第7話 未完成のフォーム


 ポールにボールが当たった音が脳に響く、何かに寄りかかりたいような気分になる。

 孤高で孤独なマウンドの上で、俺は倒れ込んだ。

 手を着くことも無く、地面にぶつかった。

 脳が揺れる、手足が動かず頭も回らない。


「辻本!」

「辻本くん!」


 こっちに向かってくる内野陣とベースを回る新井の足音が地面越しに響く。

 ファーストから走ってきた鬼道が、うつ伏せで倒れていた俺の体を起こした。


「しっかりしろ!」

「だい、、じょうぶ。後、数イニング、、くらい、投げれる」

「無茶すんな、1回タイム取る荒療治で治して無理なら棄権する」

「鬼道くん、、勝手に決めちゃダメっしょ」

「いや、僕も賛成。よく頑張ったよ、僕にとって最高の思い出になったから」

「今日欲しいのは、先輩の思い出じゃなくて、俺のエゴなんすけどね」


 徐々に意識がはっきりしてきた、呂律もしっかりとしてきた。


「君たち、大丈夫かね」

「主審、タイムを!」

「わかった」


 まだ動かない体を鬼道と五十嵐に運ばれベンチに横にされた。


「わりぃな」

「本音で言え、肩と暑さどっちだ」

「両方」

「んなわけないだろ、暑さだって地区大会の時とそんなに変わらない、だが、5回あたりから急にお前は暑がり始めた」

「よく見てんねぇ」

「それと、明らかに筋肉が腫れてる」

「わーったわーった、正解だよ。プロだよあっちのピッチャーは」


 二の腕に当たったボールの痛みは予想以上で、1球投げる度、バットを1度振る度に痺れるような電撃が走る。


「投手経験のあるやつって他にいる?」

「僕は全然」

「俺は中学の時にやってたが、軟式だったし上手くないぞ」

「投げ方さえわかってらそれでいいよ、鬼道くんなら強肩だから信用できるしね」


 正直笑ってられないくらい無理をしてる、感覚が残ってるのが幸いというレベルでだ。


「なら守備交代するか?」

「いや、まだ大丈夫。左もあるし借りは返さないと気が済まないしね」

「でも、辻本くん肩が」

「肩が痛ければアンダーで投げればいいじゃないって昔偉い人が言ってた」

「それあれなパンの人な、野球関係ねーし」

「さ、プレイ再開だ」


「さぁ、北斎ベンチ倒れた辻本くんが元気そうにマウンドへ戻っていきます」

「グラブを持ち替えてもいませんね右で続投でしょうね」


「この回だけ俺の好きにさせて貰っていいですか?」

「うん、わかった」

「じゃ、とりあえず3人敬遠で」

「え、本気で言ってる?」

「本気っすよ」


 ※


「辻本、3人を歩かせて満塁のピンチ。バッターは8番の田村」

「どっちかというと歩かせたような感じがしますが」


 外すだけの80台のボールですら肩に響く、もう投げない方がいいと思う、医者に見せたらドクターストップかかるわこんなの。


「まあ、俺には関係ないけどね」


 満塁のランナーは数えてはいけない、ランナーが塁にいたらセットポジションになるのは当たり前だが、満塁の場面においてはそうでは無い。

 スクイズを仕掛けようとするものはいるかもしれないが、常人の頭からはそんな選択肢は消える、つまり、この場面において。


 ワインドアップで投げる方が効率的になるのである。


「自分のフォーム、自分のフォームで投げるっと」


 両腕を頭の上まで上げ、しなやかに体重移動を開始し、ミット目掛けて腕を振り下ろす。


「っと! ここでスクイズ!」


 気をつけてくれよ、このフォームで投げる本気のストレートは和田野のバットを折った時のやつだからな!。

 ついにやけてしまうほどのベストピッチのボールがバットにぶつかる。


「うわぁぁぁぁぁ」


 バッターボックスの上で悶え苦しむ選手の姿を見ていた、バットじゃなくて手に当たっちまった事が運の尽きだな。


「大丈夫ですか!?」


 五十嵐と審判、そして敵チームの監督が選手の元へと詰め寄った。


「酷くて右腕の骨折、良くて手だけで済んでるだろう」

「君! なんてことをしてくれたんだ! うちの未来ある選手に」

「黙れよ」

「なに!?」

「1イニング目のストレート見てたよな? あれを未来ある選手にバントさせようだなんて、恐ろしくって誰も考えないと思うけどな」

「そんなものは結果論だろう!」

「結果論で結構、とんでも理論だろうとなんだろうとはこの点差でスクイズもしないし、指示も出さない」

「貴様っ」


 敵チームの監督に胸ぐらを捕まれ服で首を軽く締められる。


「おいおい、監督が敵チームの選手に手を挙げるのか? 審判こいつ退場にしてくれよ」

「双方離れてください、橘の監督さんはベンチへ、少し落ち着いてください」

「落ち着けるか! うちで唯一のファーストなんだぞ!」

「うっわぁ、予備入れてないのか可哀想」

「お前!」


 力強く首元から体を持ち上げられる、ちょっと身長差ありすぎて首しまってるんですけど、身長差えげつないんですけど!?。

 監督とは25cmくらい身長差がある、きついきつい、体重軽くて身長低いんだから俺! 成長期が中2で止まってるから!!。


「橘の監督! 退場してください! これ以上は見逃せませんよ!」

「くっ」

「ギブギブギブ! 首! 首閉まってるから助けて!?」

「一時的に試合を中断します、菅野監督は退場してください、命令です」

「わかった、選手を病院に連れていくついでだ。どうせ試合はもう決まったものだからな」


 審判の指示でベンチへと戻る双方の選手、首元に軽くあざ着いてるんですけど、何これ。


「おい、やりすぎだろ」

「あっちの監督が?」

「お前がだ」

「ただ、これで勝機が見えてきた事も事実、ここからどうするかだな」

「瀬良にい、さっさとヒットを打て、それでだいぶ得点力が変わるんだ3タコ1ホーマーは帳尻にもなっとらん」

「気持ち悪い呼び方をするな、○すぞ」

「その顔で言われると洒落になんないんで」


 時間が経つにつれて暑さがマシ、そろそろ体の方が怪我を関係なしに溶けてきそうな予感が。


「なあ辻本、お前汗やばくね?」

「あ、いや、なんか指先が溶け始めてるような」

「うぉぉぉい、マジじゃねーか水と氷ありったけもってこい!」

「大丈夫大丈夫」


 ベンチに横たわると自然と体が下に落ちていくような感覚になる。


「辻本が! 辻本が液体に! ベンチの下に!」

「「水持ってきましたァ!」」


 石川、鹿島、桜屋が氷水をバケツに入れて持って来た、そのままベンチにぶちまけって。


「うぉい、冷たい、濡らすな! ベンチを水の滴る環境にするな!」

「お、原型が戻った」

「氷だな、氷を袋に入れてユニフォームと間に直入れしろ」

「いいです、もう大丈夫です。もう真夏なのに風邪ひきそうなんですけど」

「あの、今ってどういう状況なんですか?」

「橘の監督は退場、試合の継続をするかどうかあっちの選手に聞いてるんじゃないかしら」

「あっちが棄権する可能性はないし、天気がいい以上コールドになることも無いだろう」

「だが、監督が引っ張ってのし上がって来た高校なら、間違いなく亀裂が入る」

「んで、チームワークはボロくそになって嫌でも勝てる」

「どこまでがお前の計算通りだ? 辻本」


「あっちが満塁スクイズ仕掛けてくるのはあらかた予想してた、スイングだろうがバントだろうがバットをへし折る力で投げたしな。でも、監督が喧嘩をふっかけてくるのは予想外だったよ、それにどんなに監督牽引のチームだったとしても、その分チームワークは固まるはずなんだ」


「試合を再開します」


「さっ、行こ」


 ※


「北斎高校! 17対35。まるで7回までが茶番だったかの圧倒的な力を見せての勝利です」


 監督のいなくなった高校野球児というのはあまりに脆く最終的には倍の点数差になってしまった、俺たちにとってはただの圧倒的な力の差を見せつけての勝利に。

 橘の選手たちにとっては絶望的な敗戦に、、、その後橘の強豪の名は地に落ち、先10年甲子園に出場することはなかった。


 ※


「辻本君!」

「うわ、登坂」

「なに、その反応は」

「完全試合おめでとうございます、それじゃ」

「まてい」

「なんすか、眠いんすよだるいんすよ」


 つか、試合後に有名人が話しかけてくんな俺にホモ疑惑沸くだろ、目付けられてると思われるだろ。


「辻本君にその、お願いしたいことがあって」

「はあ?」

「愛知の私立の名門、蓮舫(れんほう)知ってるかい?」

「知ってるよ、今回の優勝候補だろ。なんでも怪物1年が入ったとかで」

「君の所ほどじゃないけどね」

「俺と鬼道君は無名だし、肝心の1番名の売れてる奴は今日の試合出てないしな」

「オーダーに入ってないだけだったんだね」

「今日の試合結果確認するまでは現地にも来てねーよ」

「そっか」

「それで頼みってのは?」

「このまま決勝までいけば、蓮舫に当たる。その時僕の弟哲人を倒して欲しいんだ」

「あほか死ね、決勝に行くとか甲子園球児たちの夢を軽々しく口にすんな。勝負なんてのは時の運なんだよ! サンドイッチはパンに挟まれたキュウリがいちばんうめーんだよ!!」

「頼む! 今度なんか奢るからさ!」


 真剣な眼差しがT.S氏から向けられる、何言われても戦うのはヤダねきなこ棒1億円分もらったって、ゆ、揺るがないと思ってるんだからね。


「まあ、いいけど」

「本当かい!?」

「貸しにしとくぜ、あんたの球団は結構好きだしな、あんたのに免じてな」


 後ろに手を振りながらその場を去る、ぶっちゃけプロのそんな姿とか見たくなかったんだがな、プライド位持てやほんまに。


 ※


 プロフィール集


 辻本 祐介

 身長 167cm 体重56キロ 5月14日生まれ

 好物 きなこ棒、寿司、ラーメン

 嫌いな物 野球が嫌いな奴、倫理観で動く奴、性格が悪い奴そして鰻とメロン。


 小学2年から社会人野球チームナックルズに所属、5年の時に右肩を壊し左に転向。

 3年後に肩が完治し1年後自身の最高球速を更新する。

 持ち球は右なら全種、左はナックル、フォーク、ナットボールなどなど。

 尚、肩の怪我のため成長は止まった模様。


 鬼道 一真

 身長 179cm 70キロ 1月1日生まれ

 好物 うなぎ、麩菓子

 嫌いな物 辻本、頭の悪い奴、きなこ


 中学時代に同い年の辻本のピッチングに見惚れ野球を始める、左利きながらも辻本の球を受けたいがために捕手をやっているが。

 高校に入ってからは「あいつの本気の球をいつかスタンドに叩き込んでやる」というのが口癖になっている。


 和田野 桃(もも) (下の名前出してなかったよね?)


 169cm 45キロ 4月7日

 好物 甘いもの

 嫌いな物 桐生、苦いものと辛いもの


 紹介文は書くことないです、これで初期面全員を紹介しましたね桐生の下の名はヒロキです、チャラオです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る