幻想国の月の影より凄い者たち
「うあああああああ! いてええええええよおおおおお!」
「くそがあああああ! てめえら必ずぶっ壊して――ぐおあっ!」
喚き散らした二人の男を一閃の電光が弾き飛ばした。いや、電光ではない。スタンガンよろしく電撃を放つ素子を数珠つなぎにして作られた特性のスタンウィップ。そいつが、反抗する囚人二人に手痛い制裁を下したんだ。
その場にのたうち回る二人の姿に、かつてヤカマやウルサと呼ばれた荒くれ者の面影はもはや残されてはいなかった。
「くそっ! なんで俺が。これもホワイトテンプルの抑圧だ……!」
「うおおおおおあああああああああ! からだがあああああああ! からだがあああああああ!!」
「これもどれも全て幻想月影って野郎のせいだ俺をこんなところに閉じ込めやがってホワイトテンプルなんて強い側についたからって正しい側についたからってあんなやつに俺をこんなところにつれていく視覚なんてあいつなんかにはねえんだよ幻想月影なんてくそだ幻想月影なんてくそだ幻想月影なんてくそだ」
サワガ、カマビス、ワズラ……
彼らがいるのは、エンジェルス刑務所。サンダーバニーともセントケイネスとも離れた広大な山地を敷地とする広大な刑務所。『エンジェルス』だなんて如何にも『やさしさ』の塊みたいな名前をしているけど、さっきの電光鞭からお察しの通り、そんなもんは一切無い。
例えば、彼らが作業着みたいな囚人服の上に付けているアレ――金属のバックパックのようなものから金属の外骨格が四肢にかけて伸びているような装置――
代わりに、あのバックパックは装着者を無理やり動かす。本人の意志なんて関係ない。過酷な肉体労働だろうが何だろうが、装着者が嫌がろうが腹が減ろうが、バックパックを統括するAIが『終了』という命令を下さない限り、永遠に動かし続ける。
そのくせ、身体は楽にならない。疲労は取れない。疲れてるのに、身体はもう嫌がってるのに、己の意に反して身体は労働を続ける。その間に寝ようとか反抗しようとか私語をしようというものなら、看守のアンドロイドが容赦しない。それが永遠に続く。
ここの囚人たちにとって、バックパックこそが独房だ。独房を背負い、疲労困憊したまま、皆立ったまま眠る。こんなもんが一か月も過ぎれば、そりゃあんな幹部共も尊厳も糞も無い顔になっちまうわけだ。
ちなみに、ここにサバエはいない。あいつだけどうしたのかっていうと、カマビスの膂力すら抑え込むバックパックを以てしても脱走されるだろうという理由で、刑務所の最下層に幽閉されている。手錠をかけられ、拘束着の中に詰め込まれ、液体の詰まった等身大のカプセルの中に閉じ込められているそうだ。命綱は、サバエと外気を繋ぐ酸素(適正濃度とは言っていない)チューブのみ。噂によると、意識はなく、代わりに覚めぬことのない悪夢を見させられているらしい。
そんな刑場での凄惨な様子を、俺は刑務所の高い塀の上から眺めていた。
彼らのことが可哀想だと思うか? 残念だが、俺にはもう、彼らに対して慈悲を与える余地は残されていない。最初から、セフィアもホワイトテンプルも、彼等のことは受け入れていた。だけど、彼らはそれを拒み続けた。自らの不寛容が、自分が国の寛容の枠から外される事態を招いた。それだけ。だから、俺が彼等をあの地獄から掬い上げる義理なんてないんだ。
蒼い俺が姿を消す。一機の航空ドローンが、刑務所を飛び去った。
★★★
航空ドローン前面に備え付けられたカメラで眼下の街を眺めているんだが、どこもかしこもお祝いムードだ。幻想月影を讃えるホログラム映像まで視界に入る。
幻想月影によってサバエが倒され、LNMことc『L』azy 『N』oizy 『M』achineが壊滅した。国を悩ます巨悪が無くなったんだ。セフィア中が大盛り上がりになったのは無理もないかもしれない。
ちなみに、セントケイネスの戦いが終わった後は、今まで以上にとんとん拍子で事が進んだ。残党もことごとく逮捕され、LNMに関するサイトは片っ端から閉鎖された。
やはり、頭を潰されれば、どんな組織も脆弱になってしまうのだろう。てか、セントケイネスで一人しかいなかった時点でお察しだったのかもしれない。他の奴らも、アドん家に攻め込んできた辺りが最後のピークだったんだと思う。推測に過ぎないけどね。
サバエもサイトも無くなった。LNMは二度と現れないだろう。一応、似たようなのは今後も生まれるかもしれない。そうなったら、また挑むまでだ。幻想月影である以上、それは心得ているつもりだ。
けど、今の俺には、もっと重要なのがある。ほら、連絡がやって来た。レオーネからだ。あたしの研究室に来いってさ。
★★★
目の前にいるのは、間違いなく彼女だった。
ポニーテールに纏めた長い髪。出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ、いかにも女性らしい曲線に満ちた体系。生体樹脂から造形された顔立ちは、ピッタリと読み取られた俺好み。何より、開口一番に放った彼女の快活なボイスは、喪っ後もなお、俺の脳裏から消えちゃいない。
「はじめまして、マスター。これから、よろしくお願いいたします」
帰ってきた。ゲンロクが、帰ってきたんだ。
「どうだい? とうとう第六世代もエンドユーザーの手に渡る段階にまでなったんだ。いやー、あんたこと『よぞらのかがみ』さんの広告効果マジでよかったよ。おかげさまで、まだ生産試作段階だってのに発注が止まらねえ。こいつらがセフィアで大活躍すんのが楽しみだぜ。
……っておい待てよ能男、なにいきなり抱きついてんだよ! おいおいおいおいまだ早いってまだ早いって、なんであたしの目の前でキスなんてするんだよ! 周り見ろよ! あたしいるだろ! どんだけたまってたんだよ! おい! 聞いてんのかよ!」
失って初めて大切さが分かるとは巷でよく聞くフレーズだけど、ゲンロクの場合は、取り戻して初めて失っていたことが自分にとってどれだけ大きかったのか分かった。レオーネが何か喚いてるって気付いたのは、もっと後の出来事だった。
正気に戻った時、俺はゲンロクに熱いキスをかましてたことに気付き、次に髪が乱れるくらい抱きしめていたのに気付いた。で、ゲンロクから彼女を離したら変な気配を感じて、その方向を見たら、明らかにドン引きのレオーネがいた。
「お前さ……いくら嬉しいからって場所を考えろよ」
「……ごめん」
気まずーい空気が流れたのは言うまでもない。
まあ、礼を言って帰ったよ。
帰るところ? あるよ。LNMの連中に燃やされてたけど、会社と国が定めている保険のおかげで、すぐに建て直されてすぐに住めるようになった。
場所も内装も広さも微妙に違う。備品もゼロからだし、趣味の品もアナログなものは一から集めなきゃいけない。だけど、快適な部屋なのは変わりない。あっちの世界じゃ、とても住めるとは思えない場所だから。
「もうすぐ晩御飯の時間になりますね、マスター。何か食べましょうか?」
部屋の整理が落ち着いた頃、ゲンロクが提案した。俺が「頼むよ、お願い」と答えると、彼女はキッチンへ移動した。
出た晩飯は、とてもシンプルなハンバーグステーキ。シンプルながら、肉のうまみと肉汁とケチャップソースが組み合わさった味が堪らない。
口にして改めて感じる。ゲンロクが帰ってきた。セフィアの日常が、帰ってきたんだ。
「おいしいですか、マスター?」
可憐な笑顔で訪ねてくるゲンロクに、俺は「ああ、最高だ」って答えた。するとゲンロクは決まって「いつもありがとうございます」って返してくれるんだ。
「初めて最高って言われました。ありがとうございます」
けれども、返ってきた返答は違った。そりゃそうだ。ゲンロクはあの子とは全く別の機体。彼女は今までのゲンロクじゃない。それは分かってる。
でも、構わない。あの頃のゲンロクは戻っては来ないけど、ゲンロクは確かにここにいる。俺はこれから新しいゲンロクと新しい日々をまた作っていく。それでいいんじゃないかな。
★★★
LNMがいなくなったからと言って、幻想月影としての役割がなくなったわけじゃない。デストリューマー然り、泥棒然り、ろくでもない輩なんてどこにでもいる。
だから、最近は幻想月影の姿で町中をパトロールするようになった。やってるイメージは、あっちの世界にいた某パンのヒーローだ。そのおかげか分からないんだけど、幻想月影の姿で声を掛けられるケースも増えてきた。
ある日、俺がエレメンタルプラザ・サンダーバニーの近くを通っていると、何か催し物が開かれていた。天高く投影された映像には、でかでかと『営業再開セレモニー』の文字列。
俺がサバエと戦った地だけど、破壊ばかりして迷惑かけた思い出しかないから、正直、今すぐ立ち去りたいのが本音だった。だけど、イベントの雰囲気的に俺に対してネガティブな評価がなかったので、しれっと参加してみた。なんて単純な男だ、俺は。
幻想月影の姿で舞台裏に忍び込み、サプライズゲストとしてイベント舞台の上に立った途端、俺を出迎えたのは――夥しいフラッシュと奥が見えないほどの観衆と盛大な歓声だった。
目の前が喜びでひっくり返ってるレベルだった。彼らが何を言ってるのかは判別できなかったけど、俺をポジティブに評価しているのは誰が見ても明らかだった。
そういえば、こんな大人数から褒め称えられるなんてこと、実は生まれて初めての経験かもしれない。大人数から目を向けられるだなんて、俺の記憶でメジャーなのは、デストリューマーの暴徒共の悪意に満ちた暴力的な眼差しとか、遠い昔に自分のせいで周囲から晒し上げられ責め立てられた辛い記憶しかなかった。
面と向かってくる称賛の圧たるや津波の如し。これを前にしてどうして立ってられるのか、正直分かってない。果たして、
いや、違う。これは、セフィアやホワイトテンプルのおかげ――と言いたい所なんだけど、この際だからしっかりと認めて受け入れよう。これが、俺の成果なんだ。俺が俺自身によって築き上げた事実なんだ。きちんと胸を張らなくちゃ、むしろ逆にホワイトテンプルの面子を潰すことになっちゃうんだ。
だから、素直に喜んだ。みんなに手を振った。歓声を真正面から浴びた。混じり気の無い本気の称賛が、ここまで心地よいとは!
これは裏でちょいと打ち合わせしたんだが、司会のアンドロイドや労働者の店長と店のことやLNMのことについてあれやこれや話を進めた。俺として、幻想月影として、色々答えた。その度に、聴衆やカメラを介したコメント欄から生で反応が来るのが、色々と刺激的だった。
やがて最後に、お待ちかねの質問タイムが来た。いわゆる、みんなも幻想月影に質問しようってやつだ。
ぶわぁっと一斉に挙手が伸びる。子供達の質問の多さは有難いが、そんなに俺に訊きたいことあんのかね?
と、ここで選ばれた子供は、なんと俺の知ってる人物だった。ジュリウスだ。となれば、近くには達也もマヌエラもアンドレアスも清美も、親であるアドとオメアラ夫妻もいる。家族全員いる。無邪気な視線をこちらに向けて。
まっすぐ憧れの視線を向けて、ジュリウスは差し出されたマイクを両手で掴んで尋ねた。
「どうすれば、幻想月影みたいになれますか?」
他の子供達の視線も一斉に俺へと集中するに、他の子たちも同じような質問をしたかったようだ。そりゃそうだもんな。みんな憧れのヒーローだもんな。そんな偉大な存在にどうすればなれるのか、気になるのは別におかしいことなんかじゃない。
さて、どう答えるか。もちろん、質問の意図は分かってる。ホワイトテンプルからスーツを貰っただなんて身も蓋もない答えなんて言うもんか。何度も俺を救ってくれた幻想月影なら、この時、なんて答えるべきか分かってる。
「この国にいる人達ってすごいんだ。その人達みたいになればいい」
そう切り出すと子供達は一斉にきょとん顔。だけど、俺は続ける。
「この国は、まず色んなアンドロイドが生活を支えている。次に、労働者っていう頭のいいエリート達が、この国の色んな凄い何かを作っている。そして、看板持ちなどの一般市民がルールやマナーを守り、この国の秩序ある平和な暮らしを作っている。これって、実は誰もが簡単に出来ることじゃない。とても、凄いことなんだ。俺はただ、そんな人達の為に、ちょこっとばかし出来る手助けをしているだけなんだよ」
横一文字のバイザーを子供達にまっすぐ向けて、俺は締めくくった。
「だからみんな、この国で働いている全ての人達を、秩序を守る全ての人達を大切にしてほしい。そして、その人達と同じように大切に生きてほしい。それだけで、君達は俺みたいになれる。いや、俺より凄いものになれるかもしれないんだ。分かってくれたかな?」
そう答えると、子供達は一斉に元気よく『はーい!』と返事してくれた。
これが本心だ。あっちの世界でもこっちの世界でも表立った仕事が何一つまともに出来なかった俺にとって、全て世界で働く全ての人達が幻想月影よりも凄い人たちなんだ。そんな人達を蔑ろにするなんて、とても出来るわけないじゃないか。
エレメンタルプラザ・サンダーバニー店のセレモニーは、かくして盛大に幕を閉じた。
★★★
復興したホワイトテンプル・サンダーバニーの建物は、これまた宗教的な大聖堂を彷彿とさせる荘厳なものだった。
今、俺は幻想月影となんて建物の尖塔の真上に立っているのだが、ここからでもサンダーバニーの街並みが見渡せる。クリアストリーム地区のある丘すら視界に入る。
眼下を見れば、近所のパン屋でアンドロイドの店員が笑顔で働き、無人のシェアリングカーが家族を家へと運んでいる。幸福な街並みが広がっていた。
人間の代わりにアンドロイドが仕事(=生産)を行い、人間が消費活動を行う。かつて労働と呼ばれたものは一握りのエリートだけが行い、残された大部分が行う生産活動はルールやマナーを守るなどの秩序ある日常を送ることのみ。
そんな理想郷のような世界に来れて、俺は本当に良かった。
俺はこの国を守るために、幻想月影としてずっと戦い続けていくだろう。
この国をずっと存続させるためならば、俺は幻想月影としての道を断じて退くことはないだろう。
なんで、そこまで頑張れるんだって?
だって、そうだろう?
答えは簡単だ。
俺は、ここでしか生きていけないのだから!
転生した無能、異世界でスーパーヒーローになる 〈完〉
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