第3話 本気!


続く桐生を直球だけで三振に打ち取り、瀬良の2打席目も直球のみで三振に打ち取った。

続く和田野の打席先程より重そうにバットを持っているのに若干の違和感を感じながら、左打席に立ったのを確認した五十嵐がマウンドへ走ってきた。


「次はどう組み立てればいい?」

「使いたくなかったけど、変化球を使うナックル投げるから、取れなくても抑えてくれればそれでいい」

「組み立てはそっちに任せる、サインはフォークと同じでいい」

「わかった」


両手で頬を叩いた、自覚があるがだいぶ弱気になっているのかバッターボックスまでの18.44mが果てしなく遠く感じる。

そして未だに流れる左手への痺れが、投げる恐怖を煽り始めている。


「あれだけ大口叩いてて、これじゃな情けねーや」


「随分と経験不足みたいね、彼」

「珍しいですね、和田野さんが誰かに気を使うなんて」

「本気で投げたら打てる気はしないわよ」

「またまた、そんなこと言って自信満々の癖に」

「違うわ、一人で勝てるなんて思い上がりをしてるような子には負けないってだけよ」

「マウンドは孤独な場所ですから。それに、辻本くんは一人じゃないよ、バッテリーだからね」

「珍しいわね、貴方がそこまで肩入れするなんて」


一球目のリードは直球ド真ん中、五十嵐も今の俺の心情は分かっているだろう、わかっている上でのリードたち直させる為だろう。

なら、その気使いに答えてやるのが今俺に出来る最前の事だ。

足を上げて、一球目トルネード投法ではないオリジナルのオーバースローから投げられた渾身の一球は、今日1番の球速と回転数を保ってミットへ一直線に入った。


「風を切るストレート、調子を取り戻してきたみたいね」

「あはは、すごい音なのに手は不思議と痛くない」

「隙がないわねこれだけ早く持ち直すと」


返球を受け取って二球目の指示は高めのナックル、緩急をつけるには丁度いいが。

ナックルを高めに投げると下への変化が劣り、横や斜めに鈍く曲がるという欠点がある。

良くいえば元々無回転で不規則なボールがもっと不規則に曲がると言えるが、悪く言えばキレの悪い棒球になりかねない。

でも、リードを信じて投げるのが自信の無い今の俺に出来ることだろう。

手をグーに近い形にして親指と小指でボールを挟んだ、そして足を上げて二球目。

リードされた通り爪で弾くように高めにボールをリリースする。

不規則に振り子のように揺れるナックルを和田野はタイミングをピッタリ合わせファウルチップにした。


「はは、落差が100キロ近くあってタイミング合わせられるのかよ」


女とは思えない以前に、人と思えなくなってきた。

これが踏んできた場数の差なのか?。

しょうがない、ギアを1つあげよう。

そう思い腹に力を入れ、大声で叫んだ。


「和田野先輩」

「なにかしら」

「こんな真剣勝負中に手抜いてすいませんでした」


そういい思いっきり頭を下げた、実際問題相当のスロースターターのせいでフルイニング投げてもエンジンが掛かりきらない事がある。

だが、この場面この状況で本気を出さない訳には行かない。


「その金属バットへし折るんで、怪我しないでくださいね」

「いよいよ本気を見せてくれるのかしら」


全身に力を入れ神経を研ぎ澄ませる、グラブの中でボールを握り顔の前に両手を上げ右手におでこを着ける。

深呼吸してキャッチャーの方へ視線を向ける。


「いくぞ、これが今の俺の全力全開だ」


思い切り足から指先に掛けて全ての力をボールにかける、ド真ん中に飛んだそのボールはバットと接触し。

学校中に響くような轟音が鳴り、ぶつかり合ったそれ同士は片方はレフト方面のフェンスへ、もう片方はキャッチャー直上へ高く高く弾き飛んだ。


「キャッチ!」


大声で五十嵐にそう言った、五十嵐はマスクを外し真っ直ぐと上を見上げた。

落ちてくるのはバットかボールか、和田野が持っているバットが折れているのは確認している、打った本人がその事実に驚いて棒立ちしているのも。

落ちてきたそれは、白球の形をしていた。

五十嵐がキャッチして和田野の2打席目を打ち取った。


「完敗ね、私はこの勝負棄権するわ」

「何を勝手なこと言ってるんだ和田野」

「瀬良くん、悪いけど私はこのバットを折られてまで実力を認めない訳には行かないわ」

「普通の金属バットが折れた位でなんだ!」

「普通のバットですって? これは私が普段使ってるバットじゃなくて、フリーバッティング用の鉛入りバットよ?」


ん? 鉛入り? いやいや、化物かよ。

さすがに嘘だろうと思ってマウンドへからバッターボックスへと歩き、和田野のバットを見ると。

本当に鉛が入っていた、鉛ごとバットがへし折れていた。


「よく、こんなバット振れますね」

「まさか、その鉛入りのバットが折れるだと、当たり所が悪かっただけだ! そんなもの何回もやれば折れないだろう!」

「2回に1回バットに当てられない人が、まぐれ当たりで当たってこれだけの球威の球をヒットに出来るのかしら」

「くっ」

「和田野ちゃんが降りるなら俺も降りる」

「なっ、桐生お前まで」


瀬良の仲間は白旗を上げ、本人も鉛入りバットが折れた事により自覚し始めた実力差によって戦意喪失。

勝負を続けるのかどうなのか、どちらにせよ、瀬良1人なら100回やってもバットにかすらせるつもりはない。


「私はそもそも、彼と勝負したかっただけだもの」

「俺は和田野ちゃんに着いてっただけだし」

「俺はさっきの投球で肩上がらないし」

「なら練習しましょう、来週末は試合なんだから」

「そっすね」



それから1ヶ月が経ち、事件は起きた。



「すいませーん、宅急便でーす」


家のチャイムが鳴らされ、玄関の扉を開けた。


「辻本清十郎(つじもとせいじゅうろう)様から、着払いの小包が」

「あのクソ親父も、嫌がらせの度が増してきたな。いくら?」

「1330円になります」

「まさかの2キロ超!?」


渋々財布から丁度を取り出し、サインして小包を受け取った。

本当に重いよ3キロくらいあるよ。


「10倍にして返してやる」


小包を開けると手紙が数枚とパワーストーンかなにからしき石ころが大量に、そして通帳が3つ。

通帳の中を見ると3つとも上限まで入金されていた。


「3900万、嫌な予感しかしねぇ」


石ころをぽいぽいっと投げ捨て、手紙に手を出す珍しく手書きの手紙を見ると荒々しく一文書かれていた。


「何も言わずに受け取れ止まるんじゃねー」


ビリッ、っと鈍い音が部屋に響き1枚目の手紙を破って捨てた。

そして二枚目。


「きっと今お前はこう思っているだろう、配送料を取られ、よくわからない石の入った小包が部屋に届いた、嫌な予感がする。

まあそんなことはどうでもいい、1時間後桜花町駅にて3輪の花と会うといい。

名前は翡翠(ひすい)、輝石(きせき)、琥珀(こはく)の3石だ」

「花とは一体」

「ps.送り返してくるなよ」


そう言えば入ってた石の種類、ここに書いてある通りだな。

ゴミ箱捨てちったけど、お袋の写真の横でも置いとくか。



駅に着くとそれらしき人物がいた、話の通り三人。

帰ろう、と思った時携帯が鳴った、相手は親父だった。


「もしもし」

「おお、祐介駅には着いたか?」

「今やっとな、帰るところだ」

「帰る? 翡翠達にあったなら電話を代わって欲しいんだが」

「第1に俺はたまたま立ち寄っただけだ」

「そんなことを言うな、少し前に慌てて家を出たのは部下が確認してる」

「部下の無駄遣いすんなよ」

「職権は乱用するためにあるんだ」

「全国の経営者と労働者に謝れ」


いきなり電話を掛けてきたと思えば、部下を使って人をストーカーさせてるだの、なんだこいつ。


「その3人は少し訳ありでな少しだけ預かって欲しい」

「断る!」

「即答か」

「当たり前だ、あんたの頼みは全部厄介事だからな」

「彼女達がお前の妹だと言っても?」

「俺のようにか?」


そう言って刹那の沈黙が続く、互いに意味を知っているからこそ、その沈黙は起こるものなのだが。


「彼女達には君に気に入って貰えるように尽くせと言ってある、その上で嫌になったら送り返してくれればいい」

「分かった、取り敢えず今は引き取るそれからの事は1週間以内に決める」

「そう急いで自分にハードルを立てるな、私は心配して彼女達をだな」

「あんたに心配される程俺は落ちぶれちゃいねぇ、今はお袋との約束を果たす。それだけだ」


そう言って電話を切り、目の前にいる彼女達の元へ歩き出した。

なんて話しかけるのがいいんだろうか、考えても仕方の無いことを考えながらゆっくりと3人の元へ歩き出した。


「辻本清十郎の知り合いだよね?」

「君が祐介さん?」


彼女達の年齢は姿を見れば何となく察しが着いた、私服ではあるものの大きなスーツケースを2つ、小さめのショルダーバッグというか、肩掛けのポーチのような物をかけた、同い年くらいの女。

スーツケース1つに世間一般でセカンドバッグと名称されているようなかばんを肩にかけるセーラー服の女の子。

最後は小さめの旅行用バックに重そうな赤いランドセルを背負った女の子。

年齢層ガバガバじゃねーかなんだこれ、確実に掃き溜めかなんかだと思ってんだろあのクソ親父。


「俺は、君たちに対してどういう対応をするのが正解なんだろうね」

「お父様が言っている通り、兄妹でいいんじゃないかしら」

「お父様ねぇ、じゃあその通り家族ってことで」

「ええ」


そう言ってお互い手を差し出し握手をする、その場の雰囲気が物語るのは腹に抱える大きなものと、思想が重なりそれが交わる事がないからだろう。

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