第23話

 私はどうしてこんなにイライラしているのだろうか。どうして私は原井のことを驚異を感じているのだろうか。

 それは多分、自分が壊されていくような、そんな気がするから。


 それはどんな風に?

 分からない。私はどんな風に彼女に壊されていくのだろうか。そしてどうしてこんな感情が急にわいてきたのだろうか。あの大会の後からか?


 何だが自分の今までやってきたやり方が間違っていたようなそんな気がする。

 私は勝つために努力をした。努力というのだからどこか苦しみがあった。私はその苦しみに何度も潰されそうになった。

 それでももがき続けた。それは勝つため。たったそれだけ。それだけの信念を守るため。


 そして、原井も努力していた。しかしその努力に彼女は気づいていない。ただバドミントンを楽しむため。それだけのために練習をしていた。

 馬鹿馬鹿しい。私はこんなに努力して、強くなってそしてようやく得たのに、それはとてつもない苦しみだったのに。原井はそれを知らないとは。


 気づいたときには原井は怖い存在に変わっていた。だから私は自然と彼女との距離を置く。もちろん、それが惨めでガキっぽいということは自覚をしている。しかし今の私はこうするしか方法はなかった。


 それからしばらくして関東大会が始まった。私たち、籠原南高校はシードであるため二回戦からのスタートとなる。


 そしてその一回戦の相手は伊勢崎市立駒形高校に決まった。今回優勝候補と言われている千葉の武蔵野千葉や茨城の常陸学院は準決勝以降までぶつかることはない。

 ……そんなことは私にはどうでもよかった。


 私は観客席に本来いるはずのない人がいることに気づいた。

 埼玉けやき高校の宮本。


 どうしてここに。

 今回の大会は表向きは遠征、裏向きでは怪我人か何かにより人数不足でこの大会に参加しないはずではなかったのか。


 埼玉けやき高校は名門のわりに少人数体制でやっている。だから一人、二人怪我をしただけでも団体戦を出場することができなくなるということが割りとある。


 そして埼玉けやき高校はこの関東大会も欠場した。埼玉けやきからすれば10年ぶりに関東大会出場なしという結果になった。


 そのけやき高校の宮本がここにいる。一体何のため? 偵察をするためだろうか。


 目があった。そして笑みを浮かべた。

 その理由は分からない。相手は私のことを知っているのだろうか。いや、知っているはずがない。


 それならどうして? もしかしたら私以外の人をみて笑ったのかもしれない。そうに違いない。


 と思ったらその宮本は身を乗り出した。そして


「ねぇ! あなた、籠原南の原島樋春さんだよね!」


 私の名前が呼ばれた。やけに甲高い声だ。


「あの試合みてすごいと思ったの!! だからインハイ楽しみにしているね!」


 そして彼女は私に手を降る。

 これは私を馬鹿にしているのか。それとも本心なのか。


 私はうるさいよ。そう彼女に聞こえないぐらい小さく呟いて背を向けた。

 まるで彼女から逃げるように、その場を去る。


 体育館の第一コートでは試合が行われていた。

 東京の塾徳駒込高校と神奈川の神奈川第一高校。どちらも毎年全国大会に出るような強豪校である。


 そしてそこにはハイレベルな試合が行われていた。

 激しくラリーを打ち合う音、次から次へと流れる選手の汗。そしてその試合をみて興奮をするベンチと観客。

 私自身もその試合をみて鳥肌が立っていた。


 凄いや。

 素直に思う。


 そういえば私の試合にここまで応援してくれる人はいただろうか。ここまで感動してくれる人はいただろうか。


 恐らくいなかったのだろう。


 私は勝てれば今までなんとかなると思っていた。だからいつも勝つために頑張っていた。


 だけど目の前の試合をみて思う。

 これから頑張って目の前のような試合ができるようになる保証はあるのだろうか。

 確実に全国大会に出場して優勝することができるだろうか。

 そんな保証あるわけない。


 これは適当にそこら辺に保証書のシールを貼ってはい、保証しましたといった簡単な話ではない。

 人生の青春という大事な時間を使うのだから確実に得られるものがないとダメだ。


 目の前の試合はレベルが高い。私もあんな風になれるのだろうか。

 少し前までは根拠なく練習すれば何にでもなれる。そう思っていた。

 しかし今はなれない可能性の根拠がわいてきている。


 原井は天才なのだ。

 私の努力を努力と言わない天才。

 目の前で試合をしている人はどれぐらい努力をしたのだろうか。いや、努力はしているだろう。そりゃ。問題はどのレベルが彼らの努力に当たるか。


 どうしてみな、バドミントンを始めたのだろうか。


 この会場にいると自分がちっぽけに見えた。

 本来なら私を警戒すべき人物なのに明るく手を振る宮本。これが彼女の器の大きさなのかもしれない。

 それに比べて私は……どうして戦うんだ。


 考えても、考えてもきりがない問題を一生懸命考えてしまう。


 パシン。私は顔を叩く。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。目の前の関東大会に集中しないと。


 そしてコールされる。


 第11試合。籠原南高校VS伊勢崎市立駒形高校。と。


 この悩みを解決する一番簡単な方法がある。

 それは勝つだけ。


 私はいつもと同じように全力を出す。そして勝利をてにいれる。ただそれだけでいいのだ。

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