ワールドスター

箱丸祐介

僕たちのお父さん

第1話公立北斎高校 硬式野球部入部


前日の大雨により落とされた桜が水たまりに浮かび、例年より多い入学者が校門を賑わせていた。(尚、語彙力がないのはご承知ください。付け加えてこの話はフィクションです、この先ネタ切れでリアルの球団名を出しますが(断言)実在する人物や団体、球団、選手などとはあんまり関係ありません。ないことは無いけど、そこはね? リスペクトってことで。ご了承ください)


「今年度入学生583人、全校生徒が入学生合わせて1500ちょっと。小さい学校なのによくやるよなぁ」


通常入学で入った俺はともかく、今年は推薦入学が138もいるそれだけでも随分と多い。

北斎(ほくさい)高校はスポーツの成績はイマイチなのだが、附属高校でもないのに、大学の進学率はほぼ100%素晴らしい高校だが黒い噂も多くある。

学校ぐるみで裏金を渡しているだの、バックについてるお偉いさんのおかげで学校の設備が充実してるだの。


「ま、全部事実なんだけどね」


入学後のクラス分け、担任との顔合わせが終わり自由な時間へと移った。

入部届けは入学式前に貰ったし、記入も終わったあとは出すだけだからついでに見ていくかな。

そう思い校舎3つ、体育館もサッカーグラウンドも野球場がある大きくない校内を歩いた。

大きな部室棟の中、野球部の看板を探し、ドアをノックした。


「どうぞ」


低い男の声、許可を得たのでドアノブを回し、ドアを押し開けた。


「野球部へようこそ、君は推薦入学の子かな?」

「いえ、推薦はなくて。ただ野球がしたくて来たんですが」

「そうか、僕はキャプテンの五十嵐佑真(いがらしゆうま)君は?」

「辻本祐介(つじもとゆうすけ)小中は硬式野球やってました」

「わかってると思うけど、うちのチームは推薦の人もいるから全員平等で実力主義のチームだから、スタメンになるのは大変だしベンチに入ることも無く高校3年を終えるかもしれないけど、それでも入部するかい?」


遠回しに推薦入学でもない俺には、到底及ぶことの無い場所だから邪魔をせずにここから去れ、とでも言いたいのだろうか。

俺を実力で黙らせた奴なんて、たった1人親父だけだ。


「もちろん、そうでなきゃここに来た意味も無いですし、俺が狙うのはスタメン入りなんて小さい夢じゃなくて甲子園5連覇ですから」

「大きく出たね。でも、新人はそれくらいのやる気がないと続かないからね頑張ろう!」

「今日は練習とかあるんですか?」

「今日は入学式だから、自主練習したい人だけしか来ないかな」

「そんなんだから万年地区大会落ちなんだろうが」

「ん、何か言ったかい?」

「いえ、なにも」


吐き捨てるように小声で放った悪意の言葉だったが、幸い五十嵐の耳には入らなかったようだ。

実力を示す前に態度が気に入らないだのなんだの言われて、目をつけられては元も子もない。


「グラブ持ってきてるならキャッチボールでもしようか」

「丁度暇なので、相手をしてくれるならお願いします」


そう言って持ってきていたバッグの中から複数あるうちの内野手用のグラブを手に取り、左手にはめた。

前年から使用を許可されたカラーミット、グラブ、そして黒以外の色のスパイク。

高校野球の規定はで操作できる物なのだと、前年の春にグラブの色などについて話した後に痛感したのである。

まさか、自分の息子のために大金払ってまで規定を変えるなんて馬鹿げたことするかね、親バカめが。


「赤色、珍しいね」

「珍しくもないでしょう、プロでも使ってる人はいますし、大会の規定でも問題なくなりましたから」

「でも、実際みんな恥ずかしがってカラーグラブなんて使わないからね」

「他がどうとかどうでもいいですよ、キャッチボールしましょう」


手に馴染む使い込まれたグラブは俺が中二の時、練習試合とはいえ完全試合を達成した時に親父が買ってくれたグラブの一つだ。

社会人チームに入っていた俺からすればグラブの色は関係がなかった、高校に入ってからは新しいのを買ってこのグラブ達はプロ入りまで大切に保管するつもりだった訳だし。

思い返しながら始めたキャッチボールは、本当に軽めだった。


「辻本くんはポジションは?」

「メインは投手、だいたいどこでも守れますけどサードだけは苦手ですけど」

「バッティングは? 左右どっち?」

「両投げ両打ちが売りなんですよ、推薦は貰えないような凡人ですから」


その発言に五十嵐のキャッチボールをする手は止まった。

とても驚いた顔で、まるで嘘つきを見るような目で俺を見ていた。


「両投げ? そんなマンガみたいなことあるわけないよね?」

「今どきマンガでもないですよ。でも、俺はできる、今見せてあげますよ」


そう言ってバッグから投手用の青いグラブを取り出し、今度は右手に手にはめた。


「両投げは投手の時だけかい?」

「野手の時でも出来ますけど、まともにやらされたことないですね」

「じゃあ、左投げでの守備はあんまり経験がないのか」

「普段はピッチャーかショートやってますから、左投げする機会がないんですよ」


内野手というのは通常ファースト以外の守備は左利きが多い、ゴロを処理する時送球をスムーズにするためには体を反転させないといけない左利きに対し、右利きなら素早く送球出来るからなのだが。

少なからず例外はある、少し前の甲子園沖縄代表高校のチームには左利きのキャッチャーと内野手がいたようないなかったような。


「持ち玉は? 変化球はどれくらい投げれるんだ?」

「基本的な変化球ならだいたい、試したことないのはシェイクくらいですね」

「本当なら凄いなそれは」

「スライダー、カットボール、カーブ、ナックルカーブ、スラーブ、ドロップ、ドロップカーブ、スローカーブ、フォーク、SFF、ナックル、Vスライダー、パーム、シンカー、スクリュー、シュート、ツーシーム、ワンシーム、シンキングファスト、バルカンチェンジ、サークルチェンジくらいかな、高速系も投げられるけど」

「チェンジアップは?」

「球速が速いせいでキレが悪いチェンジアップは打たれやすくて、持ち玉としては使ってないっすね」

「ちなみに球速って」

「軽く投げて160、本気で投げて180」

「ひゃ、180!?」

「制球して投げたら遅くなるけどな、あと真っスラとかってのも投げられる」


プロやメジャーで特殊な変化球をすべて試し、投げられるように練習したりもした。

でも、どれも完璧な再現はできなかった、文字通りのオリジナル変化球だと実感した、そこにプロへの壁も。

活躍するには、誰もが憧れる選手になるには自分自身の高見へ目指す気持ちと、諦めない力が必要なのだと。

試行錯誤がどれだけ大切か、俺自身も味わった挫折をプロに入っても味わい続けることになるのだろうと。


「明日、新入部員と試合をするんだ。そこで結果を残せばスタメン入り出来るかもしれない」

「2.3年生対新入部員連中って事か、オーダーは? 誰が組むんだ?」

「こっちのチームは監督が、新入部員達は多分推薦部員を優先して組むんじゃないかな」

「つまり、一般入学でろくな成績がない俺は出番も無いと」

「わからない、でも君に成績がないのは事実なんだ」

「まあいい、明日の試合楽しみにさせてもらうよ」



迎えた翌日の放課後。入部数18人、内推薦者16名通常入学入部希望者2名が、グラウンドへ集まっていた。


「入部希望者の諸君、まずは入学おめでとう、そして野球部へようこそ。私は監督の隅田(すみだ)だ」

「「よろしくお願いします!!」」


俺ともう1人を除いた推薦のやつらが挨拶をしていた、そもそも監督の目線が16名にしか向いていなかった。


「まずは1人ずつ自己紹介をしてもらおうか」

「「はい!」」


一通り推薦者の自己紹介が終わると、わざとらしくいま気がついたかのようにこちらにやっと視線を向けた。


「次、そこのお前達だ」

「んじゃ、俺から鬼道一真(きどうかずま)左投げ両打ち、ポジションはキャッチャー」


隣の男の自己紹介にピクッと眉を動かせたのは、俺だけではなく、監督もだったようだ。


「左投げのキャッチャーだと!? 貴様舐めているのか!」

「左投げのキャッチャーか面白いな」


重なった俺と監督の声は真っ直ぐに鬼道の耳へと入った。


「俺は俺のやりたいようにやるだけだ、ここは実力を示せば問題ないんだろう?」

「貴様のような口の利き方もわからんやつは入部させる訳が無いだろう!」

「いやはや、その心意気気に入った」


再び重なった俺と監督の声は、鬼道に届いていただろうが先に監督の怒りの目がこちらへ向けられた。


「貴様もか、口の利き方を知らん者は断じて入部させん! 今すぐここから去れ!」

「あんたにそんな権限ないだろ、学校の方針には逆らえないんだから。それに実力主義とか言ってるくせに口の利き方程度で入部拒否? 1目見て能力も見切れない無能は監督なんかやる資格ないんじゃない?」

「面白い、ならその実力とやらを見せてもらおうか」

「いいよ? そこにいる推薦組の無能共16人と1打席勝負でもしようか?」

「それでは意味が無い、そこのサウスポーキャッチャーと2人で3イニング制の試合をしようじゃないか」

「それはつまり、2対16で。俺達は打たれたら守りのない試合をしろと」

「あぁ、そうだ。簡単だろう? 実力があるんだろうからな」


とんでもない無茶振りだ、この監督本当に無能だな。

さて、どう調理してやろうか。


「もし、推薦組が負けたら、入部を認めてやろう」

「それで? 俺たちへのメリットは? それなりの事はしてくれるんだよね?」

「ふん、そうだな万が一にも負けた時には、何でもしてやろう」

「ん? 今何でもって」


鬼道くんの発言に一瞬笑いかけたが、まあいいか。


「俺はいいけど? 鬼道くんは?」

「いいさ、それで実力が認められるなら」

「そう、じゃあやろうか試合。俺が勝ったらあんたには監督を辞めてもらおうかな」


正確には辞めさせない、あやつり人形にするだけだ。いくら実力を示しても他の選手に不満を持たれて守備をしないなんてことされたらそれはそれで面倒だ。


「勝つ見込みは?」

「愚問だねぇ鬼道くん、そんなのあるわけないじょないか」

「そう言えば名前は?」

「辻本祐介 両投げ両打ちのオールラウンダーです」

「サイン合わせは?」

「しなくていーよ、面倒い」

「ストレートだけで勝負するのか?」

「とんでも、構えてくれたところに適当に投げるよ」

「そんなんじゃ、取れなくても知らないからな」

「んー、そうね取れる人いないと思う」


それこそ、プロなら取れるかもしれないが社会人の連中でも俺の全力の球は取れなかった。


「安心してよ。手、抜くからさ」


笑顔でそう言いながらマウンドへ向かった、たった5割でも抑えきれる。


「鬼道くん、遊び球は無しだ」

「負けたら、責任取れよ」

「じゃあ、俺の全力の球取ってよ」


投球練習の一球目、左手にはめた青色の投手用グラブ、右手にボールを持ってマウンド感触を確かめた。

ストレートの握りで、ある投法で投げる。

ドクターKと呼ばれ近鉄バファローズ、そしてメジャーで活躍した選手。野茂英雄のトルネード投法で。

手から離れたフォーシームの綺麗なストレートは150後半程度の球速で鬼道のミットへと吸い込まれて行った。


「今ので5割か?」

「そうだよん」

「じゃあ、全力で投げてみろ」


鬼道が返球しながらそう言った、間違いなく取る自信があるように見えた。


「手、怪我しないでね」


もう一度同じ投球フォームで、今度は全力で投げる。

放たれたその球は目に止まらぬ速さでミットへと一直線に吸い込まれて行き、そしてその球はしっかりとキャッチングされていた。


「すーげ、鬼道くん何者よ」

「175と言った所か」

「球速までわかんのかい」

「制球しなければ180、もしくはそれ以上だろうな」

「最高の女房役だぜまったく」

「力でねじ伏せる、全球ストレートでいく」

「了解」


初めてまともにキャッチされた全力のボールは、どんな時よりも心踊る瞬間だった。

そして、その投球を見た推薦組と監督、試合の様子を見ていたキャプテン五十嵐は度肝を抜かれていた。


「辻本、辻本。どっかで聞いたことがあるな、一体どこだったか」

「監督、良いんですか? こんな無謀な戦いをして」

「どういうことだ五十嵐、相手は推薦組でもないただの野球好きだぞ?」

「違いますよ彼は、昨日顔合わせした後彼の素性について調べてみたんですが。辻本祐介14歳という若さで練習試合とはいえ辻本グループの社会人野球チーム、埼玉ナックルズを相手に完全試合を達成した若きエース」


埼玉ナックルズは社会人野球大会の優勝常連であり、プロ入り選手を何人も排出する言わば社会人野球界の王者のチームである。

そして祐介は父に頼みそのナックルズで経験を積んでいた、ただしいくつもの条件付きだったが。


「なら、なぜそんな選手がここに居るんだ推薦でもないのに」

「彼には成績がないからですよ、登板したのは練習試合のみそれもスカウトや記者が来ていない時だけ。その完全試合ですら選手しか知らない情報ですから」


記録は無し、スカウトや記者を避け影で活躍し続けた若きエースは誰の記憶にも記録にも残ることはいままで許されなかった。

それは王者であるナックルズの正捕手でも取れない球を隠し続ける事と、無名の高校からスタートし甲子園大会をダークホースとして優勝するという、祐介が父と果たした約束だからである。


「間違いなく、彼は怪物だ」


監督とキャプテン五十嵐の会話中にも1人目のバッターとの勝負は始まっていた。

初球はど真ん中のストレート、しっかりと取ってくれるキャッチャーには本気で投げられる、それを今実感した。


「は、早い」

「150程度だぞ、こんなものバッセンに行けばいくらでもあるだろ」


バッターと鬼道の会話が軽く耳に入った、確かに150前後のバッティングマシンはいくらでもある、でもそれは生きた球ともなれば話は別だろう。

高校生に成り立ての選手はそうそう経験する物じゃない。


「次、何を投げて欲しい? 得意球投げてあげるよ」

「ふざけるな! 真剣に勝負をしろ!」

「そう熱くなりなさんなって、こっちもどうやったら16人全員と勝負できるか考えてるのよ」

「簡単だろう、打たれまくって全員に回せばいいんだ」

「て、天才か」


ぶっちゃけその方法が思いつくことはなかったんだが、せっかく答えてくれたんだやってみるか。

そう思ってキャッチャーに未だ返球されないボールを要求すると、顔めがけて返球とは思えないボールがとんできた。

慌ててキャッチして、鬼道の顔を見ると物言いたげな顔をしていた。


「あっぶねぇ」

「残りの7人と勝負するのは、試合が終わってからにしろ」

「あ、それもそうか時間はあるもんね」


そんな事しなくてもこっちのチームは2人、つまり打数は2人で割らないと行けないわけだから、少なくとも1回で3点は取れるから心配しなくてもいいのに。


「次、ど真ん中だ」

「え?」


鬼道とバッターの会話は聞こえなかったが、明らかにバッターは驚いたような顔をしている。

2球目の要求はど真ん中のボール、一球目と同じコース。

なるほど、さっきバッターと話していたのは、コースを教えてたのか、なら俺は打たれない球を投げればいいだけだ。

大きく振りかぶって2球目、要求通りど真ん中そしてさっきより球速の早いストレート。


結果は空振り、コースがわかっていてもタイミングが合わなければ意味は無い、その逆も然りだ。


「157、遅いな」

「あれで? お、遅い?」

「あいつのベストピッチは170後半だからな、この程度なら打てて当然だろう」

「この2人、何者なんだ」


なかなかに打たせるのは難しいらしい、お互い打たれればランニングホームランも有り得るこのハンデの状態で、お互いにバッターに打たせようとしている。


「馬鹿なキャッチャーだなぁ」

「アホなピッチャーだ」

「よく分からないバッテリーだ」


バッターに鬼道、そして俺の思考がその場に広がった瞬間だった。

最も、そこにいる誰もバッテリー間の思惑を知るものはいなかったが。

それから一球も配球が変わることは無く一回表は終了、一回裏推薦組の投球練習に入っていた。


「鬼道くんてさ、もしかして俺の事知ってる?」

「知らないさ、社会人相手に完全試合を達成した中学生なんて」

「知ってんじゃんか!」

「1度な、親父の活躍をお袋と見に行ったことがある。だが、そこで見たのは中学生相手に1本もヒットを打てない王者の姿だった」

「鬼道、なんて選手あそこに居たっけ」

「いないさ、鬼道はお袋の旧姓でな」

「なるほどね」

「そこで見た自分と同じ歳の中学生の姿に憧れて、この学校に入学するってんで一緒に野球をやりたかっただけさ」

「なるほど、でもごめんね俺ノンケなんだ」

「失礼なやつだな、俺もそうだ彼女も居るしな」

「薄情な裏切り者め、俺達の友情はどこへ行ったんだ」

「今日初めて会っただろ」


そうだった、まだ会ってから1時間も経っていないんだよな。

信頼というか友情というか、短い時間でもお互いにお互いを信じられる要素があるからかもしれない。


「どっちから行く?」

「お先にどーぞ俺は後でいい」

「おっけー」


自前のバットケースから木製バットを取り出し、バッターボックスへ向かった。


「木製バットか」

「社会人野球もプロと同じで金属は使えませんから、そのせいでしょうね」

「打撃成績はどうなんだ?」

「さ、さぁ? でも、彼が練習試合に参加する時は決まって1番バッターの霜村(しもむら)は1番から外されてたみたいですよ」


埼玉ナックルズの霜村は平均4割から6割の安打率を誇る切り込み隊長であり、同時に3盗もできる俊足の持ち主。

三振率はほぼ0パーセント、チームにチャンスを導くチャンスメーカーとして有名であり、その実力らプロからもドラフト指名される程である。

その、霜村を毎試合の如く1番バッターから下ろすのが、事実上の無名である辻本祐介なのだ。


「木製バット、プロじゃあるまいし身の程に合ったものを使えば良いものを」


推薦組のキャッチャーから放たれたそのセリフを俺は聞き逃さなかった。


「しょーがないじゃないの、金属バットなんて妥協はさせてくれなかったんだからあの親バカ親父は。それに、そこまで言うなら俺に教えてくれよお前の言う身の程ってやつを」

「どうせ、三振するのがオチさ。ピッチャーの竹田(たけだ)はシニアの成績防御率1点代の軟投派ピッチャーだ、かすりもしないだろうよ」

「変化球苦手なんだよ、俺」


にっこりと笑顔でキャッチャーの顔を見ながらそう言ってバッターボックスに立つ。

なんだかんだ本拠地での紅白戦やらナイターの練習試合やらで、青空の下バッターボックスに立つのは人生初かもしれない。


「最高だね、高校生」


そうつぶやくと同時、モーションを起こした推薦組のピッチャーから一球目のボールが投げられた。

完成されたサイドスローのフォームから放たれた一球目は、胸元へのストレートだった。

一球目は見逃し。

球速はそこそこ、本当に軟投派のピッチャーなのだろう、見逃す球ではなかったが正直胸元はホームランにするには個人的に打ちにくい。

狙うのはアウトコース、それも力いっぱい振る必要のない場所。


「後2球だ」

「違うね、次で決まるさ」


2球目の投球モーション数ミリ高い腕を俺は見逃さなかった、フォークを投げる時の竹田のリリースの癖。

小中で活躍していたってことはつまり、その分弱点を探るための材料もたっぷりあるってことだ。

ほかの誰も気が付かないその癖は、何度もビデオを見たからこそ分かったことだが。

2球目アウトローいっぱいのフォークを、バットの芯に当て流し打った、まぐれ当たりにも見えたその打球は、ゆっくりとグラウンドの外へ飛んでいった。


「ほら、あと1球だった」


再び度肝を抜かれた監督と五十嵐の姿を横目にダイヤモンドを一周すると、キャッチャーが落ち込んだ顔をしていた。

この点が決勝点になり、見事勝利をもぎとったなんて上手いことは無く、その後2人で連打連打を浴びせまくり、一回裏36点目を取った時点で推薦組の投手陣全員がギブアップし、試合は幕を閉じた。


「入部決定だ、すまなかった君の実力を知らなかったんだ」

「まー、いいけど。覚悟は出来てるよね?」

「あぁ、今日限りで辞表を出させてもらう」

「何言ってんの、辞めろって事じゃないよ俺の犬になれって言ってんだよ」

「な、なんだと」

「辞めるよりいいでしょ、プライド捨てるなんて」

「わかった」

「物わかりがいいことで、じゃあ明日からよろしく」


そう言って荷物を抱えグラウンドを後にした、このレベルなら高校野球でも通じるのだという自身と実感を得れたのは大きたかった。

そしてここから、辻本祐介と鬼道一真の甲子園4連覇の伝説は始まったのだった。

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