第4話 契約


※いまはあるか分かりませんが多和田とかいう存在しないキャラが和田野先輩と名前が混じり、ごっちゃになってるかも知れません。

多和田ってだれだ。



「初めまして、辻本翡翠です。これからよろしくお願いしますね」

「「おぉーーー!!」」


男子達の雄叫びと、教室に咲く翡翠の笑顔が俺の平穏な学校生活の終わりを割と早く知らせた。


「すごい人気だね」

「八方美人と言うかなんというか」

「可愛いもんね」

「そうか? 俺の中じゃお前の方が可愛いと思うが、その辺は好みだろな」

「え、あ、そうだね」


うちのクラスで空いてる席は3つほどあるが、離れた場所に座れと切に願う。


「辻本妹、好きな席に座れ。くれぐれも馬鹿男子共の食い物にならんようにな」

「食いもんだなんて〜、そんな事しないっすよ将暉(まさき)センセ〜」

「お前らいつまでも遊んでると私みたいに20代後半でも恋人が出来ないぞ」


お前だけだよ、という男子の視線が担任に向き、翡翠は席を移動した。

ゆっくりゆっくりと、俺の前の席へと。


「よろしくお願いしますね、お兄さま」

「家の時と大分違くないか」

「なんの事だかよくわからないです」

「この野郎」


表面(おもてづら)いいのはうちの家族の特権というか、血筋の遺伝というか。


「よろしくね、翡翠ちゃん」

「ええ、こちらこそ」


この2人の間にバチバチした物が見えるのは、俺の幻覚だと信じたい。

こりゃまた一波乱というか、嫌な予感のする幕開けである。



放課後になり、部室へ着替えに行くと俺と鬼道、瀬良、五十嵐。そして1年推薦組中2名のたった6人しか部室にはいなかった。

理由は単純だった、推薦組の連中が部活に来る理由が無くなったからである。

唯一無二のうちの野球部の弱点であり、推薦組の力に頼りきり真価を見切れなかった監督の全責任である。


「廃部?」

「うん、推薦組の皆が辞めて部員も減っちゃったし。元々うちの部は今年甲子園にいけなかったら廃部って事だったから」

「廃部予定だったのに推薦の人数がが多かったのは?」

「即戦力をチームに引き込んで完璧に進みたかったんじゃないかな」

「勝負の世界に完全も完璧も絶対もないのに、ほんと無能監督だな」

「じゃあなにか? 俺たちは入部損でこいつの甲子園五連覇は最低でも三連覇に変わるってことか?」

「そう、なっちゃうかな」

「何言ってんの、要は今年甲子園行きゃいいんでしょ」


部員を数人補充、いや、正確には連れ戻すだけで済む話だ。


「でもどうするの、推薦組の皆は野球部に入ってなくても学費が免除されるから、みんな来ないって」

「別にいいさ、野球が本当に好きなやつがこの学校にはいなかったってだけだ」

「元々うちは進学校だし、野球なんかより勉強を優先するのは当たり前なんじゃないかな」

「4人程度なら確保はできる、少なくともこのチームをお前らだけで勝たせるなら和田野先輩の力は必要だ、だからあの人だけはなんとしても連れ戻す」

「まっ、今は練習しようぜこの人数でもできることはあるわけだし」

「だな」


鬼道と五十嵐そして推薦組の2人が続々と部室を出てグラウンドへ向かった、そして着替えに手間取った俺とずっと俯いたままの瀬良がいた。


「俺達はこのままでいいんだろうか」

「なにが」


世良自身でも分かりきっているような質問をされ、どう返すのが正解なのかそれがわからなくなった。


「推薦組全員、理事長に呼ばれて野球をやらなくても学費は免除するって言われたんだ」

「聞いたよ」

「だが、それの他に全員に150万ずつの支払いがあった」

「ほう」

「これは今まで無理に野球をさせていた詫びだ、もう嫌々野球をやる必要はないそう言ったんだ」


その言葉は遠回しに聞けば野球をするな、と言っているようにも聞こえる、理事長の思い込みとも言えるが。


は軽い金と脅しだけでこの部を去ることを決めた、お前の言う通り純粋にプロを目指し、ただ野球が好きだったやつは居ないのか」

「なにがだ、少なくともお前とあの2人は推薦組だったのにこうして部室にいて、ユニフォームに着替えてたろ。

金は人を迷わせ、眩ませ、狂わせるそれは間違いないでも、真意までは変えない」

「あいつらが戻ってくると思ってるのか?」

「いや、少なくとも1週間以内に連れ戻さない限り、迷い狂った先には後悔や自責の念が来る「もう部には顔向けできない」だの「俺はあいつらを裏切った」だの、あくまでも自分本位の自分を守るための言い理由を並べてな」

「まるで手に取るように分かるんだな」

「あくまで予測の範疇だ」


こんな事は誰にでも有り得ることだ、そうナックルズに居た時にも同じようなことはあった。


「人間てのは1度許されると後で同じ事をする、借金取りに明日まで待ってくれとか言うドラマあるだろ? あれだってそうだ、人間は余分な時間を得たがる、そうして先延ばしにして同じ手を何度も使う。だが、それは最後には必ず通じなくなる、落とし前を付けるってのはこういう時なんかに言うんだろうな。

甘え続けた奴は必ず痛い目を見る、だから痛打になる前に、あんたが軽傷をくれてやれ」

「俺が?」

「奴らに、奴ら自信に本当に野球が好きな気持ちがあるなら必ず戻ってくるさ、確証はないけどな」


それに、うちの学校には磨けば輝くダイヤモンドが腐るほどある。

骨は折れそうだが4人、補充部員を探さないといけない。


「ほら、いつまでも暗い顔してねーでさっさと練習行くぞ、お前が頑張ってる姿を理事長や離れてったやつに見せつけてやれよ」

「あぁ、そうだな!」


※翌日


「お願いします和田野先輩、野球部にはあなたの力が必要なんです!」

「あなた、1時間おきに教室に来て授業が始まるギリギリまで私の目の前で土下座するのいい加減やめてもらえるかしら」

「やめてもいいですけど、交換条件です」

「瀬良くんから聞いたでしょ、私はお金を貰って辞めたのよ」

「知ってますよ、でも先輩野球好きでしょう?」

「私にはそんなこと言う資格無いのよ」

「ありますよ、努力は裏切りませんから」


和田野の手にある無数の豆と筋肉の引き締まった腕は、今まで野球の為にどれだけ努力をしてどれだけ好きだったかがよく分かる。


「あなたは野球に対して真っ直ぐなのね」

「今の俺にはそれしかないっすから」

「わかったわ、ただしあなたには手伝ってもらいたいことがあるの」

「わかりました」



「瀬良、いつも威張ってたお前が俺たちにそんな事して恥ずかしくないのか?」


4人の元野球部のメンバーと、頭を地面に付け思い切り土下座する瀬良の姿があった。


「なんとでも言え、俺はあいつと野球がしたい」

「そのために空いた穴埋めか」

「あと3人なんだそのためならなんでも出来る」

「しつこいんだよ、俺らはもういいんだこれで学業に専念できる」

「それでいいのか、なんのために1年間も汗水垂らして真剣に野球やってたんだ?」

「推薦なら進学率の高いここに苦もなく入れる、そのためにやってたんだよ」


その姿を和田野とそれに連れられた祐介は見ていた。

ただ黙々とたった一瞬で崩れた関係を見守るかのように。


「それに、お前みたいに頼りない4番のいるチームが、勝てるわけねえだろうが」


そのセリフは祐介にとって、聞き捨てならないセリフだった。打率が悪いのは確かだがそこにはクリーンナップに入れるに相応しい価値があったからだ。

勝負強い4番としての仕事はきっちりと出来ていた、その出番が少なかっただけで。


「そのデカブツが役に立たない? そんなもん自分達の成績見て言えんのか?」

「辻本……」

「そいつのチャンスの場面での打率は10割近いんだぜ? チーム総合打率2割のお前らがチャンスにめっぽう強くただその場面が来なかっただけのやつに、そんな台詞吐くんじゃねーよ」

「なに、データだけで何がわかるって言うんだ」

「こいつの打率はお前ら1,2,3番の打率そのものだ、お前らの攻撃のセオリーがまず酷い」


1番の和田野をヒット又は敬遠で塁に出し、2番または3番が確実に併殺を打つ、そしてランナーを無駄にして次の回頭は瀬良。

つまり、2番3番の併殺率も瀬良のチャンス時打率同様、10割近いのである。

簡単に打ちすぎる打撃が仇になり盗塁させる時間も稼がずバントもできない。


「少なくとも監督はそれを見抜いてた、あの無能でも分かるような、こいつ《瀬良》の真価をわからんやつがでかい口叩くなよ」

「お前1年のくせに、先輩への口の利き方を知らないらしいな」

「関係ないね、俺は自分の支持する人間にしか先輩なんて付けねぇ。それに支持や金でしか動かないやつに価値なんかない」

「言いたい放題言いやがって、こっちだてなぁ好きでこんなとこで野球やってんじゃねーんだよ」


逆上してきた推薦組の1人から拳が飛んできた。しかし、それを止めたのはいままで土下座を続けていた瀬良だった。


「自分が成り上がるためだけに野球を使うな、用が無くなったら捨てるなんてのは人としてもクズなやつがやることだ」

「なんだと瀬良、てめぇ俺らに野球部に戻ってきて欲しくて来たんじゃねーのかよ」

「今はそうじゃない、お前達の底が知れたもう2度と野球部に関わるな」

「当たり前だ、お前らがいる場所になんか金貰ったって行くかよ!」

「金を貰って去った3流がよく言うわね、まあ、私も同じ穴のムジナだけど」

「それにあんたらみたいな練習しても役に立たなそうなのはいらないから、あんたらと甲子園目指すんだったらまだ見ぬ金の卵探す方が可能性高いし」


和田野と俺のつぶやきになんの反論もせず元推薦組の連中は去っていった。


「いいのか辻本」

「あと1人だあと1人」

「2人でしょう?」

「和田野先輩が戻ってきてくれれば、腕がいいのが1人来ますよ」

「ああ、彼ね」


最低限はあと一人でいいが、替えが居て損は無いんだがな。


「辻本くん、放課後練習が終わったら一緒に帰りましょ」

「あ、うっす」



練習終わり、言われた通り着替えて和田野を待っていると、水を差す様に翡翠がやってきた。


「ご飯作って待ってるから、早く帰ってきなさいよ」

「だいぶ遅くなると思うぞ」

「なら、帰ってこなくていいですよ、ばか」

「俺の家だかんな」


「べーっ」と無邪気な様子で家へと帰っていった翡翠の背中を見ながら俺は再び待ちぼうけになっていた。

案外肝が据わっているように思えるかも知れないが実際の所女の人と、待ち合わせとか一緒に帰る約束とかするのは初めてすぎて、ドキドキハラハラしているのは置いておくが。


「それにしても遅いなぁ」


部活が終わってから30分、日も暮れ始めた時間だと言うのに、一向に和田野の姿が見えなかった。


代わりにもう1人、翡翠以上に嫌な相手が来たが。


「辻本くん、もう下校時刻は過ぎてるんだ、早く帰りなさい」

「知人を待っているもので、俺のことはお気になさらず、さっさと理事長室自室に戻ったらいかがですか?」


話しかけてきたのは、細目の長身痩せ型の男、この高校の理事長であり野球部、というよりは俺自身に嫌がらせをしている張本人、浅田 悠(あさだ ゆう)その人だった。


「生徒たちが帰るのを見送るのが日課でね」

「んなもん、理事長室でもできるっしょ、なんのために自分のデスクの真後ろクソでかい窓になってんの」

「野球部はどうだね」

「おたくの妨害のおかげで、可もなく不可もなく人員が足りないことを除けば良好ですよ」

「人員を補充した所で、公式の大会を勝ち抜けるのかい?」

「さあ、勝負は時の運と言いますから。それより、どうして俺の邪魔を?」

「人聞きが悪いな邪魔じゃないさ、これから無くなる部活の部員達への勧告だよ」

「うまい言い方があるもんだ、親父にも言われたよ、あんたには気をつけろってな」

「そうか、あいつが」

「理由までは聞いてないが、参考ばかしに聞かせてもらっても?」

「簡単に言えば嫉妬さ、俺はあいつが羨ましかった、文武両道で非の打ち所もないあいつが」


たった一言をきっかけに、理事長の表情が曇り、さっきまでの声とは違い力の入った声に変わった。


「あいつはなにもかも手にし、俺が手にしたものであいつが手にしたことの無かったなど、ひとつもなかった。金、権力、名声、人徳全てが違いすぎた」

「ほへー」

「全てを持って生まれた君には分かるまい」

「確かに、わからないっす。金とか権力とか人徳とか、そんなもんなくても生きていけますから」

「それは最初からあるから言えることで!」

「ねーっすよ最初から、俺にはそんなもん。ただの厄介者でしか無かったですから俺は、親父と血が繋がってないっすからね俺」

「なに?」

「小さい頃にお袋無くして、知り合いだった親父に拾われたんすよ、似ても似つかないでしょ?」

「確かに顔は」


いまさらなカミングアウトだが、俺と翡翠達三姉妹は戸籍上親である辻本清十郎とは一切の血の繋がりがない、そんでもって三姉妹の方も全員が全員血が繋がっていない。


「あんたに親父がまだ取ってない栄光をくれてやろうか」

「なんだそれは」

「甲子園の優勝旗と優勝校っていう名誉だ」

「そんなこと可能なわけがないだろう! 私をバカにするのもいいかげんにしたまえ!」

「簡単な話だ、もうこれ以上俺の邪魔をしないこと、それだけ守れれば十分だ」

「そんなリスクがあることできるか!」

「なんなら好きな条件を付けてくれてもいい、あんたが親父にどんな恨みを持ってるかなんてどうでもいい」

「なら、甲子園大会に出場するまでは失点を一点に抑えろ。そして、今年の夏甲子園大会で優勝出来なかった場合、君は退学にする」

「上等、それくらいのハンデがないと面白くない」

「泣きっ面を拝める時が楽しみだ」

「あんたのか?」

「そう、いつまで強気で居られるかな」


そう、捨て台詞を吐いて校舎の方へと戻る理事長を見送っていると、入れ違いになるように和田野が来た。


「いいのかしらね、あんな大口叩いて」

「あ、聞いてました?」

「人数が集まるかが問題よ」

「部活入んのも強制じゃないっすもんね〜、先輩色仕掛けとか出来ます?」

「やらないわよ」

「左様ですか」


人数が集まらない分には試合もできない、カカシでもいいから1人入れなくては。


「それで、なにか用があったんですか?」

「少しだけ、放課後の練習に付き合ってくれないかしら」

「別にいいですけど、オーバーワークは体に響きますよ。特に女性なんですし」

「私のじゃなくて、妹のよ」

「ほへ? 妹さんなんているんすか?」

「ええ、それに。あなたにも特訓を用意したのよ」


少しニヤっとして和田野がこちらを見た、嫌な予感がするなぁと思いつつ、2人で学校を後にした。



「おかえりなさい、お姉ちゃん」

「ただいま菜月」

「お邪魔しまーす」


店のような建物の中に入ると、制服姿の元気な女の子が1人、和田野を迎えるように中から出てきた。

不思議そうに俺の事を見ながらだったが。


「そちらの人は?」

「学校の後輩よ、あなたの練習相手にちょうどいいかと思って」

「そうなの?」


そう、不安そうな眼差しを向けられ「そうなんすかね?」とついつい呟いてしまったが、彼女がさっき聞いた女の子で間違いないらしい。


「ポジションは同じショートだし、色々とアドバイスも聞けるんじゃないかしら」

「へー。申し遅れました、お姉ちゃんの妹の菜月です、今日はよろしくお願いします」

「菜月ちゃんね、年は?」

「私の2個下よ」

「先輩っていくつでしたっけ?」

「殴るわよ」


握り拳を見せながら距離を詰めてくる和田野から距離をとりつつ逃げ回っていると、「クスッ」と菜月が笑みをこぼした。


「お姉ちゃんのそんな姿初めて見た、部活中はいつもそんな感じで明るいんですか?」

「え?」

「菜月、余計なことは言わなくていいわよ」

「だってお姉ちゃんが楽しそうなの久しぶりに見たんだもん」

「いいから、さっさと練習してきなさい。戻ってくるまでには夜ご飯作っておくから」

「先輩、料理できたんすね」



余計な一言に対して脇腹へのボディーブローをくらい、痛みを堪えながら菜月と最寄りの公園へ向かったのだが。


「お姉ちゃん学校だといつもあんな感じなんですか?」

「んー、どうだろう。普段同じクラスじゃないから分からないけど、部活中はあんな感じだよ」


先程から和田野の明るい顔を見る度に顔が曇っているのはなにか理由があるのだろうか。


「菜月ちゃんから見て、明るいお姉さんは嫌いかい?」

「違うんです、羨ましいなって」

「羨ましい? なんで?」

「お姉ちゃん、家ではいつもピリピリしてて、笑ってる顔とかはしゃいでる顔とか全く見せないから」

「そういや、あった頃の先輩もそんな感じだったな、クールそのものっていうか冷静沈着って言葉が服きて歩いてるみたいな」

「うちの家入ってわかったと思うんですけど、牛乳の配達業者やってて、お母さんとお父さんが事故で他界してからお姉ちゃんが1人で店の管理して、私たちの面倒も見てくれてるんです」

「すげーな、あの人」

「そうですよ、お姉ちゃんは凄いんです。でも自分がすごいから頑張りすぎちゃうんです」

「そっか、まあいいや練習しようぜ」

「は、はい」

「それと敬語も禁止ok?」


そして、数時間に及ぶ菜月との練習に打ち込んでいる間俺はすっかり忘れていた、和田野とのお手伝いの事を。

この後、地獄を見るとも知らずに。

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