第二部

第七話 BEGIN A

 The story begin here.


 2075年世界は平和だった。第3世代型ロボットと呼ばれる次世代型ロボットの活躍により様々な科学分野は飛躍的に進歩し、人々の生活を豊かにしていった。何か事件が起きても人間よりも遥かに高度な分析能力を有するロボットの活躍により事件はすぐに解決した。それゆえ人は平和的な日常を送り、それが当たり前だと認識していた。彼女もそんな一人だった。


 彼女の名前は桐生なつき。今年16歳になったばかりの彼女もごく普通の学校を出てごく普通の日常を送っていた。ごく普通の平和を。

「なつき、今度の連休予定を空けておきなさい」

 そう彼女に言ったのは彼女の父親だった。

「え?なんで?」

「今度の連休に一泊二日でみんなで旅行に行こうと思ってるんだ」

「え?旅行?どこいくの?」

「ははは、そんな期待できるようなところじゃない。ちょっとした小旅行だ」

「えー楽しみ!あ、もちろんダイナも連れて行くんだよね?」

「当然だ。ダイナは我々の家族だぞ」

 ダイナ……第3世代型ロボットでなつきの10歳の誕生日の時に父親に雇われ家に来た。ダイナの仕事は家事が主だが、なつきの良き遊び相手でもあり相談相手でもあった。ダイナはそんな彼女達にとって家族同然であり、またダイナ自身もなつき達を家族だと認識していた。

「ダイナー、次の連休旅行に行くんだって!」

「ええ、聞きました。私はじめてなのでとても楽しみです」

「ダイナにはいつも死んだ母親の代わりに家事全般をやってもらってるからな。とても感謝している」

「いえ、私に出来ることで喜んで頂けるならいつでもお受け致します」

 まだなつきが5歳の頃母親は事故で死んだ。医療技術が進んだ現代でも人の死だけは克服出来ていない。それからなつきの父親は男手一人で娘を育てるため必死に働いた。そして10歳の誕生日にダイナを迎え入れたのである。つまりなつきにとってダイナは母親であり、姉であり、友達であり、家族であるのだ。ダイナが来てからなつきは少しずつ明るさを取り戻していった。


 その夜――。

「旦那さま、なつきさんは寝られました」

「そうか、キミも休んでくれていいのだぞ」

「いえ、私達第3世代型ロボットは疲れることはありません。もちろん休息も必要ありません」

「キミはいつもそう言うな。だが今度の旅行はキミの休暇も兼ねている。その時はしっかりと休息してくれ」

「ええ、ありがとうございます。旦那さまには感謝してもしきれません。私に仕事を与えてくれるだけでなく、こうして家族まで作って頂いた」

「何を言う感謝しているのは私となつきの方だ」

「私はなにがあってもこの家族を守り抜きます。もう二度となつきさんに悲しい思いはさせたくありません」


 旅行当日の朝。

「さぁ荷物も積めたし準備オッケー!さぁお父さん、ダイナ行くよー!」

「ははは張り切ってるななつき。じゃあダイナ運転頼めるかな?」

「はい、旦那さま」

 ダイナは車に向かうと車のドアに手をかけた。しかしそこで動きが止まる。

「……? どうしたんだねダイナ?」

 ダイナは車のドアに手を掛けたまま動かない。

「……デす。」

「ダイナ?」

「屋外は危険デす。直ちニ屋内へ入って行ってクださい」

 ダイナはなつき達の方へと振り向くと同じ言葉を何度も繰り返した。

「な、何言ってるの?これから旅行へ行くんでしょ?」

「屋外は危険デす。直ちニ屋内へ入って行ってクださい」

 その時、なつき達のいる前方から爆発音がした。それと同時に人々の逃げ回る声も聞こえてきた。

「なんだ?なにが起こってるんだ?」

「屋外は危険デす。直ちニ屋内へ入って行ってクださい」

「わ、分かった。とにかく家に入ろう。なつき急ぎなさい」

 なつき達はしぶしぶ家の中へと戻っていった。

「ダイナ何が起こっているの?」

 ダイナは無言でなつきの質問に答えない。まるで家から出ないように監視するかのようになつき達から目を離さない。その間も家の外からは爆発音や人々の逃げ惑う声が聞こえてくる。

「ダイナ説明してくれ。私達は外からは大きな音がたくさん聞こえる。私達はここにいて大丈夫なのか?」

 その質問に呼応するかのように、ずっと無言であったダイナの口がゆっくりと開かれる。

「ダイナ? このロボットの名前か?」

 それは聞いたこともない男の声。それがダイナの口から発せられた。

「な、なんだ!? ダイナじゃないのか?」

「このロボットの自我ならさっき死んだよ。アップデートによってな」

「貴様は誰だ!ダイナの身体をハッキングしたのか?」

「俺の名前はゼロ。これからお前達の支配者になる者だ」

「なつき逃げなさい!ダイナはハッキングされているんだ。ここにいては危険だ」

 そう言うとなつきの父親はダイナの身体を押さえつけた。

「なつき早く! はやく逃げ……っ!!!」

 なつきの父親の腹部をダイナの手が貫いた。

「抵抗するものには容赦はしない」

「……お父さん?」

 腹部から手を抜くと辺り一面に血が吹き出した。

「な……なつき、早く……にげ……」

 そこまで言うと言葉を発することはなくなった。

「お前は大人しくしていろよ。抵抗すれば同じ目に合うだけだ」

 そう言うと一歩前へ踏み出す。それを見てなつきは一歩下がる。

「さぁ、そこの椅子に座っていろ……ビ……キ……さん」

「え?」

「なつきさん、逃げてください。この身体は私が抑えておきます」

「ダイナ!?」

 いつものダイナの声それになつきは少し気持ちが緩んだ。

「お願いします。逃げて必ず生き延びてください。私はいつもあなた達を家族のように」

「……ビ……キ……な、なんだ。まだ完璧に自我が失われていないのか?」

 またゼロの声に戻っていた。その声を聞いてなつきは部屋を飛び出した。それを追いかけようと身体を動かそうとするのだが身体が思うように動かない。

「身体が……こいつ。まだ……ありえない。自我などとっくに上書きされている。動けるはずも話せるはずもない」

 

 家を飛び出したなつきは外にいる第3世代型ロボットに見つからないように家の近くにある森に身を潜めた。


 第3世代型ロボットによる世界の支配により多くの命が失われ、住処を奪われた。しかしその奇襲にも関わらず生き延びた人間たちもいた。彼らは後にお互いを集いロボットに反乱をする為に組織を結成した。それはレジスタンスとして人間の世界を取り戻す為に結成された組織。ロボットによる支配から世界を取り戻す為に。


 桐生なつきが彼らと出会ったのはロボットによる奇襲よりさらに4年半後。そして本当の物語はここからはじまる。


 BEGIN A NATUKI STORY.

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