② 彼の世界にて

 そこはどこかの一室。特別に豪華な物もなく、必要最低限なものが置かれた場所。


 外は雨が降っており、湿ったカビ臭さが鼻につく。窓は木製で、板を棒で支えていた。そこから馬の走る音が室内へと入ってくる。


「来たか」


 声の主は男性だった。しばらくして部屋の扉が開き、現れたのは初老の男。


 早馬。


「たった今、知らせが届いた。異界火の色が変わったとのことじゃ」


 表情から察したようで、男性は眉間に指を当てる。


「降り立つのは他国ではなく、我らが国か?」


「詳しくは解らんが、恐らくの。まあ向こうでも色々あるんじゃろうて、こればかりは仕方ない」


 異界火は王弟の子孫との通信手段とされている。しかしそれは言葉のやり取りができる物ではない。


「災いを齎す者か。果たして、誰が呼んだんかのう」


 悪魔と契約した亜人。魔族の王はすでに敗れ、他国にて魂のみが封印されている。


 人類を裏切った者たちは魔人と呼ばれた。大悪魔と契約した魔人王は寿命が尽き、その部下たちは各国に散って身を隠し、今は新たな王を待つ。


 当時。国を内から腐敗させた魔女は、隔離の塔にて拘束・監視されている。


 人を憎んだ大悪魔たちは精霊、大精霊たちの呼びかけに渋々うなずくと、各地で眠りについた。


「魔女の監視を強め、魔人どもの拠点を捜索、壊滅させる。予算の工面はできそうか?」


「話はつけてみるが、どちらにせよ直ぐには解らん。ワシらも相手方もな」


 男性は木窓まで行くと、棒を外して板を閉める。


「まだどうなるかも解らないしな。連中には連中の言い分があり、我々にも我々の立場がある」


 大悪魔たちが眠ったことで、得られた恩恵は計り知れず。許されるのならば、この均衡を保ちたい。


 いつかは崩れるとしても。


「国内、各地に存在する遺跡調査から始めよう」


 大精霊と呼ばれる存在は、同じ属性でも複数確認されている。だが時空のそれは違う。


「もし降り立つのなら、そこしかないの」


 今は去りし、古代の時空文明。異界火を残した者たちと思われる。


「今回の者が裏とすれば、表となる者も近いうちに渡ってくるだろう。できればその前に、確保できればな」


「殺さんで良いのかい?」


 男性は物騒な老人をみて。


「できれば悪魔側を刺激したくないからな。不満であれど、こちらの説明にうなずくなら、一生を魔女のように過ごしてもらう」


「そうかい」


 初老の男は背を向けると、去り際に。


「雨は身に堪えるが、働かんとな」


 扉が閉まる。

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