決戦の舞台はセントケイネス
善は急げ。
ウェブログ記事という撒き餌をネットに投下した俺は、すぐさまセントケイネス行きの高速鉄道に乗っていた。
時刻は既に夜中の10時過ぎを回っていた。終電の概念こそないものの、労働者ふくめ人間達は全員帰路についているため、駅員から運転手まで全てAI任せ。しかし、仕事の為にこんな時間まで夜道を歩いたのは、あっちの世界で残業した帰り以来だ。いや、俺は車通勤だったっけ? その記憶も曖昧になってきた。
外を見ると、サンダーバニーの煌びやかな夜景が何度も何度も通り過ぎていく。
高台にある妙に厳粛な雰囲気の明かりは、クリアストリーム地区だろうか。LNMの襲撃は遠い過去の話だと言わんばかりにビルの明かりが灯っている。妙にせわしなく動いている点は、警備ロボットだろうか? こんな夜中でもなお愚かな違反者から違反切符を切るべく目を光らせ続けているのだろう。ご苦労なことだ。
高架下の遥か眼下に見える明かりは、スワンプフィールド地区に違いない。所々、電灯というよりは巨大な篝火というかキャンプファイヤーみたいな明かりっぽいのが見えるんだが、流石は敢えて作られた無秩序な封鎖地域。こんなのがあるのに、なぜLNMが生まれたのか謎だ。
夜景を見ながら思い浮かべる。やはりセフィアは俺にとって楽園だ。
働かなくても生きていける世界。
AIが生産を担い、人間が消費を担う世界。
労働はAIが主に働き、かつての労働を担う人間は、労働者と呼ばれるエリートのみ。他の大多数の人間に残された生産活動は、簡単なマナーやルールを守るという、地域やコミュニティのよりよい空気を作り出す平和な市民活動。
これは、仕事をしないと生きていけないのに、仕事が出来なくて生き辛かった俺にとって、理想社会と言っても過言じゃなかった。あまりにも理想的な社会すぎて、荒唐無稽すぎて、誰も現実的とは思えない。だけど、今まさにこの町はある。
そして、それだけじゃない。俺はこの世界でさらに大切なものに出会えた。
労働者達。俺の想像すら及ばないほどの賢さを以て、この町のあらゆるものを作り運営していくワールドワイドなエリート達。俺が異世界の人間であることに興味を持ち、快く受け入れてくれる人たちがいたからこそ俺は今、ここにいる。
看板持ち。企業の保護という名の看板を持つ代わりに、模範的な市民として社会を生きることを担う者たち。この国の中産階級であり、悪く言えばスポンサー付きのニート。その一人であるアドのおかげで、俺は今のままの俺を受け入れられている。
ゲンロク。ホワイトテンプルが開発中の最新型アンドロイド。今は修理中で隣にいないけど、彼女がいたからこそ、俺はかつていた世界では一生得られないだろう幸福を得た。彼女の存在こそが、俺がこの国にいることを証明させ、その証明が俺を常に安心させてくれたんだ。
幻想月影。ホワイトテンプルの労働者、レオーネが開発したパワードスーツ。そして、誰よりも俺のヒーロー。あっちの世界で傷付き、悪夢に悩み、自信のひとつも持てなかった惨めな俺の心を、常に救い続けてきた最高のヒーロー。彼が誰かを救うたびに、彼は俺を救っていた。これからも、俺は彼に救われていく。
だけど、もうすぐそれは終わりにしなければならない。いつまでも、悪夢から逃れるためだけに幻想月影に頼るのはやめにしなければならない。乗り越えなくてはならない。俺の手で大事を成したという自信を以て、立ち上がらなければならない。
だからこそ、目の前の悪夢を打ち砕かなければならない。
サバエ。
あいつの出自は謎に満ちているが、いくつか分かってることならある。
本名は、クィント・メイ・ベルゼバビッチ。
出身地は不明。年齢も不明。性別は男。俺の体躯を容易に超える凄まじい偉丈夫。
クリフ自治区の政変の混乱に対抗すべく生まれたラナマ連合会ことクリフ解放戦線を乗っ取り、大規模なデストリューマー集団であるc『L』azy 『N』oizy 『M』achineを創設。セフィア中の若者達を煽動し、セフィア各地で狂乱的な破壊活動を行うようになった。
あいつらは、ホワイトテンプルおよび労働者達による抑圧的な支配からセフィアを解放し、俺達に『真の自由』をもたらすべく活動をしているという。
連中の主張に100%同意しないわけではない。
ホワイトテンプルの理想通り、誰もがマナーやルールを守って生きるのは難しい。真面目に生きようとして誰かを傷付けて迷惑をかけてしまうことも少なくない。そのつもりもないのに、社会秩序を乱した悪人として、理不尽な制裁を受け、生き辛い人生を強いられる者もいるかもしれない。
そうでなくとも、規則規則で縛られた人生は退屈かつ不自由で辛いだろう。そんな人たちにとって、労働者のような雲の上のような階級の暮らしぶりは、自分よりも自由で恵まれたように映るだろう。こちらの自由を奪っているようにも見えるし、酷く妬ましくかつ恨めしく映るのだろう。
だけど、だからといって、あいつらがホワイトテンプルの暮らしよりもより良いものを俺達にくれるとは思えない。
あいつらがもたらす『真の自由』は、ホワイトテンプルの加護からの自由。つまり、働く力も含め、生きる力の無いものから苦しんで死んでいく地獄のような日々への始まり。あっちの世界があったからこそ、俺には分かる。あいつらが目指す『真の自由』ってのは、俺達にとって自由な社会じゃないんだ。
何より――あいつの本性は戦ってる時に感じ取れた。
支配と暴力。あいつを突き動かすものはそれしかない。クリフ解放戦線を乗っ取ったのも、LNMを組織したのも、ホワイトテンプルを目の敵にしたのも、全てがそれ。暴力が先。理由なんて、後から好きなだけ付け加えることが出来る。俺達にとって最悪だったのは、その付け加えが上手かったおかげで、サバエの後を付いていく者達が少なくなかったことだ。ウルサやカマビスなどの秩序を守れないが故にセフィアに不満を持っていた者、サワガやワズラのように身の丈以上に目立ちたがっていた者——そんな奴らを抱え込んで、あいつらはとんでもないほど強大化してしまった。
そんな奴がホワイトテンプルに取って代わって天下を取る? そんなのまっぴらごめんだ。あいつらに支配される世の中に比べたら、ホワイトテンプルに支配されてる今の方がずっとマシだ。
だから、俺はサバエを倒す。
サバエを倒し、セフィアを救い――俺を救う。
既に覚悟は出来ている。そんな俺を乗せて、列車は決戦の場へと夜闇の路線を突っ走る。
★★★
サンダーバニー、ミルトンステップ、セントパトリック労働者街……様々な都市の夜の姿を見てきたけれど、流石は首都。これまた美しいもんだ。
セントケイネス――セフィア幻想国首都にして、セフィア幻想国とホワイトテンプル創成の地。宗教とITの総本山を兼ねるホワイトテンプルの本社が立つ、行政と宗教と技術の古都だ。
列車が町に入り始めた時から、そいつは見えていた。至近距離の車窓からでは頂点の赤色灯すら見えぬビル群の中でも、特に背の高い建物。そいつは塔のように天高く伸びているかと思いきや、上階の方が中階以下の階層よりも幅が広い。まるでどでかい広葉樹のようだ。
一応、それが何なのかは事前に調べてある。ホワイトテンプルの資料館――SephirOSをモチーフにしたもんだとか。噂によると、SephirOSそのもののサーバーがその建物の中にあるらしいけど、まさかね。
さて、下車した俺には、セントケイネスの眠らない摩天楼の夜景をのんびり眺めている暇なんてなくて、駅から伸びた歩道橋を通って付近のホテルに泊まる。
一晩寝ればいいだけだからっていい理由で、選んだのはカプセルホテル。休める時に休もうってことで、チェックインを済ませて共用のシャワールームで汗を流したら、中ですぐさま横になった。
列車での長旅のおかげか、横になった途端、全身から疲れがどっと出た。カプセルホテルだから当たり前だけど、天井は低く左右の壁も近い。誰もいない。アドもいない。煌びやかな都会の隅っこにある、部屋とも呼ぶにも矮小すぎる空間の中に一人でいる。
こういうところにいると、昔を思い出しちまいそうになる。だけど、もう弱音は充分吐いてきた。いい加減、幻想月影の幻影に愛想付かれるわけにはいかない。幸いにも、お酒をひっかけておいてよかった。すぐに寝れた。
翌日、俺は目的地であるウォシッキー大聖堂を目指す。
当たり前のように階層の高い摩天楼が立ち並ぶのは、俺のいた世界の大都市と一緒だ。ホワイトテンプルらしい広告や宗教な装飾が至る所にあるとか、異なる点はいくつかあるけどね。でも、少なくともミルトンステップのような、進歩的でギラギラした雰囲気はなく、どちらかと言えば長い歴史の積み重ねに裏打ちされた、どこか落ち着きのある空気が全体に漂っている感じ。俺的に、こっちの方が好きかもしれない。
やがて、しばらく歩いていると、鉄筋コンクリートやら高級そうなタイル壁で覆われた摩天楼群から景色が一変、教会などの宗教的な建築物が立ち並ぶ空間に到着する。その光景は、険しい峡谷の底を進んでいたら、光の差す空間の中に人々の住む広大な集落があったような、そんな感じ。
敷地内に一歩踏み入れるだけで、周囲の空気が変わった。敷地をぐるっと囲う壁の効果なのか分からんが、さっきまで摩天楼の中を歩いていた時には煩わしいほどに聞こえていた広告の音楽やら自動車のエンジン音やらが全く届いてこない。都心のど真ん中にいるとは思えないほどの静寂が、この空間の神秘さと神聖さを醸し出している。
たくさんの人々が歩いている。その中には、四人くらいの家族もいたし、カップルもいた。観光か、それとも
俺もゲンロクが隣にいた。彼女がいたら、途中の土産屋みたいな建物で売られている飲み物を持たせて、社務所のような建物を背景に写真でも撮っていたのだろうか。ひとりぼっちだと、近くの飲み物に手を出す気力すら湧かない。
そういえば、ウォシッキー大聖堂はゲンロクと行く約束してたんだっけ。残念ながら、その約束は果たせなくなってしまった。第六世代が量産化されて再開する前の下見をしていたんだってことにしよう。
やがて、いくつかの豪奢な門を抜けると、サンダーバニー支社にもあった広大な広場が俺の前に現れる。聖職者や巡礼者のような井出達の労働者達、次々と訪れる観光客、西洋の騎士を彷彿とさせる警備ロボット達、そんな人達の集まる広場の中央に――例の神殿があった。
カナモジ神殿。かつてこの敷地内は、カナモジ農場という何もない農地に過ぎなかった。そんな農場の中にあった小さな納屋を借りて生み出されたのが、SephirOSであり、ホワイトテンプルであり、今の楽園だった。
納屋というだけあって、その見た目は他の絢爛豪華な教会とかと比べると、かなり地味。
ぐるーっとまわりを歩いて全貌を眺めた。納屋は二階建てで、前方は大きく解放されている。トラクターが横二列で二台入りそうな程度の幅と高さの空間には、モノらしきものは何もない。
二階と思しき階層こそ見えるが、窓は全て閉じられていて内部は全く分からない。テンプル美術館や公式サイトで情報は事前で調べたんだけど、創業者であるメイナルドはあの中でSephirOSを作り、ホワイトテンプルを興したそうだ。だから、SephirOSのメインサーバーというか根源はあの中に眠っているとか言われているらしい。
まあ、流石に国ひとつを支える一大インフラの核があの中に保管されているとか、このご時世不用心極まりないと思うけどね。一応、お社の中身よろしく中は見るなと言われているし、そもそもあの中に入っていると信じられていること自体、カナモジ神殿の神秘さを醸し出していて面白いけど。
こいつを撮影したいところだが、生憎、カナモジ神殿を撮影するには特別な許可がいるそうで、俺はその許可をもらっていない。まあいい、一緒に撮るべきパートナーがいない以上、何の意味もないか。とりあえず、俺はこの神殿の全貌をしかと目に焼き付けておきたい。それこそ、この柵から実を乗り出さんばかりにね。
「しかし、不思議なもんだな。こんな納屋なんかから、こんな国が出来上がっちまうんだからよ」
ふと、誰かが俺に話しかけてきた。まあ、そういう話しかけたがりな人懐っこい人物は、このセフィアにはよくいる。その人には顔を向けずに俺は答える。
「ああ。おかげで、こんな素晴らしい国が出来た。あんなちっぽけな納屋から、人々を救うSephirOSが生まれたんだ。こんな素晴らしい話はないよね」
すると、返ってきたのは「はん」と鼻を鳴らす音。
「実に模範的で奴隷らしい答えだな。だからこそ、ぶっ壊すべきだ。俺達の自由のためにもな」
「おい、何言ってんだ。そんなんまるで――」
この時、俺は周囲がかなり騒然としていることに気が付くべきだった。
声の主の方からは、やたら長いマントのようなものがちらちらしている気はしていた。それが、巨体から身を隠すための光学迷彩服だって分かったのは、持ち主が俺の目の前で脱ぎ捨てた瞬間だった。
その姿、俺は忘れるわけがない。豪奢なチェーンやらベルトやらが施された厚手の長ズボン。上半身は、筋骨隆々の肉体の上に掘られた、燃え盛る炎を彷彿とさせる刺青のみ。半分のみごっそりと剃られた獅子のようにボリュームのある髪と、口の端のみが見える奇怪な仮面。——言うまでもない。あいつだ。
「サバエ、なんで、いつの間に……?」
「よう、幻想月影」
刹那、衝撃。視界の暗転。
音は――俺には聞こえなかった。なんせ、五感を処理する器官にとんでもない衝撃を食らっちまったもんだから、周囲の状況を理解するのに数刻を要した。
まず分かった点として、俺は室内にいる。そして、両腕が黒いアーマーに覆われていた。内蔵された安全装置が勝手に作動して、俺は幻想月影に変身していたようだ。次に、目の前に大きな穴があり、そこから俺のいる場所にかけて轍のような線が穿たれている。
俺、あいつに、なんかの部屋ん中に殴り飛ばされた? どこだここ……。まさか!
胸騒ぎがする。まわりを見る。窓や木目の隙間から漏れた光、あと穿たれた例の穴だけが唯一の明かりとなっているから、中はかなり薄暗い。だけど、サーバーとか箱とか、めぼしい何かがあるわけじゃない。ぽっかりした開けた空間。だけど、詳しく調べたくはない。いろんな意味で、なんか見たくない。
外に出た時、その予感は当たった。
まず、手前に立ち入り禁止のフェンスがあるんだけど、なんか角度的に『こっちが囲われている』側になってんだよね。で、その上に不可視の障壁が破られたような穴があって、その向こうでサバエが仮面越しに嫌な笑みを浮かべてんだよ。もう、この時点で分かった。あいつ、やりやがった。
「本当は、てめえもろとも壊したかったんだが。仕方ねえ。おまえが壊したってことにするか」
俺の中で、次第に沸き立つ感覚。ウルサの『真の自由』発言の時以来だ。足から脳みそにかけて徐々に込み上がってきて、握った手を震わすほどに昂ぶり、されど頭や感情は不気味なまで鈍く静かに動いている――温度のない黒い炎のような感情。
「てめえらは何も見てねえ。誰にも言えねえ。そうなるよな?」
どこからか沸いた金属の粉塵が無数の触手を形作る。周囲の観光客や警備ロボット、監視カメラへと伸びる。
「させるか!」
飛び蹴り。
くの字に曲がる巨体。その頭部を引っ掴み、重量をかける。
されど、ベルゼバブを主に帰らせるまでには至らず。すぐさま立ち上がったサバエの拳が襲い掛かる。
回避する俺。サバエが苦虫を嚙み潰したような顔をしている。それは、俺に攻撃が当たらないからじゃない。サバエを蹴って早々に防護バリアを修復したおかげで、ベルゼバブがカナモジ神殿を襲えないからだ。
「あんたの目論見は分かってたよ。よくも俺でカナモジ神殿を壊してくれたな!」
サバエの拳足を回避しながら非難する。
「てめえこそ、大人しくくたばっちまえば良かったものを! おかげでてめえが、カナモジ神殿を傷付けたホワイトテンプルの裏切り者になっちまったわけだ」
「んなわけあるか! 神殿目掛けて俺を殴り飛ばしたのはあんただろ!」
「いや、そうなる。てめえをぶっ殺し、てめえが壊したと話を広げ、てめえの身体も後日談も全て蹂躙してやる」
「そんなこと、させるか!」
サバエの前蹴りを回避。構内の塀が呆気なく崩壊する。
だけど、俺はまだ反撃しない。奴は俺を殺す気満々だ。今は、それを逆手に取らなければならない。
俺に執着していたサバエは、やがて周囲の景観が変わっていたことに気が付いた。
逃げ惑う住民。騒ぐサイレン。そして、周りを取り囲む摩天楼。ここはセントケイネスのメインストリート。俺は大聖堂の構内から、サバエを外へ追い出すのに成功した。
「いいのか、幻想月影? てめえの守るべき市民もアンドロイドも巻き込んじまってよ?」
「大丈夫さ。セントケイネスは強い。市民を守る機能も、あんたを倒す機能も溢れてる」
飛翔するドローンが俺の周りに集う。警備ロボットが俺を守るように立ち、駐車していた乗用車が、国に仇なす悪を轢き殺さんとライトをちかちか光らせている。
最終決戦だ。俺は今、目の前の仇敵を倒せる最後のチャンスに、武者震いが止まらないでいる。
それを振り払うように、俺はサバエへ宣言した。
「覚悟しろ。この町の全てが俺の味方となり、お前の脅威となる!」
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