第34話
「明日東京行こうよ」
原島さんからそう言われたのは、宮本さんと話したその夜のことだった。
「明日?」
別に嫌だというわけではない。むしろ、原島さんからそういう誘いを受けて嬉しかったりもする。
しかし、その電話を受けたのは22時頃。あと二時間で日にちが変わる時だった。どうして彼女はこんな時間に急にそのようなことを言い出したのか。
「そう、明日。朝から」
「学校は?」
「サボればいい」
なるほど。これで私は二日連続で学校をサボることになる。不良児だ。
とはいえ、私は原島さんの誘いを断ることはできなかった。
ここで断ったらもう二度と誘いがないようなそんな気がしたのだ。
だから私は、学校だとかそんなことを考えるのをやめた。
「分かった」
「じゃ、明日9時に籠原駅で」
と原島さんはそれだけを言ってプツリと電話を一方的に切った。
それから次の日。
あくまでも、私は原島さんと東京にいくのだ。彼氏といくわけではない。(彼氏なんていたことないけど)
そのため服装は極めて質素な長袖のズボン。化粧はなし。
正直言えば原島さんとのデートにそんなところで気を使う必要などない。
気を使うところがあるとすれば……
私はバドミントンとシャトルと着替え、タオルなどがすべてまとまったラケット鞄を持つ。
原島さんはバドミントンをするとは言っていなかった。しかし、恐らく、これらの道具は必要になっていくだろう。
言わなくてもわかる。
それから朝。一般的な学生は学校に向かう。
私はその流れに逆らう。
そのまま籠原駅へ。
そこには既に、原島さんが待っていた。
「早かったね」
「大丈夫だ。今、来たところ」
まさか、男以外にその言葉を言われるとは。もちろんこのようなことを言われたのは人生で初めてである。
籠原駅のいいところと言えば、この駅から乗ればどんな通勤ラッシュでも100%座れてしまうということだ。
近所に車庫があるため、この駅で連結または切り離し、始発となる電車がほとんどなのである。
そのせいか深谷、本庄、上里、藤岡、高崎の人からはこの駅はかなり恨まれている。しょうがないね。嫌なら籠原にすめばと母。
籠原駅から群馬県民を守る党を作れば群馬県民から一議席貰えるんじゃないかと思う。
ちなみにその籠原駅自体には何もない。
これは誇張でもなんでもない。本当に何もない。商業施設も、公共施設も。かろうじてロータリーとコンビニがあるぐらい。
この何もない空間で数十分待たせられる群馬県民が可愛そうである。なるほど。これはイライラがたまる。
私たちは湘南新宿ラインのロングシートに座る。
「どうして二階建ての部分に座らないの。あっちの方が快適じゃん」
「あっちは別の料金がかかるんだよ」
「マジで」
湘南新宿ラインを利用する人なら誰でも知っていることだ。グリーン車は別料金がかかるということ。
だけど、彼女のその驚いた様子をみると本当に知らなそうだった。
それからしばらくして発車する。
教室では前と後ろの席の関係。同じ部活。確かにいつも近くにいるような存在ではある。
しかし、こうやって二人ならんで座ると思う。
ここまでお互い近くに座ったということはあったっけ。いやそういえばなかったなと。
意外にも原島さんの体からはいい匂いがした。女子高生らしい、甘い匂い。柔軟剤だろうか。それとも香水をつけているのだろうか。
私なんて、汗を拭くボディーシートのツンとした匂いしかしないのに。
なんだが、原島さんに女としての何かを負けた気分だ。
ともあれ、これだけ原島さんと近くにいることがなかったので会話が続くのか少々不安ではあった。
しかしそれは杞憂である。
お互いにバドミントンが好きという特徴がある。それが助け船になった。
去年のインハイだとか、ユーバー杯だとかそんなことを延々と喋り続けた。
他の人とならこんな話できないだろう。欠伸をされるだろう。しかし原島さんとならできる。それが楽しかった。
そしてしばらくして池袋についた。
私たちはそこで降りる。
驚いた。
絶え間なくどこかしらで鳴り響く駅アナウンス。東京の人はこれを器用に聞き分けているのか。
そしてどこかしらの線路から電車が入っては出ていって。それが毎秒続いている。
そのくせ、電車のなかではたくさんの人がいて、それが吐き出されてそして吸い込まれて……
吐き出された人は階段を降りる。それがひとつの黒い固まりになっていた。
「これが池袋か」
別に東京来たのはこれが初めてというわけではない。
しかし毎回この光景に私は驚かされる。
日本にはこれだけの人がいたのかと感心するのであった。
そして私は自分の小ささを考える。
これだけの人がいて、恐らくみな違う考え方を持っているのだろう。原島さんと私。この二つの考えだけでぶつかっているようでは自分はまだまだだと思う。
「池袋は後回し」
と、ぎゅっと原島さんに手を握られる。
柔らかく暖かい手である。
「今は違う場所に行きたい」
それからどうやってその場所にいったのか私は分からない。エスカレーターで降りて階段で上って地下鉄に乗って、エレベーターであがったと思えばもう一度地下鉄に乗って……
迷路だ。
どうして湘南新宿ラインのグリーン車が有料ということを知らない人がこの迷路を器用に攻略することが出来るのだろうか。
そしてそれからしばらく歩いた後に、たどり着いたのは大学の敷地であった。
「ここが来たかった場所?」
原島さんはうなずく。
「ここに私がバドミントンを始めた元凶が潜んでいる」
元凶って……
都内には中々みることのできない、木々を抜けて体育館へたどり着く。
熊谷の体育館よりも立派に見える。
「ここって無断で入っちゃって大丈夫なの?」
「ちゃんと許可を得ている」
そこら辺はしっかりしていた。
「もしかしてここでバドミントンをするの?」
「当然」
「でもバドミントンの道具持ってきてっていってなかったでしょ」
「言わなくても持ってくるということを知っていたから」
さすがです。
私たちはそのままシューズに履き替えて体育館の中へ。
その入り口に、一人。女性が立っていた。
恐らく年上であるだろう。栗色に染めた髪、淡く塗られた口紅。大人っぽく、大学生の雰囲気がある。
そして
「ようこそ、私の大学へ」
その女子はそういった。
私は原島さんの方を見る。そのまま一言。
「誰?」
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