第17話

「確かに実力はある。あなたが彼女の目の敵にするのはわかる」


 と汗をダラダラに垂らしながら副部長の瀬南がこっちへ来た。


「まったく。だらしないな」


「いやー、あれはしょうがない」


 瀬南と原井は今日の実戦練習で戦った。

 そして21-19でまさかの原井の勝利。


 決して瀬南は手を抜いていた……というわけではない。それは試合をみれば誰でもわかる。


 むしろ、瀬南はコースギリギリにシャトルを決めておりいつも以上に球が走っていたようにも見える。


 それでも瀬南は勝てなかった。

 原井の実力の方が数段上回っていた。埼玉けやき中学の宮本を倒したときの原井が突如現れたのだ。


 普段、感情の起伏が激しくみえる原井も試合になるとかなり冷静だった。

 アウトのシャトルはちゃんと見送り、打てるシャトルはちゃんと打つ。

 体制が厳しかったらクリアーをあげてそれを整えて、少しでも余裕ができたら果敢に責めて……

 正直いえば、原井は別段スマッシュが早かったりドロップなどのショットがうまかったりしない。


 ただ臨機応変。シャトルへの対応力というのが非常に高い選手だ。

 あと以外にメンタルが強いのかもしれない。


 前半、原井は16-13の三点差で負けているシーンもあった。普通の人は何とか追い付こうとある程度の焦りを感じさせるだろう。


 しかし原井にはそれがない。

 気持ち悪いぐらいに彼女は冷静だった。


 中盤越えたあたりに点差があるのに、打てないシャトルは諦めて打てるシャトルを打つ。それを徹底していた。


 ……本当に奴は勝ち負けとかどうでもいいのではないか。

 何て言うことを思ってしまうほど。


「実際戦ってみて……まるで幽霊みたいだった」


 と瀬南は言う。


「なんかね、シャトルの気配とかそんなものがすべて消えていくの。不思議なことに。そして気づいたらコートの中にシャトルが転がっていて」


「そんなバカなことあるわけないだろ」


 いや、あるのかもしれない。そういえば埼玉けやきの宮本だって一瞬動きが止まることが何回かあった。


「もしかしたら……シャトル、曲がっているかも」


「変化球が掛かっているということか?」


 瀬南は頷く。

 バドミントンというのは、すぐに風に影響されてしまう。だから窓を完全に閉める。その無風のなかで本当に変化球のように曲がるのだろうか。


 ともあれやはりあいつはただ者ではなかった。紛れもなくあの宮本を倒した原井日向なのだ。

 これで少し安心した。それと同時に憤りを感じる。


 原井は私の試合の時に手を抜いていた。つまりはそういうことになるからだ。


「あなたがいて、原井さんがいる団体戦って面白いよね」


 私自身もそう思う。

 ついに来たのだ。あの埼玉けやきの王者を陥落させられる時が。あの時の原井……たった今、瀬南を倒した原井がいれば不可能ではない。


 そしてもうひとつ。


 やはり彼女は団体戦に出るべきだ。

 その為には岡部をどうにかしないといけない。と。


 ……実力のないやつが団体戦に居座る世界など間違っている。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る