第14話

 その日の部活は、経験者組と未経験者組とで1年生は別れた。


 私と都と原島さんは当然経験者組。体育館で実践形式の練習をすることに。

 最初はクリアーやらスマッシュやらの練習と、フットワークの練習。


「原島! そこは踵から踏み込め。そんなフットワークだとヘアピンが浮くぞ」


 と怒声をあげるのは、うちの顧問の先生である石塚先生。

 彼は、高校、大学と全国大会に出場。社会人大会では全国ベスト16入りを果たした経歴がある。


 またこの無名だった高校を、関東大会に出場できるまで育てたのも彼自身だ。

 それもあってか彼の練習というのは厳しいものであった。


「ほら、そこでリアクションステップが遅れているから次の行動遅れる!」


 あの原島さんに対しても次から次へと声をあげて注意をする。

 私の目からは原島さんのフットワークが別段遅くは見えない……むしろ早く見える。それでも石塚先生からしてみればどこか違うように見えるんだろう。


 嫌だな。私はそう思う。私はそんな細かいことを意識する体力も頭もない。ただ私はシャトルさえ打てればいい。だから石塚先生のようなタイプとは気が合わないのかもしれない。


 それから、しばらく練習をしたあとに実践へうつる。

 その試合の相手というのは部長や、石塚先生が予め決めてくれている。それなのに……


「先生。すみません。私は原井さんと試合をしたいです」


 と、まさかの私指名。何故か視線が原島さんではなく私に集まる。そしてざわつく。


「原井とか……いいだろう」


 そしてあっさりと承認。もう少し悩んでほしかった。私の意見も聞いてほしかった。

 まぁ、いつかは絶対に戦わないといけない二人だったし、それが少し早まっただけなんだけど。


 しかし私の本音は原島さんとバドミントンをしたくない。それは私のバドミントンに対して彼女が難癖をつけてくるのが目に見えていたからだ。


 彼女は勘違いをしている。

 私が強者か何かということを。

 事実は違う。私はそんなんではない。

 私は普通の高校生である。

 そのことを分かってほしい。


 コートに入った原島さんは、私なんかよりも一回りも二回りも大人びているように見えた。

 怖い。


 彼女はじっと私をみつめている。その黒い瞳の海には明らかに恨みというものが浮かんでいた。


 いつもなら楽しくてワクワクのはずのバドミントンも何かこの日だけは違う。

 早く終わらせよう。


 そんなことを考えた。


 最初のサーブ権は私。

 取り合えず、後ろへサーブをあげた。そしてしばらく打ち合う。


 さすが、原島さん。私に色々といってくるだけある。どんなシャトルを打っても簡単に跳ね返してくる。

 これは決まった。というラインギリギリのスマッシュも簡単に拾われてしまった。


 そして……

 逆に原島さんの鋭いスマッシュが私のコートへ刺さった。


 サービスオーバー1-0


 原島さんから1点とれるのだろうか。

 いや、多分……これは無理だ。それほど彼女は強い。


 そう。そのはずだったのに……


 原島さんは深呼吸。そしてサーブを……打たない。シャトルはコートの上に落ちる。


 ざわつく観客。


「サービスオーバー1-1」


 当然これは私の得点になる。

 だけど……多分、気のせいだと思うけど。

 それでも嫌な予感がしてくる。


 果たして彼女はスマッシュを打つ気があったのか。

 いや、ない。


 これはバドミントン経験者なら誰でもみただけでわかる。それほど力が抜けていた。

 それじゃ、私にどういう意図で点を与えた? 偵察するため? いやそれなら別にわざとミスする必要などないのではないか。


 続くラリー。今度も先ほどと同じようにスマッシュを決められた。


 そして原島さんのサーブ。……を打たない。またコートの上に転がる。


 2-2。


 やはりだ。

 彼女はわざと私に点を与えている。その意図が何なのかは分からない。


 どうして?

 なんで?


 続く三点目。私はスマッシュで決められた。そして原島さんはサーブを打たない。


「原島さん? 真面目に試合を」


 さすがの私も原島さんに注意をしてしまう。しかし相変わらず鋭い眼差しで私をみていた。


「それはてめぇもだろ」


 恐ろしく低い声。

 果たして私は彼女に機嫌を損ねることをしたのだろうか。


「どうして本気を出さない! てめぇの力はそんなものかよ。なぁ! 原井日向!」


 そして怒声をあげる。それは体育館中に響き渡る。

 私たちの試合を見ている人たちも何か異変に気づく。


「どうしてそんなへっぼいショットをお前は打つ。どこか怪我でもしているのか? どこか調子悪いのか? 今日熱があるのか?」


「そんなことは……」


「ならなぜこんな無様な試合をする! こんな気だるい試合をする! そんなに私と試合をするのが苦痛か!?」


「苦痛とかでもないけど」


 嘘。本当は苦痛。楽しませてくれないから。


「それなら本気を出せ。私は本気を出すまで何も打たない!」


「いや、だから最初から私は本気で」


「嘘だ!」


「本当だよ。だから……」


 ヤバイ。泣きそう。目頭が熱くなってくる。


「いいかい? 原井日向。お前は関東大会で埼玉けやきの宮本を倒した。それほどの実力があるはずだ」


「そんなものはない」


「ある! その証拠は大会HPにもちゃんと乗っている。あのときの試合結果。あれは宮本本人も周囲の観客も誰も文句をつけない正真正銘の勝ち。宮本よりもお前の方が優れていたという証」


「そんな薄っぺらい電子媒体に記された試合結果で私の実力なんてわかるわけないでしょ!」


「いや、他にも確かに私はこの目でみた! お前の実力を! 関東大会で大暴れするお前の姿を」


「だから、それは!」


 私の実力で勝ったのではない。偶々調子がよかっただけ。

 だから、ここでそんな実力を出せなんていわれても困る!


 原島さんは、落ちていたシャトルを大きく上にあげる。そして大きく振りかぶって……


 私の顔に目掛けてシャトルを打った。

 そのシャトルコックは私の瞳の奥へ……入っていく。


 打たれた。まるで銃のような鋭いシャトルを。


「原島!」


 これまで傍観していた石塚先生も流石に声をあげる。


 私はシャトルが目に当たった瞬間、視界が奪われた。そして体は宙に舞う。

 あれ……どうして私は今、撃たれたんだろう。


 明らかな故意なシャトル。殺意を持ったシャトル。

 どうしてだろう……


 私はただ、バドミントンを楽しみたかっただけなのに。どうしてそれが原島さんの恨みを買うことになってしまったのだろう。


 分からない。


 その瞬間、あの時の記憶が甦る。

 小学生の頃。野球で大敗北して私のチームメートがバラバラになったあの瞬間を。


 どうしてだろう。

 私はただ、あの時も野球を楽しみたかっただけだったんだ。


 なのに……

 なのに……


 どうして?


 私はバドミントンを楽しみたいだけなのに。


 宙にまった体はやがて地面についた。

 痛みなどない。ただ目をあけることはできなかった。


「弱いお前と戦っても無意味だ」


 私の目からは涙がこぼれ落ちる。

 この涙は決して痛いからではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る