第13話 新たなる出会い
8月31日。
明日から始まる新学期に備え、退院の為の荷物まとめをしていると、テレビから不穏なニュースが流れ始めた。
「速報です。甲子園の熱も冷めない今年の夏ですが、野球マンを名乗る男により、高校球児が襲われるという事件が発生しています」
荷物をまとめていた手を止めテレビの方へ視線を向けた。
「今回被害にあったのは甲子園出場校橘の生徒3名で、いずれも重傷には至っていませんが未だ犯人は不明。警察関係者の取材でわかったことは、赤い面を被ったバットを所持した男に夜道で襲われたということのみで、現場には「正義の使者が成敗。by野球マン」と書かれた紙が大量にまかれていたということです。
警察では高校球児達を狙った犯行が続く可能性があるとみて捜査を続けています」
「物騒な国だわ日本て」
※
少し離れた場所の病院に入院したため、帰りは電車に乗って行かないとけないのが少し苦だが。
「しかも、ニュース見てたから微妙な時間になっちゃったし」
帰宅時間の電車に巻き込まれ、満員電車に揺られながら帰宅していると、少し気になる物を見た。
中学生くらいの女の子だろうか、制服姿の子が困ったような顔をしていた。
少し目線を下と後ろに寄せると。
「あぁ、なるほど」
「次は〜東京〜東京〜」
「駅も近いし、いっか」
少しずつ、近付き。後ろにいたスーツ姿の男の手を掴む。
「なっ、なんだね!?」
「いえ何も、いい時計だなって思って。どこで買ったんです? 教えてくださいよ」
「東京の店で買ったんだが?」
「あっ、いいなぁ店、教えてくださいよ」
駅に着いた電車が止まり、左手で掴んでいた男の腕を駅のホームに向かって投げ、ドアの当たりで背中を蹴飛ばす。
ついでに目的の駅なので俺も降りてっと。
「そんだけいい暮らししてんならさ、もう少しまともな事しようよ、世の中にはそういうのの冤罪で困ってる人もいるんだし」
「ちっ、いい気になるなよ!!」
大きく振りかぶって殴りかかってきた男の股間目掛けて蹴りを一撃、苦しそうな顔を見せている所で、足払いを掛けて体制を崩す。
尻もちをついた男が股間を抑えながら悔しそうにこちらを見ている絵が、なんとも言えない個人的な面白さを味合わせてくれた。
「不能になる前にやめ時な、俺も、病み上がりで機嫌がよくねーんだ」
騒ぎを聞きつけたのか直ぐに駅員が数名走ってきた。
「なにかありましたか!?」
「あ、いえいえ電車から降りたおじさんが躓いて転けちゃったみたいで、その時に俺の膝があまり良くない所に当たっちゃったみたいで、てへっ」
「そうでしたか、お客様大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。すまないね、こちらの不注意で」
「いえいえ、俺も少しやりすぎちゃいました、なんなら慰謝料でもなんでもお支払いしますから。社株が下がるよかマシだから親父も喜んで出してくれると思いますし♪」
尻もちをついてからスーツをよく見てみると、まあまあ、偶然に偶然は重なるもので。
「き、君はまさか」
「どーもー、甲子園優勝校のエース辻本くんでーす」
「こ、これは済まなかった。この事はくれぐれも社長には!!」
「別にいいからさ、もう2度とすんな。俺の仏顔は2回が限度だからね」
「はっはいぃ! 本当に申し訳ございませんでした!」
駅のホームを逃げるように走って消えていった痴漢男の背を見送る
「すいませんでした、お騒がせして」
深々と頭を下げ、誠心誠意思ってもない謝罪をする。
「サインならいくらでも描きますよ!!」
「いや、それは大丈夫だ。あの人痴漢だったんだね」
「すいません、うちのクソ親父の所の社員で。あんまり騒ぎにはしたくないんですが」
「被害者の方は?」
「多分さっきまでいた電車の中かと」
「ならいいんだがね。まあ、被害者の方からそういう話が出てしまったらその時はどうしようもないからね」
「うっす、本当にすいませんした」
駅員たちが帰っていき、ホームでざわざわと騒いでいた客達もまばらに散っていった。
「あのっ」
「はい?」
不意に後ろから話しかけられ振り返ると、そこには被害者の女の子が。
「あっ、君はさっきの大丈夫だった?」
「はい、お陰様で。助けて頂いてありがとうございました」
「気にしないで、それより、埼玉の中学生がなんでこんな時間に東京に?」
「え? なんでわかったんですか?」
「うちの妹が東京から埼玉の方の学校通っててね、同じ制服だったもんで」
「そうだったんですね! 実は父の誕生日プレゼントを買いに来てたんです」
「なるほど、そりゃ災難で」
「お詫びに案内しようか? 少なくとも、君みたいな女の子が一人で歩くようなとこじゃないしね」
俺より少し小さい少女に手を差し伸べる。
金髪のポニーテールに夏服の制服、夏休み中なのにどうして制服なのか、あれ、よく考えたら、8月31日の今日は普通に登校日では。
「あ、俺確実に退院日間違えたな。まぁでも、いい事したしいいか」
「辻本さんはどうしてここに?」
「あれ、俺名前言ったっけ」
「甲子園の中継見てましたし、それに名乗ってましたよさっき」
「あ、そうだったわ。今日が退院日だったんだよ。それと、敬語なくていいよそんなに年も変わらないんだから」
「じゃあ、遠慮なく」
「そうそう、さっ行こうか」
「うん」
差し伸べていた手を彼女が握り、並んで歩いていく。
「そういえば君の名前は?」
「橘、橘雪(たちばな ゆき」
※
その後、普通にクレープを食べたり、ゲーセンで遊んだりという、リア充みたいなことをしていたのだが、みなさんの目が悪くならないように書かないで置きます。
そしてなんやかんや見回りながら店に向かい、時間も遅くなってきた。
「そういえば、プレゼントは何にする予定なの?」
「うーんと、時計かな。お母さんと相談して決めた」
「東京で時計か、まあ、近いとこなら知り合いがやってるとこあるけど」
「じゃあ、そこいこうよ」
「あ、うん。ちょっと高いとこだけど。大丈夫だろ」
近くの知り合いの店に入り、真っ先にレジの方へ向かう。
「てーんちょー!!」
「あ、辻本君」
「あれあります? あれ」
「この前に予約してたやつ? あれ、2個入ってるけど」
「なんだよ都合いい、それくれ」
「え?」
店長が後ろにいる雪に聞こえないように耳打ちしてくる。
「あれ、1つ100万もする代物だよ? 手持ち大丈夫?」
「大丈夫、カード1つは親父名義のカードで」
「もう1つは後ろの子に3万くらいで譲ってやって、後で現ナマ持ってくるから」
「まあ、今まで結構高いの買ってもらって信用はあるから平気だけど」
「頼みます」
「まぁ、うん。なんでそこまでするんだか。妹さんと来た時もそんなに高いのは買ってあげてなかったでしょ」
「親父がらみですよ、まあいいやとりあえず、持ってきて」
「はいはい」
店の奥の方まで店長が行き、箱を2つほど持ってくる。
「なんかいいのあった?」
「うーん、男の人の時計ってなんか難しい」
「だよね、今聞いてみたら安めのでいいのあるらしいから、見てみな」
持ってきてもらった箱を開けると、宝石関係は一切使ってないのに室内照明だけで輝くゴールドカラーの時計が出てきた。
「あー、これこれ。いい感じの時計だな」
「すごい綺麗」
「そんなに高くないですが、どうします?」
「うーん、何か違う感じが。うちのお父さん普通のサラリーマンだから、こんなに綺麗なのはもったいないかなぁ。こっちの時計は?」
すみの棚にあった、値札すらない少し汚れたシルバーの時計を雪が指さした。
「そちらは、まぁ。ちょっと型落ちしてるやつで。あと、壊れやすいから今見せた奴のパーツ使って綺麗にしようとしてたんですよね」
「それ、店長のお気に入りの奴で確か10年前に出た奴でしたっけ」
「そうそう、それ使ってくれるなら無料でいいくらいだよ、壊れやすいから修理費用の方が大きくついちゃうし」
「へー、そうなんですね」
「あ、そうだ。なら、組み換え代と、手入れ代で3万てのはどうかな」
「え、そんな安くていいんですか?」
「ただ、時間かかっちゃうけど」
「雪のお父さんの誕生日って」
「3日後」
「なるほど、いけます?」
「まぁ、大丈夫じゃないかな」
「じゃあ、3日後に一緒にとり来ようか」
「うん」
「ちょっとさき店出ててね」
「はーい」
店に出て行ったのをしっかり確認して、店長と目を合わせる。
「大丈夫ですか? 3日で仕上げるとか言っちゃって」
「うん、そんなに時間かからないと思うよ」
「んじゃ、とりあえず2つ分」
「あ、それなんだけど。1つ分でいいよ。そっちもお父さん用でしょ?」
「まぁ、支払いは親父の金ですけど」
「元々片方は、その型落ちを名を直すために買ってきた奴だから」
「なるほどね」
「その型落ちってね、本当は親父からもらったやつで親父が20年くらい使って、そのあと今みたいに親父が直してくれたのを俺が貰って、んで10年使って、使わなくなったのを見せに飾ってるだけだから」
「そんなに歴史あるんすね」
「うん、まあでも。他の誰かが使ってくれるならその方がいいよ」
「んじゃまあ、また」
「うん、仕上げとくから3日後に」
話を終わらせ店を出ていく。
「お待たせ」
「そんなに待ってないよ」
もう時間は6時半を回っている、そろそろ家に送らないといけないな。
「じゃあ、送っていくから帰ろうか」
「え、いいよそんな。今日は助けてもらったのもあるし」
「さっきの今で電車乗るの怖いでしょ? それに」
「それに?」
今日家に帰ればいつもの賑やかな環境になってしまう、仕方はないが。
「まだ、あんまり家に帰りたくなくてね」
「なにそれ、家出少年みたいな言い方」
「確かに違いねーな」
2人で笑いあいながら、道を歩く。
こうして家族以外と笑うのは久しぶりな気もする。
「あと、お前と一緒にいるのが純粋に楽しいのかもしれないな」
「何それ」
近くにいた車(監視役の西山さん)に合図を送る。
「近くにちょうど足もあるし、少し遠くても送ってくよ」
「ありがとう、いろいろ気遣ってくれて」
「親父のケツは拭いとかないとね」
近くに寄せてきた車の後部座席のドアを開け、雪を乗せる。
「ありがとう」
「いえいえ」
俺も反対側から乗り込むと、西山さんが驚いたような顔をしていた。
「どうかした? 西山さん」
「西野っす。坊ちゃんがチームメイト以外の女性といるのが珍しくて」
「そうだな」
「どちらまで?」
「あ、聞いてなかった。雪どの辺?」
「そんなに遠くないよ、東京よりの方だから」
「案内お願いするっす」
※
1時間ほ他愛もない話をしながら車に揺られ続けると、雪が案内してくれた場所についた。
「今日はありがとう、また3日後に」
「おう、また今度な」
別れ際のあいさつをしていると、玄関の戸が開き、エプロン姿の女性が出てきた。
「あら、雪お帰りなさい」
「ただいまお母さん」
「その人は、もしかして彼氏さん?」
「違います、ただの知り合いですよ」
「そんなにきっぱり言わなくてもいいじゃん」
「彼氏さん送ってくれてありがとうね、よかったら晩御飯食べていくかい?」
「ちょっと、お母さん」
「嫌がってますし、帰りますよ」
「いや、別に嫌がってはないけど」
「じゃあいいじゃない、ほら彼氏さんこっちよ」
雪のお母さんに腕をつかまれ、半無理やり家の中へ連れ込まれる。
「ほらお父さん、とうとう雪が彼氏を連れてきたわよ」
「お邪魔します」
「だからお母さん! 彼氏じゃないって」
リビングに連れ込まれて行くと、お父さんらしき人がいた。
「君は、甲子園優勝校のエースに似ているな」
「あ、本人です」
「そうかそうか、それはよかっ・・・え?」
「どうしてそんな子が雪と一緒に?」
「いえ、いろいろありまして」
「ささ、こっちに座って」
お母さんに椅子の方に導かれ、言われるがままに座る。
なんかこう、家族団らんの環境に置かれると緊張する俺がいる。
「少し待っててねもうすぐできるから」
「すいません気を遣わせちゃって」
「いいのよ、雪の恩人ならちゃんとお礼しないとね」
「それで、何があったんだ?」
「あ、いや。えーっと」
どう誤魔化そうか迷いながら、雪の方に視線を回すと。普通に言っていいよっという表情をしていた。
そういうのって男からは言いにくいんですよ? わかってくれます?。
「えーっと、実は俺今日退院しまして、帰り際の電車で・・」
「私が痴漢されてる所を助けてくれたの」
言った、普通に言ったよこの子。
「そんなことがあったのか、それは本当にありがとう」
「いや、あの。加害者には逃げられちゃったんですけど」
「そういえばなんか言ってたよね」
「何かあったのかい?」
「あの、あれなんすよ。その加害者の方がうちの親父の会社の社員でして。あの、訴えたかったら全然訴えていいんで。雪さんも嫌な思いしたでしょうし」
「いや、私は全然。むしろ祐介と会えて楽しかったし。そういえば、どうして会社の人だってわかったの??」
「襟のところにバッチ着けてたでしょ? あれ、うちの会社のマークだったから」
「なるほど」
「雪が気にしてないならいいが、君の会社ってあの東京の大企業だろう?」
「辻本グループですね、まあ、大企業かは知らないですけど」
「まぁ確かに世間体を考えると大事にしないために逃がすのが得策だったろうね」
「すいません、他に穏便に済ませる方法が思いつかなくて」
「気にしなくていいよ、私も同じ会社だしね」
「あ、マジすか」
「あれ、お父さんそんなところ務めてたの?」
なーんで実の娘さんがそういう大事なこと知らないんですかね、地味なサラリーマンて言ってたよね。
「雪何で知らないんだ、お父さんこれでも課長なんだぞ」
「あれってことは、何回か会ったことがあるのでは」
「そうだね、2.3年前に何回か会ったことがあるはずだよ」
「てか、野球やってませんでした?」
「おお、思い出してくれたか」
「だから雪さんも野球が詳しいんですね」
「違うよー、私は普通に野球やってるよ」
「へー、え?」
「埼玉のシニアで硬式やってるよ」
「そうそう、私の影響で今では4番を打つほどの強打者に」
「そんなにすごいんですね」
「祐介ほどじゃないけどね、今度3年生の引退試合もあるから、よかったら見に来てよ」
「いつの話?」
「2週間後の日曜日」
「あ、その日知り合いも引退試合の日なんだよな、悪い」
「そっか」
「はいはい、できたわよ~」
キッチンで料理していたお母さんが大きな皿を持って出てきた。
「味が合うといいんだけど、サバの味噌煮」
そういいながらも大きな皿に入っていたのは野菜炒め、次々と運ばれてくる他の皿にはサバの味噌煮とみそ汁、そして白米。
「質素でごめんなさいね」
「いや、昨日まで病院食だったのでだいぶ豪華ですよ」
「そう! お世辞でもうれしいわ。召し上がれ」
「お世辞なんてとんでも。いただきます」
サバの味噌煮をひと口サイズに箸で切り、口に入れる。
口に広がる濃いめの味噌の味をかみしめながら白米を掻き込む。
「いやぁ、病院食しか食べれなかった1週間ちょっとが夢みたい」
「怪我の方は、もう退院してもいい程度にはよくなったのかい?」
「まあ、まだギプスは外せないみたいですけど脱臼の方は自力で直しましたし、後は骨が治るの待ちですかね」
「じゃあ、秋の大会は」
「多分不参加になるんじゃないですかね、先輩が1人引退して俺が離脱したら8人しかいませんし」
「そうか、それは残念だな」
「まぁ、仕方ないですよ」
多分治ったとか嘘ついて出るけど。
だって春の甲子園は3月ごろだし、秋季大会はそんなに試合数もないし。
※
食事が終わり、食後に落ち着きながら話していると、時間がえらいことになっていた。
そして、帰り際。玄関まで雪が見送りしてくれた。
「今日はありがとう、また3日後に」
「ああ、連絡先教えとくな」
「わかった、はい携帯」
「はいって、番号いってくれりゃいいのに」
「私携帯とか詳しくないし」
「偶然だな、俺もだよ」
「適当に打ち込んどいて!」
雪の連絡先を携帯に登録し、雪に携帯を返す。
「それじゃ、また今度」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
タイミングよく帰ってきた車に乗り込み、手を振る雪の方へ手を振り返す。
「楽しそうですね、坊ちゃん」
「久しぶりの娑婆だしな、それに、妹たちを見てるみたいでな」
「立派なシスコンっすね」
「失礼なこと言うんじゃねーよ」
来た時よりも長い時間を揺られながら自宅へと帰る。
いつの間にか寝ていたようで、次に目が覚めたのは家の前だったが。
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