第2話
「このまま順当にいけば埼玉けやき中学校が優勝するんだろうね」
トーナメント表を見てボンヤリと私、原井日向は思う。
「何を言っているのですか。このまま行けば先輩が優勝ですよ」
と目をキラキラさせながら西野さんはそう言う。
「あの武蔵野千葉中学校の広瀬を倒したんですよ」
「あれは偶然だよ」
「偶然なんかで勝てる相手じゃないです!」
なんて西野さんは言うけど、本当にあの試合は運がよかった。と私は思う。
聞いた話、広瀬さんは去年からオスグッドにかかってしまい膝を痛めているらしい。
そして四月まで思うように練習ができなかった。
つまり彼女は本調子じゃないままこの大会に参加したのだ。もし本調子だったら私など赤子の腕を捻るよりも簡単に倒せるだろうね。
思えば、私はここまで幸運続きだった。県大会も準決勝まで埼玉けやきの選手と当たることなかった。準決勝で当たった埼玉けやきの選手はエースである宮本さんじゃなかった。
だから関東大会に出場できた。
だけどその運もここまで。
私はトーナメント表をなぞりその事実を確認する。
次、私のことを待っている選手は宮本さん。三回戦で当たってしまう。
ここで私のバドミントン中学生活は終わるだろうね。だけど悔いはない。
元々、県大会でバドミントン生活を終わらせる予定だったもの。
「先輩、次の宮本さんも勝ってくださいね!」
と西野さんは相変わらず柔和な表情を浮かべながらそう言う。
「えー無理だよ。勝てるわけないよ」
「いや、あの広瀬を倒したんで絶対に倒せますよ」
「あの試合は偶然」
「またまた。先輩、謙遜しちゃって。優しくて可愛くて強くてカッコいい先輩の唯一の短所ですよ。そういうところは」
「いや、でも広瀬さんのは」
「謙遜はやめましょう。そういった態度は負けた相手に失礼です。素直に喜びそして次の試合も勝つのです。それが負けた相手に対する弔い方でしょう」
確かにそう思うけど。でも私は宮本さんに勝てる実力なんてないんだよな。
宮本さんは小学生の頃から本気でバドミントンをやっている。
それに対して私は……
私は元々、小学生の頃まで野球をやっていた。ポジションは投手。
野球も好きだ。だけど中学校も野球を続けようとか思わなかった。ソフトボールをしようとも考えなかった。
その理由は小学六年生の引退試合であるだろう。
私の所属するチームは全国大会予選でボロボロに負けた。そして敗退が決まったあの日のロッカールーム。始まったのは戦犯探し。
打たれた投手が悪い、打てなかった四番が悪い、エラーしたあの選手が悪い、みんな言いたい放題だった。
その瞬間、私は今まで楽しんでいたはずの野球というスポーツが楽しめなくなったような気がした。
どうしてみんなこんな勝ち負けを気にするんだろう。
ただ試合だけを楽しめばいいのに。
だから私は戦犯探しがあるような野球を辞め、個人スポーツのバドミントンをしようと思った。
私はただ試合を楽しみたい。ただそれだけ。
次の宮本さんの試合も、ただただ、楽しませてもらいます。
それから私は体育館の外で体を伸ばしていた。空は悪魔的に青空。太陽はキラキラ。室内スポーツで天候関係ないバドミントンに取っては晴れという天候は敵でしかないんだよね。
それでも外の方が幾分か涼しい。
体育館は全て窓を閉めきっているからもわっとした熱気が覆い被さっている。クーラーついていない車の中でスポーツするようなものだろう。
そんな所で、シャトルを追いかけ続けるというのはドmの極みではないだろうか。
そんなキツいスポーツでも私はバドミントンが好きだ。あのシャトルを追いかけて打つ瞬間。それがどれほど気持ちいいのか。
「取り合えず楽しみましょっ」
私が尊敬する花園雅が雑誌で言った台詞。
彼女は兵庫の北六甲高校出身で、小柄ら体型で数多くの名門校を倒した伝説の選手である。
その花園選手がどうして強いのかと聞かれた時に答えた言葉が
「楽しんでいるから、そこに自然と勝ちがついてくるのです」
とあったのを覚えている。
なるほどな。私は思う。やはり楽しむことが正しい答えだ。勝ちとか負けとか考えてはいけないのだ。
次の宮本さんの試合も楽しもう。
しばらくして、私の試合の時が来た。
コートには既に宮本さんが立っていた。
埼玉県大会決勝以来の対戦。
あのときはボロボロに負けたんだっけ。
宮本さんのスマッシュはかなり速い。私が瞬きをしているうちにコートの中へ転がっているのだから。
あれを打ち返せたらどれだけ気持ちいいだろう。
だから次こそは……打ち返して見せるよ。
そして試合が始まる。
宮本さんからサーブ。
私は淡々とシャトルを追いかける。
いつか、宮本さんはスマッシュを打ってくるだろう。その瞬間を私は打ち返して見せる。
大きくシャトルをあげる。
宮本さんは目を光らせる。
キタ。
地面を蹴りあげる。ジャンプをする。体を海老反りにする。手をあげる。腕を伸ばす。
クル。
バシン。
大きな音がコートに鳴り響いた。
待ってました。私は埼玉県大会決勝これにやられた。だけどもう同じことをさせない。
私は構える。そのスマッシュをレシーブする。その瞬間、気持ちい刺激が体中に伝わる。
そのシャトルは綺麗な弧を描いてネットギリギリに落ちた。
線審は手を真っ直ぐに伸ばす。イン。私の得点。
1-0
取り合えず1点取ったのです。
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