第8話 喪失感


2回戦 双龍高校との対決は6対0、ノーノーを達成しての勝利。

選手の全員がスイッチヒッターという異常なチームながらも左のみで7回まで投げ、7回からはショート、ピッチャー山下という神采配で勝利。

俺は無四球無安打、山下は2四球無安打でのリリーフ。


3回戦 夏の常連熱血高校。

先発山下、初回に4点を失うも自慢の打撃力を生かし7回終了時点で11対4。

その後山下の好投もあり山下4失点完投勝利。

尚、俺は五十嵐と変わってファーストの守備に付き、キャッチャー鬼道ベンチ五十嵐で試合を終了した。


そして迎えた、準々決勝。



12日目、第1試合。相手は北北海道の強豪成宮高校。


「明日の先発は俺がやるよ」

「ってことは必然的にキャッチャーは僕になって」

「ファースト山下か鬼道。余った方を桜屋と交代かな」


当日、試合前に2人でオーダーを決めていると寝ぼけ眼の和田野が下りてきた。


「おはよう」


壁に向かってでこを当てながら壁に挨拶をする和田野の姿を可愛らしく思いながらオーダー表を記入した。


「いつもああだったらモテそうなんすけどね」

「いまのスキのない状態でも結構、言い寄る人は多いと思うけどね」

「マジすか無理無理、あんなキツイの好みの奴はドMくらいで——」


スパンと頭に投げつけられたスリッパが直撃した。


「ごめんなさい、少しぼーっとしてたわ」

「ううん、おはよう和田野さん」

「ったくそういうとこだろほんとに」

「ほら、朝のジョギングいくわよ」

「あの俺これからフルイニング、、、」

「スロースターターなんだから予め動いておきなさい」

「ういっす」



「で、なんで試合前からジェル上になってるんだ?」

「さっきまで走ってたからでーす」

「まあいいが、恒例行事で先行だからお前からだぞ」

「おけぃおけぃ」


ベンチから出てバットを頭の上で振りながら、バッターボックスへ向かう。

(試合前のあいさつは終わっています)


「今日吹く風は明日は吹かないっと」


今日はレフト方面に4mの風が吹き、午後からは雨の予報。


「よっしゃ、雨乞いしよ!」


先頭打者ホームランを打ち込みベースを走りながら、場を涼しくする方法を考え結果雨乞いに。


続く和田野はライト線ギリギリのヒットを打ち外野のフェスまでボールは転がり、好走塁で3塁へ、NEXTは五十嵐。

関係ないけどヤクルトに五十嵐って投手いたよね。

第1球、投手の手から放られた球は。


抜け気味のボールが無常にも一直線に五十嵐の左手へ直撃した。



「無理だな」

「大丈夫だよ、ちょっと痛いけど」

「アホか交代だよ。交代させろよ、まだ2試合あんだからな」

「勝ったらの話でしょ、今日の相手は山下くんじゃキツイわよ」

「俺がショート入って、桐生がセンター、レフト桜屋で、ファースト石山くんで」

「石川です」

「ハッ! 君は横浜ベイス☆ターズの石川内野手。どうしてこんな所に!」

「やめなさい、守備につかせたくなくなるわ、それとその星は伏字よね? バカにしてるわけじゃないわよね?」

「それでいいとは思う、ただフルイニング投げるほどスタミナに余裕はないから」

「しょうがないな。スタミナとコントロールが上がる球界の頭脳の出番だなっ」

「自称球界の頭脳はほっといて、前回と同じく俺と山下のバッテリーでもんだいないだろう」

「よっしゃ、ベイスボール開始だァ!」


ランナーは一三塁、ノーアウトバッターは鬼道。


「かっせーボケナスヘナチョコポンコツキャッチャー」


「バット投げていいよな、いいんだよなぁ! 後で覚えとけよ!!」


そういう文句は打ってから言ってください、私は決めたんです、打率10割でプロもメジャーも行ってやるって。

バリバリで世界最速キープして、球界のレジェンドになって、きなこ棒だけをたべて余生を過ごすんだっ。結婚なんてしない!。


「ストライク! バッターアウト!」


「きなこ棒だけ食べて生活なんかしたら糖尿病になるからな?」

「ういっす」


三振して帰宅した鬼道に心を見透かされ、ツッコミを入れられた、なんで聞こえてんの。

次の打席にガツーンというバットの快音が響き、センター方向へ飛んだ打球がスタンドへINした。


「ナイスバッチ打てる5番」

「きなこ棒ばっかり食べると糖尿病になるわよ、口が乾くしね」

「すいませーん! 俺の心の声ダダ漏れ過ぎませんか!? プライバシーないんですけど!」

「顔に出てんだよ、ほらお前の好きなきなこ棒にアスエリ混ぜて凍らせたのがいい感じに溶けてきたから飲めよっ」

「飲まねーよ! ふざけんな粉物と水まぜても粉物だから水分補給する所か全部持ってかれるから!」


水色と茶色が混ざった異様な液体の入ったペットボトルを手渡され、鬼道からは責任もって飲めよ! みたいな眼差しを向けられたまま。


ちなみに本日はオーダー変わって打たない4番中田syっではなく瀬良を調子のいい鬼道と変えてます。

打つとは言ってない。


「今って何回だっけ」


アスエリ×きなこ棒の水を飲みながら、ボヤいてみたり。

ボケてないです。


「まだ1回表だよ」

「お、サクラニアンは野球を覚えたのか」

「サクラニアン!?」

「はいはい、にゃんにゃん言ってないで打つ方法考えて、ノーヒットマン」

「打ってますぅ! 地区大会から4ヒットもうち1個はまぐれ当たりホームランです!」

「自分でまぐれ当たりって言って。悲しいな」

「人の事いじる暇があるなら勝つ方法考えてよ!」

「うーん、鬼道くん俺の球だったら100球中何球ポロロゴリする可能性ある?」

「誰がポロロゴリだ、どっちかって言うとGK阿部の方が合ってるだろ」

「取れるならね」


「正直、本気の球ならストライクゾーンに入ってても取れる気はしない、だが160程度なら」

「そか、じゃあ決まりだね。俺がピッチャー山下くんがファースト」

「打ち取れるのか?」

「いや、ちょいと秘策がね」



瀬良の後の桜屋以外の下位打線2人が凡退し、スリーアウトチェンジ。

4点を取り


マウンドには左手にグローブを付けた俺が立った。


1番は左のクリーンナップ鮪くん。

1から3までが全て左打ちという、大胆なオーダー、ただし、その3人のいままでの盗塁数は14と驚異的な脚力もある。

3塁に立たれたら、ホームスチールとスクイズの警戒もしなくちゃいけない。

1、2番のどちらかがサードにたった場合、その時はセーフティスクイズでオールセーフでしなやかに1点をもぎ取られる。

そういう攻めと投手力で上がってきたチームだから、球速の遅い山下くんには辛い話になる。辛いです。


「何回まで持つかなぁ」


アンダースローから放られた1球目、100にも満たないフォーシームがインハイぎりぎりにボール1つ分、外れた。


「ボール!」


「ですよねぇ」


2級目は対角線上のアウトローへのチェンジアップ、これも外れてボール2に。

山なりの超スローボールを高めに投げ、ノースリー。


甘めにストライクを取りに行ったようなボールを投げ、単打を打たれてノーアウト1塁。

これを3回ほど繰り返してノーアウト満塁。


「傍から見れば、コントロールが乱れで甘いとこを打ち込まれてる感じなんだろうなぁ」


昔、球界を騒がせた勝負師と呼ばれる男の理論では、打たれても飛距離が絶対に伸びないコースがあるらしい。


「ま、失点はしないけど」


「ストライク! バッターアウト!」

「バッターアウト!」

「バッターアウト!」


「ふー、こりゃ精神面に来ますわ」

「で、作戦は?」

「スローに合わせて、ハイで殺す」

「そのために球数投げてんのか」

「しょうがないね、温存しときたいし」


取られたら取り返せばいいし。


その後2、3回を同じように攻め、迎えた4回の守り。

その第1投目。


フォームを変え、右投げのままヤクルト館山選手の物まねフォームで投げ込む。

140程度の球速を保ったストレートは鋭く内角を突いた。


「ボール!」


「あれっ、入ってるつもりだったのに。ボール半分くらい外れたかな」


気を取り直して2球目、内角から外角へ切れるスラーブを投げる。

バッターがスイングして、カウントワンワン。


「我ながら切れのいい変化球だな」


豆鉄砲に打たれた鳩のように目を丸めるバッター、ここまで変化球を使ってなかったとはいえ、何かしらあると思うだろ、さっきチェンジアップ投げてただろ(切れが悪い)。


「ま、もう投げないけど」


個人的にいけ好かないプロ野球選手1位の登坂一成は、ストレートと同じ球速のスラーブを放る。


自分ではカーブと言っているが、あのえぐい曲がり方はスラーブだから、真似して投げれると思ったけど、155くらいしか出てないな、劣化版だな。


ま、努力型凡人は、天才には勝てないってことで。


30程度の力で投げても打ち取れるなら、なぜ俺は高校で、野球なんぞやってるのやら。



結局試合は初回に取った得点を守りきり、勝利。

ここまで来ると、味のしなくなったガムでも噛んでるかのような、言い表せない喪失感を抱えてくるわけで。


これはこれで少し困る。

過酷と言われる高校野球の夏、無名の1年生がしゃしゃり出てきてそのまま圧勝なんてのは、ニュースにするにも地味なネタになる。


ていうか、実際地味だこれ。

打って守ってっていうのがあんまり出来てない、きっと他のメンバーだって、俺が登板してる時はつまらないと思っててもおかしくない。

天国でめちゃくちゃ修行した悟〇が地球に帰ってきたって、敵がナ〇パだけなら見どころがない、むしろほかのメンバーがどうにかこうにか、力を合わせて戦うシナリオになりそうだし。


修行しすぎで強くなりすぎた世界ってのは割とずっと灰色なのではないだろうか。

俺TUEEEEって言って暴走するのは、前世で惨めな気持ちをしていた転生系主人公だけではないのか?。


これは、遊撃手に専念するのがいいかもしれん。

守りを山下に任して。




喪失感に駆られる辻本はこの時、準決勝であんな事故が起きるとは思っていなかった。


ワールドスター第9話「内容はまだ決めてないよ!」。

絶対見てくれよな!。

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