shapeless

長井音琴

第1話

「このまま順当にいけば今年も埼玉けやき中学校が制するだろうな」


 と私、原島樋春は全国中学バドミントン選手権のトーナメント表を眺めながらそう思った。


「そうっすね、姉さん」


 と私の意見にいかにも適当な感じで返事をしたのは玉井。私の後輩である。

 私はそんな玉井の頭を軽く、パコーンと叩く。木魚みたいに丸くきれいな彼女の頭からは、思いの外いい音が体育館に鳴り響いた。


「なんでいきなり殴るんすっか」


「知らん、何となくムカついた」


 この玉井のなに考えているのか分からない笑み。これを見るだけでムカつく。


 しかし私がもう一つムカついていることがあった。

 それはこのトーナメント表に私の名前が乗っていないということだ。


 こんな無意味な冊子、一体何度破り棄ててやろうかと考えたか。

 私は中学一年生の頃から、埼玉県大会優勝候補としてずっと期待されていた。

 しかしこの三年間、私が埼玉県大会を優勝することなどなかった。それところか、決勝に進出したことない。


 いつも埼玉けやき中学校という学校が私の前に立ちはだかっていたのだ。


「今年の関東大会の優勝候補は」


「そんなの、姉さんが一番分かっているんじゃないですか。姉さんを圧倒的実力で倒した埼玉けやき中学校の宮本ですよ」


 と私はもう一度、玉井の頭を叩く。

 彼女は大袈裟に頭を抱えその場へ座り込んだ。


「何するんですか。姉さん」


「お前はいつも一言多い」


「いや、だって事実じゃないですか。宮本に対して12点取って敗北」


「お前、いい加減にしないと殺すよ?」


 鋭い目付きで玉井を睨むと彼女は黙りこんだ。まったく。黙れば可愛い後輩なのに。なんでこいつはこうも生意気なのか。


 しばらくして玉井はもう一度軽く唇を動かしはじめる。


「でも姉さん。あの宮本に対して12点取ったということは凄いことなんですよ」


「それ皮肉で言っているのか。それなら殺す」


「いやいや、皮肉じゃないです。本心です。埼玉県大会で彼女から点を取ったのは姉さんぐらいですよ。しかもただ点を取っただけじゃなくて二桁得点。これは誇れることですよ」


 やっぱりムカつく。今度は彼女の背中をパシンと蹴った。すると観客席にいた周辺の人たちの耳目が集まった。恐らく他人から見たらパワハラしている先輩みたいな感じになっているだろ。まぁ、何でもいいや。こいつも満更ない感じで嬉しそうに笑みを浮かべているし。

 気持ち悪いな、本当に。


「いいか。私はあの試合12点を取ったからと満足はしていない。試合に勝ち負けがある限り、勝たないといけない。それ以外は全て同じ価値だ」


「21-0の負けと、21-12の負けでもですか」


「当たり前だ」


「それじゃ、野球で8-7のルーズベルトゲームと1-0の完全試合で負けるのも一緒の負けなのですか」


「だから、そうだって」


「ふーん。私はそう思わないですけどね」


 と何故か、玉井は私に歯向かってくる。素直に人のことを認めない。それが玉井。だからこいつ嫌いなんだよな。


「お前……もういいや。私のジュースでも買ってこい」


「お金は?」


 と玉井は私の前に手を差し出す。ポケットから財布を取り出して、260円を彼女の手のひらにのっける。

 私と玉井の分。こうしないと彼女は買いにいってくれない。本当、けしからんやつ。


 そして玉井は足取り軽く、私の前から消えた。ようやく周囲が静かになる。聞こえるのは歓声と羽を打つ音だけ。


 今年も埼玉けやき中学校が優勝か。


 ため息を吐く。


 埼玉けやき中学校は全国大会10年連続で出場している。それだけではない。その中学校は全国大会でも毎年当たり前の顔をしながら決勝とかに進出するのだ。


 まさに違う世界に生きている奴らだ。その中学校の人は一人残らず強い。化け物。もしそんな中学校の選手に無名校が倒したとすると……


 私は首を振る。


 そんなことが起こるはずなどない。だってこの私でも倒せなかったのだから。もしそんな人がいるとしたのなら……少なくとも私よりは強いということになるだろう。


 なんだがそわそわしてきた。


 私はもう一度、丸めたパンフレットを開く。埼玉2位はそういえば誰だったんだろう。


 一位は宮本だ。当然。私を倒した相手だ。

 それじゃ、2位は? 埼玉けやきの選手なのか。


 思えば、私が県大会で負けてから全てがどうでもいいと思っていた。一位が宮本でもそれ以外の人でも。ましてや、二位の人なんて誰でもいい。


 そう思っていたはず。


 なんだが胸騒ぎがしてきた。


 私は一生懸命にトーナメント表をなぞる。探す。いない。埼玉二位。


 いた。


 籠原中学校三年生、原井日向。


 誰?


 真っ先にそう思った。

 一緒の大会に参加していたはずなのに……顔すらも分からない。


 まぐれだろう。


 私はそう思い、心を落ち着かせる。


 でも……

 埼玉県大会ってまぐれで勝てるほど甘い世界なのか?


 首を振る。


 埼玉けやき中学校がいる限りそれはない。

 それじゃ、どうして彼女は二位になれた?


 彼女の対戦相手が全て食中毒にかかって棄権でもしたのか?

 あり得ない可能性。だけどそれが一番あり得る。


 この無名の原井という選手が、埼玉県大会を勝ち抜いたなんて思いたくない。


 その原井の試合、次は武蔵野千葉中学校の広瀬だった。

 武蔵野千葉中学校。

 関東大会で唯一埼玉けやき中学校と対等に戦える名門校である。

 そしてこの広瀬という選手はそんな武蔵野千葉中学校のエースとして活躍。


 武蔵野千葉中学校エースということは自然に関東大会優勝候補として扱われる。

 私にしては見物だった。


 果たして原井という選手の実力は本物か。それとも賄賂か何かでここまで勝ち上がってきたのか。それがはっきりと分かるのだから。


 丁度、私の観客席に一番近いところで彼女たちの試合が行われるようだ。観客席前列には武蔵野千葉中学の選手たちが応援するために選挙しはじめる。

 私にはそんなの関係ない。彼女たちを無理矢理押し避けて前列へ立った。武蔵野千葉の選手たちは私を何だコイツという視線で睨む。


 うるせぇ。他校の人が前列で試合をみてはいけないという法律なんてないんだよ。

 ここら辺でゲロでも吐き散らかしてやろうか。


 原井という選手は小柄であった。

 確実に160センチはないだろう。

 そして体つきも弱い。まるで一本の棒のように細い。台風が来たら風でポキッと折れてしまうのではないだろうか。

 顔も自身なさそうな幸薄そうな感じである。


 本当にこいつが埼玉二位か?


 何故、私が観客席であいつがコートの上に立っているのか。


 疑問だ。


 そしてお互いに握手を交わして試合が始まった。


 それでも彼女の自身なさそうな幸薄そうな顔は変わらない。

 強いというオーラが出てこない。


 ただ……彼女は淡々とシャトルを打ち返している。しかも冷静に確実に。

 スマッシュが来たらそれを拾い、ラインギリギリに来たら軽やかなフットワークで追い付かせ、ラインの外に出たシャトルはそっと見送り。

 そうやって点を原井は稼いでいた。


 何者だ。アイツ。


 そう思った。

 これと言っての特徴はない。だけど単純に強い。


 その試合は原井が21-14 21-15で勝利。三回戦へと駒を進めた。

 そして次の試合は埼玉けやき中学校の宮本だ。

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