第17話 春への切符
「祐介!」
「翡翠、どうした慌てて」
「どうしたって、輝石が倒れたって!」
「あぁ、大丈夫だから落ち着け、俺はちょっとタイムマシン探してくるから」
「あなたこそ落ち着きなさいよ!」
病院に運び込み輝石が集中治療室に運ばれてから数時間、一向に終わる気配のない治療に不安ばかりが増える時間を絶えることは決して楽ではなかった。
座り込む椅子に跡が出来るほど、深く腰掛けるのは僅かでも希望に神にすがるような思いがそうさせているのだろうか。
「ごめんなさい、私が1人にしなければ。こんなことにはなってなかったかもしれないわね」
「いいんだよ、お前が悪いんじゃない」
「でも――」
何かを言いかけた翡翠の手を引っ張り胸に抱き寄せた。
「もういいんだ。ただいまは、輝石の無事を祈ろう翡翠」
「えぇ、ありがとう」
※
時間が過ぎ、試合に備えて帰るよう言われ家へ帰宅してから布団に倒れこみ数時間、深夜1時頃だろうかいまだに寝付けず目は冴えていた。
「明後日の試合、俺は大丈夫なのか、こんな精神状態で。手が震えて、もうどうしようもなくなってきちまった、俺はどうすればいい。平静を装っても体は正直だなこりゃあ」
※
「今日は随分大人しいじゃない、いつもなら文句を言ってでも行きたがらないのに」
「今日はあんまりそういう気分じゃなくて」
「妹さんそんなに悪いの?」
「いまでも治療室に居るらしいです、おかげさまで一睡もできてませんよ」
「あなた、全く。瀬良に説教した人はどこに行ったのかしら」
「ここにいますけど、それとこれとは話が別でしょう」
「それもそうね。でも、あなたの妹さんは自分の体の状態がわかってたんじゃないかしら」
「どういうことですか」
「自分の限界がわかってるから、一瞬でも多く長い時間あなたの輝いてる姿が見たかったんじゃないかしら」
「だからって、無理するようなこと」
「あなたは少しでもお返しのつもりで戦いなさいよ、願ったって何も変わらないんだから」
「うっす」
※
「今日の相手は埼玉の赤城高校だ、気を引き締めていけ!」
「「はいっ!!」」
「元気っすねー、うちのあほ監督は」
「そうね、なんでいるのかは聞かないことに――」
「す、隅田監督どうしてここに、新入生との試合の後から行方不明って聞いてたのですが!!」
「お前が情けない状態だと辻本に聞いてな、ここまで出てきたって訳だ」
「負けたらまた地下送りな」
「はっ、はい」
「北斎の闇は深いわね」
「瀬良、今のお前になにが足りてないかわかるか?」
「それは、技術面も精神面も。俺は前任の五十嵐さんに比べれば何も足りていません」
「そうだな、お前は何も足りてない。1年前の五十嵐もそうだったがな。お前は何が怖い」
「俺は、五十嵐さんが作った甲子園の優勝。その結果に泥を塗らないか、それだけが不安です」
「ほう、お前はあの甲子園での優勝が五十嵐の力があっての物だと、そういいたいんだな」
「はい」
「だとしたら、本当にお前はあほだ。あれが五十嵐の力? 馬鹿を言うな。居なかった俺が言うのもおかしいがな、あんなもの辻本の1人相撲だ。
だが、今あいつはチームを勝たせることよりチームで勝つことに重点を置いてる、そのためには必ずお前の力が必要になる。そのことは忘れるな」
「どういうことですか」
「夏の大会、あいつは敵の手の内を調べ尽くしそれを早い段階からお前達に教えていた、違うか?」
「はい、確かにそうでした」
「それがあったからこそ、和田野も含めうちの打線は打てていた。しかし、地区大会1回戦はどうだった」
「地区大会というより、秋大会に入ってからの試合。1試合も辻本がチームメイト全員に相手の弱点を言うことはありませんでした」
「だからこそ、和田野ですら五分五分の打率にお前や鬼道は打てていなかった」
「それがどう関係するのですか?」
「はぁ、そこまで言わないとダメか? 夏の都大会に比べればレベルの高い地区大会で、お前達全員に敵を見る目を付けるように促していたんだろう」
「その期待に応えられず、辛い結果になったのが昨日の試合」
「そうだろうな、少なからずお前たちは
「ですが、なぜ辻本はそんなことを」
「自身の肩の関係だろう、俺1人なら、甲子園の5連覇なんて簡単に出来る。そういってるように俺には聞こえるね」
「あほ監督は戻ってきて、俺たちは居場所がなくなるわけか」
「な訳ないでしょ鬼道くん、俺がそんなへまするわけないでしょ」
「何したんだあの監督に」
「死ぬまで野球の知識を教え込んだ、以上」
「なら問題ないな、気にしないで試合をするか」
「せやせや、今日も頑張ってね正捕手さん」
「本当に俺のリードでいいんだな?」
「もちろん、ダメなリードなら首振るから」
「あいよ」
※
開幕から投打ともに噛み合い7回無失点、試合は6対0のあと1点でコールド勝ちという所を迎えていた。
そして、8回表。
恒例行事のように先攻の我が北斎高校の4番バッターはツーアウトランナー無しの場面で打席に立った。
「瀬良先輩! かっとばせー!!」
石川、鹿島の2人が打席に向かい声援を送る、今日は絶好調の瀬良。
1打席目はレフトの頭上を越すヒットを放ち2打席目3打席目は両打席ともにホームラン、しかしその2本はチャンスの場面でのものだったが。
「何言ってたんすか、試合前」
「わ、私はただ監督としての仕事をしただけです」
「あっそ。どうでした? 地獄の生活は」
「おかげさまで、私も自分に足りないものがわかった気がします」
「そらよかった」
「ファール」
瀬良の1球目はファールになり、2球目は空振りしツーストライク。
「(辻本、本当にお前の肩が限界を迎えたなら。俺はここでホームランを打って。少しでも早く試合を終わらせないといけないな)」
「ファール」
「粘りますねぇ、普段なら三振してる場面なのに」
「お前のためだろう」
「(恩返しのため、俺は。ここから先お前が1イニングでも、投げる姿を見ないために1本でも多く、1打でも多く俺はヒットを打つ)」
瀬良の思いが詰まった一振りは金属バットの芯を捉えたボールを軽々と引っ張り、ホームランになった。
「うげぇ、監督の力ってすげっ」
「第3者からの言葉は、何よりも効くことがあるからな」
「せやな」
※
「あと3つで試合はコールド勝ちになるな」
「そうだね、後のリードは任せるよ」
「左のアンダーで6イニング、ほとんど俺のリードだったろうが、あと1イニングくらい余裕だ」
「その意気だね、山下君の時も頼むよ」
「あぁ」
今日の試合、最高球速は130程度をキープしてスライダーとカーブ、スライダーのみで試合を組み立ててもらっていたが、スライダーは少な目になっていた。
「もう少しスライダー要求してもいいからね?」
「あぁ、わかってるんだが」
「もしかして、スライダー捕れない?」
「いや、流石に取れるんだがな」
「なんだその煮え切らない言い方」
今日の試合はほとんどが鬼道のリードのおかげで守り切れている分、特に文句や問題があるわけではないのだが。
「じゃ、頑張ろうかもう1イニング」
「任せとけ」
その後試合自体は何の問題もなく終わり、結局スライダーを投げることはなかったが7対0のまま試合はコールドゲームで終わり。
俺自身はホームランなどの目立つ活躍はなく、9番にて全打席安打のいたって普通の活躍で終わっていた。
※
「ただいま」
「おかえり、早かったわね」
「なんだ翡翠、てっきり病院に居るもんだと思ってたわ」
「いまは琥珀が居るわよ、あなたに話しておかないといけないことがあってね」
「話?」
「輝石の事、今日診断結果がはっきり出たの」
「そうか、あんまりよくないんだな」
「驚かないのね」
「大体検討はついてたよ、割り切ってやってたからな」
「来年の春辺りが残り時間らしいわ」
「そうか、春の甲子園は。見せてやれるといいな」
「ええ、ありがとう輝石の事」
「気にすんな、俺はもうどうしようもないからな。お前たちにできることは全部やるさ」
来年の春、それが輝石にとっての俺が戦ってる姿を見せれる最初で最後の春の甲子園か。
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