第20話

 それは原島さんらしくない提案というか、作戦だったと思う。


「大丈夫。深呼吸、深呼吸」


 と瀬南さんは私を落ち着けるように言う。

 高校生になってから公式戦初試合。まさかこのような形で回ってくるとは予想外だ。


「……私、勝てますかね」


「大丈夫。この団体戦であなたを推薦したのはこの私なのだから」


「えっ?」


「私が顧問に直談判してあなたを代表にしてもらった。それほど私はあなたに期待しているの」


 嬉しい。嬉しいけれど……

 どうして私なのか。そんな疑問さえも浮かんでくる。


 私は何度も、何度も瀬南さんに大丈夫だよと言われた。


 思えば私は団体戦でここまでの大役を背負うということは経験したことがなかった。

 籠原南中学校は団体戦では関東大会にはほど遠いレベルである。ただ私がシングルスで関東大会でいっただけで、それ以外の成績など大したものはない。


 だから団体戦で負けたとしてもどんまいですまされた。しかし今はどうか。

 去年関東大会に出場。そして今年も既に関東大会出場に狙える位置にいる。


 だから私たちはこの試合に勝たないといけない。

 初めて感じるプレッシャー。


 さらにもう一つ。最悪なことが起きる。


「21-18ゲームセット。さいたま東ゲームポイント!」


「21-8ゲームセット。さいたま東ゲームポイント」


 なんと第一ダブルス、第二ダブルスが負けてしまった。これによって私が負けた瞬間に団体戦敗退が決まってしまうという境地に追い込まれてしまう。


 みな、私に祈りを捧げる。

 そんなこと無理だ。勝てるわけなどない。


 コートの前に立っている野田さんという人は私からしてみれば大きな壁だった。

 デカい。


 身長は20センチぐらい違う。だけどそれ以上の体格差があるようにも見えた。二倍、三倍……いや、それ以上に……


 そして私の方へ睨む、三白眼。それが怖い。私はそれだけで背筋が凍る。原島さんとは違う威圧感。


 果たして今までの私のしてきた試合プレーがこの野田さんにも通じるのだろうか。


 怖い、怖い。でもここで勝たないと。


 そして試合が始まる。

 まず私からサーブを打つ。シャトルはあがる。


 それから打ち合い。相手の野田さんというのはどの選手よりも果敢に攻めてきたと思う。


 ほんの少しでも球が浮いたら打ち込んできて……さらにこのスマッシュは速い。


 あれ? それでも思う。


 確かに彼女はスマッシュは速い。それは高校生にしては上位に入るほどの速さであるという評判。


 だけど私からしてみればただそれだけだった。

 大原さんや瀬南さん、そして原島さんほどのコントロールは彼女になさそうな気がする。


 ラインギリギリ、私のとりにくいところにスマッシュを打ってこない。恐らくそこまでのコントロールはないのだろう。


 あっ、これは私が得意なタイプだ。

 

 私は何度もその打ってくるスマッシュを返す。

 ポン、ポン。シャトルがラケットに当たっていく感覚。


 気持ちいい。


 私はこの瞬間のためにバドミントンというものをしていたんだ。


 気づいた時には既に緊張というものがなくなっていた。

 勝ちとか負けとかそういったものなどどうでもよくなっている。


 私は打ちたい。打ちたい。このシャトルを。このスマッシュを。相手が打ってこなくなるまで。相手の身がボロボロになるまで。


 そういえば中学の部活動が休みの時、よく都と打ち合いをした。それは一日数時間以上にも及ぶものである。それでも私は疲れることなかった。最初に根をあげるのはいつも都であった。


「もう疲れたからアリオでもいこうよ」


 そう彼女は言ってその日の練習は終わり。正直私はまだまだ打ちたいという気持ちがあったのに。まだ私の体は元気なのに。


 今はその状況。

 ねぇ、無限に打たない?

 ねぇ、どちらかの体がボロボロになるまで打ち合おうよ。


 それじゃ、ここで先にくたばった方が負けね。


 そして最初にスタミナがつきたのは野田さんの方だった。

 私の打った普通のクリアーに対して彼女のフットワークは追い付かない。そのままシャトルがコートの上に落ちる。


 なんだ。これで終わりか。

 つまらないよ。もっと打ち合おうよ。


 でもこれは21分の1。まだまだ。最低でもあと21点楽しむことができる。


 野田さんが既に、この時点で息をあらげているのはコートの向こう側でも分かった。

 そして彼女は震えている。


 それからの試合。多分、私に有利なカウントが続いたのかもしれない。

 最初の方は互角に戦っていた。私が1点をとって相手も1点とる。しかし次第に点差は離れていく。


 気づいた時には16-10

 6点差まで開いていた。もうこの時点で勝負はほぼほぼ決まっていたようなものであったのだろう。


 既にベンチには明暗が別れていた。

 完全に負けたと思ったが、まだ勝利の希望がわいて安堵の息をもらす籠原南。

 ほぼ勝利が決まった。そう思っていたのに、勝ちを持ってきてくれると信じていたのに予想以上に苦戦をしているさいたま東高校。


 私が一点、一点と決めるたびに歓声というものが大きくなる。

 まずは21-14で第一ゲームをとる。


 そして続く第二ゲーム。これも21-13で誰も予想していなかった圧倒的な大差で勝利。その瞬間に籠原南の敗けはなくなると同時に大原さん、瀬南さんに引導を渡すことができた。


 その二人はさすがというべきか、シングルスではあっさりと勝利を決めた

 大原さんが21-6 21-11

 瀬南さんが21-9 21-13。


 勝利が確定した瞬間観客席のメンバーがみなそれぞれ抱き合っていた。まさか勝てるとは。誰もこんなことを予想していなかっただろう。


 とりあえず強豪を撃破して私たちは準決勝へ駒を進めた。と同時に関東大会出場権を手にいれることができたのだ。

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