第15話

 周囲の目は冷たかった……と思う。

 しかし私自身はそれほどおかしいことをしていない……はずだ。


 私のしたことは、やる気のない選手にカツをいれた。ただそれに過ぎない。

 それなのにどうしてか、心がモヤモヤとしていた。どうしてあんな悲しそうな目で私を見る。そして私はどうしてそれを気にする。


 その後、試合は石塚によって中断。ただ石塚は怒った様子もなく、落ち着けとただ私を宥めただけだった。


 そして、今度は違う選手たちの試合がはじまる。私はその間をぬってウォータークーラーへ水分補給へ。そもそもあの体育館には私の居場所というものがなさそうなそんな感じがする。


 そのウォータークーラーに行く道の途中で野球部やサッカー部が練習をしているグラウンドを横切る。

 ……私はもし野球部とか入っていたらどんな風になっていただろうか。今までそのような部活に入るとか考えたことなどない。


 私にはチームというものが必要がないのだから。人は結局は他人なのだ。だからいつも一人で戦うことができるように準備をしないといけない。


 私の母は赤の他人のはずの男と結婚して裏切られてそして一人になった。


 いつ裏切られるか分からない以上一人で戦わないといけない。だから私にチームなどいらない。バドミントンぐらいが丁度いいのだ。


 私は野球やサッカーが嫌いだ。いや、語弊があるな。見ている分には大好きである。事実私は家でどちらも中継で見ている。だが選手としてプレイするのには少し抵抗があった。


 そのままウォータークーラーへ。


 いつもは並んでいるはずのウォータークーラーが今日に限って誰もいない。なんだが他の部活からも距離をおかれたようなそんな気がした。


 そして水分補給。

 それが終わる。


 さてどうしようか。

 このまま体育館に帰ってもあんな事件を起こしたあとだ。さすがの私もすぐに体育館へ帰ることは遠慮する。


 まぁ、帰るしかないか。


 と、私の目の前からニコニコしながら瀬南がこちらへ向かっていた。


「瀬南。どうしてここに」


「瀬南さん! 私は先輩なのよ」


「……瀬南副部長、どうしてここに」


「あくまでも私をさん付けで呼びたくないようだね」


 と彼女は嘲笑をする。

 はいはい。さっきのことを注意しに来たんでしょ。


「みんな、あなたのこと心配しているから私が様子を見にきてあげたの」


「嘘だ」


「うん。嘘。誰もあなたのこと心配していない」


 こいつ……。まぁいいけど。


「原井さんと中学時代何かあったの?」


「別に。ただ中学の時のあいつの試合をみて凄いな。強いなと思ったわけ」


「それで実際に戦ってみたらその実力なんてなかったと」


 私は頷く。


「まぁ、選手も人間なんだから調子の良し悪しだって誰にもあるでしょ」


「でも、あれは調子が悪いとかそんなレベルじゃ!」


「他人のことを棚にあげて。あなたも調子の良し悪しがあるでしょ。退


 くっ。

 私はすっかりと黙り混んでしまった。私にとっては確信をつく言葉。ただしそれで瀬南に対してイラついたりすることはない。

 それは事実であるから。


「知らないと思ったでしょ。残念なことに私はあなたのことをすべて調べているわ」


「それは私が問題児だからか?」


「さぁね」


 彼女は悪戯に笑う。その表情が果たして何を示しているのか。瀬南が何を考えているのか分からない。


「そもそもあなたは何を求めてバドミントンをしているの?」


 と瀬南は聞いてくる。

 何を求めて。そんなものは決まっている。


「勝ちを求めている」


 これは今までずっと変わらない。私は小学生の頃も、中学生の頃も、そして今も変わらない。私はトーナメントの上をいつも狙っている。そうじゃなければバドミントンをしている意味などない。


「私は埼玉の埼玉けやき、青森の八戸山本、千葉の武蔵野千葉、宮城の若林学院、福岡の八幡国際大学付属高校。そのすべて、すべてを倒す。私はそのためにバドミントンをしている」


「でもそのすべてを倒したら? それであなたはどうするの? もう倒す相手がいないよ」


「アホか。その後はユーバー杯もオリンピックもある。上はまだまだ遠い」


「その途中に絶対に負けがあると思うんだよ。その場合あなたはどうするの?」


「そんなもの勝つまで勝負を挑むまでだ。勝つまで勝負は終わらない」


「負けることは悪なの?」


「当たり前だ」


 その後、私は体育館へ歩き出す。

 瀬南もついてくる。


「じゃ、負けてどうしても勝てない相手が来たら私のところに来て。精一杯笑ってあげる」


 彼女はそういった。

 戯け。私はもう負けない。負けたとしても意地でも絶対にお前のところに行くわけないだろ。


 体育館に帰って、他の部員の視線は冷たいものだった。原井がどこにいるか、探そうとはしなかった。しかし彼女ももうこんな私に話しかけようとはしないだろう。


 やはりこの世界は敵で溢れている。

 瀬南は馬鹿にした表情で私をずっと嘲笑っているし。


 いいよ。私は一人で戦って見せる。




 

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