第9話 エースの不在


好調のまま迎えた準決勝、突如事件が起きた。

相手は優勝候補の1つ山梨の水船(みずふね)水産高校。(※1行で矛盾してるやんて思ったけどしっくり来たので校名はこれで。)


先発は山下、7回を投げ切り2失点。

ただ味方の援護があり試合は6対2のまま8回を迎えた。

そして守備交代で控えていた五十嵐をキャッチャーに、山下をベンチに下げ8回は何事もなく抑えた。


そして9回あと1つ、アウトを取れば勝ちになる場面で、事件は起きた。


水船の4番が甘く入った玉を捉え、鋭いライナーが頭部へ直撃したのだ。

その時は何事もなく、ボールを拾ってからの送球で試合は終了した。


試合終了後、ロッカールーム内に桜屋の悲鳴が響いた。



そして、気がついた時には決勝戦当日。

目覚めてすぐ近くにあったテレビを着けると、試合は3回まで進んでいた。


8対2の一方的な試合展開。

山下は中3日での登板。当然、休養が足らない。その状況での登板は、間違いなく炎上を招く。


「こりゃ、すぐ行かないとまずいかな」


「先生! 辻本さんが目覚めました!」


ドアの方から大きな声でナースが医者を呼んだ、見回りをしていたのだろうか。

ベッドから降りようとすると、ナースに強く押さえ付けられた。


「動かないで、絶対安静なんだから!」

「いや、試合行かないと」

「あなた、試合の後から今の今まで寝ていたの。体だって自由に動かないだろうし、

先生からもドクターストップがでるに決まってるの」

「そうっすか」


部屋の戸が開き白衣の男と黒いスーツの男が入ってきた。


「親父!」

「人前ではお父さんと呼びなさい!!」

「断る」


「祐介君、今検査結果をお父さんと話していたんだけど」

「なにか、まずいことでも?」

「一回戦での死球、あの怪我、まだ治っていないね?」

「さぁ、何のことやら」

「頭の怪我はなんともないんだけど、腕のほうがね」

「なるほど」


「こっちとしては君の将来を考えて、行かせるわけにはいかないんだ」

「でも、本人の意思は尊重する、と?」

「そういうわけだ、ここからは君がよく考えた上で決めて欲しい」


「覚悟ならできてる、8年前ナックルズに入った時から、怪我には慣れてんだよ」

「そうか、なら行ってきなさい」

「ありがとよ先生っ! 親父! 車出せ!」

「はいはい」



「今何回だ」

「4回の北斎の攻撃中っす、上手くいけば裏には合流できると思いますよ」


甲子園へ向かう車内、購買で買ったパンやらおにぎりやらを腹に入れ、試合の経過を確認していた。


「いまラジオ音あげるっすね」


「4回の表、バッターは5番1年生の鬼道くん。今日の試合は北斎エース辻本君がいないため、荒れた展開になっております」


「今日の蓮舫の先発って誰?」

「3年生の守屋って投手っすね」

「登坂弟は出てないのか」

「今日は日本一を賭けた試合っすから、そりゃあエースも出てきますよ」

「ちょいと電話貸して」

「はいっす」


助手席にあった携帯を取り、おもむろに電話を掛ける。


「もしもし、桜屋ですが」


「なんでお前が出る」


「だって、みんな試合に集中してるし。それより、目覚めたんだね」


「ああ、ついさっきな。それより和田野にかわってくれや」


「うん、ちょっと待ってね。和田野先輩、電話です」

「誰から?」

「辻本君からです」

「えっ! 貸して!!」


「もしもーし」


「本当にあなたなのね」


「ういっす。あと少しで着くんで、山下までつないで粘っとけって言っといてください、そしたら代打で出るんで」


「体は大丈夫なの?」


「野球できる程度にはね」


「わかったわ、指示はしておくけど、期待はしないでね」


「いいこと言っときます、相手の守屋、変化球投げるときシンカーとカーブの時はリリースフォームが多少違うんで見といてください、そんで決め球の高速シュートを投げるときは必ずサインの三回目に来ます、首振りの回数見といてください」


「わかったわ、その言葉も伝えとくわ」


「じゃ、またあとで」


「あなたのまじめな声をあまり間近で聞きたくはないわね」


「憎まれ口がお上手で」


電話を切り、再び腹に飯を入れる。


「本当にそんな癖あるんすか? そんなのがあるなら、攻略されてそうですが」

「あるんだよ、解りにくい上に小さい癖が、逆に言えばそれがわかるくらい集中できてりゃ、打ち崩せない投手じゃないし、負ける試合じゃない」

「そうっすかねぇ」

「うちの武器は打撃力でも投手力でもなく、集中力だからな」


「北斎ヒット、2連打です! ここから打撃力を見せつけ得点なるか!!」


「今日の試合のオーダーはっと」


1番和田野

2番五十嵐

3番石川

4番瀬良

5番鬼道

6番桐生

7番桜屋

8番鹿島

9番山下


「あと2人、桜屋の確率は半々。ゲッツーじゃない限り、ランナーは残る」

「つきましたぜ」

「ありがとね、西山さん」

「西野っす」


車から降り一直線でベンチへと走る。


「着替えながら飯食っててのはきついなぁ。ま、間に合ったし御の字だな」


「ストライクゥ、バッタァーアウトォ!!」


場内から大きな歓声に紛れ主審の三振判定の声が聞こえてきた。


「ここまで走ってくる間にどっちがアウトになってるやら」


そうこうしてるうちにベンチへとたどり着いた。


「お待たせ」

「いいタイミングだ、山下が打席に入る前でよかったぜ」

「どっちが三振したの?」

「桜屋のヒットで俺が帰ってきて、鹿島が三振だ」

「すいません」

「気にすんなって、10割打者なんていねーんだから」

「ここにいるがな」

「はいはい」


「審判!! バッター交代だ!!」


話の間にカウントは進みツーストライクになっていた、山下は打撃にも定評があったはずなんだけどなぁ。


「ここで北斎側ベンチから交代が出てくるようです。おっとあれは? 辻本君です!! 前回の準決勝バッターの打ったライナー性の打球が頭に直撃し、試合終了後ロッカールーム内で倒れ、病院に搬送後、3日間目覚めていなかったとの情報ですがいいタイミングでの登場となりました。

しかし、カウントはツーストライクとなっております」


「やっと来やがったか」

「悪いな遅れて」

「和田野さんの言ってた通りだな、お前のまじめな声は聴きたくないぜ」

「お前さんたちは本当に憎まれ口が好きだねぇ、俺だってまじめな時くらいありますよーだ」

「けっ、さっさと行ってこい」

「おうよ」


頭の上でバットを回しながらバッターボックスへと向かう、ワンナウト、ランナーは1、3塁点差は8対3。

ここで求めるのは、繋ぐことじゃない1点でも多く取る。犠牲フライなんぞは要らん、病み上がりだろうとなんだろうと。これ以上点はやらんし1点でも多くもぎ取ってやる。


「遊び球なんて投げんじゃねーぞ」


「プレイ!」




日本一を賭けた最後の試合、絶対に五十嵐の最後の年は優勝させてやるよ。

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