第19話
私としたことが……
やってしまった。恐らく肉離れか何かだろう。全治1週間ほどか。経験上そこまではわかった。
ただ……
動け、動け。そう体に命令をしても動かない。私の筋肉は激しく痙攣をした状態だ。
幸いにも怪我をした試合が駒形でよかった。このぐらいの試合なら私が棄権をしたとしても大原部長や瀬南副部長が止めをさしてくれるだろう。
問題はその次だ。
次の相手はさいたま東高校。正直いえば強敵だ。私でもちょっとやそっとでは勝てないだろう。
だから……
なんとか次の試合、私が出場しないと。
私はゆっくりと立ち上がろうとする。
いつもよりも呼吸が荒い。意識が朦朧としている。
どうしたんだ、私。
こんなところで怪我をしてしまって。そしてチームのピンチを招いてしまって。
私はこんなことの為に籠原南高校に進学したのではない。
全国制覇をするために籠原南に進学をしたんだ。
冷や汗が次から次へと出る。それが決して暑さによるものではないということはすぐに分かった。
みっともないぞ、自分。
左足はまだ動く。片方の足が動くならまだ試合に出場するべきだ。
「一本!」
私は叫ぶ。するとざわつく籠原南のベンチと駒形のベンチ。
そんなに可笑しいことか。また私は右足を失っただけだ。
こんな相手、片足さえあれば動く。
「原島さん!!」
外野で原井の叫ぶ声が聞こえる。
ふん。うるさいぞ。少し静かにしたらどうだ。
私は深呼吸をする。
ちょっとした肉離れぐらいが丁度いいハンデ。でも次のさいたま東の相手の為に少しは力を温存しておきたいな。
ゆっくりと構える。
そしてサーブ。
クソッ。右足がないだけでサーブが安定しない。そのサーブは少し浮く。そして相手はそれを打ち込んだ。
相手は私が倒れたからと言って特別手加減とかするつもりなどない。
私の心臓の鼓動が激しい。
どうした。目の前の相手は足が一本なくても勝てる相手ではないか。
それでも、急な寒気が私を襲う。一気に私の体が冷える。嫌な予感。
私の体がまた凍る。
どうして動かない。動け、動け。
私の体はそんなに軟弱だったのか? みっともない。
私は勝つ為にバドミントンをしてきた。それが人生の目的だとも思った。
だけど……こうやって体が動かない今どうすればいいのだろうか。当然バドミントンを続行することは不可能である。
バドミントンが弱い私など、私ではない。その瞬間に私は死んだということになる。
嫌だ。死にたくない。
私は……私のままでいたい。だから叫ぶ。
「一本!」
私は命尽きるまで戦って見せる。
戦って……
気持ちではそう思っていた。
体は私に謀反を起こす。
そのまま私は冷たい地面へ倒れてしまった。その瞬間、籠原南の選手たちがそれぞれ私の名前を呼んだのだけははっきりと聞こえた。
情けない。そう思う。
それから一体どれぐらい寝ていたのだろう。
私は担架で体育館の医務室に運ばれたらしい。
目を覚ますと、何故か目を赤く腫らしている原井がいた。彼女は私の顔を除かしている。
おいおい。それだとまるで私が死んだみたいじゃないか。
いや、死んだのか?
そう思うぐらい足の感触が消えていた。手をグーパーにしてようやく自分が生きているということに気づく。
「なんだ、お前。その表情。まさか籠原南が負けたのか?」
彼女は首を横に振る。
「なんだ。勝ったのか。それはよかった」
「こんな時ぐらい試合の勝ち負けなんてどうでもいいじゃない」
「どうでもいいわけあるか。これで試合負けたとかいったら私が成仏できないぞ」
「勝手に死なないで」
それにしても意外だな。私は原井に色々な酷いことをした。その自覚はある。だからこんなに心配するなんて。
こいつは相当なお人好しなのか。もしかしたらただの馬鹿なのかもしれない。
私は立ち上がる。いや、立ち上がろうとする。しかし足が言うことを聞かない。
「クソッ」
思わず声をもらす。
「全治は1週間だって」
と原井は静かな声でいう。
幸いそれぐらいあれば関東大会はでれなくてもインハイまでは余裕で間に合う。
「次の試合は!」
「さいたま東高校。第一シングルスは野田選手」
「クソッ」
野田選手。さいたま東高校のエース。全国経験はないものの実力はそれ以上にある。
去年、団体戦で大原部長ですらも負けた相手だ。この私が戦っても五分五分の試合になるだろう。
ましてや……私以外の人が勝てるなど。
勝てるなど……
「もしかして第一シングルス私の代わりに出るのは」
と原井は静かに頷く。
やはりか。そうだよな。それが原井の役割。怪我人の代わりに試合にでる。
その原井は今にも泣きそうに眉を垂れ下げている。その様子からどうも勝てる気配などない。
いや、あの宮本を倒した原井をもう一度降臨させれば……その可能性がどれぐらいあるのか分からないが。
「ちなみに野田選手のその前の試合のスコアは」
「本蓮高校の第一シングルス相手に21-5 21-4」
「仕上がってきているな」
これは厄介だ。向こうも絶好調だ。恐らく生半可な実力じゃ勝てない。
やはり私がでるしかないのか。
足に精一杯力をいれる。
なんとか小指だけは動かすことができた。これならしばらくすれば……
「お前……今すぐ石塚に私が試合にでるということを」
「えっ。でも足は」
「大丈夫。少しつっただけだ。まだ私は戦える」
そう。まだいける。私が試合を放棄するときは死ぬときだ。
それなのに……
「無理よ」
低い声が医務室のなかで響き渡る。
丁度入り口のところ。瀬南副部長が扉によりかかって腕を組んでいた。
「もうあなたの足は完全に死んだ。これ以上の試合は無理よ」
「そんなもの勝手に副部長が決める権利なんてねぇよ。私は足が動く。それなら戦う」
「決める権利はある。この部活で偉いのはあなたじゃない。部長と副部長。そして石塚先生。この人たちが偉い。その三人の意見は一致した。原島さんを団体メンバーから外して補欠の原井さんに出場してもらうって」
「そんなの勝手に決めるんじゃ」
「はっきり言って迷惑。あなたが怪我をしたせいで三回戦で負けそうになるし次のオーダー変更の手続きとか面倒くさかったし。だからね、もうこれ以上私たちに迷惑をかけないで」
それは酷く冷たい声だった。そして私を黙らせた。
瀬南副部長のいつもの優しい腑抜けたような表情はそこにはない。まるで般若のような表情。怒っている。
迷惑だと?
心外だ。私はただチームの勝利だけを考えて行動しただけだ。そりゃ確かに試合中に怪我をしたのは悪いと思っている。
だけど……それでも……私が試合に出た方が勝率が高い。そう思って出した結果だ。
それを迷惑だと?
反論しようとする。
しかし瀬南副部長のその冷たい表情をみると自然と黙ってしまう。
「それじゃ、あなたはここでゆっくり休んでいなさい」
と瀬南副部長は私に背を向ける。
「あなた達が信用していない先輩達だけでも勝てるということを証明してみせるから」
そしてそのまま消えてしまった。
クソッ。なんだよ。あいつ。
殺すぞ。
「あのね……原島さん。瀬南副部長はね……でね……とういわけで」
なんか原井が瀬南副部長を一生懸命フォローしようとしていたが私の耳に入ってこない。
やはり自分は籠原南高校に進学したのは失敗だった。ここには敵しかいない。
……などと言ってもしょうがない。今は目の前にある試合だけを大事にしていかないといけない。
「おい。お前。顔をこっちに近づけろ」
「えっ……原島さん? 一体何を?」
「いいから早く!」
と渋々と原井は私の方へ体を傾けた。
彼女の髪からは甘い匂いがする。一体どこのシャンプーを使っているのだろうか。今度暇があったら聞いてみようか。
私は静かに耳打ちをする。
すると原井は少し驚いた顔をする。
どうしてそんな顔をする。アホかよ。
「そんなに難しいことか?」
「いや、難しくはないけど……でも」
「いいんだよ。それで」
もうこの際はしょうがない。これでいくしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます