第8話
ホームルームが終わり、休み時間となる。
まだ入学したての生徒は同じ中学校の生徒どうして固まっていた。
「日向!」
私も例外ではない。都が私の方へやってきた。
都とは結局違うクラスになってしまった。そして彼女もまだクラス替えしたばかりで喋る相手がいないのだろう。だからこうやって私の方へ来たのだろう。
「いやー、うちの担任の先生がさ」
早速、担任の愚痴。そして都の口は暴走する。クラスでイケメンっぽい人がいただの、クラスのルールが面倒くさいだのと延々と喋る。
しかしその言葉は私にとって完全に空耳となっていた。
目の前の原島さんが気になる。
喧騒な声が鳴り響いている中、彼女だけは机に伏していた。それは周囲と断絶しているようにも見える。
一体、どこの中学校出身なんだろう。
遅刻したことによって原島さんだけ自己紹介がなかった。私からしてみれば彼女の自己紹介が一番気になる。
彼女が持っているラケットケース。テニスよりは遥かに細く短く小さい。確実にバドミントンのラケットケースである。
原島さんは一体どこで、どのようにバドミントンをしていたのか。もしかしたら私と同じ大会に参加して……そして戦っていたのかもしれない。
私は原島さんのことを知りたい。
高校初日、同じ仲間に出会えたような気がして胸が高鳴る。
と原島さんはビクンっと体を動かした。かと思ったら何かを思い出したかのようにスッと立ち上がった。
そしてそのまま教室の出口へ向かう。
「ごめん、都! トイレ行ってくる!」
と私は適当な言い訳をして、そのまま原島さんの背中を早足で追いかけた。
後ろでは都が「まったくもう」とため息混じりの声が聞こえた。
原島さんは歩兵のようにズガズガと喧騒の中を掻き分けて進む。
原島さんがどこに行くか気になる。ということで少し尾行することにする。
そのまま一階の食堂へ。
うちの高校は授業がやっている最中でも、学校があいている時間はいつでも食堂は営業をしている。
しかし流石にこの時間でなおかつ入学式初日だ。誰も食堂を使おうとする人はいなくてほぼ貸しきり状態になっていた。
なるほど原島さんはお腹空いていたんだな。
寝坊してしまって朝御飯なしで登校したのかもしれない。
原島さんは何を食べるのだろうか。
食券を買い、それを食堂のおばちゃんへ。そしてすぐに注文した商品が出てきた。
……豆腐一丁。それだけ
「すっごいストイック!」
思わず声が出てしまった。原井さんはすぐにこちらの方を見た。そして殺意溢れる目。
「貴様! いつから私の後ろに!!」
彼女は私に威嚇をする。
「えー、ずっと後ろについていたよ。気づかなかった?」
彼女はキョロキョロと周囲を見渡す。私以外誰も尾行していないって。
そしてすぐさま悔しそうな顔をした。
「クソッ。世が世なら私は殺されていた」
「殺すって……物騒な世界だね」
「貴様の目的は何だ。金か、命か」
「だから物騒だって。私はただあなたと喋りたいと思ってきただけ。そうね……あなたバドミントンしているでしょ」
「貴様……原井日向! なぜそれを」
「バドミントンのラケット机のところにあったからだよ。っていうか私の名前知っているんだ」
「当たり前だ。関東大会であんな大暴れしていたら誰だって貴様のこと知っている」
「関東大会?」
私は首を傾げる。
「ほら、去年の関東大会で貴様は埼玉けやきの宮本を倒したじゃないか」
あー、あの時の。
「私がベスト8入りした大会ね」
思い出した。
去年、私は初めて関東大会に出場した。流石関東大会。どいつもこいつも県大会トップクラスの選手が揃っている。
私はその中でベスト8という記録を残した。これは多分誇れることだと思う。
「ベスト8……だと?」
「うん。そうだよ。すごいでしょ」
ちょっと自慢したくなる。
それなのに、どうしてか原島さんは肩をわなわなと震わせていた。
私が思っていたのと違う表情。
眉間に皺をよせて怖い表情をしている。もしかして言ってはいけない言葉を発してしまったのだろうか。
「どうしてだ」
そして静かに彼女は言う。
「どうして貴様は関東大会ベスト8なんだ」
「どうしてって……私も不思議なぐらいだよ。あそこまでなぜ勝ち進めたのか」
「違う!」
原島さんの声は誰もいない食堂に響き渡った。食堂のおばちゃんが心配そうにこちらを見ている。
「どうして貴様は関東大会優勝していないんだ!」
私はポカンと口をあける。
まさかのそっち?
私は中学二年生まで無名の選手である。というよりは三年生の最後のあの大会まで無名。私の中学校以外で私の名前を知っている人なんて誰もいないだろう。
だから正直言えば、「どうしてお前が関東大会に進めた」と言われるのは安易に予想できる。事実、数名の人にそれは言われている。
しかし原島さんはその逆をいっていた。
どうして私が関東大会で優勝しなかったのかと聞いてきた。だから
「私が関東大会で優勝出来るわけないでしょ」
と正直に言う。原島さんはきっと誰かと間違えているんだ。
すると原島さんは私の胸ぐらをつかんだ。
「貴様。ふざけるなよ」
青筋が浮かび上がっている。私にはその理由がまったく分からない。
「あの宮本に勝っておいてどうして関東大会優勝できない? 全国大会出場できない? 貴様は宮本と他の選手を侮辱するつもりか」
「侮辱って。別に私はそんなつもり」
「それならどうして関東大会優勝しない!」
この原島さんという人はヤバイ人だ。こうやって彼女の後ろをついていったことに関して後悔しはじめる。これなら私は素直に都と平凡な休み時間をすごせばよかった。
原島さんがつかんでいる手の力はますます強くなる。どうしてこうなったのだろうか。
早く、チャイムよなれ。
これほどまで休み時間というものが長く感じるとは。
と、ここでキンコンカンコン。救いの音が聞こえる。
休み時間が終わった。
「ほら、休み時間が終わったよ。教室に帰ろ」
すると彼女はチッと不屈そうに舌打ちをした。そして私の胸ぐらを放す。
彼女は一人、教室の方へ向かった。
私はただその背中を見送るしか出来ない。
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