第22話
「原井さん。あなたは一体何を考えてバドミントンをしているの?」
と私は瀬南さんに聞かれた。
本日の部内練習試合。21-19でギリギリ瀬南さんに勝利。ここ数日で私は少し強くなったと思う。
その後、みんな帰っていく中私たち二人は一緒に練習。結局最後まで私たちは体育館に残っていた。
「別に何も考えていないです」
と、私が言った瞬間それは失言だと気づき私は口を手で覆い隠した。
「そんなことを言うと原島さんは怒るよ」
と瀬南さんは笑う。
「だけどそれが正しいのだと思う。何一つ間違ってはいない。大事なのはその自分を曲げないこと」
「瀬南さんみたいにですか?」
「まさか」
彼女はそういって手で自分の顔を扇ぐ。
「私だって自分を曲げるときは曲げるわよ」
帰るよ。と足早に瀬南さんは体育館の出口の方へ向かう。
私はその背中を追いかけた。
そのまま私達は部室へ。
「そういえば、原島さん大丈夫なんですか」
「どうなんだろうね」
原島さんはあの試合の後から部活動に参加していない。教室ではいつも机に伏していてとても話せるような雰囲気ではない。
「関東大会までには間に合うらしいけど、本来の実力が出せるかどうかと言えば怪しいかもね」
「やはり怪我をした後だと本来の力が出せなくなるのですか」
「うん……。それもあるけど一番はモチベーションかな」
「モチベーション?」
「そう。長い間休んでその後に今まで通りのモチベーションを維持できるのかなーって」
「原島さんに限ってそのようなことなんてあるわけ」
「だといいけど」
瀬南さんはふと生真面目な顔をする。その顔は果たして何を考えているのだろうか。
しかしすぐさまいつもの明るい瀬南さんに戻った。
「ほら、帰ってマックにでもいくよ」
「お金持っていないですよ」
「そんなもの私の奢り」
そして彼女は軽い足取りで私をおいていこうとする。
「私はあなたも原島さんも大切な後輩なんだからね」
私は瀬南さんの横に並ぶ。
何故か瀬南さんの慎重が遥か高いように感じた。
別に私は原島さんが怪我とかで落ち込んでいるとか、モチベーションが低下しているとかそのような心配はしていなかった。
とはいえ、同じクラスメートで仲間である原島さんにこのまま話をかけずに過ごすのも少々気持ち悪いような気がする。
だから今日は話をかけよう。そう意を決した。
四時間目の眠い古典の授業が終わる。それまで机に伏していた生徒達が全員チャイムと同時に、太陽を浴びたおじぎ草のようにシャンと背を伸ばして、食堂に向かう。
ただ一人。原島さんだけは眠り続けていた。あまりにも深い眠りだったのでチャイムに気づかなかったのだろうか。
原島さんの横顔をよくみると、銀色の涎が垂れていた。
……何かうなされている。
眉間にシワを寄せている。夢の世界でも不機嫌であるのだろうか。
「……原島さん」
私は耳打ちをする。
すると、彼女はパッと体を起こす。そして周囲をキョロキョロ。もう授業終わったって。
と思ったらすぐさま私を睨んだ。
「今日は一緒にご飯を食べようよ」
「断る」
相も変わらず冷たい声。
「次の関東大会の組み合わせ決まったよ」
「眠い」
あれ……こうやって言えば彼女のことだから食いついてくれるかと思ったのだけど……。
なんだがいつもの原島さんではないような気がした。なんというのだろうか。元気がないというか、覇気がないというか。
ここで、瀬南さんが言っていたことを思い出す。
モチベーションが低下するかもしれない。
まさか、原島さんに限ってそのようなことあるわけない。そう思っていた。
だけどどうだろうか。
そういえば、私は何でそう思ったのだろうか。いつもの原島さんを見て?
そもそも私は原島さんのことについて詳しいのか。そういわれると私は首を振るしかない。
そうだ。私は原島さんのことを対して知らない。確かに同じ部活で、同じ教室で、こうやってたまに喋って。だけどそこで見た原島さんは怒りっぽい原島さん。
笑った原島さんとか喜んだ原島さんとか知らない。彼女の大好物が何かも分からない。
それなのに原島さんのモチベーションが下がらないとかそんなことをどうして勝手に決めることができたのだろうか。
ゾワッと悪寒が走った。嫌な予感がする。
「原島さん。次の試合頑張ってね」
「うるさいよ」
ただ短くそれだけを言った。
やはりだ。いつもの原島さんと様子がおかしい。元気がない。
「原島さん? 怪我とか大丈夫? 直った?」
無視。
「そういえばさ、瀬南さんが心配していたの。原島さんのことを、とっても」
やはり無視。
「ねぇ、今日ぐらいは瀬南さんと顔を会わせてみたら? 喜ぶと思うよ?」
原島さんの声は聞こえない。
「関東大会……私じゃ勝てないからさ。だから」
「うるさい!!」
とここでようやく原島さんが声をあげた。それは周囲の喧騒を黙らせるほどのものだ。
「関東大会勝てない!? そんなふざけること言うなよ!! 何甘えているんだよ!! いい加減気づけよ!! 自分にはとてつもない才能があることを」
そして原島さんは肩ではぁはぁと呼吸をしている。
先程までずっと机に伏していたせいだろうか。目は真っ赤に腫れている。
「お前は一体何が目的だ! 何を目的に私に近づく! 私に構う!」
「……いや、だから私は原島さんと仲良く」
「いい加減気づけよ! 私はずっと長い間バドミントンをしていた! どう考えても私はお前と仲良くなろうだなんて」
「でも同じ部活動なんだからさ。一緒に」
バンっ。
一瞬、何が起こったのか分からない。しかしすぐさま顔に痛みが走った。
私は平手打ちをされた。原島さんに殴られた。
どうして? 私はそんな変なことを言った? 心にそれを問いかけても思い当たる節がない。私はただ普通に原島さんと仲良くしたいだけ。
それなのに。
理不尽だ。今まで生きていて初めて感じた。
そういえば、私は原島さんにずっと理不尽なことをされてばかり。
こっちが仲良くしようとしているだけなのに。
「消えろ!」
彼女は静かにそういう。
消えろって……。どうして? そんなことを言われる? 私は……私はただ……
ざわめく教室。溢れそうになる涙。
おかしいよ。こんなことって。
「バドミントンではいつも孤独。コートの中では誰も味方などいない。お前みたいな馴れ合いの奴がすべてを壊す!」
「そんなことない! 私たちのバドミントン部には大原部長がいて瀬南副部長がいて、石塚先生がいて!」
「その人達は私を助けてくれるか? くれるわけない! お前だってそうだろ! ただチームの雰囲気を悪くしたくないから私に関わるだけで」
「原島さんの馬鹿!」
ざわつく教室。私は涙を誰にも見せたくないから走りだした。
そしてそのままトイレへ。
一緒にバドミントンをしていく仲間と仲良くなって何が悪いの?
馴れ合いになって何が悪いの?
いいじゃない。
原島さんの学生生活は絶対に何か間違っている。
戦って勝つ。ただそれだけのバドミントンって味っけないものじゃないか。
私はそんな味っけのないバドミントンをしたいのではない。
「原井。どうした。泣いているのか」
と私の後ろで声が。鏡越しにその声の主を確認する。
大原部長だ。
「大原部長……」
「誰かと喧嘩をしたのか?」
私は静かに頷く。大原さんはそれ以上のことを聞こうとはしなかった。
「大原部長。勝利だけを見る青春って何かおかしくないですか」
「おかしいことなんて一つもない」
とはっきりいう。
やはりそうなのか。大原さんもその意見なのか。
「そこに勝ちがある以上それを得るために頑張るのが当たり前だろ」
「そんなものなのですか」
「そうだ。それとも原井は勝利を放棄して和気藹々と部活動をしたいのか」
それを言われるとどうなんだろうか。
籠原南高校はバドミントンがそこそこ強い。それに比べて籠原南中学校は弱い。
その理由は、生徒の意識というものがあるのだろう。塾、デート、バイト。プライベート優先。部活動はそのつぎ。
だから、部活動の練習に来たら部室に私だけということが多々あった。あの時ほどの寂しいものはない。
私はただバドミントンをしたいだけなのに。そのする相手すらもいない。
いざ、バドミントンを籠原南中学校でしても結局は私の方が練習をしっかりしているの試合にすらならない。
結局、試合をしても手加減してよとか、勝てないからといって試合を放棄する人ばかり。
ついてくれたのは都と西野さんぐらい。
だから私は、和気藹々とバドミントンをしたいというわけではない。一生懸命練習をして昨日までできなかったことができるようになるあの瞬間がどれほど気持ちいいのか。
「結局、原井も勝ちたいと思っているんだよ」
そんなことはない……はず。
勝利だけをみるとチームの崩壊を招く。それを経験したのだから。
「私は多分。仲良く……それでも強くなりたいだけで」
「それをすることは恐らく原島にしたら贅沢三昧なんだよ」
別に原島さんと喧嘩したということをいっていないのに。大原部長にはばれてしまっている……
「世の中には不器用な人だっているもんさ」
そして彼女はそれだけいってトイレから出ていった。
不器用な人ね。
私は果たして原島さんと仲良くできるのだろうか。
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