第九話 アサルト・クライ



「作戦会議をやる前にいつもの定時報告を先にやろう。まずは物資補給部隊から報告してくれ」

 ウィリアムの呼び掛けに答えたのは物資補給部隊の隊長を務める栗栖 悠斗(くりす ゆうと)。

「そろそろ食料の備蓄から考えて再び外に出なければならない。前回同様この周辺の資材はもうないものと考え再び遠征をする必要があると考える。明日にでも決行の予定だ」

「予定出来る地域はあるのか?」

「前回と同じく東に向かうべきと考えている。まだあそこは手付かずの場所も多い」

「分かった。では会議の後、明日の物資補給遠征に向けてメンバー選定をやろう。次は生活支援部隊はアーサー先生。お願いします」

 ウィリアムにアーサーと呼ばれた男はアーサー・ノーマンという名前で医者をやっていた。

「こちらからの報告は特にないよ。半年前に見つかった新たな生存者の桐生なつきの体調も回復したからね。大きな問題もなにも起きていない」

「その桐生なつきには今クガが戦闘訓練を行っています」

「空閑がいないと思ったらそんなことやってたんだ。あんな普通の女に俺達の訓練が耐えられるのかね?」

 そうやって言うのは戦闘部隊の一人。ルクス・テイザー。

「彼女自身の希望だ。耐えられなければすぐに降りてもらう。では次は我々戦闘部隊だがさっきも言ったように一つは桐生なつきの件、そしてもうひとつは奴らの行動分布について少し分かったことがある。これはこれから始める作戦の内容にも関わることだが、奴らは一定の地域を二人一組で巡回しているようだ」

「巡回の目的はやはり人間の捕縛か?」

「その通りだ。奴らは全ての人間を支配下に置くつもりだ。ゆえに生き残っている人間全てを見つけ出すつもりでいる。そこで今回の作戦の目的だが奴らの一人を捕らえる」

「はぁ!?」

 ウィリアムの発言にその場にいた全員が驚く。

「ちょっと待て!? 奴を捕らえる? 無理だ。俺達は奴らをまだ一体も破壊すら出来ていない。見つかっても逃げ切るので精一杯。それを捕らえる?」

「問題は他にもあるぞ。もし仮に作戦がうまく行って捕らえることが出来たとしても、生かしたまま……いや例え機能が停止していたとしてもどこにあるかも分からない発信機や、もしかしたら爆弾なんかも内蔵しているかも知れない。そんな奴を連れてこの基地に戻ったりなんかしたら……」

「もちろん、作戦が成功し捕らえることが出来たとしてもここまで連れては来ないさ。ここは絶対に守るべき場所だからな。しかし俺達はあまりにも奴らのことを知らなさすぎる。俺達が知っていることなんて奴らが第3世代ロボットってことと、そのロボットをゼロと名乗るものが支配していること。そして奴らのエネルギーが半永久的にあるということ。そんな程度だろ。奴らを倒すためには多少のリスクを負っても知らなきゃないけない。奴らの考え、行動。そして殺し方も」

「つまり今回の作戦はこっちから科学者の陣先生も連れていき、奴らを生け捕りにし現地で奴らと話した上で最終的にどうやったら殺せるのかを見るということだな」

「まぁそういうことだな」

「リスクは付き物だな。さっきも言ったように奴らのどこに発信機が付いているのかも分からない。俺達が奴らの目の前にいつまでもいれば信号を感知して他のロボットが集まってくる可能性も十分ある。そうなれば……」

「ウィリアムさん!!大変です!!」

 そう言って会議の場に突然入ってきた男は全力で走って来たのか息も絶え絶えに必死の形相でウィリアムを見つめる。

「どうした?」

「地上を監視していた隊員より通達です!奴らが……第3世代ロボットがシェルター周辺に現れました!!」

「なんだと!?」

「会議は中止だ。各部隊はプランC体制を取りそれぞれ持ち場につけ。いいか絶対に誰も先走った行動を取るなよ」

 ウィリアムの号令によりその場にいた隊長達はそれぞれの持ち場に向かっていった。突然のロボットの出現により騒々しくなるシェルター内。もしここに人間が複数隠れていることが見つかれば、襲撃され多くの者が命を失うことになる。そうなれば必死で築いてきた長年のここでの生活も消え去り、希望すらもなくなってしまう。


 訓練施設に来ていたなつき達のところにもこの一方はすぐに入ることになる。

「空閑さん、大変です。シェルター周辺に第3世代ロボットが現れました。すぐに来てください!!」

「奴らが? 分かった。すぐに行く。なつきさんどうやら訓練は中止のようだ。君は他の人達と同じく避難してくれ!」

 そういうと空閑は報告に来た隊員と共にすぐに現場へと向かった。なつきは一人その場に立ち尽くしたままだった。


「ウィリアム!状況は?」

「クガか? どうやら奴は一体のみのようだ」

 ウィリアムと空閑は地上に来ていた。その他にも動向がすぐに分かるようにロボットを囲うように戦闘部隊が4人それぞれ潜みロボットの動きを追っていた。

「この場所がバレたのか?」

「いや、どうやらただの巡回のようだ。つまりこのまま何事もなければやり過ごす。ただ奴がこのシェルターの存在に気が付いたなら戦闘は避けられないと思ってくれ」

 周りの隊員たちも目の前にいる脅威に緊張と恐怖で胸が張り裂けそうになっていた。無理もない。今までロボットから逃げ延びたことはあっても戦闘で倒せたことは一度もない。そしてここは守るべき場所であり今までのように逃げることは出来ない。ここで逃げるということはシェルターの人間を見殺すも同義である。つまり見つかれば戦闘は避けられない。一体のみとはいえ、今まで一度も倒せたこともない相手を目の前にして極限の緊張状態。ゆえに周りを囲んでいる隊員の初歩的なミスもある意味必然だったのかも知れない。


 決してわざとではない。ただ相手をよく観察する為に無意識に一歩を踏み出した。ただ運悪くそこに捨てられた空き缶があっただけである。足で空き缶を蹴ってしまった隊員は己のやってしまったことに激しく後悔した。だがその後悔はもう遅い。高性能機能を持つ第3世代ロボットはその音を決して聞き逃さない。瞬時に音の発生源、その角度から相手の居場所を割り出す。そして瞬時に相手の場所までの距離を詰める。

「見つけた。人間を見つけた。さぁ一緒に来るのです」

 ロボットは隊員を見つけると腕を掴んでくる。あまりの恐怖に隊員は持っていた拳銃で応戦する。弾はロボットの前頭部を捕らえた。しかし弾はハジかれ効いてはいない。まるで何事もなかったかのように隊員の腕を力強く引っ張る。その後も何発かロボットに向けて発砲したがどの弾もロボットには効くことなく全て弾かれていった。

「嫌だ! た、たすけっ!」

 隊員は連れて行かれまいと必死に抵抗する。だが力では敵うはずもない。銃が効かなかった時点でこの隊員に勝ち目はなかった。

「ウィリアム!やばいぞ!どうするんだ!?助けないと」

「……駄目だ。まだシェルターが見つかったわけじゃない。今、俺達が出ていけばここに複数の人間がいることがバレる。そうなればシェルターの存在も……。あいつもそれを分かっているから俺達に助けを求めない」

「見捨てるのか?仲間を?……俺はいくぞ」

 空閑が武器を構え出ていこうとするところをウィリアムは空閑の腕を掴んで止めた。

「……頼む。耐えてくれ。ここでシェルターの存在が見つかれば全てが終わりだ」

 空閑を掴んだウィリアムの手は震えて汗が滲んでいた。ウィリアムも仲間を見捨てたいわけじゃない。ただここには50人ほどの人間が生活している。シェルターが見つかればここにいる人間が全て殺される恐れもある。一人の犠牲か全員の犠牲か。究極の選択を迫られる。その判断さえもしなければいけないのが隊長。ウィリアム自身も必死に耐えていた。掴まれた手からその覚悟を読み取った空閑は動きを止めた。

「やめろ!離せ!!」 

 捕まった隊員は強引に力で引っ張られる。抗えないほどの力に為す術もなく。周りに助けを求めるリスクも理解し半ば諦めていた。


 そんな隊員の顔に周りの建物から崩れたコンクリートの欠片が当たる。そのコンクリートの欠片と共に上空より現れたのは桐生なつきであった。地上に降りたなつきは間髪入れずに隊員の腕を引っ張っているロボットに詰め寄ると、後頭部の後ろ人間で言うところの頚椎の部分に銃口を突きつけた。そして間髪入れずに発砲した。その弾はロボットの集積回路を貫いた。集積回路を貫かれたロボットは機能を停止しその場に倒れ込む。だがなつきは倒れ込んだロボットに向かって撃つのを止めない。

「うわぁあああああぁぁぁぁああああぁあああ!!!」

 悲痛な叫びとともに何度も発砲を繰り返しているうちに遂に弾は無くなり、銃からは虚しく空打ちの音だけが木霊する。しかしなつきは撃つことを止めない。そんななつきの肩に手が乗る。その瞬間なつきの身体は驚き撃つ動作は止まる。

「もういい。もう……十分だ」

 なつきに声を掛けたのはウィリアムだった。撃つことをやめたなつきはその場に崩れ落ちると泣き出した。成人している大人とは思えないほどの大きな声でまるで子供のように大粒の雫を流しながら。


 地上で大きな声で泣くなつきをウィリアムは止めることができなかった。もしまだ他にロボットがいればこの声はきっと検知され場所が見つかる。そう思ってはいるのにそれ以上の想いがウィリアムを支配していた。もしロボットによる支配がなければこの21歳の女の子はここで泣くことも無く、銃を持つこともなく、ロボットを殺すこともなく普通に大学に行き、普通に就職をし普通に結婚をして、普通に子供を産んで幸せな生活を送っていたのかも知れない。そんな想いがウィリアムの動きを止めていた。


 ――なつきは我慢していた想いの全てを吐き出すかのように泣いていた。

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