第二話 錯乱

 病院のベッドで目を覚ました俺は、主治医という白衣の男から衝撃の事実を知らされた。

「つまり……俺の意識だけをロボットの身体に移したということ?」

「そういうことだ。本当のキミの身体は集中治療室にあるが、永遠に目覚めることはないだろう」

 白衣の男は淡々と説明を続ける。

「だが喜んでほしい。キミはこれからも今までどおりの生活をすることが出来る。その新しい身体で」

 白衣の男はその後、病院内の説明だけをして出ていった。これから先はこの新しい身体の使い方を覚え、約3日ほどで退院出来るとのことだった。一緒にいたスーツ姿の男はこの件に出資した男だという。つまり俺のように身体がなんらかの原因で使い物にならなくなった人間の新たな治療法として、脳のデータだけを機械に移しロボットの身体として復活させる。俺はその成功者の第一号だった。


 この身体は現在世界に多くいる第3世代型ロボットと同じ構造らしく、食べる必要もなければ、寝る必要もない。破壊されない限り理論上数億年も生きることが出来る身体だ。意識はあるがそれは俺の元の身体から脳のデータを取り出し、この身体の集積回路に移したから。人間の脳の仕組みは多様な電気信号の集まりで、有機物ではなく無機物であればその再現は可能だった。それに俺は成功したということらしい。


 俺は……生きていた。いや、俺は生きているのか? 俺は人間なのか?


 目覚めた次の日俺は自分の元の身体と対面をすることが許された。その身体は治療の為に全身が覆われていて、唯一無傷であった頭部だけを見ることが出来た。機械の力で辛うじて生きてはいるが永遠に意識が戻ることがない植物人間の状態らしい。目覚めた身体で重体の自分の身体を見るというとても不思議な体験を果たした俺は、少しだけ混乱しそうになった。


 リハビリという名の身体の使い方を覚えた俺は、3日目には退院するができ無事に我が家に戻ってきた。なにも変わらない。冷蔵庫の中身はさすがに駄目になっていたから全部捨てた。まぁ食べる必要もないんだけど。一人になったことで改めて自分の身体を鏡で見てみた。傷一つないきれいな身体は人工細胞、人工筋肉、人工骨格や人工臓器なども使われており、触り心地や見た目だけでは普通の人間となんら変わりない。自分で身体を動かしてみてよく分かる。この身体はとても良く動く、移動も早いし、どれだけ走っても疲れることもない。とても良く出来た身体だ。生活に不便はないだろう。明日にも職場へと復帰も出来る。


 俺は外を散歩してみることにした。


 俺の身体は変わったけど街はいつもどおりだった。そういえばロボットの身体になったことで、俺にはひとつだけ以前と違った世界を見ることが出来た。俺にもひと目見ただけで人間かロボットの判別が可能になったのだ。ロボットだけこれが出来るのは正直うらやましいと思っていたから丁度良い。今まで個人的に人間だと思ってた人が、実はロボットだったりして世界の見え方が変わった。


 カフェでコーヒーを飲む男がいた。彼はロボットだ。実際には飲む必要なんてないのに人間の真似をしてコーヒーを飲んでいるのだ。今までその光景に特に違和感はなかったが、ロボットだと判別出来るようになったことでそれが可笑しな光景に思えて思わずずっと見てしまった。そして俺が見ていることに気がついた男は俺に話しかけて来た。

「やぁなにか用ですか?」

「あ、いや……なんでもないです」

「そうですか。……あなたもやってみたらどうですか?」

「え?」

「コーヒーを飲むマネですよ。人間に近づいたように感じることが出来る」

 俺はその言葉に息が詰まる。

「……? どうしたんですか? あなたもロボットでしょう?」

 

 ――ロボットの判別回路は俺をロボットだと認識した。


 ロボットと同じ身体。意識以外はすべてがロボットと同じ。俺はロボットなのか?


 いや俺は人間だ。俺は人間から生まれた。作られたんじゃない。ちゃんと親がいて人間として教育され学校も出て、仕事についた。お腹も空くし走ると疲れる。夜になると眠くなり、寝ないと駄目だ。風邪もひくし夏は暑く、冬は寒い。でも今の俺はそのすべてがない。でもそんなのは認めない。だって俺は人間なんだから、このロボットの判別が間違っている。

「俺は……ロボットじゃない。人間だ」

「ええ、分かりますよ。私も同じ気持ちです。ですからこうやって人間のマネをするわけです。我々ロボットはより人間に近づくようプログラムされている」

「違う」

「……なにが違うのですか?」

「俺は……人間だ」

 俺はその場から走り去った。全速力で走った。どれだけ走っても疲れない。人間が走って出せるスピード以上のスピードで走っているのに。気が付くと俺は病院にいた。主治医と話がしたかった。俺のことを知っている人間に俺が人間であると認めてほしかった。

「すいません。先生はいますか?峯野先生は?」

 峯野とは俺の主治医の名前だ。

「あ、はい。現在休憩中ですので休憩室におられると思いますが」

 俺は急いで休憩室へと向かった。休憩室で主治医はすぐに見つかった。飲み物を飲んでいた。

「先生!!」

 俺は主治医を見つけるとすぐに叫んだ。主治医は俺を見つけると俺の方を見る。

「やぁゼロ君。どうしたんだい? 身体は順調かな?」

「先生、俺は人間ですよね? ロボットの身体をしてますが人間ですよね?」

「……どうしてそんなことを聞くんだい?」

「俺どれだけ走っても疲れないんです。お腹も空かないし、眠くもならない。街に出てみたら街にいたロボットが俺をロボットだと判別したんです。でも俺は人間ですよね。だって俺は人間から生まれた。子供の頃だってよく風邪を引いてた。それは俺が人間だからだ。今は自分の身体が使えないからロボットの身体にいるけど、今も治療している身体が回復したら俺は元の身体に戻れるんですよね?」

「……そうだね。キミの身体が万が一回復したら元の身体に戻れるかも知れない。けどね、それはないよ。キミの身体を修復するためにはキミと同じ人工細胞を使わなければならない。つまりキミの元の身体が動けるようになるのは、今のキミと同じようにロボット化しなければいけない。だがそれならキミのように身体をイチから作って意識のみをインプットするほうが簡単だ。もし万が一があってもパーツを変えるだけで事足りるからね」

「万が一ってなんですか?」

「キミの意識データは簡単に複製することが出来る。万が一キミがまた事故にあって破壊されたとしても、またそのデータからキミの意識を復元すればいい。キミは永遠に生きることが出来るんだから今の身体に文句を言っちゃ駄目だよ」

「俺の意識データ……もしかして俺の身体をずっと集中治療室で延命しているのって」

「キミの意識データをいつでもアウトプットすることが出来るようにだよ。キミの脳は無傷で生きているんだからその方が新鮮で良いだろう」

 俺は言葉が出なかった。俺は複製可能なのか。俺は俺であり俺ではない。俺は複数作ることも可能。

「そろそろ休憩も終わりだから私は行かせてもらうよ。あぁそうそう、キミが人間かどうかだったね。私にはどうでもいい話だが私はキミをロボットだと思っているよ」

 それを言うと主治医は仕事へと戻っていった。俺は休憩室に一人取り残された。

「俺は人間だ。俺は俺だけだ。他に変わりはいない。俺だけだ」

 俺はフラフラしながら歩き出す。


 俺は自分の身体が眠る集中治療室の前まで来ていた。看護師が忙しそうに仕事をしている。俺の身体を延命させる為に必死に働いているのだ。

「あら、ゼロ君? また自分の身体を見に来たの?」

 この看護師はロボットだ。この看護師は自分が人間ではないということに対してどう思っているんだろう。

「看護師さんはロボットですよね? なんで働いているんですか?」

「え? どうしたの? 働いている理由? 今忙しいんだけどな。まぁ人間の命は大切だし、人間の命に近い仕事をすればより人間に近づけるかなって。でも本当は私はここで働くために作られたからってのが本当。でも私はこの仕事が好きだし嫌じゃないからこれからも続けるよ」

「看護師さんの判定では俺は人間ですか?」

「え? ゼロ君はロボットだよ。人間の零君はここで寝ている彼だよ」

 その瞬間俺の中のなにかが壊れたのを感じた。


 俺は渾身の力で看護師の頭部を破壊していた。バラバラになった頭部の破片を手に取ると俺は自分の身体に向かっていった。目の前まで来る。俺はその時に気がついた。

『ん……。誰だ? 俺?』

 俺の元の身体には意識があった。主治医位は嘘を付いていたのだ。頭部は無傷。その本当の理由を俺はこの時に知った。身体は動かなくても意識ははっきりしていたのだ。

「ひとつ聞かせろ。お前は自分の意識を俺にインプットされたことを知っているのか?」

『……もちろんだ。主治医から話を聞いてそれに同意した。お前の役割ははっきりしている。俺の代わりに俺の生活を守ることだ。いずれ俺の身体はロボットと同じ身体になる。その時に不自由しない為にお前はいる』

「そうか」

『……なんだ、その手に持っているものは?』

 俺は看護師の破片を渾身の力で自分の元の身体の頭部に振り下ろした。俺の中の生体判別装置が俺の元の身体の死を告げた。


 集中治療室の装置も破壊したことで警報が鳴り響く。


 俺は病室の窓から飛び降りた。ここは5階だったがなんなく着地することが出来た。俺は必死に走った。この世界から逃げるために。


 俺はこの日、人間とロボットを殺した。俺は人間なのかロボットなのか分からない。ただひとつ分かったことがある。


 ――俺は人の心は……魂は失くしたみたいだ。

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