第10話 傷を乗り越えて


ガンっというボールがライト側のポールに当たり当たる音とともに、静寂の場内から歓声が響いた。


「辻本! 流れを変えるような豪快な一発!! これで点差は2点、北斎側に勝利の女神が微笑みだしたか!?」


「ナイスバッチ、これで後2点だな」

「試合開始から入れなかったんだし、その分は取り返さないとね。でも、ここからが長くなるよ」


「ここで先発の守屋が交代し、2番手として登坂哲人(とさか てつと)君がマウンドへ上がります」


「ほら、本命がやってきた」

「一成選手の弟だっけか、そんなにすごいのか?」

「左腕のスリークォーター球速162キロ、キレのいいフォークとスライダー。落差60キロのチェンジアップ。おまけにこれといった癖がない、唯一付け込めるのは四球の多さ、でも相方のリードは天下一品。そのせいか、相方の方が捕手やってる時とそうじゃないときの四球率は大幅に違うよ」


「キャッチャーも田上君を交代し、成宮(なりみや)君がマスクをかぶるようです」


「あのキャッチャーか」

「そ、後2点になるか、3点になるかどちらにせよ、きつい展開になってきたね」

「打ち崩す算段は?」

「ない、何なら自分でも打てる気がしない」

「そんなにか」


「ストックアウト!! チェンジ!」


1番の和田野が三振し守備へと移った。


「相当厄介ねあのピッチャー」

「そうでしょ、何よりデータがないし」

「今回が初登板?」

「代打では何回か出てますけど、甲子園ではまだ未登板ですね」

「地区大会での映像は?」

「知り合いのスカウトに聞いてみたんすけど、なんとももらえなったので」

「あの守屋って選手そんなに評価が高いの?」

「いや、哲人君の方がね、プロ野球選手の弟であっちは下手すりゃ兄貴より才能がある、まあ、スカウト人としては負けて評価が下がるのを避けたいんでしょ。もちろん監督もだと思うけどね」


話を終えマウンドへと向かう、2試合目からの試合はすべて鎮痛剤を接種していたのだが、今日は時間がなく薬を取りに行くことはできなかったが、鎮痛剤がない方が感覚が鈍らないし、いいピッチングもできるだろう。


「プレイ!」


蓮舫側は5番バッターから。

1球目、痛みを抑えながらインコースへ投じたボールは大きくインハイへ抜けた、デッドボールにはならなかったが危ないボールになった。


「あっぶねぇ」


1失点もしないようにするには、1人もランナーを出すわけにはいかない。

2球目低めに行ったストレートをバッターが引っ掛けセカンドゴロになって、ワンナウト。


2人目3人目はは痛みに慣れピッシャリと三振にうちとった。


「ナイスピッチ辻本君、最初の暴投はびっくりしたけど、そのあとはしっかり押さえれたし大丈夫だよね」

「いまは抑えられるだけ抑えて、最低でも同点にしましょう。そうしないと勝てるもんも勝てませんから」

「そうだね、後2点返して。勝とう!!」

「お、やっとその気になりましたか」

「うん、ここまで来たし頑張らないとね」


内心ミシミシと悲鳴を上げる腕に限界を感じている。

もうすぐ日本一なんだ、投げられる奴が他にいない以上俺が弱音を吐いてる時間はない。


「とにかく短く持ってヒットを打ちましょう、少しずつでも打たないよりはましよ」

「とにかくつなげる野球をして、辻本につなげよう、少しは可能性があるかもしれん」

「いや、言っとくと瀬良さん俺も打てる自信はないですからね、ビデオで見ても迫力のすごいこと」

「あなた、さっきもらえなかったって言わなかった?」

「1本だけね、親父の部下に取ってきてもらったのが」

「それでも打つ手なしか」

「残念ながらね」


「五十嵐三振!!」


「石川! ファイト!!」

「ごめん打てなかった」

「大丈夫だよ、どの道だれも打てるとは思えない」


まじめに試合分析をしている人の顔を見てベンチにいた面々がきょとんとした表情になっていた。まったく、俺だって大舞台で凄腕の投手見た時くらいまじめになりますから。


「石川! 空振り三振!。フォークにいいようにやられてしまいました!!」


「瀬良さん、これで」


打席に向かった瀬良に対しホームランのサインを出す、実際これ自体ホームランを打てという直訳ではなく、カウントを気にせず全力で振っていけという意味合いがあるのだが、どうにも伝わっていないようで。



「先生、本当はあいつの腕はどんな具合なんですか?」

「本来なら、キャッチボールをするだけでもかなりの痛みが走るはずです、右腕の上腕部の骨は小さなヒビが、前腕部と肘にも似たような怪我が」

「ということは、少しでも間違えれば」

「折れますね、というより折れてないのが不思議なくらいです、お父さんどうして彼はあんなにまで無茶を?」

「強いて言うなら、母親との約束でしょうか。幼いころなくなった母との唯一守れる約束ですから」



「ここでツーアウトの1塁瀬良君の長打を狙った豪快なスイングがボールをかすかにとらえライトの前に落ちるポテンヒットとなりました」


「かっせー鬼道君!!」


応援の努力も虚しく鬼道は空振り三振に倒れ、守備交替になった。


「五十嵐先輩、手どうですか?」

「大丈夫だけど、どうかした?」

「さっきの暴投取った時、少し手捻ってませんでした? バッティングフォーム若干崩れてましたよ?」

「捕球する分には全然大丈夫だよ! 僕の心配より自分の心配しないと! 辻本君は!」

「ですね、そうします」


「どうかしたか?」

「近いうちに交代するかもしれないから、少し気持ちの用意しといて」

「マジか、あんまり自信ないぞ?」

「秋からは鬼道くんが受けるんだから、予行練習がてらって感じに思ってらいいんじゃない?」

「気持ちな、気持ちの用意だけしとく」

「考えすぎて守備に影響出さんでよ?」


蓮舫の打者は守備交代から入った成宮、哲人から1番バッターへ繋がる。


「誰が相手でも打たせる訳には行かねーよな」


ワインドアップから自身のオリジナルフォームでストレートを内角へ放る。

上手く足を運び、154キロのストレートをファースト前方へ転がされた。


「ファースト! 鬼道くん!」


簡単に取れるファーストゴロ、そうなるはずだった。

しかし、その簡単なゴロを鬼道はグラブで弾いてしまった。

それを確認する前に、ボールへ向かいカバーに入った和田野にトスする。


「セーフッ!!」


「すまん」

「いや、試合前に余計な事言った俺が悪いっしょ、どんまいどんまい」

「いや、でも」

「試合に集中しな」

「2人とも大丈夫?」

「すいません、和田野先輩。こんな大事な場面で」

「気にしないで大丈夫よ、そこのボンクラがカバーに入るのが遅かったのよ、あなただけのせいじゃないわ」

「でも」

「うっせんだよ、いつまでもうじうじ。んなに集中出来ねーなら俺の球速でも測定してやがれ」

「は? 何言ってるのあなた」

「マジトーンで言うのやめてください先輩。でも、それくらい集中してる方が余計な事考えずに済むでしょ、あれね鬼道くん、終速じゃなくて初速ね初速」

「あ、ああ。わかった」


とはいえ、和田野にはきついとこ突かれたかもしれねーな、相手がいくら俊足だったとはいえ、普段ならカバーからトスでアウトには出来てたはず。

肩の痛みが俺自身の集中も削いでるのか? 単純に体が鈍ってる可能性もあるが。


「いかんいかん、俺が考え込んでどうする」


「プレイ!」


下手なことは考えるな、全身から指先に力を込めてボールを放るこれだけでいいんだ。


「ストライク!!」


次は思考停止で緩急、チェンジアップは回転数でバレるからダメ、今の状態で暴投の可能性が一番低くて、変化量と切れがいいボール。

ここは、パームで勝負するか? 球威は軽くなるが軽く投げても大きく変化する当たらなければそれでいい。


足をあげて2球目、盗塁の可能性はほぼ100それでも、バッター勝負だ。

手から離れたボールが、一瞬で抜け球だと確信した。


「まずい!!」


打席の哲人が軽くニヤッと笑った顔が見えた、哲人の振り下ろしたバットがバットの芯をジャストで捉え、ボールは無情にも一直線に場外へ消えた。


「登坂!! 追加点となるツーランホームラン!! 黄金世代勝負は登坂哲人が勝利するのかぁ!?」


「ふぅ、リセットリセット。まだまだ、打ち崩すチャンスも、打ち取るチャンスもあるんだから。

ナイスバッチ哲人くん」


正直笑ってる余裕はない。でも、ここで唯一投げれる俺が弱みを見せたら、、、それこそチームが崩れちまう。

何としても9回まで、延長になりゃなった分だけ投げなきゃいけない、まだ。負けられない。

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