心からの言葉が聞けて良かった

 メイナルドがデータ化された存在だったってのは知らなかったけど、あの人について当初から不可解だなって思ってた点はあった。


 ホワイトテンプルがいつ創立されたのかなんて、テンプル美術館に通っていた俺が知らないわけがない。今年で123周年だ。で、現CEOは創業者であるヨハン・メイナルドのまま変わらない。となれば、当然疑問に思わないわけないじゃないか。


「メイナルドさんって何歳なの?」


 俺がアレクに訊くと、アレクはふと「そういえば考えてなかったな」と言わんばかりに口元に指を当て、一寸の思案の後に答えた。


「そうだな。ホワイトテンプルを創立したのが53歳の頃だ。で、ホワイトテンプルは今年で123周年になるから……176歳になるな」


「おかしくない!? 長生きにもほどがあるでしょ!」


「まあ、私より上の富裕層は寿人達が多いからな。それくらいの年齢であっても驚くほどではないよ」


「なにそれ。アレクも十分金持ちだと思ってたのに、さらに上がいるの……?」


「そりゃそうだろう。私は一介のプロダクトマネージャーに過ぎんのだぞ? 私の上には会社の創業者や資本家のような人達がいて、さらにその上には『世界を動かしている』とすら言われるほどの富裕層がいる。私から見ても雲の上のような存在だ」


「なんてこった……やはり上には上がいるのか……」


 流石に眩暈がしそうになった。でも、生憎俺には、それを妬んでやるには日々が幸福すぎた。どんな邪悪なことを考えていたかと言えば、どうやって労働者を引きずり下ろすのかではなく、どうやってゲンロクを気持ちよく抱くのかだった。


 ゲンロクは今はいないけどね。何もかもぶっ壊すだけの奴らのせいでさ!


 ★★★


 振り下ろされるサバエの斧。瞬時にサバエの付近にまで接近した俺は斧の柄を掴んで身を反転、サバエが斧を振り下ろす力がサバエの身体が吹っ飛ばされる力に変換され、巨体が明後日の方角まで投げ飛ばされた。


 前回での満身創痍も祟り、ベルゼバブを失ったサバエは、もはやかつての強敵じゃなくなっていた。もう防戦一方を強いられるような戦いじゃない。


 すり鉢状の凹みをビルに穿つほど吹っ飛ばされたサバエが、すぐさま立ち上がって俺に殴り掛かる。しかし、割って入った車両が代わりにサバエの拳を受け止めた。苛立ったサバエが車を蹴飛ばしてどかすも、既に俺の姿はなし。「どこだ」と目をぎらつかせるサバエの後頭部目掛け、報道ドローンから飛び出した霊月型の俺が膝蹴りを叩き込んだ。


 常人ならば視覚に悪影響が出る衝撃。されど、LNMの首魁はぐらりとたたらを踏む程度。すぐさま憤怒の形相で振り返り、斧と蹴りの応酬が何度も迫る。


 というわけで、一旦退散。広場の階段を上り、背後から襲い掛かる斬撃の波を回避しつつ、通りに逃げ込む。


 無論、追いかけてくるサバエ。だが、彼が見たのは俺――と旋回して迫るクレーンのアームだった。


 吹っ飛ぶ巨体。間髪容れず、クレーン車を発進させて吹っ飛んだサバエめがけて突っ込ませる。斧で叩き割られて大破されるも、今度は駐在していたドローンを起動させた。クレーン車が停まってたってことは、近くに工事現場がある。工事現場があるってことは――資材とそれを運搬する専用のドローンがいる。ドローンの中には、吸着機構で重い鉄骨などを持ち上げて運搬する大型のドローンだってある。そいつを大量に手配すれば、こういうのだってできる。


 ペーパークラフトを吹き飛ばすがごとくクレーン車を吹っ飛ばしたサバエが見たのは、巨大な鳥の群れよろしく上空に展開された工事用運搬ドローン群と、そいつらが一斉に落とした鉄骨の雨だった。


 この時、サバエの背中から何かが出る。電光を放つ半透明の触手のような何かが無数に伸びたのが見えた。あれが、カマビスが使ってた牽引トラクタービームだって分かった時には、合法的干渉リーガルハックが引っ込めてしまった。かつて制御していたQliphOSがこちらのものになってしまった以上、そいつは俺の制御下だ。迂闊に使わせるもんか。


 今度は、サバエは斧で振り払う方を選んだ。だけど、振ろうとした時には、既に鉄骨の軍勢はサバエに覆い被さっていた。


 アスファルトに刺さらんばかりに降り注ぐ鉄骨が、耳をつんざかんばかりの轟音を響かせる。舞い上がる粉塵が晴れた時、鉄骨の山が道路のど真ん中に積み上がっていた。


 しかし、サバエがこの程度でくたばるなんて断じて有り得なくて、程なくして山頂から何かが突き出た。折り重なった鉄骨を自慢の馬鹿力だけで強引に突き抜けて、サバエが姿を現した。邪魔な鉄くずを払い、仮面の隙間から血を流しながら現れるその姿は、山の封印を自ら解いて現れる巨大な鬼神のようでもあった。


 が、そんな彼が見たのは、俺――だけじゃなかった。


「なんだ? みんな、逃げちまったんじゃねえのか……?」


 防弾着を纏った警察のアンドロイドが、サバエの埋まっている山を囲っていた。


「クィント・メイ・ベルゼバビッチ。貴殿を傷害および器物損壊の容疑で現行犯逮捕する」


 小銃を手にした先頭のアンドロイドがフラッシュライトでサバエの顔面を照らした。直視はまず出来ないほどの眩しさに、サバエが露になっている方の腕で顔を抑える。あれは多分、仮面越しに眉を顰めている。


 あいつは内心思っているのだろう。勝った気になってんじゃねえぞと。案の定、サバエは何か仕掛けようとしている。


 次の瞬間、包囲している装甲車のひとつから夥しい放水。消防車よろしく派手な水圧で拭き出た水は、鋼材の山を瞬く間にびしょ濡れにしてしまう。


 てか待て。この水、ただの真水じゃないぞ? 幻想月影がスキャンし、内蔵したAIが吐き出した情報によると、導電性がおかしい。もし、こんなもんまみれの鉄くずに電気を流したら――。


 獣の咆哮のような叫び声が轟いた。サバエが悲鳴を上げたからだ。


 理由は明白。別の隊員が、鉄骨の山へテーザー銃を撃ったから。有線の電極が鉄くずに吸着するや否や、高電流が導電液を介して鉄くずの山全体に流れた。あの電解液もさることながら、テーザー銃も電力を強化させた特別製なんだろうな。いままでの漏電作戦とは桁違いの電流がサバエを蹂躙した。


 鉄の山から脱出しようとしたサバエは、腕を不規則に曲げるほどその場でのたうち回ったかと思いきや、だらりとうなだれた。全身から、嫌な煙が舞い上がっていた。


「すごい。でも、どうして急に集まって来れたんだ? 俺、君達に呼ぶように頼んだ覚えがないんだけど?」


 俺が装甲車近くにいる隊員に尋ねると、フルフェイスのヘルメットを覆ったアンドロイドの警官はこちらを振り向いて答えた。


「創設者であるメイナルド様からの命令によるものだからです。メイナルド様が標的であるベルゼバビッチから一番の脅威である軍用ナノマシン群体の無力化を行ったことにより、一斉に緊急避難命令の解除と出動の命令が下されたのです」


 ――あ、もちろんライトワイド警視庁長官とフルートマン警視総監からの命令も通っていますからね。アンドロイドは最後にそう補足したのだが、はっきり言って良く聞こえていなかった。それ以上の怒声が轟いたからだ。


「メイナルドだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!??」


 サバエが怒鳴った。どうやら、あいつにとってホワイトテンプルのナンバーワンの名を口に出すのは地雷中の地雷だったようだ。自身を拘束する鉄くずを強引に引き抜いて、サバエは残る腕も自由にする。


 湧き立つ怒りが高電圧すら凌駕している。身体の命令を無視して腕が変な方向へ曲がったり動いたりするのなら、それを逆に利用して振り回すまで。引き抜いた鉄骨を周囲のアンドロイド目掛けて投げる。何本も何本も。テーザー銃を撃っていたアンドロイドにも直撃し、給電が止まった。


「メイナルドめ! くたばりもせずいつまでもこのくそったれな国のてっぺんに座り続けるばかりか、俺様からベルゼバブを奪った程度で勝った気でいるのか!」


 サバエの放り投げた鉄骨が、伝導液を放った放水車に突き刺さった。放水車は刺さった勢いで横転し、タンク内の水を周囲にぶちまける。


「いや、もっとイラつくのはてめえら平和ボケした市民共だ! てめえら、こんなやつがいつまでも国の頭にいるってのに、なんで何とも思わねえ!?」


 誰かのアンドロイドが放ったテーザー銃が、再びサバエに刺さる。怒り狂うサバエは刺さった有線の電極を引き抜くどころか、逆にコードを引っ掴んで乱暴に引っ張った。銃を持っていたアンドロイドがそのまま引き寄せられ、サバエに腹部を殴打される。殴り飛ばされたアンドロイドは、火花を散らしながら付近の友軍を巻き込んで爆ぜた。


「知ってるか? メイナルド入れた労働者共だけで、セフィアの総資産の三割を握ってやがる。その額に比べりゃ、てめえらが稼ぐ一生分すらカスみてえなもんだ。その金で何が出来るか知ってっか? 不老長寿だ! てめえらが明日死ぬかもしれねえと嘆いている横で、奴らは永遠にのうのうと生き続けてやがるんだ。奴らは、限られた命の俺達を柵に囲われた家畜としか思ってねえんだぞ」


 喚き散らしながら暴れまわるサバエにアンドロイドの隊員が発砲するも、非殺傷の特殊弾なんか今更使ったって意味がない。殺傷兵器の使用やむなしと隊員達が一斉に判断。実弾入りのマガジンを小銃に装填するも、今更感がありすぎた。


 隊員が吹っ飛ばされた。サバエが次の得物を見定めた。近づかれる前に、俺がそいつを突き飛ばし、振り下ろされる拳を代わりに受け止める。巨大な鉄槌のごとき一撃は、以前だったら俺の身体がぐしゃっと潰れるほど強烈だっただろう。だけど、今の満身創痍のサバエからは、そんな衝撃はもはや来なかった。代わりに、鬼気迫るサバエの眼光がドアップで俺の眼前に来た。


「てめえらは事の重大さを分かってねえ。国民日当ニットー参拝褒賞ホーショーなんざ、所詮、労働者に反旗を覆されねえようにするための都合のいい餌でしかねえ!」


 サバエの前蹴り。数メートル飛ばされるも、ずざざ……と俺は足の轍を残しつつ着地。すぐさま距離を詰めたサバエがボクシングよろしく打撃を叩き込んでくる。ガード出来るほど威力は弱まっているが、衝撃は腕に来る。


「規範だとか教義だとか訳の分からん『ただしい』何かを与えられ、SephirOSだアンドロイドだ便利なもんを与えられ、てめえら庶民は牙を抜かれた腑抜けになっちまった! 今この時にも労働者共は長寿で死なずに好き勝手してるにも関わらず、てめえらはそんなことなど何も気にせず呑気に暮らしてやがる――!」


 サバエの乱打の間隙を狙って反撃。渾身の蹴りでサバエは後退する。サバエは再び俺へ殴り掛かろうとするが、アンドロイドが真横からサバエに覆い被さんばかりに掴みかかった。そいつだけじゃない。他のアンドロイドも、拘束すべく巨体に掴みかかる。


「だから、俺はてめえらをんだ!」


 サバエは強引にアンドロイドを掴む。引っぺがし、思いっきり振り回す。あたかも幼児がおもちゃで遊んでいるかのように腕をぶんぶん回すだけで、掴みかかるアンドロイド達が木の葉のように弾き飛ばされていく。


「ホワイトテンプルの象徴たるアンドロイドをぶっ壊し、インフラをぶっ壊し、てめえらを縛り付ける規則や教義をぶっ壊した。ぶっ壊した中から、この腐ったセフィアに不満を持つ同志共が生まれた! そいつらを使って、俺達はさらにぶっ壊す。何度豚箱にぶち込もうが無駄だ! 俺様がいる限り、セフィアを憎む奴らがいる限り、俺様達が消えることはねえ!」


 アンドロイドを吹き飛ばし、サバエは俺へとにじり寄る。振り払われてもなお足にしがみつく隊員を、サバエは無情にも頭部を踏み砕いた。腕部をアンドロイドの発砲した実弾が掠める。しかし、サバエの爛と閃く眼は一切ぶれず、俺という一点のみを睨みつけている。


「俺様はぶっ壊す。ぶっ壊し、ぶっ壊し、……ぶっ壊した先で」


 サバエは駆けた。振り上げた腕に渾身の力を込め、俺めがけて跳躍する。


「真の自由を獲得する――!」


 この時、俺の脳裏を過ったのは、かつて救ったLNMの幹部、ケタタマの言葉だった。


 ——あいつを動かしているのは大義でも正義でも何でもにゃあ!


「そっか。最後に、サバエの心からの言葉が聞けて良かったよ」


 サバエの拳が、俺の頭部の横を掠めて――


 カウンター


 ありったけの電脳の力、筋力、念のこもった打撃がサバエの腹部に叩き込まれた。


 サバエの背中を通り抜けんばかりにめり込んだ拳の打撃に、サバエは仮面から激しく吐血した。脳天からつま先にかけて全身を蹂躙する衝撃が精神すら跡形も無く砕き切ったのを、俺は拳から感じ取った。


 崩れゆく巨体に、俺は吐き捨てた。


が、あんたの攻撃欲や支配欲を正当化するくだらない方便だったんだね」


 ケタタマから聞いた。そして、何度も戦って心から分かった。


 こいつは単なる暴力の権化。ただ殴りたい欲求と理屈を得るためだけに、クリフ解放戦線に紛れ込み、堕落させ、LNMを創設した。たったそれだけの為に、この国を揺るがすほどの巨大組織を作り上げてしまった。だから、俺はこいつらに同情できない。


 サバエは倒れた。


 俺は立った。


 無事だったアンドロイド達が集まった。


 長き戦いが終結した瞬間だった。

 

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