蝿の王の命日
町中に警報が鳴り響く。
市民達が叫び喚きながら非難する。
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う市民達、その渦中で俺達はぶつかり合っていた。
サバエが浮遊している。双翼を形作ったベルゼバブで空を飛んでいるからだ。
サバエの手前で金属の粒が収斂。ベルゼバブの奔流が俺めがけ放たれる。
バック転で回避、後方から走ってきたクレーン車に乗る。クレーン車はサバエの方角へとアームを伸ばす。そのまま俺は駆ける。
アームが大きく傾いだ。着弾したアスファルトを食い荒らしたベルゼバブの群れが、続いてクレーン車本体を襲い始めたからだ。
跳躍。報道用に飛翔していたドローンをこちらに引き寄せ、足場代わりに着地。しかし、俺の重量を運ぶほどの力は無いようで、ちっとも上昇しない。
敵はさらに頭上。全てを食らい尽くす金属の群れが足元から迫る。さらに、サバエは第二波を放とうとしている。
ここでセンサーは感じ取る。え? サバエに隣接してるビル、そんな階にそんなもん展示してたの?
降り注ぐ乗用車の集団は、もはや何トンもある鉄塊の嵐。流石のサバエも無視するわけにはいかなくて、俺に放つつもりだったベルゼバブの奔流で乗用車の雨を薙ぎ払う。
奴の意識を反らすのに成功した俺。だが、下方からのベルゼバブは、既に俺の足元にまで達していた。気付いた時には、ベルゼバブは俺が掴んでいたドローンごと飲み込んでしまった。
ちなみに、俺が
さて、これも
大爆発。自動車についていた護衛用ドローンが自爆し、それに誘爆する形で落下する乗用車が大爆発した。それに連鎖し、落下する乗用車が次々に大爆発する。
あらゆるものを破壊する微細な金属の群衆も、爆炎や爆風までは防げない。圧倒的に熱量の風に霧散する。その光景に舌打ちするサバエめがけ――蒼い幻想月影がとある車から飛び出した。
石板のように固いサバエの肩を引っ掴み、奇怪な顔面を殴る。巨体から引っぺがし、振り払おうとする攻撃を払いのけ、俺はひたすら打突を与える。落下しながら、ぐるりぐるりと回りながら、サバエの意識を俺へと反らす。
爆発。爆ぜた車の爆炎と爆風が、サバエの背中を襲った。翼を形成するベルゼバブを吹っ飛ばし、俺とベルゼバブも凄まじい熱量と風に吹っ飛ばされる。そのまま、車が落下したビルとは反対側のビルに突っ込んだ。
ガラスを突き破って内部に転がり込む俺とサバエ。
内部は中二階の構造となっていた。対面するテーブルやカウンター、そして瀟洒な装飾の数々から、どうやらここはレストランらしい。それも、わりと高級な。
あらかじめばら撒いた避難勧告のおかげで、店内には誰もいなかった。食べる途中の料理が乗っかったテーブルや、ずれたままのテーブルクロス、床の上で放置された食い物の汚れが、ここで起きていた混乱を如実に表していた。
呑気に内装を眺めている暇はない。サバエの拳足が容赦なく俺に襲い掛かる。回避しようと距離を取れば、ベルゼバブの奔流が俺を食らおうとしてレストランの内装を食い荒らしていく。
ベルゼバブを回避し、凶器のようなサバエの打突を捌き、備品のテーブルや椅子を蹴って牽制、天井や厨房を見回す。俺はこの時、ベルゼバブが破壊した壁の奥から電気室のブレーカーが顔を覗かせていたのに気が付いた。
突然、店内に水が降り注ぐ。店のスプリンクラーを
されど、流石は高級店のスプリンクラー。シャワーよろしく水がどばーっと出るのではなく、霧のようにスプレー噴射される感じ。だから、火を消すのには効果的だけど、店内を備品をびしょ濡れにさせて水浸しにさせるには水量が少なすぎる。
「なんのつもりかと思ったら、またそれか」
サバエが鼻で笑うと、ベルゼバブが変形する。おちょこ型に収斂した無数の小さなベルゼバブのクラスターが、それぞれのスプリンクラーの噴出口を瞬く間に塞いでしまったのだ。
これはいかん、と撤退する俺。が、水の勢いが収まるのよりも、厨房への避難がバレる方が早かった。俺の背を追い掛けて、サバエが厨房の方へ突入する。
豪奢な内装とは違い、白地の床と壁にステンレスカラーのシンクやら冷蔵庫やらなんだかわからん調理器具が整然と置かれたシンプルな外観の厨房。客に見せる世界とは異なる空間とを仕切る壁を壊して強引に入ってきたサバエは、厨房の奥で隠れている俺を見たと思う。で、飛び掛かった瞬間、もうひとつの差し迫った事実にやっと気付いただろう。
「……!?」
「何度も同じ手を使うわけないでしょ。相手があんたなんだからさ」
客室でスプリンクラーを作動させていた一方、厨房では別の機構を作動させていた。ガスを充満させていたのである。
どうもこのレストラン、調理担当が高度な調理技能をラーニングされたホワイトテンプルのアンドロイドと調理マシンのみで、人間は店全体をマネジメントする労働者だけのようだ。だからなのか分からないけど、厨房と客室はほぼ完全に隔絶されており、ホールスタッフ担当のアンドロイドに料理を手渡す僅かなスペースと換気ダクト以外に漏出したガスの逃げ場が無かった。
――だから、サバエを罠に嵌められた。
大爆発。
サバエはすぐ近くにいた。焦げた皮膚を晒してもなお、仮面越しの爛とした視線が火矢の如く俺を射抜く。
ドローン群を引き寄せ、霊月型となって隠れる。が、ベルゼバブの群れがドローン群をまるまる飲み込んでしまい、俺は呆気なく外界に放り出されてしまう。
頭から落っこちてる真っ最中だってのに、なんちゅう信念だよ。ならば……、あ、あれにしよ
どかああああああん!
落下した先は、幾重にも路線の重なったハイウェイだった。いわゆる、首都高の一番上。俺は真下(落下中の俺から見れば真上とも言えるんだが)に放置されていたトラックに霊月型として憑依したから問題なかった。だけど、サバエは別。クッションになりそうな乗用車すら全員避難させたのもあって、サバエはコンクリートの橋桁にまともに叩きつけられた。
俺に追い打ちをかけようとしたベルゼバブが、主の危篤に気付いて速やかにサバエの元へ戻る。
舞い上がる粉塵が収まっていく。何が起きても良いよう、放置された車両はすぐさま動かせる構え。さて、サバエはどうなった? 血痕があまり見当たらないようだが。
「こんな、漫画みたいなことある?」
思わず口から出てしまった。いや、ハイウェイに残された車両の中にいるから、口はないのだけれども。
刺さっていた。サバエはハイウェイのど真ん中に頭から鳩尾まで深々と刺さっていた。放射状に広がる亀裂の中央に大男がぶっ刺さってる光景――こんなシュールな光景、今の剣呑な俺の心理状況じゃなかったら、絶対笑ってたよ。
が、そんなジョークを思っていた次の瞬間、亀裂がさらに広がった。側面の手すりにまで達し、近くの街灯を倒すほど割れ目が増えた途端、まるで栓の隙間から炭酸が噴き出すように、黒い粒子の奔流が噴き出した。
あいつ、俺を襲ってない方のベルゼバブで落下地点の橋桁を壊して落下の衝撃を緩和してたのか? すべてのベルゼバブが奴の手元に戻った今、サバエはそれ全部使ってハイウェイを壊しにかかってた。
憑依した車をバックさせようと思ったけど、もうそれも遅かった。別のに憑依しようと思ったけど、都合の良いドローンはこういう時に限っていなかった。
崩壊。最上階のハイウェイが真っ二つに崩れ、乗用車が零れ落ちるように落下する。その勢いは中階のハイウェイも悉く砕き、支柱を破壊し、ハイウェイを瞬く間に崩壊させていく。
底。まっさらな中央部にサバエが立っていた。地上に残っていた瓦礫も降り注ぐ落下物も車も鉄筋の破片すら全て破壊して、そいつの周りには何も残っていなかった。
乗用車から脱出した俺も、崩壊したハイウェイの上に着地する。少しでも高い位置に立って、周囲に何もないサバエを「まるで今のあんたそのものだ」と揶揄してやろうと思ったけど、口にする前にベルゼバブの軍勢が俺のいたハイウェイを薙ぎ払った。やむをえず、サバエと同じ高さに着地する。
「今、俺様を馬鹿にしようとしただろ?」
刹那、サバエが接近した。間一髪、俺がいた場所に、重い何かが振り下ろされる。すり鉢状のくぼみが、そこを中心に穿たれた。
ギター!? サバエが手にしていたものを見て、俺は我が目を疑った。それも、ボディの半分に刃が備え付けられた、いわば巨大な斧みたいなもの。
俺、あれ見たことあるぞ。確か、ウルサが使ってた。斧にもギターにも火炎放射にもなる武器だ!
間髪容れずサバエの斧が襲い掛かる。ウルサが両腕で振り回していた大得物を、サバエはあたかも拾った小枝を振り回すように片手で操ってくる。
一振りで街灯が吹っ飛び、鋭利な衝撃波が背景の街路樹すら切り落とす。一瞬で彼我の距離を詰めながら振り下ろされた斬撃が、ハイウェイの支柱を容易く粉砕し、多層の橋桁を瞬く間に瓦礫の山へと変える。
粉塵を切り裂き、サバエが再び肉薄する。トラックを呼んで突撃させようも、サバエはまるでバターのように両断してしまう。距離を取ろうとするとベルゼバブが襲い掛かり、そうこうしているうちにサバエが詰めてきて凶悪な斬撃をお見舞いしにかかる。
「どうした! ご自慢の乗っ取りは、この斬撃すら止められないのかぁ!」
罵声と共に刃が振り回される。轟音が響き渡り、土ぼこりが舞い、回避するたびに都市の施設やビルが倒壊する。
棒を生成し、六尺棍に合体。豪快な横薙ぎを、縦にした六尺棍で受け止める。
凄まじい衝撃だった。真正面から受けるべきじゃなかったと思った時、背後で轟音がした。それが、斬撃の衝撃波で背景のビルに横一文字の跡が抉れた音だと分かったのは、斬撃の勢いで俺が吹っ飛ばされた時だった。
吹っ飛ばされた場所は、セントケイネスではそれなりに有名な下町のモール街で、俺は花屋というか植木屋に背中から突っ込んだようだ。だからだろうか。俺がダメージを食らって
まずい、あそこから出るのって――そう思った時には、俺の周囲は火の海と化していた。火炎放射。龍の吐火と形容しても過言ではない業火は、モールを瞬く間に火炎で包み込んだ。
だけど、流石はセフィアのインフラ。モールのあらゆる場所に仕込まれたスプリンクラーが、モールを蹂躙する火炎を速やかに鎮めてくれる。あのレストランにもあったように、霧状に水を撒き散らしながら。勢いこそ弱いが、俺をくるもうとする炎をあっさり消してくれるから充分だ。
さて、サバエはどこだ? ミスト状のスプリンクラーのせいで周囲が良く見えない。こういう時は、別の視界を使えばいい。例えば、サーモカメラとか。
ああ、残り火に混じってこちらに近付く偉丈夫が見える。ええと……3人?
「……!?」
刹那、俺は顔面に衝撃を受けた。急接近したサバエの飛び膝蹴りをもろに食らったからだ。
さっきの熱源はなんだった? ——その正体が、避難しそびれた恒温のアンドロイドを適当に投げたもんだと理解した瞬間、俺は何かに背中からぶつかった。
全身を揺さぶられるような衝撃が襲った。単に何かに衝突した類とは明らかにインパクトが違った。何にぶつかったのか。地下を通る電線をメンテするために通りに設置された配電盤だった。しかも、俺はスプリンクラーの水を浴びてずぶ濡れになっていた。
スーツは絶縁体が入ってるらしいんだけど、バイザーの視覚モジュールに影響が出た。修復こそすぐにされたものの、サバエに接近の隙を与えるには十分すぎた。
「お得意の戦法を使われる気分はどうだ?」
また首根っこを掴まれた。地面を踏んでる感覚がふわりと消え、呼吸のライフラインを握力で無理やり塞がれる。
「ワズラからも同じことを言われたな……。そっちこそ、俺の首を掴むなんて、過去に破られた戦法じゃないか」
喉の僅かな隙間から、精一杯の皮肉を言ってやる。すると、サバエからは失笑。
「労働者の看板だけに縋っていたあの糞チビか。QliphOSの立場を与えてやったら、まるでガキのようにはしゃいでいやがったな。実に不快な存在だった。——で? 最後の方は良く聞こえなかったな。過去に、なんだって?」
爆発音が轟いた。サバエがベルゼバブを周辺にばら撒き、めぼしいオブジェクトを片っ端から破壊していたのだ。乗用車、トラック、ドローン、終いには、遠いビルで作業していたクレーンまで。
こいつ、俺の反撃の芽を尽く……! と、ここで俺の視界にあるものが映った。
人? いや、人じゃない。アンドロイドだ。ホワイトテンプルの第五世代のだ。さっき非難しそびれたのか、サバエに囮として投げ飛ばされていた機体のひとつだ。そいつが、なぜかこっちに向かって走って来ていた。
後で思い返せば、変な話だ。ホワイトテンプル製のアンドロイドは、持ち主の命令に従うのは勿論だが、SephirOSが緊急で出した命令にも従うように設計されている。ちなみに、今ここに俺とサバエしかいないのは、この戦闘の影響による被害を瞬時に算出したセントケイネスの行政AIと労働者がSephirOSを用いて町全体に避難勧告を行ったからだ。俺が
つまり、何が言いたいかって言うと、SephirOSというホワイトテンプルのアンドロイドからすれば『神様』にも相当する存在が「避難しろ!」と命令しているにも関わらず、それに逆らってるアンドロイドがここにいるってのが不自然極まりないってことだ。
勿論、あのアンドロイドが『SephirOSなんて関係ねえ!』と独立していたってのはあり得ない。考えられるのは、SephirOSよりも偉い何かがあのアンドロイドに残るよう命令を下している説だ。となると、誰だ?
……いや、ひとりデカいのが思い浮かぶわ。そういえば、その人が何かベルゼバブの対策を考えてたって、出発前にアレクが言ってたような。
「てめえ、黙ってるようだが、今の状況分かってんのか? 遺言のひとつくらいなら聞いてやってもいいんだぞ?」
サバエの言葉で我に返った。
奴の言う通り、事態は最悪の業況だった。俺の背後で金属の擦れ合う音がする。サバエがご丁寧にも首をその方向へぐいっと向けてくれたんだが、ベルゼバブが回転する円盤のような形に集まっていて、それが奥へ向かって何層も連なっていた。
円盤というか、俺にはミキサーやトンネル掘削機の刃にも見えた。あるいは、乱杭歯の大口を空けているワームのような架空の化け物。見るだけで分かる。表面に少しでも触れただけで、瞬く間に奥まで吸い込まれて行って、存在を無くすくらい全身を切り刻まれる。
再びサバエが対峙するように俺の顔を向ける。既にサバエは拳を振り上げていた。
「てめえが潰され、カナモジ神殿も潰されれば、ホワイトテンプルは俺達に対する士気も切り札も失う。俺様がいる限り、LNMは何度でも再興する。誰も俺達を止められない。俺達の勝利は、最初から決まっていた」
殴打。
初めて食らったあの殴打と一緒だった。殴られたって分かった時には、既に意識も肉体も彼方まで吹っ飛ぶ威力の一撃。
しかも、今回は殴られる先にあるのはスワンプフィールドの辺境ではない。変幻自在のベルゼバブが織りなす無数の死の顎。食らったら最後、命どころか存在まで消し潰される。
が、殴り飛ばされた瞬間、誰かの叫び声が耳朶に触れた。
「幻想月影殿! 私はあなたを死なせません!」
続いて感じたのは、何かに包まれたような感覚。例えるなら、立てたトランポリンに勢いよく突っ込んだような。おかしいな。ベルゼバブに飲み込まれる感覚ってこんなにも柔らかいのか? あんな死に飲み込まれるのだから、もっと硬くて痛いもんかと思っ――たのも束の間、俺はハイウェイを挟んで向かいの施設に勢いよく衝突した。
つまり、俺、生きてる?
怪訝に思った俺が眼を開く。そして、驚愕した。
俺とサバエの間――多分そこにはベルゼバブが大量にいたと思うんだけど、それらが全く無かった。代わりに残されたのは、薄緑色に輝く無数の発光体だった。
いや、発光体だけじゃなかった。例のアンドロイドはベルゼバブに食われちまったのか消えてなくなってたんだけど、代わりに中央に誰かいる。
男だった。俺に背を向けていた。着ている衣服は、なんとも豪奢な祭服。背丈はサバエと同じくらいで、白髪交じりの黒髪が見える。
男がこちらへ振り向いた。大きな鼻とその下に蓄えられた豊かな鼻髭、更にその下から顔を覗くふっくらとした鱈子唇。彼が誰なのか、俺は知っていた。無論、サバエも知っていた。
俺達の目の前に現れたのは、セフィアの人間だったら誰もが知って然るべき超有名人だった。
「メイナルドォォォォォォ!」
サバエが吠えた。まさかのホワイトテンプルとSephirOSの創設者にして頂点の登場に、LNMの首魁は雄叫びを上げてウルサのギターを振り上げた。
「俺様の邪魔をするとはいい度胸だ! 最初から俺は貴様を殺したくてうずうずしてたんだ! 向こうから来るなら都合がいい! この手でぶっ殺してやる!」
危ない! と、俺が思った時には、メイナルドの目と鼻の先に接近したサバエが、巨大な凶器で薙ぎ払っていた。
メイナルドの首を狙った横薙ぎの衝撃波は、慌てて屈んだ俺の頭上を通り過ぎて、背後にあった施設に一文字の傷を穿った。
が、メイナルドはそこにいた。斧の軌道は間違いなく首を断っていたはずなのに、彼は何事も無かったかのようにサバエの眼前に立っていた。
「ベルゼバビッチよ。貴方は私を酷く恨んでいるようだが、貴方は私を何も知らないようだ」
メイナルドがこちらへ振り向く。その時、メイナルドの身体に一瞬だけノイズが走った。映像装置の電波が悪い時とかに生じるアレだ。「つまり、そういうことか!」って、この時俺達は理解したよ。
「ベルゼバブ――軍事ナノマシン群体は、我々ホワイトテンプルとヴェスプシア民間軍事研究機関の共同研究によって開発された試作兵器だ。これをどうしてベルゼバビッチの手に渡ったのかは不明だが、制御OSがSephirOSだったおかげで対策は出来た。説明は省くが、軍事ナノマシン群体は私の制御下にした」
「なんだと!?」
サバエが怒鳴った。が、怒鳴っただけだ。多分、ベルゼバブを起動させようとしているのだろう。しかし、薄緑色に輝く無数の発光体は、蛍の群れよろしくその場でふわふわと浮遊するのみ。あの金属の群れみたいな恐ろしい挙動は一切なし。案の定、サバエは斧で近くの何かに八つ当たりしている。
そんなサバエを尻目に、メイナルドはこちらを見ながら俯いた。
「だが、私の制御下にするためには、誰かが軍事ナノマシン群体に触れる必要があった。そのために、尊い一体を犠牲にしてしまった。持ち主である企業には、相応の説明と補償をせねばなるまい」
「でも、大丈夫だと思います。この国の平和のためならばと、きっと納得してくださるでしょう。この度は、ありがとうございました」
俺が答えると、メイナルドは口元に笑みを浮かべた。やがてメイナルドの身体は輪郭がぼやけてきて、まるで幽霊のように目の前から消えていった。まるで、霊月型がどこかのモジュールに消えていくかのように。
残ったのは、俺と――狂ったように憤怒するサバエだった。
「くそっ! くそっ! くそっ! これだ! これだから俺様はホワイトテンプルが憎いんだ! メイナルドがデータとして居るってことは、メイナルドのクソみてえな支配が一生続くってことだ! これが何を意味するか分かるか? どうせ貴様のような馬鹿には一生分からないだろうがな!」
「分かるよ。前も言ったけど、あんたのような支配には一生ならなくて済むってことだろ?」
俺が答えると、サバエは何も言わなかった。ただその眼は、底が見えないほど黒い。斧を握りしめる腕の筋肉は固くこわばり、得物を離す気配がない。つまりはそういうことらしい。
なら、それに応えなくちゃ。
あいつの最後の切り札は潰した。後は、やるだけだ。
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