第11話

 あれが本当に関東大会で埼玉けやき中学校エース宮本を倒したエースなのか。


 いや、そんなわけない。宮本があんなやつに負けるわけがない。


 今日一日、彼女の練習を観察して分かった。


 確かに、宮本を倒した時の気配というのはうっすらとだしていた。

 例えば岡部との試合。あの粘り強い戦いはあの時の関東大会でみた強さ。

 原井という選手はスマッシュで果敢に打ち込むような選手ではない。どちらかと言えば粘り、粘りそして相手のミスを誘う嫌らしい選手だ。


 だからその点ではあぁ、確かに原井だなと思う時もある。

 それでも……だ。


 原井は弱い。

 いや、確かに私たち1年生の中ではトップクラス。なんだったら2年生の先輩の中でも上位には食い込める実力はある。だから決して弱いというわけではない。県大会だって出場するし1回戦とかは突破するだろう。


 ちがう。そうじゃないんだ。その中に圧倒的な強さというものがないんだ。私がみたかった原井ではない。

 私のみたい原井は無双をしている原井なんだ。こんな小さな部内でそこそこ強く活躍をするような姿などみたくない。


 そしてそんな不満を持ったまま今日の練習は終わる。初日だからといって緩めの練習……というわけにはいかなく割りと厳しかったと思う。それでいい。


「原島さん、一緒に帰ろ」


 と更衣室で制服に着替えている時に彼女はそんなことを言ってきた。

 昼間、食堂であんなことがあったのにまさか自らこちらに来るとは。メンタルの強さは一流なものだ。


「断る。お前には友達がいるだろ」


「都のこと? 都はこれから塾だから先に家に帰るって。方向も反対だし」


「でもお前は籠原にすんでいるだろ。家もここらへんだろ? 私は上柴の方だぞ」


 籠原も上柴もどちらも近い。自転車すらもいらないぐらいだ。


「別に少しぐらい遠回りしてもいいよ。私、原島さんと仲良くしたいし。だから一緒に喋ろ」


「けっ」


 私はいいよとも嫌だとも言わない。バドミントン選手以外の原井などどうでもいい存在だ。


 私は何も返事をしなかったが、原井は後ろをついてきた。昇降口から門にでるまで無言。私から話をしようという考えなんてない。


「原島さんはいつからバドミントンを始めていたの?」


 ふと、原井は口をあける。


「小学3年生の頃から」


「小学3年生!? それじゃ私よりも先輩じゃん!」


 うっせ。タレントみたいに大袈裟なリアクションとりやがって。


「どうしてバドミントン始めようとしたの?」


「強制的に」


「へぇ、親もバドミントンやっていたんだ。親もバトミントン強かったりするの?」


「そこそこ」


「親はプロだったりするの?」


「違う」


「そっか。そっか。それで今日の練習の船籍どれぐらいだった?」


「5勝1敗」


「おぉ、強いね! その1敗で誰に負けたの?」


「大原とかいうやつ」


「あー大原先輩ね。あの人強いからね」


 あーもう。うるせー。

 私は会話が続かないように簡素な答えしかしていないのに、ズガズガと原井は話しかけてくる。少しはお口チャックしろよ。マジで。


「あの大原先輩に勝てる人なんて多分あの部活にいないよね」


「私は5-4で負けた。21点マッチなら私が勝っていた」


「そうかなー」


「殺すよ?」


 本当失礼なやつだ。

 あのとき、最後の方、大原は情けなく肩で呼吸をしていた。そこで私が偶々、手がすべってスマッシュが少々左に切れてしまっただけだ。あれが決まっていれば私は勝っていた。


 そんなことも分からないとは、やはりこいつは嫌いだ。苦手だ。


 それからも他愛のない話を次から次へとしてくる。そこら辺に落ちている岩でもこいつの口へぶちこめば多少は黙ってくれるのだろうか。


 私が交差点の角を曲がると彼女も曲がる。

 信号が変わりそうだから走ると、彼女も走る。

 私とこいつ……原井はシンクロしてくる。

 我慢の限界だ。


「それで、貴様はどうして私の後をついてくる。私の家を特定してそこで嫌がらせでもしようとしているのか?」


「そういう被害妄想はやめようよ。私はあなたと友達になれればなって」


「私と友達になったところでメリットなんてない。人望も名声も何もないのが私だ」


「友達になる条件に人望とか名声とかそんなの関係ないんじゃないかな?」


「甘い。お前の頭は角砂糖でできているのか。もうこの世界に生まれた以上弱肉強食。使えないものは切り捨てて、使えるものを生かす。利用するものは骨の髄まで利用するのが基本だ」


「何か、物騒だし難しい話だね。別にそんな難しいことを考えなくても……」


 相変わらずこいつは反論して来るな。

 こいつとは仲良く出来ない。


「いいか。この世界は生まれながら勝負の世界だ。負けるか勝つか。それしかない。だから勝つためには必要なものを生かし不必要なものは切り捨てる」


 そして私は早足に原井を切り捨ててそのまま帰宅した。

 私の家は暗い。誰もいない。静かな空間。


 私の家にはお金がない。私の家には父がいない。それは母が競争に負けたせい。


 私の母は、父に捨てられた。

 父には愛人がいた。私の母はその愛人との競争に負けたのだ。


 部屋の壁は剥がれている。あのとき、私の親が暴れた時。


 母は泣いていた。私は感じた。これが勝負の世界なのだと。


 姉はバドミントンで負けた。だからバドミントンを辞めた。


 負けの先に待っているのは不幸だけ。

 私は戦いに破れて地獄でもがき苦しむ人を何人もみた。

 そして誓った。絶対にあんな風にはならないでおこうと。


 そのためには私は勝たないとダメなのだ。

 ……そういえば私はどうしてバドミントンを始めたのだろう。


 そんなことは多分どうでもいい。

 

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