第12話 勝負の終わりと長き勝負の始まり


10年前甲子園決勝当日。


「俺おっきくなったら絶対甲子園で活躍して、甲子園で5連覇する

すごい選手になる!!」

「そう、それはすごいね。でも、そのためには一杯練習してチームの人と仲良くならないとね」

「うん! 頑張る」

「お母さん少し疲れたから休むわね、おやすみなさい」

「うん! お休みお母さん!!」


その会話がおふくろとの最後の会話だった、同時に、俺のおふくろとの最後の約束は呪縛のようになっていった。



「あの、すんまそん。打った気がしないんですが」

「気にすんなホームランはホームランだ」

「後ろに飛んだかと思ってたわ」

「だが同点だ、さっきの辻本の調子を見ればこの調子ならあと一点で勝てるな」

「桜屋もよく打ったな」

「うん! あと少し! 頑張ろう!!」



続く和田野がヒットを打つも、五十嵐に大事を取らせバットを振らさずに三振、石川が空振り三振でチェンジとなり、7回裏を迎えた。

裏の守備、徹底したピッチャー返しを浴び1人目の打者を打ち取るも2人目の打者の打球が右肩に当たる事故があるも、その後はしっかり押さえ守り切る。


8回表、そして裏は互いにバットに当てさせることすら許さず、三者三振。

9回の攻撃はツーアウトで打席が回ってきた。


「ここで打たなきゃさよならのピンチ、打てなくても負けないように投げればいい、それだけ」


肩の痛みは徐々になくなってきた、というか感覚がなくなってきた、一度経験してるからか、昔、似たような症状を味わったことがある。

あんまり残された時間は多くない、そう考えるとここは確実にホームランで1点取らなくてはいけない。


「肩、相当悪いみたいだね」

「さっきの打球もあってってところかな」

「でも、ごめんね。敬遠させてもらうよ」


「おーっとここでキャッチャーが立った敬遠のようです!!」


ここで、敬遠か。無理やり打ってもいいが、ホームランにできる確率は低いし無理に打つよりは盗塁で3塁まで行けるだろう。


「フォアボール!!」


バットを置いて一塁へ向かう、このバッテリーに盗塁を試すのは初めてだがうまく走れば2塁刺されることはないだろう。


「セットポジションから第1球、投げた!。一塁ランナーは初球から走った! しかしここは外されて素早く2塁へ!!、タッチ、判定は?。アウト! アウトです!」


「外されたとはいえ、刺されるとは思わなかったわ」

「ああ見えて相当肩もいいみたいですね、あんなのが捕手ならまず盗塁はほとんど無理でしょうね」

「リードもかなりいいし、これはきついわね」

「とりあえずは、裏も守って延長に持ち込みましょう」


9回裏は7番から、7番を打ち取り、続く守屋。


「気をつけてな、荒れ球気味にはなってるが、球速はどんどん上がってるぜ」

「そうだね、4回から全力で投げてていまだに160後半なんて、同じ人間なのかを疑いたいよ」

「そうだな、俺もそう思う」


肩の感覚は大丈夫、ここで気合を入れてしっかりと守らないとな。

感覚のない肩から、しっかりと力を抜いて、体重を動かすことよりはフォームを意識して、1球目。


「ストライーク!!」


「まさか、さらに上げてきた?」

「初速から終速まで1キロ、ここにきて大分伸びてるな」

「球速179、かとうとう、ゲームよりすごいね」

「さあな、あんたのとこもいまだにベストピッチじゃねーか」


2球目はド真ん中へのストレート、球速は変わらず、カウントはノーツーになった。

3球目も同じように真ん中のストレートを。


「ファール!!」


3球目でもう当ててきた、鬼道くんの捕球力を考えるときわどいコースには投げられない、さっきのナックルだって取れたのはまぐれに近い。

なにより、あっちからリードしてこないのがいい証拠だろう。


速い球と、あんまり球速の速い球はだめ。


「しゃーなし、もう1個の隠し玉所見殺し使いますか」


低めに投げるように意識して、ボールに特殊な回転を掛ける。

初速はストレートと一緒のボールだがチェンジアップのように徐々にスピードが落ちる。


「遅すぎて、待てないッ」


しかし、山なりに落ちることはなく、まっすぐにミットに一直線で進み、収束はほとんど0にまで落ちる。


「ストライク! バッターアウト!」


「今のは?」

「少し前に使ってるのを見たことがあるんだがな、1年くらい前の話だから、どんなのかは忘れたよ」

「へえ、あれは相当だね」

「早いの待ってたからそう思うだけだ、普通に見てたらただの棒球に近いさ」

「本当にそう思ってる?」

「さあな、今の投げ方なら、決め球にあれが来たらみんな打てないと思うが」

「上手い言い方だ」


フゥ、神経が研ぎ澄まされてる感覚がする。

決め球には出来ないが、パッと使う程度には問題ない威力だろう。


「日本一までのアウトは、あといくつかな」


そして次のバッターは哲人。直接勝負は3回目、打者勝負も投手勝負も、1勝1敗ってとこだろうか。

両打ちの哲人は有利な左打席へ。

ここは勝って、次回の攻撃にいい流れを引き込みたい。


「チャンスはあと1回、12回に回ってくるであろう俺の打席が最後になる。ここで泥沼の再試合と、サヨナラになれば日本一にはなれない」


「プレイ!」


モーションを起こして1球目。もう、コントロールに気を配ってる余裕は精神的にも、身体的にもない。


だったら正面突破の全力ストレートをど真ん中に放るしかない。


「悪いが、もう見切ってる」


哲人の振り下ろしたバットがボールに当たり、引っ張り気味に打たれた打球はライト方向へ。


「捕れ!桜屋!!」


振り返ると同時に精一杯の声を張り上げた。

ライト線ギリギリの弾道ふつうは取れない場所だが、うちの桜屋は野球の基本は教えられる程度教えただけで、他はペーペーですから、センターの石川の守備範囲に甘えて、すごいとこに立たせてますから。


「捕れないわけがないんだよね」


「アウト!! チェンジッ!」


何とかここの回は守り切った、今の球速の俺に合わせてくるような頭のおかしい奴は、どう考えても哲人と守屋だけ。

三者三振に抑えれば次にあいつらの打席が回ってくるのも12回になる。

でも、俺の打席で敬遠されればこっちはじり貧か。


「桜屋、ナイスキャッチ」

「うん、ありがと! 教えてもらったこと上手くできてた?」

「それはお前に守備を伝授した和田野先輩に聞きな、俺が教えたのは打球を怖がらない方法だけだしな」

「それが一番ありがたかったりするんだけどね」


延長10回は何事もなく進み11回の攻撃、ツーアウトでの桐生の打席に哲人に異変が起き始めた。

桐生をフルカウントから歩かせ、ツーアウト1塁桜屋の打席と鹿島の打席はストレートのフォアボールを与え。


11回の表、予定より早く、しかしこちらが望める最高のシチュエーション、点差なしで、ツーアウト満塁。

どうあがいても敬遠ができない場面。

その根性は認めてやる、だから俺も、本気で右打席で打つ。


「敬遠で1点か、ホームランで4点なら。お前はどっちを選ぶんだ?」

「僕個人としては敬遠で1失点かな。でも、点差がない場面で相手投手が君なら。ここは避けれない勝負なんじゃないかな、本当にわがままなんだよ君も、彼も」

「この状態は守屋、お前が敬遠できないようにするための環境ってことか」

「そうだね、さっきの勝負敬遠させたことを相当怒ってたから」

「泣いても笑っても、ここが最終勝負になるな。お互い」

「・・・そうだね」


哲人の第1球目、思い切りのいいストレートが先ほど俺が投げたのと同じコース。


「ファール!!」


甲子園のマウンドで優勝のかかった大事な場面で、こんなことするあほなんかいないもんだと思い込んでいた。


「ボール!」


なぁ哲人、甲子園で優勝出来たら、お前は兄貴の一成を越えれるんだぜ?、なのにその場面を捨ててまでこんなことどうしてできんだ?。


「ファール!」


そっちの打者人は俺を潰してまで勝とうとしてるのに、それに逆らってこんな展開にしたら、ピンチになるだけだろうが。


「ファール!!」


でもありがとうな、おかげで野球の楽しさがやっとこさ実感できたよ。


4球目、これで決着をつける。


右のオーバーハンドから投げられた渾身のストレート、体に無駄な力の入らない完ぺきなスイングで、バットの芯で放ったボールはきれいな放物線を描き。


一直線で甲子園のスコアボードへと直撃した。


「っしゃあ」


ボールはスコアボードにめり込み、返ってくることはなかった。甲子園で史上最初で最高のホームランが飛び出た。


場内は歓声で沸き、勝負に負けたはずの哲人は、どこか清々しい顔をしていた。


「ナイスバッチ!!」


ベンチに帰ると背中を思い切りたたかれた、なんでだろうか、ここまでで一番うれしいはずなのに不思議と涙が出てくるのは。


「ごめん、ありがとう」

「なんでお前が泣いてるんだよ!! まだ試合は終わってねーぞ!」

「う、ん。わかってる」


続く和田野が三振したのは黙っておくして、これが最初で最後の今年の夏の守備だ。


11回の裏、相手の打者は4番から。

投球前に鬼道をマウンドへ呼ぶ。


「鬼道くん、俺ね自信が確信に変わった」

「この試合の勝利のことか?」

「ううん、違う」

「じゃあ、なんだよ」

「多分俺ね、肩脱臼してるわ」

「はぁ!?」

「昔ねナックルズいたときにも脱臼したことあって、多少癖になってるのかも」

「お前それ、投げていいのか? 下手したら来年以降投げれなくなるかもしれないのに」

「いいんだよ、俺にはまだ左があるし、それに。どんな無茶しても哲人くんと向き合いたいから」

「一成さんに頼まれたから、じゃなく?」

「うん、決めた。俺のライバルは和田野先輩でも鬼道くんでもなく。哲人君なんだと思う」

「そうか、ならこの先やることはお互いに同じみたいだな」

「だね」

「4番をアウトにして、3人敬遠。守屋と哲人との勝負これでいいな?」

「もちろん、なんなら4番から敬遠して3点差、打たれたらさよならでもいいよ?」

「ふざけんな、そこまで俺はお人好しじゃねーぞ」

「確かに、それは哲人君も納得しないだろうしね」

「悔いのない勝負にしようね」「悔いのない勝負にしようぜ」


不思議と最後の言葉は重なった、ありがとう。最高の女房役にあえてよかった。


「ストライクッバッターアウト!!」


「フォアボール!!」


「フォアボール!!」


「フォアボール!!」


正直言ってここまでのベストピッチは、まぐれなんだろう。

いい感じに外れた結果、無茶苦茶で、最高の投球ができてる。

だからもう、負けても言い訳はしない。


「ストライクッバッターアウト!!」


「守屋、スイングアウトの三振! バットにかすりもしませんでした!。

そして、激闘の甲子園決勝も残すところアウト1つ!」


哲人の最終打席、様変わりして木製バットを持ち右打席に立った。

バットを外野フェンスに差し、予告ホームランをしてる。

ははっ、やる気があるみたいで俺もうれしいよ。


「小細工は抜きだ」


ワインドアップから大きく後ろに体重を移して、そのまま全体重を右肩に、逆らわずに、ボールを放る!。


「ストライクッ!!」


1球目からフルスイングで振るも初球は空振り。

投球の時に頭から落ちた帽子を被りなおす。


「もう少し、もう少しだけ。持ってくれよ」


右腕がミシミシと悲鳴を上げている、感覚はなくても自分の体の限界は心得てる。


2球目、もう1球同じ動作で同じ場所へ。


「ファール」


「ファール」


2球目、3球目とファールにされ、5球目。


全身の力を集結して、今度は得意球の。


「ジャイロボールじゃい」


ベキッ、と肩が限界を迎えたような音がした、そしてバッターボックスでも、木製バットの折れる音とともに、鬼道が軽くボールを受け止めていた。


「ストライク!バッターアウト!。ゲームセット!!」


全てが終わった音がした、場内は歓声が響き、両チームともに、満足そうな顔をしている。

ふらっとマウンドからよろけてふらつくと走ってきた鬼道と瀬良に受け止められる。


「大丈夫か辻本」

「ありがとうございます、先輩」

「気にするな、お前のおかげで甲子園優勝だ」

「少しだけ、哲人君の方行ってもいいですか」

「ああ」


ふらつく足を瀬良と鬼道に支えられながら、バッターボックスの哲人の方へ向かう。


「ナイスゲーム哲人君」

「勝ったやつに言われてもうれしくないんだがな」

「そんなことないさ、俺や瀬良先輩を筆頭に辻本以外は打てなかったしな」

「勝てなきゃ意味ないだろ」

「勝ちが全てじゃないでしょ哲人くん、それを証拠に、限界を迎える前の俺との勝負にこだわったでしょ?」

「俺は兄貴を越えたかっただけなんだがな、でも俺が今超えないといけないのは、兄貴じゃなくてお前だ」

「うん、いつでも相手するよ。でも今は少しだけ寝かせ、て」


意識が途切れてそれ以降のことは覚えていない、次に目を覚ましたのは、決勝前と同じ病院だった。


「起きたか、辻本」


目を覚まして1番最初にあったのは哲人だった。


「驚いた、哲人くんがいるなんて」

「今日帰るんだが、その前にお前に言っときたいことがあってな」

「なに?」

「いつかお前を倒す、だからそれまで野球続けろよ」

「辞めるなんて言ったっけ?」

「ちげーよ、今回みたいな無茶なことすんじゃねーぞ」

「あ、そういうこと」

「じゃあな、お前のとこはもう帰ってるらしいから、あいつらと会うのはかえってからだろうな」

「いろいろと教えてくれてありがとうね、また、甲子園で会おう」

「ああ!」


哲人が部屋を出ていくと、4人組が入れ替わりで入ってきた。


「あ、お兄ちゃん!」


勢いよく輝石が飛びついてきた、どうやら親父とやかまし三姉妹のようだ。


「おう、クソ親父。医者はなんだって?」

「脱臼と骨折だ。予想通りってとこだろう?」

「あぁ、輝石、少しどいてくれ」

「うん」

「ありがとな。それと心配かけて悪かったな」

「ううん、お兄ちゃんのこと信じてるから」


可愛らしい笑顔を見せている輝石の頭を優しく撫でる、まだ半年も経っていないのに輝石は本当によく慕ってくれている。


「とりあえずは明日都内の病院に移れるように手続きしておいたが、医者の話によると、若いからか、相当治りも速いらしい。夏休みが終わるころには退院できるんじゃないか?」

「そんなに早くか、決勝からどれくらい経ってるんだ?」

「2日だ」


「そっか、本当に心配させたな輝石、翡翠、琥珀」

「私はそんなに心配してませんでしたよ、お兄様」

「私も」

「翡翠、お前は親父の前でもそうなのか」

「なんのことかしら」

「そんじゃ、俺は仕事が溜まってるから先に変えるからな」

「あぁ、次に会うときはあんたの葬式だと思いたいね」

「うふふ、お兄様ったら冗談がお上手ですこと」


親父が部屋から出ていくと、翡翠がため息をつき始めた。


「はぁ、やっと帰ってくれたわねお父様」

「八方美人でいいこと」

「まったく、野球するだけでこんなに怪我するなんて馬鹿じゃないの?」

「まったくおねいちゃん、そんなこと言って、心配してたくせに」

「こら、輝石余計なことは言わなくていいの!」

「翡翠はツンデレだから、許してあげてねお兄」

「知ってるよ、お前らみんながいい子ってくらい」

「はぁ!? なんでそんなに上からなの!? あんたと私は同い年でしょうが!」

「そういやそうだったな、子供っぽいから忘れてたよ」

「何それ」

「うふふ、よかった。みんなお兄ちゃんに会う前はギスギスだったのに、お兄ちゃんのおかげでみんな仲良くなれたね」

「お前ら3人はもともと同じ場所にいたんだから、いさかいなく仲良くなれるのは当たり前だろ? 俺とお前ら三姉妹が仲良くなれたのは、お前たちがいい子だからだよ」

「うん、そうだと思う」


輝石が寄りかかるように俺の方に体重をかけてきた、左腕で支えてやると、輝石は少し眠そうにしていた。


「あなたが目覚めるまで輝石、あんまり眠れてなかったのよ」

「私たちの中で一番お兄を好いてるからね」

「そうか、寝ててもいいぞ輝石」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」


幸せな時間というのはそうそう長く続かない物というのはよく知っている。

でも、戦いの後の休息は長く続いてほしいと思うのは俺の、わがままだったのだろうか。



甲子園通算成績

間違ってたらすいません。


辻本防御率5.34

投球回32回

失点19

打率10割

ホームラン数描写内は二本では?


山下防御率6.63

投球回19

失点14


しかしこれは失点なので自責点ではないため自責点なら辻本は18で5.06になります。


まあ、こんなもの。あんまり関係ないけどね。

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