第26話

 関東大会は結局、圏央第一がそのまま優勝を決めた。


「今年の圏央第一って滅茶苦茶強かったね。あれは負けてもしょうがないよ」


 と私は言う。


「いや、あれは埼玉けやきでも負けていたよ。そのぐらい完璧だった」


 さらに、


「だからさ、別に原島さんが気にすることなんて何一つないのかなーって」


 私は追撃。


「いや、別に馬鹿にしているとかそんなんじゃないんだよ。大原部長も圏央第一強いとかいっていたし。あっその別に原島さんが大原部長よりも劣っているとかではなくて」


 まだまだ続く。


「あの後の反省会では、原島さんについてみんないっていたよ。いや、その別に悪い方とかではなくてやっぱり原島さんがいないとうちらは何もできないって。えっそれ嘘っぽい? まぁ確かに誇張しすぎた部分はあるかもだけど……だけど原島さんがいないとダメなのは本当。原島さんのお陰で関東大会に出場できたわけで」


 その後の台詞を考える。


「えっ、どちらかと言えば私のお陰? いやいや、そんな滅相もない。チームの支柱としても原島さんが必要。原島さんのいない籠原南なんて、籠原駅がなくなった湘南新宿ラインだよ」


 ここでカウンター予想。


「えっ、別に湘南新宿ラインに籠原いらんだろだって。いやいや、あそこで連結作業とかするから。えっだから籠原駅止まりばかりで深谷市民、本庄市民、群馬県民が困っているって。大丈夫。その人たちは電車に乗らないから。群馬に電車なんて走っているはずないから。籠原までが埼玉だから」


 言い過ぎた。別に群馬に恨みなどはない。


「特に伊勢崎とかこの間いったら田舎でびっくりしたよ。えっ、あれでも日本では都会の方だろって? いやいや。伊勢崎なんてスマークがあるだけ」


 果たして何の話をしているのか。

 ……私一人で。


 あの試合の後、しばらく原島さんは学校を休んでいた。理由は風邪らしい。

 しかしそれがどこまで本当なのか。もしかしたら風邪など引いていないのかもしれない。


 私自身、何度も大会終了後に原島さんに話をかけようとしたがどうも見えない壁で塞がれてしまう。それなら話をかけるのは学校。

 幸いにも私の後ろの席が原島さんだ。どれだけ近ければ話しかけることはできるだろう。


 しかしその話しかける言葉が見つからない。

 だからこうやって脳内でシミュレーションをしていた。


「……何をしているの。日向」


 それを都に見られた。私は顔を真っ赤にする。


「もしかして原島さんとまだ仲良くしようとしている?」


 私は静かに頷く。


「やめときなよ。あんなやつ。仲良くなっても何も得なんてないわよ」


 都は原島さんに対してやけに冷たい評価だ。嫌、うちの部員ほぼ全員が冷たい評価なのかもしれない。甘いのは私と瀬南さんぐらい。


「別に私は損とか得とかで動いているわけじゃないんだよね」


「それにしてもやめときな。日向まで部内で一人になるよ」


 それは困る。

 だけど……私は原島さんと何もしゃべらないまま、何も接点がないまま高校三年間を過ごせるだろうかと言われたらNOだ。


 私は原島さんと喋りたい。彼女と一緒なら違う世界を見れるような、そんな気がする。


「次の団体戦、もしかしたら彼女外れるかもね」


 と都は不敵な笑みを浮かべる。

 別に不思議なことはない。彼女は関東大会で大敗を喫した。関東大会は埼玉県なら5校出場できる。でもインハイは枠が1つしかない。

 さらに埼玉けやきがそこにいる。

 団体戦のオーダーで遊んでいる暇などない。だから不調な選手はどんな理由でも外さないといけない。それが少しでも団体戦で勝ち上がる可能性をあげる方法なのだから。


「私は信じているよ。原島さんを」


「信じるって?」


「次の団体戦までに復調することを」


「復調って……あの人が団体戦でない方がチーム的に幸せだったりしない?」


「そんなことないよ。強い人が団体戦に出るのが当たり前」


「でも今は弱いよ?」


「次のインハイまでには強くなるよ」


 はぁと都は長いため息を吐いた。


「どうして日向はあの子にそんな甘いの。あんな酷いことされて」


 そういえばどうしてだろうか。

 あんな勝利だけしか見ていない彼女。私の考えと真逆の彼女……


 でも私は感じた。

 深いところでは私と考えが一緒。


 多分、彼女はバドミントンが好きなのである。それは私と一緒と同じぐらいに。いや、私よりも。


 もしかしたら原島さんと一緒にいたら何か違うもう一つの世界を見られるのかもしれない。そう考えた。

 それが果たしてどんな世界なのか分からない。もしかしたらその先に、私が小学校の時経験したバッドエンドが待っているかもしれない。それは嫌だ。


 しかし中学時代のように何も起こらず終わる部活生活はどうだ。それは味気が無さすぎる。私の好きなことができない。あの世界も苦痛だった。


 だから私の選ぶ世界は……原島さんと全国大会に出場する。二人で出場すれば、小学生の時のような孤独を味わうことはないだろう。中学の頃のような暇を味わうことないだろう。

 今の私に原島さんが必要なのだ。


 そう考えると損得で動いていたね。


「本当、日向はお人好しね」


「私のそういうところがダメなのかな」


「そ、そんなことないけど」


 そしてしばらくして授業が始まった。

 相変わらず原島さんの席は空席。

 大丈夫。彼女はきっといつか学校に来る。このままでは終わらない。そのことを信じた。

 しかし


「もしかしたら原島さん、部活辞めるかも」


 そんなビックニュースを瀬南さんがいってきた。丁度私が更衣室で着替えようとしている時。瀬南さんと二人きりになったときに。


「それって瀬南さんの予想ですか」


「いや、本人がそういっていた」


「そうですか」


 言葉では冷静に。内面の感情では焦燥感が出てくる。


「瀬南さんは引き留めたりしないのですか?」


「引き留めてもどうせ私の言葉なんて聞きやしない。それはあなたが一番よく知っているでしょ」


 言われてみればそうだ。

 瀬南さんの顔は少し疲れているようにも見える。


「一応引き留めはした。何かあったら私に言ってともいった」


 気のせいか唇が震えている。


「それでも無理だったんですね」


 ゆっくりと瀬南さんは首を縦に振る。


「ま、あくまでもまだ退部すると決まったわけじゃないわ」


「そうですか。ありがとうございます」


 頭を下げる。

 すると瀬南さんは相好を崩した。


「おかしい子ね。どうしてあなたがお礼を言うの。まるで原島さんのお母さんみたい」


「いや、あんな娘嫌ですよ。原島さんは友達……いや、ライバルぐらいが丁度いいのです」


「そうかもしれないね」


 私はくるりと踵を返してスカートを翻す。


「瀬南さん。大丈夫ですよ。原島さんはすぐに復帰しますよ。あの人はちょっと気分屋なだけで」


「その根拠は?」


「だってあの子はバドミントン好きですもの」


 それ根拠っていうのかなーと瀬南さん。

 確かにそうかもしれない。私は原島さんの心の中なんて知るはずがないのだから。これだけのことを根拠と呼んでいいのか。微妙なところだろう。


 だけど今はその根拠だけで十分。

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