼しいですから絶好調ですよ」

「ならいいけど、肩壊すんじゃないわよ」

「うっす」


全盛期と言ってもいいほどの出来で迎えた春の甲子園はバットに当たることも珍しい試合展開になり、北斎の一方的な試合ばかりになっていた。


「辻本、少しいいか?」

「ういっす、何すか瀬良さん」

「明日のオーダーなんだが、監督とこれから打合せするから来てくれ」

「おいっす」


「甲子園にコールドがなくて残念でしたね瀬良さん」

「そうだな、あまりお前に無理をさせる訳にはいかなかったのだが」

「別にいいでしょ、俺は大丈夫ですよ」


「監督、失礼します」

「入ってくれ」

「はい」


「オーダーなんて決めるようなもの無いでしょ。1回戦から固定の奴でいいと思いますが」

「それはそうなんだが、辻本、お前は何番がいい?」

「いまのまま9番でいいんじゃないですか?、俺は投げるのが仕事ですし」

「そうか、ならそのままにしておく、すまないな、つまらないことで呼んでしまって」

「別にいいっすよ監督なんだから」



そして迎えた甲子園決勝、オーダーは基本的に普段通りのはずが、完投の大幅な打順変更が起きていた。


1番辻本ピッチャー(元9番)

2番和田野セカンド(元3番)

3番鬼道キャッチャー(元5番)

4番瀬良サード(定位置)

5番石川センター(元1番)

6番桐生ショート(定位置)

7番鹿島レフト(元2番)

8番山下ファースト(元9番)

9番桜屋ライト(元8番)


桐生、瀬良以外の選手は打順を変え、攻撃力重視のオーダーに。

初回から点を取るオーダーは嫌いではないが、なぜこうなっているのだろうか。


「ふぅ、今回は何とか後攻を取れたぞ、辻本」

「おっ、珍しい。明日は雨かな」

「大丈夫よ、これからが雨の予報だから」

「ですね、早めに5回は終わらせないと」

「よし、しまっていこう!」

「「おー!!」」



「あいにくの空模様となってしまった甲子園決勝戦、一体どちらの高校に勝利の女神はほほ笑むのか」


「今日はどっちのリードにする?」

「鬼道くんに任せるよ、取れる球だけ好きなだけ要求して」

「わかった」


「先発の辻本は全試合完全試合のかかった大事な1戦、これを達成すれば過去に類を見ない大記録となります、もっとも今の時点でもとても素晴らしい記録なのですが、甲子園ファンとしては期待してしまうことでしょう!」


「うおっ、あれ見て鬼道くん」


そう言いながら記者陣席の後ろに指を指す。


「あれ、メジャーのスカウトだよ。春の甲子園から見に来てるなんて、福岡には優秀な選手がいるんだね!」

「いや、どう見てもスカウトの目的はお前だろ、よかったな高卒メジャーデビュー出来そうで」

「ははっ、冗談。俺はメジャーなんて興味無いね」

「そうかい」


「プレイボール!」


試合開始の合図と共に右のオーバースローでモーションを起こす、未完のフォームで鬼道が要求したストレートを、放る。


「ストライク!」


「(1球目は見てきたのか、それとも手が出ないのか。どちらにせよ決勝に上がってくるような高校だ、手加減は出来ないな)」


2球目、アウトローから曲がる変化球を投げると、そのまま角に入りツーストライク。


そして3球目。

思い切りのいいストレートを低めに投げ、ボールはバットに当たり、ファールチップでカウントツーストライクのまま。


「(当てて来たが、これじゃ当てるのが精一杯って感じだな、同じところに落ちる球を)」


鬼道の要求球はフォーク、3球目と同じ場所に。


「そしてこれが第4球、辻本投げた!。落ちる球をバットに当ててファール!」


「(変化球にも当ててきた、元々が徹底的な粘りのつもりなのか? それとも本当にただ当てているのか)」


そしてその後も7球粘られ、12投目。


「いつまでも、遊んでらんねーんだよ」


思い切り良く振りかぶり、内角へのストレートを投げる、そしてボールはライジングボールになりバットに掠めることもなく三振。


「北斎、まずはワンナウト、ですが博多の1番バッターは辻本に12球投げさせることに成功しました」


そして、続く2番、3番共に10球以上投げさせられ、1回の時点で投球数37球。

1塁は踏まれることなく乗り切ったが、苦しいスタートになった。


「辻本、1回の時点で40球を投げさせられています、今日の調子はイマイチなのでしょうか」


「徹底的にカット打ちしてくるな、こりゃ無尽蔵のスタミナもとうとう底が見えてくるかもな」

「冗談きついよ鬼道くん」

「お前が痺れを切らして投げてこなきゃ、まだ1回表は続いてるよ」

「だろうね。でも、あっちの集中力がいつまで続くかな」


「1回裏、先頭バッターは投手の辻本から。もうすでに投げる方で苦戦していますが、バッティングの調子はどうなってくるのか」


「さっさと1点取って、楽になりたいもんだ」


しかし、俺の想いとは裏腹に、キャッチャーは立ち始め決してバットの届かない場所に丁寧に4球放られた。


「ボールフォア!」


「いきなり敬遠です! これは北斎側は意表を突かれたか!? しかし、辻本は足の方も一流、北斎側はノーアウト1塁、走らせてくる場面です」


ベンチから盗塁のサインは無し、相手バッテリーの考えがわからない以上は自分の判断で走るのも厳しい場面。


「ここは大人しくするか」


続く和田野の打席。


「打った、初球打ち! しかしこれはショート真正面。6-4-3綺麗な併殺になった!」


初球打ちは併殺に終わったが、相手に打たされたというよりは監督の指示で打たせたような、綺麗すぎる併殺。

和田野のバットコントロールがあってこその物とも感じ取れた。


「ごめんなさいね、併殺にしちゃって」

「いや、そういう指示だったんでしょう?」

「どうかしら、私の判断で初球から行ける気がしていたのだけど」

「構わん、どうせああしていなかったらそいつは2球目で走っていたさ。最もいいのは和田野だけでも1塁に残るケースだったんだがな」

「相手のセカンドに嫌がらせしてる余裕がなかったもんで」

「そのための今日の打順だ、私以外は気にする必要はない」

「あたりめーだ、さっさとこんな試合終わらせて、勝ちましょう」

「もちろんよ」


「第3球目、投げた!」


鬼道の第1打席3球目のボールは、バットの芯を捉え。レフトの頭上を越すツーベースヒット。


「打った! これは大きい!。そのままライトスタンドに伸びて! ツーランホームラン!! 4番の一振りで先制!!」


続く瀬良がホームランを打ち、石川が凡退。


1回終了時点で、2対0。試合の流れだけなら完全にこちら側に来ていた。


「ツーストライクになったら惜しまず全力で行こう、カットされればそれだけこっちが不利になるから」

「わかってる」


1球でも甘く入れば打たれ、厳しいコースに緩く投げてもカットで永遠と長引かせられる、ならば追い込んだ時点で、ペースを考えずに決めればいい。

考えるべきはペース配分ではなく、どれだけ少ない球数で試合を進めていけるか。

程よい緊張感は、手に汗をにじませ普段よりボールをよく滑らせた。



試合に異変が起きたのは5回表の事だった。

追加点はそれ以降なく、粘らせることすらさせないピッチングで相手の攻撃は無安打に抑え、こちらも完璧に抑えられ2対0のまま迎えた5回。


「打った初球打ち! 鋭いライナー性の打球はピッチャー正面へ!」


「あ、デジャヴ」


この場合、弾道が低い場合に限り股を抜ける可能性があるが、打球は確実に胸より上。

ここで考えられる選択肢は3つ。

1つ、イチかバチか左右に体を避ける。

2つ、仲間を信じて体を反らせて避ける。

3つ、グラブで取ってこぼさないように体で止める。


1番いいのは2つ目、でもランナー無しで二遊間はがら空き、可能性は低い。その上反らせた時に思い切り尻もちを着いて全国放送で醜態をさらすことになる。

それはダメだ、絶対にダメ。珍プレー特集されそうだもん。


可能性としていいのは、1つ目の方法でグラブにかすめてショート正面の位置に受け流すこと、これでも、取れる可能性は少ないが。


いや、俺はやればできる子。根性だ根性で3つ目を俺は選ぶぜ!。

(※この間僅か0.1秒)


「ピッチャー強襲! しかし、これはしっかり取ってワンナウト!」


よし、取れた。でも、予想外の事も起きてしまった。

左手で取ったボールを抑えようとした結果。手が打球に引っ張られ右肩にの付け根部分に当たってしまった。


「ふぅ、こりゃ怪我が癖になってなきゃいいが」


5回表の2人目の打席、今度は初球打ちのボールを左足にぶつけ、強烈な痛みが走るも、落ち着いて捕球からファーストへ、ツーアウトになっても。1人安心できない状況になっていた。


「辻本!」

「来ないで!鬼道くん!!」

「なっ」

「今来られたらベンチに帰りたくなるから、来ないで」


その言葉に鬼道はなにも言葉を返すことはなく、小さく頷きながらマスクを被った。


3人目の打者も初球打ちだったが今回はボテボテのセカンドゴロでスリーアウトチェンジ。


「肩貸す」

「うぃ、ありがと」

「足はどうだ?」

「冷やせばなんとか」

「そうか、ならいいが」


本当のところは全く持って何とかなる状況ではない、足の痛みの残り方からして多分骨にヒビが入ってるだろう。

だが、骨が折れようと肉が裂けようと。この試合だけは最後まで投げ切らなくちゃいけない、それが俺に出来る善行だから。


「辻本、今電話が掛かってきたんだが、緊急だと言っている」

「わかった、ベンチ裏で電話してくるから。冷却スプレーくれ」

「あぁ、打席は回ってこないだろうから安心してくれ」


「もしもし」

「もしもし? 私」

「翡翠か、お前が電話を掛けてきたってことは。まぁ、そういうことなんだろうな」

「お父様と輝石には試合が終わるまで言うなって言われたんだけど」

「ありのまま事実をいってくれればそれでいいよ」

「そう、わかったわ」


「打った! これで2連打! とうとう打線に火が着いた北斎高校! このまま試合を一気に決めてしまうのか!。5番石川君から始まった5回裏。5番6番と連続ヒットでランナーを溜めています」


「ついさっき、輝石が息を引き取ったわ。あなたにありがとうって伝えてくれって」

「そうか、優勝した姿は見せてやれなかったな」

「本当は試合が終わってから言うべきなんでしょうけど」

「いいさ、もし中途半端な結果になってたら後悔してもしきれなかっただろうしな」


「さぁ、3連打でノーアウト満塁、そしてバッターはあまりいいところのない桜屋さんです。ゲッツーだけは避けて次の辻本に回したいところですが」


「もう時間だから切るな、ありがとう翡翠」

「ええ、頑張ってね」


「打った! これはセカンド頭上越えるか!?。

越えたー! サードランナーホームイン!! ライトから素早い送球、セカンドランナーは帰れずも、1点を追加しています北斎高校!!。

そして、ここで今日2打席連続敬遠の辻本ですが! 何かトラブルがあったのでしょうか、ネクストサークルに姿がありません。まだ怪我の治療中でしょうか」


「もういいのか?」

「もちろん、、俺を誰だと思ってるんすか、、」

「怪我の治療中ってことにすれば、落ち着くまでの時間は稼げると思うが」

「冗談きついよ、、この程度の怪我、いつもの、ことじゃない」

「いや、怪我の方じゃなくてな」


ベンチに居るメンバーが俺の顔を見るなり心配そうな顔をしている、これは言葉にはしないが、正直なところ体中が震えている。


「だい、じょぶ、だから。ちょっと冷却スプレーが目に入っちゃっただけだよ」


そういいながら木製バットを手に持ち打席へ向かう。


「辻本、かっとばしてこい」

「誰に言ってんの、俺はやればできる子ですよ」


「さぁ、辻本が打席に向かいます。しかし、何でしょうか。ここからではあまりよく見えませんが、泣いているような」


「遊びは終わりだ、いい加減観念して勝負しな。俺は敬遠球でも容赦なくホームランにするぜ」


ほほを流れる水滴が、目から滝のように溢れる涙が、視界をぼやけさせる。

あぁそうか、俺ちゃんと輝石の為に泣けてるんだな。おふくろの時みたいにちゃんと。


「ピッチャーセットポジションから第1球投げた―――」


それからのことはあまりよく覚えていない、その打席の結果も試合の結果も。

しかしこれだけは確かだった、次に記憶があるのは病院だったこと。それだけははっきりと。



「君は毎大会うちの病院に来ないと気が済まないのかね」

「いえいえ、そんなつもりはないんですね、甲子園には色々魔物が住んでますし、俺専属の怪我の魔物でもいるのかなー、なんて」

「まぁいい、明日には病院を移せるから、東京の病院でゆっくりするといい」

「ちなみに怪我って」

「右肩の骨折と、左足にはヒビが入ってるね。しばらくは安静にしてれば夏には間に合うから安心なさい」

「なるほど、ありがとうございます」


試合後病院に連れていかれてもう1週間、俺の居ない間に輝石の葬式は終わったらしい。

病室に帰ると、目的も無く春の甲子園決勝翌日のスポーツ新聞を手に取った。


【北斎1年生エース、涙の満塁ホームラン。世紀の大記録も達成】


「面白おかしく書いてくれやがって、俺はそのホームラン覚えてないんだっての」


なんども読んだ新聞を読み返していると、携帯が鳴った。


「なんだクソ親父」

「なんだとはなんだ」

「明日にはそっちに帰る積もる話はあるだろうが、とりあえず病院代はあんたに着けとくから安心してくれ」

「あぁ、それなんだがな。明日、東京に着き次第連絡してくれ、あちらさんが会いたいらしい」

「明日すぐにか? まいったな」

「何か用か?」

「いや、明日は帰ったら雪と会う予定が」

「なんだ、橘さんの娘さんか。それはそれで重要だな、お前にとっては」

「橘さん?」

「ん、本人から聞いてないのか? うちでも結構人望の厚い人でな」

「知らんかったわ、なるほど色々合点がいった」

「明日は仕事の話もあるから橘さんもくる、なんなら連れてくればいいじゃないか」

「あのさぁ」

「心配しなくても、変なことにはならんだろう」

「勘弁してくれよ、俺まだ車椅子で絶好調とは言い難いのに、まだトラブルを増やしたいわけ?」

「ここ数か月上手くやっていたじゃないか、このままいけば結婚の話もいい方向に進むかもしれんし」

「あほか! あんな根っからのお嬢様お断りだ」

「そういわんでも、悪い子ではないだろう」

「金持ちのお嬢様と、貧民を金のスプレーで塗っただけの俺を一緒にすんな、俺は馬鹿高い鰻重も一切れ何万もする高級メロンも口には合わねーんだよ」

「そういや、お前、昔からの貧乏舌だったな」

「まぁいい、とにかく雪との用事が済み次第そっちに行く、それまでは自力で何とかしてくれ」

「わかったわかった、全く頑固者め」


夏も春も、いつまで経っても俺の周りに安寧と安らぎはすこしもないらしい。


「ったく、クソが」


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