第2話 衝突
1人暮しを初めて1ヶ月、引っ越してきたばかりの1LDKのアパートは越してきたばかりなのに散らかりきっていた。
「ったくこりゃあ、こんな所みられたらお袋に怒られちまうな」
散らかる服や行きつけの弁当屋のゴミを片付けると、まだ開封してないダンボールが目に入った。
ダンボールを開けるといくつかの写真とアルバムがたくさん入っていた。
1番上のフォトフレームにはブロンドの髪の綺麗な女の人が写っていた、そして隣には幼い頃の自分も。
近くの棚に載せると、汗を書いた服を着替え始めた。
「あんな写真持ってきてたんだな、今となっちゃただの遺影にしかならないけど」
俺が物心着く前に死んだお袋、実際相当綺麗だったらしいが全くもって覚えちゃいない。
親父は厳しかったし、母親の愛情に飢える余裕なんてなく今の今まで育ってきた、もっとも家には執事やらメイドやらがいて孤独なんてものとは無縁だったし。
「さーてと、弁当屋行って弁当買って飯食って寝るか」
※
翌日学校に行くと学校に校門をくぐった時点で妙に色々な視線が向けられているのに気がついた、気にせずに校舎に向かっているといきなり肩を叩かれた。
「おはよ、ボンクラピッチャー」
「俺みたいな天才がボンクラとはこれ如何に」
「聞かなかったことにする」
「それにしてもお互い人気者になったな」
他の生徒からの目線は俺だけではなく鬼道にも向けられていた、理由はなんなのだろうか。
昨日の試合の件か?。
「どうやら昨日の試合、お前のピッチングの一昨日、ホームラン連打が聞かれてたみたいでな」
「なるほど、野球部の推薦組の失態と監督の無能が顕になっちゃったわけか」
「メインはそっちじゃなくてな、今年は野球部が甲子園に行けるんじゃないかって噂がたってるらしい」
「無理無理、野球は1人じゃ出来ないし、2人でも出来ないからねぇ」
「お前が無失点に抑えて俺とお前でホームランを打てばいい」
「無茶言うなよ」
親父には色々条件を課せられてる、それに従いながらそんなこと出来るわけない。
「じゃ、俺A組だから」
「おう、また放課後な辻本」
「祐介でいい」
「ああ、わかった」
自身のA組の教室に入り窓際の1番後ろの席に座りながら、周りの視線を気にしないように本を読み始めた。
教室の席は自由席なのだが、それでもクラスの全員の数より机の方が多く、まだそこまで集団が出来ていない今は席の座り方はバラバラだ、どこかで固まっている様子ない。
それでも視線は感じるが。
「辻本君だよね? 隣いいかな?」
そう声をかけられて横を見ると、そこにはセミロングヘアのメガネの女の子がいた。
「いいよ、別に占有してる訳でもないし許可なんか取らなくても」
「そ、そうだよね。ごめんなさい」
余程自分に自信が無いのか、おどおどしてるというか、怯えているというか。
「社交的に振る舞うの苦手でしょ」
「え?」
「自分から話しかけてるのに、おどおどしてるそもそも人と話すのが苦手なのかな」
「すごいね、わかっちゃうんだ」
「状況把握とか心理を掌握するとか、心理戦でも野球できるように勉強してたからね」
「じゃあ、噂は本当なんだね」
その口かと、思いながら本に視線を戻す。
「くだらない、甲子園だのなんだの」
「高校野球やってるなら行きたいんじゃないの?」
「行けて当然、行くだけ目標にしてる低レベルの奴らなんかって話だよ」
「辻本君て変わってるね」
「その変わりモンに話しかけてくる君も変わってるよ」
※
放課後部活前に監督に呼ばれ監督の元へ行くと、困り果てた顔をしていた。
「き、来てくれたか」
「要件は?」
「来週練習試合があってな、そのオーダーについてなんだが」
(オーダーとは、スターティングメンバー9人を決める物の事であり。主に監督やキャプテンなどが決めるものである)
「1番ピッチャー俺、4番キャッチャー鬼道六番ファースト五十嵐、それ以外は適当に決めていいよ」
「五十嵐をファーストに?」
「外野でもいいけど、守らせやすいでしょ」
「奴にこだわってるのか??」
「別に、あんたと一緒で他の奴らとの衝突の緩衝材になるから、ただそれだけ」
「そうか」
そう言って部室へ向かった、実際問題それだけで衝突が避けられるとは思ってないんだがな。
にしても、本当に視線にはなれない、いままで避けていたのもあるが。
緊張はしないにしても、いままでこそこそ野球をしてた身とすると少々疲れる。
「祐介!」
名前を呼ばれ振り返ると、そこには鬼道がいた、やっとホームルームを終えて部室に向かっていたのだろうか。
「やっと終わったの?」
「ああ、今終わってなこれから部室行くんだろ?」
「って言ってもね、まだユニフォームも貰ってないし、着替える理由がないだから部室に行く理由もね」
「じゃあ軽くキャッチボールでもするか?」
「うん、そうしよう」
そう言いながらグラウンドへと入り、カバンから左手用の青いグラブを取り出し手にはめた。
「そういえば、左投げで変化球は投げれるのか?」
「無理」
「全くか?」
「まあ、そうだなジャイロボールと伝説の魔球ナットボールが投げれる」
「ナットボール?」
「そ、未だに打たれたことない魔球」
「なら、左投げをメインにすればいいじゃないか」
「いい鉄砲は持ち主を選ぶってことよ」
「どういう事だ?」
「簡単な問題を出そうか、ナットボールには欠点があるんだよ3択で出すから」
そう言いながら指で数字を出す、1から3を順番に1つずつ。
「1つ、ボールの握りとリリースポイントに癖があって投げ辛く、全体的に体への負荷が重い。2つ、右バッターにしか使えない。3つ、キャッチャーが取れない。さあどれだ!」
「全部」
「正解!」
「自分のオリジナルの変化球とか持ってたりするのか?」
「まあ、一つだけ」
これもこれで難がありすぎる物なのだが、投げるのも疲れるし。
「初速は全力のスピードで、そのまま放物線を描かず真っ直ぐミットまで行くシンプルな球だよ」
「ホップするフォーシームじゃないのかそれ」
「シュートとかスライダーみたいな変化の掛け方だけどね、終速0キロまで落ちるぜ」
「なんじゃそりゃ」
実際個人の投球練習でしか投げたことはないが、打たれるとは思ってない。
「投球練習するか?」
「甲子園行くまではセーブして投げるからその練習するかな」
「セーブしてって、どれくらいで投げるつもりなんだ?」
「145のストレートとオリ変くらいかな」
「どうしてそんなことする必要がある」
「親父との契約、全国行くまでは大袈裟に暴れるなってよ」
キャッチボールを続けているとゾロゾロと部室の方から野球部部員が出てきた。
五、六十人と言った所だろうか推薦は年10数人しかとらないのにしては多い。
「おうおう、誰の許可とって練習してんのや1年坊主」
先頭を歩いていた丸刈りの上級生風の男が偉そうに話しかけてきた。
「許可なんか要らないだろハゲ、帰れ」
「辻本くん、そういう事は言わない方が」
悪態をついた俺に対してハゲの後ろからひょっこりと五十嵐が口を出した。
「瀬良(せら)さんは一応うちの4番バッターなんだから!」
「打率1割9分2厘、通算ホームラン数13本の奴が4番ねぇ」
「なんか文句あるのかガキが」
「いーえ、別にさっさと練習したらどうですか?」
ニコニコっと笑顔を見せながらそう言うと、キャッチボールへ戻った。
なぜだか瀬良の取り巻きが焦った顔をしていたが、 気にはしなかった。
「調子に乗るなよ」
「はい?」
「確か投手だったな1年坊主、マウンドに立て1打席勝負だ」
「嫌です」
「なに?」
「昨日1イニング投げてだるいし」
それに強面の人って苦手なんだよなぁ、マウンド立ったらぶるっちゃいそう。
「逃げるのか」
「無駄な殺生はしたくないんで」
「ふん、ヘタレが」
「あ、傷つく〜」
強面の人って苦手なんだよなぁ、マウンド立ったらぶるっちゃいそうだもん俺。
まあでも、避けられなさそうだし大人しく勝負するのが吉かな。
「9人か3人選んで計27打席勝負しましょう、それならお互いフェアだろうし俺もモチベーション上がるんで」
「おいおい、1試合分投げる気かよ」
先程のだるいという発言とは矛盾した発言に、その場にいた誰もが驚いていた。とくに鬼道くんが。
「いいだろう、俺と桐生と和田野3人で27打席だ」
「あいよ、 1安打でも打たれるか2桁奪三振ができなかった場合又は1回でも四球を出した時は俺の負けでいい、そうだな負けたら退部するよ」
「負けるぞ辻本」
「なんで」
「あの4番の男はともかく、桐生ってやつは大会通算打率6割越えだぞ?」
「はえーすっごい、でも大丈夫キャッチャーはネットにしてもらって変化球使うから」
「俺は手伝わないからな」
鬼道くんがすごく呆れた顔をしていた、自分じゃ変化球取れないって自覚あるんだろな。
俺の完全試合を知ってるんだもんな鬼道くんは。
「おら、さっさとマウンドに上がれよ。キャッチャーはどうする?」
「本気で投げたいからネットでー」
「いや、僕が受けるよ」
俺の言葉を遮り自ら志願したのはキャプテンの五十嵐だった、そして五十嵐自身もう防具をつけていた。
「1球でも落としたら変えるから」
「わかった、サイン決めよう」
「1でストレート、2でスライダー、3でカーブ、4でフォーク、5でシュート、3+2でシンカー、これでいいか?」
「細かい球種は決めなくていいの?」
「状況に応じて投げる、ナックル以外ならストライクゾーンに入ってれば取れるでしょ」
「まあ、うんあんまり自信ないけど」
「手の怪我気をつけてください」
そう言ってマウンドへと歩き始めた。捕球出来ればそれでいいが、楽しみな勝負が出来て正直な所わくわくしているくらいだ。
五十嵐が全力をぶつける価値のある人間かどうかその真価の答えもわかる、一石二鳥とはまさにこの事だろう。
「辻本くん、投球練習はする?」
「さっき鬼道くんとキャッチボールして肩は温まってますし、この学校のマウンドの感触は昨日確かめたんで大丈夫です」
その会話を聞いた瀬良は強面の表情をこっちに向けながら右バッターボックスに立った、本当に顔が嫌いだよどうしよう。
五十嵐のサインを確認すると人差し指で1を出しながら真ん中へ構えていた。
「昨日は普通にフォーシーム投げたけど、今日はジャイロボールにしようかな」
昨日と同様トルネード投法でサイン通りストレートをド真ん中へ。
放物線を描かない伸びのあるジャイロ回転のボールはそれなりの球速を保ちながら、一直線にミットへと吸い込まれて行った。
「鬼道くーん、いまのどれくらいでてた?」
「155、でもその分伸びがあったぞ」
しっかりと捕球している五十嵐の方を見ながら返球を受け取った。
俺も五十嵐がキャッチャー出来てるのは驚きだが、1番驚いてるのは本人のようだ。
そして手が出なかった瀬良は悔しそうな顔をしていた。
「瀬良せんぱーい、あと2球ですよ♪」
「く、1年坊主が」
わかりやすく煽ったのだがその煽りに乗ってくれた、ちょろかった。
2球目のサインはストレート、インハイへの指示だった。
2球目も見逃してストライク、なるほどねだんだんとこいつが打率わるい理由がわかってきた気がする。
「次、ド真ん中のストレートいくから」
大声でバッターボックスへそう叫ぶと、返球を受け取ってマウンドへ立った。
大きく振りかぶって3球目、言った通りド真ん中へ本気のストレート。
今度は完璧に振り遅れての空振り、三球三振に打ち取った。
「よし、次」
三振を取った後、五十嵐がマウンドへそそくさとやってきた。
「次の和田野さんはスイッチヒッターの3番、打率は桐生くんには負けるけどそれでも4割、試合だけの成績を見れば桐生くんより打率は上だし。1番厄介だと思うよ」
そう言われバッターボックスを見ると右打席に立つ長髪の姿が見えた。
「女か」
「そうそう、一昨年から公式大会でも女性選手は出れるようになったし」
「スイッチヒッターだろ? なんで右打席に立って」
「さぁ、わからないけど2打席目始めよう」
「いや、グラブ変えてくる」
そう言ってカバンを置いていた場所まで行き、カバンから青いグラブを取り出した。
そして右手にはめてマウンドに立ち、マウンドからさほど離れてない場所に赤色のグラブを置いた。
「左投げって、和田野さんに? 本気で?」
「投手がどっち投げだったから打てなかったなんて言い訳されたらたまんないでしょ」
「そうだけど、和田野さんは左投手にはめっぽう強くて、それで」
「あんたさぁ、過去の相手と戦うんじゃなくて、今戦う相手はあのバッターボックスにいる相手だろ? ならその相手に全力で向かい合うのが勝負ってもんだろ。相手の得意だの不得意だの、そう言って俺からヒットを打った連中は1人もいねーよ」
しっしっ、と手で払い除けながらバッターボックスの方へ戻らせた、カッコイイことを言った手前負ける訳にも中途半端な事をする訳にもいかなくなった。
これで本当に八方塞がりだ。
「さてと、本気で投げるっきゃないな頑張ろ」
足を上げて2打席目の一球目、オリジナルフォームのオーバースローから投げられたボールは、右投げの時とは違い制球のない荒れ球気味のジャイロボールだった。
打者の和田野はバットに当て、ボールは後方へ。
球速は156キロ程だろうか、ジャイロボールであんだけ伸びて相当ブレてるのに、初球で初対決で打たれた。
「和田野、1番厄介だな」
足を上げて二球目、インハイ1杯。
当たらない位置だが、仰け反ってもおかしくないコース。
打ちにくいとは思っていた球だったが、次の瞬間その思い込みは砕かれた。
カキーン、というバットの真に当たった金属音がグラウンドへ響き、ピッチャー返しのライナーが俺へと飛んできた。
「取れる」
だが、左手の方に飛んできた勢いのある球は右手を伸ばしても間に合いそうにない。
素手でキャッチしてアウト、左手に痺れるような感覚が走りその痺れは少しずつ痛みへ変わった。
その姿を見て慌てて五十嵐がマウンドへ走って来た、焦りが出てるのかおぼつかない足つきで。
「辻本くん大丈夫!?」
「へーきへーき、左では投げれないだろうけどね」
「手、テーピングする?」
「和田野、つえーなぁ」
「え?」
「いるもんじゃん、高校にも強いのは」
この27打席勝負、2打席目にして波乱の幕開けのような風が吹き荒れた。
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