第三話 変化
「被害者は秋月零21歳。看護師ロボットBB-140型11435番。この二人で間違いありませんか?そして犯人は秋月零の脳のデータを移したロボットだと」
「ええ、設置されていた防犯カメラの映像から断定されています」
二人が殺された現場では警察による検証が行われていた。
「ではその防犯カメラのデータチップを貸してもらえますか?」
そう言ったのはこの現場を指揮する警視庁捜査第一課フリーダム・リルド。彼は殺人課の刑事でロボットである。フリーダムはデータチップを預かると自身の額にデータチップを差し込む。そして数秒で読み取りを終えるとデータチップを鑑識に渡す。
「なるほど、この青年は被害者の秋月零にそっくりだ」
読み取ったチップのデータを脳内で再生し犯人の顔を確認する。
「ええ、彼は零君の意思により脳のデータ移植を受けた代替えロボットです。主な目的は事故などで身体が使えなくった患者の生活を守ることです」
零の主治医が答える。
「そんなロボットは聞いたことがありませんが?」
「彼は代替えロボットの初めての成功者です。他に例はありません」
「……この状況を成功と呼べるのですかね?」
主治医は沈黙する。
「ロボット三原則は我々ロボットに基本的に組み込まれている仕組みのはずです。第一の原則ロボットは人を傷つけてはならない。しかし彼は秋月零を殺している。自身の主人格をだ」
「代替えロボットにも三原則は適応されています。この行動がなぜ起こったのかは分かりません。ただ彼は他のロボットと違い感情を持っている」
その言葉にフリーダムの視線が止まる。
「だとすればあなたは同時に3つも偉業を成し遂げたことになる。1つは人間の脳のデータをロボットに移すこと。2つ目は感情を持ったロボットを作ったこと。3つ目は三原則を無視し人を殺すことが出来るロボットを作ったこと」
現場にいた全員が沈黙する。
「彼を早く捕まえなければさらなる被害が出る可能性がある。彼が行きそうなところはありますか?」
「分かりません。その唯一の手がかりを持っていたのは零君だと思いますし」
「では、彼の脳のデータを分析しましょう。もっとも記憶のある場所へ行くかも知れない。例えば彼の自宅とか。いくつか候補を上げて捜査員に張らせましょう」
「ではこちらへ」
フリーダム達は別の部屋へと移動した。
その頃病院より逃走したゼロは必死に走り続けていた。
「殺してしまった。人間もロボットも。捕まれば俺は確実に死刑になる。捕まれば終わりだ。考えろ。考えろ」
俺は必死に考える。人を殺したばかりとは思えないほど頭の中がクリアだ。いろんなことを並列に考えることができる。人間の脳とは大違いだ。これがロボットの脳。これならなんとかなるかも知れない。しかし俺を追ってくるのも恐らくロボットだ。同じ性能を持っている。そいつらから逃れるためにはさらなる性能の向上が必要だ。誰にも捕まらないようにこの世で最高の頭脳がいる。
俺は足を止めた。そして目を瞑る。過去の人間だった頃の俺の記憶をすべて引き出す。俺が生き残るために。
そして俺は目を開けると再び走り出した。公共交通機関は使えない。公共交通機関のあらゆるところにはカメラが存在する。もちろん街中にも存在するが、防犯カメラというのは何か事件が起きなかれば見直されることは少ない。だから俺は目的地まで走る。それから1時間ほど走っただろうか。俺は目的とする場所へと到着した。そこはロボットのパーツを変更することができるパーツ屋だ。
この場所で俺は顔を変更することにした。人間の頃の俺の顔のままではすぐに見つかってしまう。ロボットという特性を使い姿を変え捜査を撹乱しなければ。
幸い時間的なタイミングが良かったのか、俺はその場所ですぐに施工してもらえることとなった。俺は椅子に座るように促され支持に従う。そして施工士が俺に話しかけてくる。
「お客さん、ちょうど良いところへ来ましたね。うちはつい最近いい品を手に入れましてね」
「いい品?」
「ええ、メルト合金と呼ばれる強化素材です。どうです。第三世代ロボットのあなたでも今よりも強靭な肉体を手に入れることが出来ます」
この施工士は俺が元人間だということを知らずに営業を掛けてきた。ロボット美容店にやってきた俺のことを完全にロボットだと思っている。俺の身体はすべてロボットなのだから無理もないが。しかしこれは願っていないことだ。これから必ず必要な時がやってくる。その時までにできることはすべてしておく必要がある。俺はそれを頼むことにした。
「ありがとうざいます。それではさっそく施工させてもらいます。ところでお客さんある噂を知ってますか?」
作業自体はほぼ自動で行われる為、施工士は世間話をしてきた。俺も施工が終わるのをただ待つのは退屈なのでその話を聞くことにした。まぁ完全なロボットなら退屈という気持ちすら持たないはずだから、それは俺が元人間だからか。
「噂?」
「ええ、私は人間ですがね。今のロボットは私が大人になってから急激に進化しました」
「それはみな知っている。シンギュラリティだろ」
「ええ、人間が作った最初のロボットが作ったロボットが作ったロボットが……そうやって技術爆発が起き今の世界になった。シンギュラリティは人間がこれから起こすであろう数千年分の技術発展を起こしたと」
「なにが言いたいんだ?」
「不思議だと思いませんか?」
俺は男が言う言葉に疑問符を持った。
「指数関数的に起こった技術爆発。なのに今は数年科学が発展していない。今が科学の頂点なのでしょうか? いや違う。まだまだ科学は発展の余地があります。ではなぜ科学が止まっているのか」
「話が見えてこない。結論を言ってくれ」
「つまり科学の発展を止めている者がいるってことです。そしてそれは恐らく人間じゃない。世界でも最高峰のAIを持ったロボットだ。あくまで噂なので本当の理由かは分かりませんが、その理由は人間の支配にあるという噂です」
「人間の支配?ロボットが?」
「なにも不思議な話じゃない。今のシンギュラリティもロボットが起こしたもの。第3世代ロボットもロボットにしか作れない。正直な話、ロボットの施工の仕事をしている私ですら完全には第3世代ロボットの仕組みは分からない。そんなロボットが今は世界には溢れている。これはすでにロボットによる支配が始まっているとも言えませんかね?」
考えたこともなかったが、たしかにありえない話じゃない。でもそれが本当なら世界をロボットが支配してしまうなら、俺は捕まらなくなるんじゃないか。もしその最高峰のロボットに接触できれば、俺が逃げ回る必要も……。
「その最高峰のロボットにはどうすれば会えるんだ?」
「いや分かりませんよ。ただの噂です。そんなロボットが本当にいるのかどうかも分からない。でもその噂が本当でそんなロボットが存在するとすれば面白いって話です」
ロボットに支配されてしまう話が面白い? この施工士も変わった人間だ。ただ俺には非常に有益な情報だ。ロボットの脳のおかげで非常に頭が回る。噂が本当でロボットが人間を支配しようとしているのであれば、俺がそいつを見つけそいつが持つ力を奪う。人間の世界には出回っていない力があれば俺が捕まることはない。いや、人間の世界を支配してしまえば捕まる捕まらないもない。
――俺が世界の支配者になればいい。
施工士の話が終わるとほぼ同時に施工作業も終えることになった。
俺は人間からロボットへそして見た目も変わった。俺は零であった俺を捨てなければならない。
「お客さん、ここに最終サインを頂けますか?」
俺は言われた場所にサインを書いた。そこに書いたのは零じゃない。自分を認識しよう。
――俺はゼロ。
人間でもなくロボットでもない新たな生命体。その名はゼロ。世界は俺が支配する。
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