第13話
私の朝は早い。
6時半には学校に行く準備をして、7時にはグラウンドへ。
初日遅刻したせいで朝弱いイメージがついたかもしれないがそんなことはない。いや、朝色々と憂鬱になることは確かにあるのだが。
そしてグラウンドで私は走る。自分の体力の限界を超えるまで走り続ける。いや、体力の限界を超えても走る。自分の内蔵が飛び出ようが心臓が止まろうが関係などない。
人によっては朝の過度な運動は健康によくないとか、寿命を削るとか言う人もいる。しかしそれは私にとってみれば関係ないことである。
私は命を燃やしても勝利を手にしなければいけない。敗北を知った戦士など待っているのは死のみだ。
あのたった一瞬。決勝という舞台に勝つ為に私は人生の時間をいくらでも費やしてやる。
私は本気なのだ。バドミントンに命をかけているのだ。それなのに……原井とかいうやつは。
一体どうして関東大会の原井は強かったのだろうか。彼女はみた感じバドミントンに命を費やしているとかそのような感じではなかった。それなのに宮本を倒して、私よりもいい成績を残して。
これは僻みなのかもしれない。逆怨みなのかもしれない。そんなことは自覚している。
だけど許せないのだ。何もせず、お気楽に生きていて関東大会に出場してしまうのが。彼女から感じた天才肌。そして軽めの練習で全国大会に出場できてしまう世の不平等さ。
四月とはいえ、グラウンド10週もすれば汗が次々にでて、地面に滴る。私自身はまだまだ走れる。しかし陸上部がトラック整備を始める。
流石にグラウンドの利用優先順位は陸上部の方が上だ。
だから私はグラウンドを彼女たちに譲り渡すようにする。
そしてそのまま体育館へ。
籠原南バドミントン部の基本方針は朝練をしないという風になっている。とはいえ、バレー部なども朝練をしないので、朝なら自由に体育館を使用してもいい。
だから私は施錠されていない朝の体育館へ。
流石にこの時間だから誰もいないだろう。
そう思っていた。
しかし体育館入り口の下駄箱には靴が一足入っている。
誰かいる。
こんな時間から練習とはやけに熱心な人がいたものだ。
そして私は体育館へ。
いた。
そこにはひたすら壁に向かってシャトルを打っている原井の姿だ。
「原井……なぜ」
分からない。あのお気楽な原井がこんな朝から練習しているとは。これは夢なのか。それとも現実なのか。
「あっ、原島さん。おはようございます」
と私に気づいてペコリとお辞儀をする。
「何時からここに」
「えー。私は6時半ぐらいからいるかな」
「6時半とか……お前、馬鹿だろ」
私よりも30分早いじゃないか。
「お前は勝ち負けとかどうでもいい人間だろ。どうしてこんな練習をしている」
「暇だから、壁とバドミントンしようかなって」
「暇だからって。勝つ為に時間を削って練習をしているんじゃ」
「違うよ。好きだから時間を削って練習しているの」
「そんな無意味な練習やめろよ。勝つ為に練習しろよ」
「原島さんはバドミントン好きじゃないの?」
「私は……」
バドミントンが好きだ。そのつもりである。
だけど実際にはどうなんだろう。
あまりにもバドミントンという競技が身近にありすぎてそのようなことを考えたことなどなかった。
私は果たしてバドミントンが好きなんだろうか。
「うるさい。とにかく邪魔だ。出ていけ」
「嫌だよ。私の方が先にこの体育館を使っていたんだから」
くそっ。
中学の時なら私は一人でずっと練習をしていたのに。
私はコートに入る。
今日はフットワークを確認しよう。
いや、しかし。
カンカンコン。原井の壁打ちの音が気になる。少し脇見をしてみる。
バックハンドでひたすら打っている。無駄に肘が動いている。何と稚拙な壁打ちなんだろうか。こんな実力では関東大会になんかいけるわけない。
これだとただの素人ではないか。みているだけでムカつく。
「あーもううるさいな」
私は思わず口に出してしまった。
「うるさくないよ」
すると原井は柔和な顔を浮かべた。
どうして私はこんなにもイライラしているのだろうか。どうして私はこんなにも原井のことが気になるのだろうか。
何故か原井に私の中身をどんどん壊されていく。そんな恐怖を感じる。
こんな下手な壁打ちなのに、よく朝から練習するきになった。これなら練習をしない方が幾分もましではないか。
一体、原井は何がしたい?
どんな気持ちで彼女はバドミントンをしている?
何故かその日流れた汗は、ぬめっとしておりいつもよりも遥かに気持ち悪い感触だけが残った。
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