第7話

「というわけで私は籠原南高校に進学する」


 と私は姉、春佳にそう告げた。報連相というものは大事だ。


「ふーん、籠原南ね」


 私と姉は東京の少し洒落た喫茶店に来ていた。私からすればそこはやけに敷居が高いような気がする。

 しかし姉は違った。


 大学生にもなり、耳にはピアスをあけて、髪を茶色に染めて大人っぽくあか抜けていた。ほんの一年でここまで変わるのかと関心する。


「そこでバドミントンをするの」


 私は頷く。

 姉は果たしてどんな意見なのだろうか。私にバドミントンを続けて欲しいと思っているのだろうか。


「そこには原井という選手がいて私はそいつと全国大会で制覇したい」


「それで? 全国制覇をしたらどうするの?」


 姉は小悪魔のような笑みを浮かべた。

 そしてゆっくりと顔を動かし、綺麗に揃えられた茶色の髪を揺らす。


 姉は何を言いたいのだろうか。

 その顔からはその意図すらも分からない。


「全国制覇の優勝トロフィーが欲しいの? それとも全国大会優勝という肩書きが欲しいの?」


「それは……」


「仲間と一緒に全国制覇したという達成感? いやその考えはあなたにないことは重々承知している。それじゃ、なんでそこを目指すの」


 これが圧迫面接というものか。

 私は黙り混む。これが一般人ならうるせぇと殴れば済むんだが、相手は姉だ。流石に姉を殴ることなどできない。


 私は考え込む。今までバドミントン以外でしか使ったことのない頭はショート寸前だ。


「そういう姉貴こそ何のためにバドミントンしていたんだよ。結局やめてしまって。バドミントンとは違う世界で今生きていて。結局あれだけ一生懸命練習した時間はなんだったんだよ」


「分からない」


 姉は即答した。


「分からないこそ私は教えて欲しい。どうして樋春がバドミントンをするのか。どうして全国制覇を目指すのか。私が得られなかった答えを樋春は高校で見つけて欲しい」


 姉はストローで氷をカチャカチャと鳴らす。


「ただ、その答えは人それぞれ。私は高校に入学してそう思った。色々な、様々なモチベーションでバドミントンをしていた。男にモテたい、プロになりたい、全国制覇したい、大学進学のため、そしてバドミントンを楽しみたいから」


 花園雅。彼女の顔が私の目の前で浮かんでくる。

 バドミントンを楽しむために彼女は戦う。そして姉を倒した。


 その時もニコニコと子供のような笑みを浮かべていた。

 どうして、生か死しかないインターハイという会場でそんな顔が出来るのか。

 香る淡い死の臭い。敗者が死屍累々転がるコート。本物の勝者になれるのはたった一人。生き残れるのはただ一人。みな命を削って戦っているのだ。それなのに花園は楽しんでいた。そして次から次へと生者を切り、死者の群れへ行進をする。


 異常だ。そして嫌いだ。


 原井の影も、花園の死霊がとりついているようなそんな気がした。


「そんな様々な思惑の混沌にもし樋春が自分の芯なしに飛び込んだら潰されるわ」


「私の芯は全国制覇ただそれだけだって」


「本当に? それが芯なの?」


 姉は私の言葉を訝しむ。

 そして最後に


「私もそれが芯だと信じていたんだよ」


 と小声で言った。


 それから姉の奢りで少し高めのディナーを食べた。本来なら嬉しいはずの食事もその日ばかりはモヤモヤしていた。


 それから更に月日が経つ。


 私が籠原南高校に進学しますと担任の先生に言ったら大笑いされた。お前の頭じゃ無理だろと。

 取り合えずその先生は殴っておいた。私は別の理由で進路指導室にお世話になることになった。これで特別推薦とか消えた瞬間であった。


 部内でも玉井が籠原南高校無理だとかなんとかいっていたので、利根川にでも突き落としてやった。やはり進路指導室へ呼ばれた。指定校推薦もこれで完全に無理になった。今度やったらお前の進路は少年院だぞと脅された。そこにバドミントン部があれば別に問題はない。


 と私は何とか籠原南高校に進学することができた。

 その際玉井が


「ジャイアントキリングって存在するんだ」


 と感心していた。言葉の意味ぐらい間違っている。玉井。言葉の使い方間違っているぞ。


 そして私は籠原南の制服を来て入学式へ。

 熊谷の中でも制服が可愛いと評判らしいがそんなことも私には知ったことではない。制服なんてどれも一緒だ。


 学校にまでは無事、時間通りついた。

 この私だって社会の基本的な常識というものはきっちりと身に付けている。そう自負はしている。

 初日に遅刻とかそれはヤバイ。


 そう。ヤバイ。


 そんなことを考えていたが急に腹痛が来る。クソ、うんこか。

 女の子が言う言葉ではないと思うが、まぁそこは許して欲しい。


 そしてあーだこーだやっているうちにチャイムが一回、二回となった。

 完全な遅刻である。


 無論、私はいいわけをするつもりはない。遅刻したのは私が悪い。だから正々堂々と教室に入ってやる。そして適当に謝ろう。


 そう思った。


 そしてしばらくして私は自分のクラスへ向かう。みな、私に耳目を集めた。まぁそれも当たり前か。


 私の席はどこか一発で分かった。そこだけポツリと空席だったからだ。


 私はそっちへ向かう。


 私の席につく。

 私の席の前の人は身長が小さかった。そして机の横にはバドミントンラケットがぶら下がっていた。


 おや、こいつもバドミントン部なのか?


 そして思う。


 そういえば、原島と原井って出席名簿順番だとかなり近いよなと。

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