第32話

あの公園で原島さんと話したそのつぎの日。雨は嘘のようにあがっていた。

 雲一つない晴天である。


 インハイ予選とか、非日常な生活が続いていたが学校の授業は今まで通り。正直いえばだるい。サボりたい。

 あと一週間でまた個人戦が始める私にとっては学校に行っている暇などないようにも感じられる。


 私は欠伸をしながら学校へ。

 昨日の雨が今日来ていれば休校になった可能性があるのに。実に勿体ない。などという不満を思いながらも私は学校まで歩く。


 その途中、


「あっ、日向ちゃん!」


 と正面から宮本さんが手を振っていた。

 制服を着ている。学校の登校中だろうか。いやここから埼玉けやき高校など1時間以上かかるから遅刻確定ではあるのだが。


「家、ここら辺なの?」


「ううん。私の家は加須の方にある」


 熊谷からならここも1時間以上はかかる。


「それじゃ、どうして」


「わざわざ日向ちゃんに会いに来た」


 それと今まで何も言わなかったがどうして宮本さんは私を下の名前で呼ぶのか。

 大会中にまともに喋ったことないのに。


「今からちょっとそこら辺の喫茶店にいこうよ」


「えっ、学校は」


「サボるのも青春だと思うよ」


 ぎゅっと手を握られて私はそのまま喫茶店へと誘拐された。


 さて、こんな朝から制服姿の女子高生二人が喫茶店にいる光景というのは実に不気味なものである。

 朝の店内は、幼稚園に子供を送ったあとであろうと思われる若いママさん集団が井戸端会議をしている。その内容は主に旦那の不満。そればかり。稼ぎが少ないとか、家事を手伝ってくれないとか、休日1人でどこかにいくとか。いつか私もあのようになってしまうのだろうか。


「まずはこの間のインハイ予選お疲れさまでしたの乾杯」


「か、乾杯」


 それに対して私たち。お互いのマグカップをコンっとぶつけあう。


「いや、この間のインハイ予選勝ててよかったよ。どれも厳しい試合で優勝できたのが奇跡だったよ」


 それは嘘。

 だって一回戦から決勝までゲームをとられることもなく優勝したから。


「そりゃ、傍目から見ればすべて楽勝に思えるかもしれない。でも戦っている私たちは案外そうじゃない。楽そうに見えて本当は全然楽じゃない。今まで誰よりも練習をした自信がある分変なところで負けないかとビクビクしながら試合をしているんだよ」


「そうなんだ」


「そう。たまに日向ちゃんにみたいな突然変異も現れるしね」


 と笑みを浮かべる宮本さん。それに対して私はどきっとする。

 そういえば宮本さんの最後の大会、この私に負けて敗退してしまったのだっけ。


「別に、日向ちゃんが悪いとかそういうわけじゃないの。日向ちゃんが努力していないとかそういうことでもないし。実力はあのときはそちらの方が幾分も上だったし」


「そんなこと」


「いいよ、謙遜しなくて。あのとき日向ちゃんの方が上だということはちゃんと試合の結果で証明されているし。今は日向ちゃんに勝つ自信があると思っているし」


「次の試合も怖いと思っているの?」


「当たり前。負けたら今年の練習のすべてが台無しになるもの。よくテレビで平然な顔をして試合に挑んでいるスポーツ選手だって実は心臓バクバクなんだよ。だって人間だもの」


「仮にその練習が無駄になるとして、それでも宮本さんはバドミントンを続ける?」


「当たり前。だってバドミントンが好きなのだから」


 と彼女は即答をした。

 宮本さんは強いな。ちゃんと自分の答えを持っている。だから埼玉けやき高校で、一年目からメンバーいりできるのか。

 宮本さんの背筋はピンっと伸びており、私よりも何倍も大きく見えた。


「結局、何かを続けるには好きでなければダメなんだよ。そうしないと続けることなんてできない。だって好きじゃないのに続ける。確実な未来が保証されているのに続ける。そんなこと不可能でしょ? もし続けて使命感の方が大きくなって、動けなくなったらその時はそれのやめ時」


 と言われて私はパッと原島さんのことを思い出す。

 彼女の好きと使命感のバランスは一体どれぐらいなのだろうか。私の見たところ圧倒的に使命感が勝っているようにも感じられる。


 つまり宮本さんに言わせてみれば原島さんはバドミントンのやめときなのだろうか。


「難しい顔をしているよ。日向ちゃん」


 私はハッと顔を触る。


「大丈夫だよ。原島さんにはバドミントンが好きという感情がそこに残っているから」


 まさか私の心が読まれているとは。


「なんでそう言えるの?」


「それはね……」


 と宮本さんがマグカップに口をつけて珈琲を一口。口の中へ。

 するとすぐに苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ニガ……」


 どうやら彼女はブラックコーヒを飲むことはできないようだ。舌はまだ可愛らしい子供だ。


「よく大人ってこんなの飲めるよね」


 という。


「そうだね」


 といいつつも私はゴクゴクと真っ黒な珈琲を喉の奥へ押し込む。別に嫌いな味ではない。普段甘いものばかり飲んでいるけどたまにはこう言った苦いものもありなのではないか。


「あっ、そうそう。私電車で籠原駅に来たけど田舎だね。あそこ」


 話をそらされた。結局原島さんのことは自分で確認するしかないのか。


「田舎って。立派な終着駅だよ」


 埼玉県民ところか、一部の群馬県民にすらもネタにされてしまっているけど。宇都宮線の小金井。関西で言えば野洲駅。それぐらいの立ち位置だろう。私は勝手にそう思っている。


「あっ、でもあの発車メロディーはいいと思ったよ。かごーはら、かごーはらっていうやつ」


「あれの歌詞はくまーがや、くまーがやだよ」


 籠原駅の発車メロディは熊谷市歌を使用している。少し特徴的なメロディーだ。


「とにかくそんな長旅をしてどうして私に会おうと思ったの」


「ん? 宣戦布告だよ」


「宣戦布告?」


「そそ。次の試合籠原南高校と戦いからさ。今の私はそれが楽しみで練習をしているからさ。だから絶対にどっちか私が倒すまで負けないでねって」


「そんなの直接言わないとダメだった?」


「宣戦布告は直接言わないと伝わらないでしょ」


「変なの」


 といいつつ、私も楽しみにしている。

 今まで楽しみだけでやっていたバドミントン。こうやって宣戦布告されたのは初めてだ。これがライバルというものなのかな。


 

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