第3話

「取り合えず楽しみましょっ」


 兵庫の花園雅が言った台詞。

 私は彼女が嫌いだ。


 勝ってナンボ。負けたら終わり。そんな世界で生きてきたはずの彼女はどうしてそんな甘いことを言えるのだろうか。

 スポーツという競争をやっている以上楽しむ余裕などないはず。ただ勝ちか負けか。それ以外考えては駄目なのだ。


「あの原井という選手は何者なんですかね」


 と、玉井が言う。

 彼女はジュースを買いに行けと行ってから1時間近くは帰ってこなかった。まぁそっちの方が静かだったからいいんだけど。


「お前、帰り遅かったな。うんこでもしていたのか」


「私はトイレしないですよ」


「殺すよ?」


「まぁ、なんかジュース買いに行く途中に色々なことがありまして」


「一応言うけど私は別にその色々なことを詳しくは聞かないぞ。お前のこと嫌いで興味ないからな」


「サイですか」


 まぁ、どうせこいつのことだからカツアゲされたとか、他校の喧嘩に巻き込まれたとかなんだろう。私だってこいつが他校の人なら殴っていた。


「それであの原井という選手は何者なんですか」


「それを調べるのがお前の役割だろ」


 原井選手は埼玉けやき中学エース宮本を倒した。

 優勝候補がまさかの三回戦敗退。この事実はこの大会に関して非常に大きな事件だろう。


「それにしてもムカつくな」


 私は観客席のすぐ真下にいる原井を見てそう思う。

 彼女は冷静だった。あの宮本を倒したにも関わらず、特別な興奮を見せることなく楽しそうに部活のメンバーと笑っている。


 試合中だってそうだった。原井から闘争心というものが感じられなかった。ただひたすら来ているシャトルを打っている。ただそれだけのようにしか見えない。


 試合中に叫んで覇気を出したり、ピンチに陥ったら泣きそうな顔をしたり、ミスをしたら悔しそうな顔をしたり。そんなことはなかった。ずっと同じ顔でシャトルだけを追いかけていた。


「あの原井っていう人、先輩とは多分真逆の世界に生きていますね」


「殺すよ?」


「先輩は勝負に拘り、原井は楽しさに拘る。私はどっちも戦う姿勢としては素晴らしいと思います」


「それでお前はどっち派なんだよ」


「どっちでもないです。私は男にモテたいのです。男にさえモテれば試合の楽しさも、勝負の勝ちも要らないのです」


「やっぱお前殺すわ」


 そんな考えだからお前は地区大会1回戦負けなんだよ。


 だけど、玉井の言っていることは分かる。私とアイツは油と水の存在である。実際に会ったら多分話とか会わないし仲良くなれないだろう。


 でも……


 私は原井と同じ高校に進学したいと考えた。アイツが入れば高校で全国制覇なんてあっさりとできるだろう。そう思ったからだ。


 そしてそれからすぐ、私たちは大宮駅の方へ向かい駅チカのハンバーグ屋へ向かった。


 玉井が朝、寝坊をしたせいで朝御飯も昼御飯も食べていない。流石にお腹減ってきた。


「これって先輩の奢りですよね」


 などと戯けたことを玉井はぬかしたが、それは無視しておいた。世の中そんなに甘くない。


 私たちはハンバーガーセットを注文しそれを二階へ運ぶ。


「先輩は高校どこに行くんですか?」


「言わない。言うとお前ついてくるからな」


「別にここで言わなくても、いずれ駒ちゃんに聞けば分かりますよ」


 私はチッと舌打ちをする。

 駒ちゃんというのは駒川。私たちのバドミントン部顧問だ。アイツは口軽いから絶対に私がどこに進学したかバラすだろう。


「まだ考えていない。推薦は3校もらっている」


 だから正直に答える。


「三校って凄いですね。全国大会出場経験ないのに」


「私の体は頑丈だからな。怪我しないし伸び代はある。そういうところが評価されたと思う」


「なるほど。それでその高校って」


「一つは千葉の武蔵野千葉。栃木の豊郷学院高校。埼玉の上里第一」


「どこも名門校ですね」


 はえーと関心しているのか馬鹿にしているのか分からない態度をする。


 武蔵野千葉、豊郷学院高校は県内トップクラスの実力を持っている。毎年全国大会出場は当たり前だ。

 豊郷学院高校はバドミントンだけじゃなく、野球部も強い。というよりも世間一般的にはそっちの方がイメージが強いだろう。近年、全国制覇も果たしたほどの実力がある。

 上里第一も本当はバドミントン強豪校である。しかし、例の埼玉けやき高校がいるせいで全国大会出場が遠ざかっている。


 噂によると、近年部員数が激減しており廃部の危機らしい。そこの建て直し要因として私が呼ばれた。


「籠原高校とかはどうなんですか」


 籠原……。

 近くに車庫があるせいで高崎線の半分以上は籠原止まりになり、群馬県民に迷惑をかけている籠原。

 元々駅の名前は新堀になる予定だったけどそれが日暮里と響きが似ているから急遽新しい地名を作った籠原。

 そしてあの原井がいる籠原。


「どうなんですか? 籠原」


 もう一度、彼女が聞いてくる。

 私は沈黙。


 どうなんだろうね。籠原。

 分からない。私は原井と全国大会に出場したい。だけど彼女と仲良く出来る未来が想像できない。

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