決断の時は迫ってきて

 LNM襲撃事件はこれまでに何度もあった。だけど、首魁が直々に登場したってだけあって、エレメンタルプラザ・サンダーバニーで起きた事件はより大々的に報じられた。


 サンダーバニーにとって便利だった商業施設が壊滅したことにより、俺達の生活には今後重大な支障が出ることは容易に想像できた。


 でも、不幸中の幸いというか、重傷者こそ出たものの、死人は全く出なかったそうだ。


 サバエを捕え損なったのは事実だ。だけど、サバエ側の暴徒は軒並み御用となり、施設を壊すわ、人々を傷つけるわ、経済に打撃を与えるわで、連中が得たのは人員の喪失と住民からの反発だけだった。だから、大勝利とまではいかないけど、連中が敗北したのは確かだ。


 あの後、俺はコルテス一家と合流した。彼らは暴徒と警察が戦闘状態になっていたウォーターエリアでひたすら逃げ惑っていたようだ。俺があいつと戦っている間にそんなことがあったなんて……。


「おじさんはどこに行ってたの? 俺達、おじさんだけいなかったから心配してたんだよ?」


 達也からそんなことを訊かれ、俺は答えに窮した。とりあえず、アドと離れた後、ウィンドエリアの安全地帯に避難していたって答えておいた。間違ったことは言ってないはずだ。


「え? そこってLNMのボスと幻想月影が戦ってた場所だよね? 危なくなかった? もしかして、幻想月影も見たの?」


「え、ああ……俺は見なかったかなあ。でも、来てたみたいだね。やばい音がひたすらしてたから、怖くて避難所から外出てなかったから、よく分かんなかったけど」


 すると、そっかあと子供達からちょっと残念そうな返答。もし出逢ったら写真でも撮ってほしかったんだろうか。


 と、ここで一家の大黒柱であるアドが介入する。


「話はそこまでだ。俺達は無事だった。悪い奴らは捕まった。幻想月影が現れて、俺達を助けてくれた。これで一件落着だ。帰るぞ」


 そして、アドはこっそり俺の所に近付く。


「俺達を助けてくれてありがとよ、俺達のヒーロー」


「それはには言わないでおくれ。でも、ありがとう」


「卑下しすぎだ。お前がどう思うと、俺に取っちゃお前が『ヒーロー』な事実は変わんねえよ」


「……ありがとう。なんか、元気が出た」


 俺の正体を明かしたのは、レオーネとアレクを除いて、アドだけだ。なんでって、俺に打ち明ける勇気も自身も無かっただけなんだけど、彼には言っておいてよかったと思う。戦い終わった後の達成感こそ今まであったけど、こんな暖かさは多分初めてだ。


 帰路。しかし、俺には胸騒ぎするものがあった。だから、アドの家に帰った俺はホワイトテンプルに連絡をした。それも、労働者達しか通らない独自の通信ルートを使って。


「ねえ、ちょっと気になることがあって――」


「それは、私も気にしていた。対策を取る」


 ★★★


 悪い予感はすぐに当たった。てか、あいつらがエレメンタルプラザに来た時点でもう予想はだいたい付いてたけど。


 その日は、アドの母方の実家へみんなで行く予定だった。サンダーバニーから離れた農村だが、コルテス一家なら全員住める程度には広い邸宅があるらしい。てなわけで、長期滞在できるよう、早朝から俺とアドとジャンゴで荷物を例の車に詰め込んでいた。


「このワゴン車、思ったよりいっぱい入るんだね」


「ああ。居間みたいな席の配置を変えりゃな。でも、になっちまうから、いつものようにみんなで囲って喋れねえのが難点だ」


「いや、俺からすれば見慣れたもんさ。元々、車の席はみんなこうだったんだ」


「……そうなのか? そういえば、能男は別の世界から来てたんだよな。そこの車はそんな感じなのか? いつか、能男のいた世界の話、聞いてみてえもんだ」


「勘弁してくれ。とても話せるような場所じゃない」


「はいはい、分かってるよ。でも、いつか聞きてえもんだぜ」


「ねえねえ、パパとおじさん、二人で何をしゃべってんの?」


「……あ、特に意味の無い会話さ」


 子供達からの突っ込みも軽くあしらいながらて大人二人でだべりながら作業。そんな楽しいひと時の中、奴らは現れた。


 爆発、悲鳴、遅れて、やけにデカい車のエンジン音、銃声、嘲るような騒ぎ声——突然の訪問者が、閑静な街並みの雰囲気を瞬く間に破壊した。その爆破の魔の手は、俺達にまで……。


「お前ら、家ん中に隠れろっ!」


 アドが叫んだのと、荷物持ちを手伝っていた子供達が家のドアを開けたのと、庭に投げ込まれた何かが爆発したのは、ほぼ同時だった。


 爆心地は俺達のいるガレージの隣にあった芝生だった。だけど、爆炎の熱量たるや俺達の顔が焼けるようで、爆風で俺達はワゴン車まで吹っ飛んだ。


 背中を強打。けど、そんなことより俺達が案ずべきは――


「おい! お前ら無事か!?」


 返ってきたのは、子供達の鳴き声と長男長女の「俺達は無事ーっ!」「だけど、血が出てる!」という甲高い返答。とりあえず、命は無事だった。そこは胸を撫で下ろす。


 けど、問題なのは、爆弾を投げやがった張本人。身の丈ほどもある直径の巨大タイヤを履いたモンスタートラックが、舗装道路の上だけ走るような真面目ぶったことなんて糞喰らえと言わんばかりに芝生やら生垣やらを踏みつぶしながら現れる。その荷台の上に立っていたのは……


「幻想月影はどこだ! 早く出てこねえと、この町の全てをぶっ壊してやるぞ!」


 そいつは、既視感があった。


 LNMらしい黒地にマゼンタの模様が散りばめられた悪趣味なまでに派手なパーカー。顔はゴーグルでほとんど覆われているが、代わりに彼の後ろ辺りにて荷台から覗く細長い金属の何かは見覚えがある。てか、パーカーにLNM以外の単語がないか? もしかして、あれ、「TAIL」!?


「おい待ってくれ。俺あいつ知ってんぞ!? 捕まったんじゃなかったのか?」


 ぼそりと出た一言に、隣にいたアドが驚いた。


「マジかよそれ、それってつまり、脱獄したのか?」


 確証は持てない。だけど、あそこにあいつがいるのはおかしい。それだけは事実。


「幻想月影がいるってのは知ってるんだぞぉ!? 姿を見せないと、俺達がみぃーんな焼いちゃうぞ!」


 続いて、トラックの運転席の屋根の上に躍り出たのは、顔の半分が機械化されたモヒカン頭かつ角の生えたロックな男。そいつも知ってる。着ている服に――書いてあったわ。「BREATH」の字が。そいつは、耳障りなまでに甲高い笑い声を上げて、手にした杖の先端から業火を吐き出す。


 その時だった。


「幻想月影なんて知らねえ! おめーらは俺がぶっ飛ばしてやる!」


 アドが叫んだ。ガレージの隅っこに立てかけてあった金属バットを咄嗟に広い、相棒のジャンゴと共に奴らの前に現れた。


「アド!?」


 友の突然の行動に困惑する俺。って、子供達も目を丸くしてるのが窓越しに見えた。無論、そんな彼にテイルもブレスも注目するわけで。


「ああ? なんだおっさん、俺達とやろうってか? 俺はお前みたいなおっさんには興味ねえんだよ。さっさと失せな。それとも――ぶっ殺してやろうか?」


 テイルの尻尾がにゅうっとモンスタートラックの荷台から伸びる。剣呑な雰囲気が辺りに立ち込める。


 ここでアドが俺を見た。アドの言いたいことはちらちらと後ろへと動く目線の動きでなんとなく分かった。


 ——能男、俺が気を引いてるうちにガレージの裏から家の裏に回れ。そして『あいつ』になって、こいつらをぶっ飛ばしてやれ!


 幸いにも、奴らは俺に気付いてない。ガレージの裏手を見る。棚の隙間の扉が開け放たれている。そこから突っ込んで――


「そこまでだ!」


 凛とした男の声がしたのは、まさにその時だった。


 対テロ用に改造された警察用の装甲SUVが、LNMのモンスタートラックを塞ぐように真正面から現れた。モンスタートラックはお構いなしとばかりに踏みつぶさんとするが、荷台に積載された砲台が発砲——無数のの付いた銛が、モンスタートラックのタイヤに深々と突き刺さる。


 モンスタートラックのタイヤの厚さと馬力を以てすれば、銛の一本や二本タイヤに刺さったとて運転に差し障りは無いのだろう。だけど、モンスタートラックは動かなかった。タイヤはパンクしていないが、そもそもエンジンが動いていない。


 後で聞いた話なんだが、トラックが発射した銛は云わばイモガイの毒針であり、幻想月影の合法的干渉リーガルハックに相当する。無数のかえしは見てくれに過ぎず、真骨頂は芯に埋め込まれたEMP。これにより、刺さった機械は電子機構を損傷され、二度と動けなくなる。


 続いて、車両から武装した警官達が統制の取れた動きで展開。荷台からは銃器とカメラを搭載したドローンが浮遊し、天と地からLNMを包囲する。


「やんのかてめえら! 残らずぶっ殺して――ギャッ!」


 ブレスが意気揚々と車から飛び降りようとして、素っ頓狂な悲鳴を上げてアスファルトに落下した。ドローンから射出されたボーラが巻き付いたからだ。しかもそれだけじゃない。同じくボーラが巻き付いたテイルもまた、全身を激しく痙攣させて昏倒している。


 ボーラ――紐の両端に重りがついた狩猟武器の一種だが、ドローンが放ったのは導電性樹脂をワイヤーのように編み込んだ紐に加え、重りの中には高電圧を仕込んだバッテリーが仕込まれている。敏速かつ的確な軌道計算により射出されるボーラは、狙った獲物を確実かつ無傷で捕らえる。


 悪党たちは瞬く間に御用となった。モンスタートラックも警察が手配していた大型車両であっさり押収され、町には再び平和な静寂が返ってきた。一応、事後処理担当の人たちのフォローはあったけどね。ただ、彼らが呟いた「自分らも、幻想月影に頼りっきりってわけにはいかんのですよ」という何気ない一言が、心に残った。


 やはり、俺は決断するしかなかった。


「おじさん、行かないの?」


 アドの子供達は残念そうな反応をしていた。


「仕方がないだろ。能男おじさんの事情なんだから」


「ありがとう、アド。でも、この日までこんな俺を受け入れてくれただけで俺は充分嬉しかったよ。本当にありがとう」


 テイル共が逮捕され、警察が去った後、俺はアドに話した。連中は――サバエは幻想月影の正体を知っている。だから、奴らは俺を狙ってアドを襲ったんだって。


 だから、警察が去った後の夜、焼け焦げた芝生の残る庭で俺はアドに行った。


「このままじゃ俺の関わってる人達全員がLNMの被害に遭う。これ以上、アド達を危険な目に遭わせたくない。だから、俺は行けない。本当にごめん」


 アドは、ネガティブな反応をしなかった。


「そうか。なら、仕方ねえよな。でもその決断にゃ、逆に俺達の方が感謝するしかねえ」


 俺の肩を叩いて、まっすぐな眼差しで答えた。


「能男、お前はヒーローだ。だけじゃない。お前もヒーローだ」


 幻想月影じゃなくて、俺がヒーロー? それは、初めての感想だった。


「そんな……いや、後は俺が認められるかどうかか。おかげで元気出たよ。ありがとう」


「そりゃよかった。でもよ、いくら俺達の迷惑になりたくねえからって、どこかあてはあんのか? あのボロ屋に戻るつもりか?」


「いや、それも考えたけど、あてはあるよ。あらかじめ、話はしてあるつもりだから」


 ★★★


 大樹は焼かれてもなお再び芽吹く。


 LNMの襲撃で半壊していたホワイトテンプル・サンダーバニー支社の豪奢な建物も、今ではすっかり業務に差し障りのない姿に戻っていた。


 賽の河原の鬼よろしくLNMがまた攻めてくることを危惧したけど、セキュリティシステムが強化されたおかげか、そんな悲惨な事件は全く起こってないそうだ。


 そんなわけで、俺が普段から通っていた場所も普段の姿に戻っていた。俺は今、レオーネの研究室にいる。


「喜べ! 第六世代の量産が決まった。客当ての試作段階になったら、能男を客第一号にしてやる。ゲンロク復活だ!」


「ほんとに!? ありがとう! 助かったよ」


「でも、今重要なのはそれじゃないだろう? 付いて来な。あいつがぶっ倒されるまでの仮住まいだ」


 というわけで、レオーネに案内されて社内のエレベーターで連れて来られたのは、地下。ドーム状の長い廊下といい、分厚いドアのある個室といい、絵に書いたような地下シェルターだった。


 その一つの部屋へ、俺は案内された。かつてアレクが手配してくれたアパートから清潔感やボロさだけでなく、広さや快適さまで引いた感じ。ベッドと机しかないシンプルな一室。台所とか浴室とかは会社にある共用のものを使ってみてね。って感じ。


 確かに、ここなら安全なのだろう。食事も食堂を使えばいいし、俺を狙ってくる奴もここまでは来れまい。連中に俺の顔が割れている以上、強固な防衛がされているところにかくまったほうが、俺を狙って関係ない人が傷つくリスクも可能な限り緩和されるんだろう。


 だけど……


 その夜ベッドに座っていた時、中にあった鏡から幻想月影が俺をのぞき込んでいた。


 誰よりも俺を助けてくれた俺のヒーロー。君は一体何を訴えている?


 セフィア幻想国は俺の暮らしを救ってくれた。ホワイトテンプルは俺の居場所を作ってくれた。幻想月影は俺の心を救ってくれた。何もかもに俺は助けられてばっかりだ。


 でもそろそろ、今度は俺自身が俺を救わなきゃいけないんだろう。


 国や制度や俺を救っても、最終的に自分自身が救われるためには、俺自身が何とかしなきゃいけないんだろう。


 最後の一押しは、アドがくれた。


 ――だけじゃない。お前もヒーローだ


 後は、俺次第だ。


 ★★★


 翌日、俺の提案にアレクもレオーネも驚いていた。


「それは本気か?」


 俺は首肯した。


「サバエに俺の顔は割れている。場所もきっとバレてる。そして、俺を狙う気満々だ。これを逆手に取らない手はないよ」


「悪くはない策だが……、それはそれで巻き込まれる市民が、まして能男に危険が及ばないか?」


「どちらにせよ、俺が外を歩こうが歩かまいが、LNMの連中はアンドロイドやホワイトテンプルの施設を襲うし、その度に市民は傷付くよ。なら、敢えて俺が自ら外に出て敵の親玉倒しちゃった方が、将来被害に遭う市民も施設も少なくて済むでしょ?」


「必要に迫られた時に果敢であることは、思慮に富むと同じである。というわけか。ならば、どこへどう誘う?」


「あいつらは、俺が『よぞらのかがみ』っていうウェブログアカウントを持ってることを知ってるはずだ。それを使う」


 ここでアレクとレオーネは顔を合わせる。まさか俺からこんな策が飛び出すだなんて、思いもよらなかったようだ。


「その異世界人センスに感心するぜ。なら、善は急げだよな!」


 その日、俺は早速ウェブログを更新した。


 ゲンロクが壊されてから、すっかり更新しなくなっていた。ブログ上では、ゲンロクは修理中だから写真はしばらく出せないって書いてはいた。ゲンロク目当ての読者は少なくなかったようで、おかげで最近はめっきり閲覧数を減らしてしまった。


 文章を書く。ゲンロクは隣にいないけど、二人の思い出の写真を書くために下見として行くって書いておいた。我ながら、苦しい動機だ。


 だけど、あいつからしてみれば、ホワイトテンプルも幻想月影も忌むべき敵であり、両方葬って勝利宣言をするにはこれ以上ない最高の舞台だろう。おびき寄せるには絶好の場所だ。


 決戦の地を書いて、俺はブログをしめた。


 ――というわけで、次回はウォシッキー大聖堂に行きます。ホワイトテンプルが生まれた聖域だ。セフィアに住んでるにも関わらず、今まで行ったことなかったから楽しみだなあ。

 

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