第16話

「関東大会予選会のメンバーを発表する」


 この日はもうすぐ始まる春の関東大会のメンバーが石塚先生から発表された。


「第一ダブルス、大原、瀬南」


 と呼ばれた二人は返事をする。第一ダブルスの選手は第一シングルスには参加できない。つまりこの時点で二人は第一シングルスではないことが確定。


「第二ダブルス、岡部、田谷」


 二人はハイッタッチ。この二人はいつも一緒にいる。


「第一シングルス、原島」


 とここで原島さんの名前。彼女は相変わらず不機嫌な顔をしていた。だけど素直に凄いと思う。

 今のところ唯一の一年生。しかも第一シングルスという重役を背負う。


 ただ納得もできる。原島さんは何度か副部長の瀬南さんに勝っている。そして部長の大原さんとはいい試合をしている。実力だけいえば十分全国を狙えるだろう。


「第二シングルス、大原。第三シングルス、瀬南」


 私の名前は呼ばれなかった。

 当たり前か。部内の成績はそこまでよくない。原島さんはもちろん、大原さんには手も足もでなかった。私にはまだ団体戦のメンバーなど早いだろう。


「補欠選手は原井」


 だから補欠でも私の名前が呼ばれたことに驚いた。まだ私が団体戦って早いって……


 まぁ補欠だから誰か怪我でもしない限り出場することはないんだけど。

 とはいえ、実は嬉しかったりする。


 さて、私は原島さんになんと言おうか。

 その発表があった次の日迷っていた。


 あの事件があってから原島さんといまいち話しかけにくいというか……なんというか。

 でも同じ部員としていつまでも避けていてはダメなんだと思う。同じ仲間として仲良くしなければ。


 団体戦メンバー入りおめでとうとか、なんとかといえばいいのだろうか。

 いや、彼女のことだからケッと唾を吐いて終わるだろう。


 一緒に大会頑張ろうねとはどうだろうか。それはそれでうるせぇと言われるし……。あぁ、もう。難しい。


 なんて考えているうちに朝、いつもと同じように原島さんは体育館へ来た。


 私と原島さんしかいない静かな体育館。

 ここ数日二人は会話なくそれぞれの練習をしているだけだった。


「おはよう」


 私は久しぶりにそう話題を振る。

 原島さんは相変わらず不機嫌で、挨拶が帰ってこない。ここまで想定内。


「ねぇ、次の県大会さ。優勝できると思う?」


「無理だろうね」


 と予想外な言葉に驚いた。

 原島さんのことなら優勝とか当たり前とか何とかって言うような気がしたのに……。


「大原部長、瀬南副部長のコンビは強い。でも確実に埼玉けやきに勝てるとは正直言えない。私は勝てるけど。そして多分第二ダブルスの田谷、岡部が足を引っ張る。あの二人が埼玉けやきに勝てるはずない」


 そういうことね。

 というか大原さんと瀬南さんだけ呼び捨てじゃないというのはどういうことなんだろう。


「この第二ダブルスのあの二人を何とかしないとダメ。岡部とか団体戦ではつかえねぇ」


「先輩に対してそんなこと言っちゃ駄目なんじゃないかな」


「いいよ。弱肉強食。弱い人に人権なんてありゃしない」


「そんなこと。先輩も弱くないし。強いし」


 それでも彼女は腑に落ちない様子だった。


「だからさ、お前大会に出ろ」


「大会に? 試合にということ」


「そう。岡部の代わりとして。その方が勝率はあがるだろう」


「勝率があがるって……でももう大会のオーダーとか全部出したよ? 今ごろメンバー変更とか」


「怪我以外ではね」


 ここで彼女は嫌らしい笑みを浮かべた。

 その瞬間、私の背中から嫌な肌寒い風が流れる。


 その笑み。

 原島さんは果たして何を考えているのだろうか。怖い。

 怪我以外ではメンバー変更できない。怪我以外では。


 まさか。

 私はわかった。原島さんのその笑みの理由が。そして嫌な予感がした。


「岡部を怪我させれば自然と補欠のお前に出番が回ってくるだろう」


 やはりそうだ。

 この人は本当に勝ちしか見えていないだろうか。勝てれば岡部さんとか先輩たちの気持ちなどどうでもいいのだろうか。


「そんなこと」


「任せろ。怪我させるのは滅茶苦茶簡単だ。人間の体というのは思った以上に脆い」


「この間、私に対してあんな問題を起こしたばっかりなのに」


「今度はばれないようにする。私は案外得意だったりするし」


 そういうことを言いたいじゃない。


「岡部なんかよりも絶対にお前の方が勝てる。だから心配するな。ちゃんと腕の骨を一本ぐらい折ってやる」


「最低!」


 私は思わず声が出てしまった。


「私はそこまでして試合出たくない! もし岡部さんが怪我をしたら私も辞退する!」


 岡部さんと田谷さんは昔から近所に住んでいる幼馴染みである。そしてずっと二人で一緒に全国大会出場というのを目標に頑張ってきた。そのことを知っている。

 だからこそ、その岡部さんの代わりに私が出るなんて田谷さんの方も複雑な気持ちになるだろう。


「いいかい。最低なのは実力もないのに選ばれている岡部だ。田谷はある程度の実力はあると思っている。そんな田谷にいつも岡部がくっついているお陰で運よく選ばれただけだ。実力なんてそこら辺の先輩以下だ」


「そんなことはない。岡部さんは強い。団体に選ばれても文句ないぐらいの素晴らしい選手!」


「違う! 何十、難百もの試合を見てきた私だからわかる。あれには実力などない。あんな実力で出れるなんて他の選手たちに失礼なものだ」


「失礼じゃない!」


 どうしていつもこうなるのだろうか。今日こそは原島さんと仲良くしようと思ったのに。また言い争っている。


「岡部さんは私なんかよりも強い! そんなこと言うのなら団体戦のメンバーに選ばれている私の方が不思議なぐらい!」


「違う! お前は手を抜いている! 先輩から団体戦のメンバーを奪うのが怖いから手加減をしている!」


「そんなことはしない! 私はそこまで器用じゃない!」


「いやそうしている! お前は強い。それは関東大会で証明をしている!」


「馬鹿! 馬鹿馬鹿! バカ!」


 私は何も考えず叫びまくる。

 こんな風に相手を本気で罵倒をしたのは一体いつぶりだろうか。


 息が荒くなる。だから肩を大きく揺らして息を整えた。そうしたら少しだけ楽になった。

 少し言葉は荒かったのかもしれない。だけど後悔なんてしていない。


 しかし三白眼で睨む彼女を見られている。こめかみに青筋を浮かべている。


 怖い。恐怖が沸き上がる。


「お前には失望したよ」


 ただ声は静かであった。

 そしてそれは本当に悲しそうな声……どうしてそんな声をするのだろうか。


「お前なら……お前となら何かが変わる。そんな気がしたんだ」


「あっそう」


 彼女の言葉に対して私はそれぐらいしか言うことができない。私も中々冷たい人間ではあると思う。


 結局その日も私と原島さんは仲良くなることはなかった。それどころか、ますます亀裂が入ってしまった。

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