アウェイカーのベルゼバブ

 満身創痍とて、サバエの完全な弱体化までには至らぬ。渾身のボディブローを六尺棍で受けようとしたら、思いっきり吹っ飛ばされた。とある店舗の壁を背中から突き破ってしまう。俺の穿った穴からサバエも入ってくるから、店の中は新たな阿鼻叫喚の坩堝へと変わってしまう。


 周囲を見やる。どうやら、ここはホームセンターのようだ。入り口辺りの情報から見ても、工具とか文房具の類がちらりちらりと視界に入る。流石は、ウィンド区画だ。なんでもある。


 ウィンド区画は、なんでもある。食料品や娯楽施設、宗教的な施設の代わりに、衣料品や雑貨品など、日常で必要なものがなんでも売ってある。本当に、なんでもある。


 だからこそ、サバエに壊されるわけにはいかない。LNMの連中が暴れた跡が所々あるけど、これ以上やられてたまるものか。


 罵声と共に繰り出される打撃。立った一発で金属の棚に大鍋のような凹みを与え、そのままドミノ倒しのようにまとめてなぎ倒す一撃。真横へ受け身を取って回避した俺は、六尺棍で反撃する。


 振り下ろし――拳を突き出すのと同じ原理で打撃を繰り出す。続いて、棍の反対側で振り下ろし。何度も振り下ろしながら前へ出て、相手が上段をガードし始めた所で、振り下ろす瞬間に棍を引いて――腹部に貫き。ステップを踏み、サバエとの位置を維持しつつ、立て続けに貫き。ガードの隙間を縫うように突きを与える。


 サバエがスウェーしたら、棍の先端を握り、鞭のように薙ぎ払う。足元を打たれて動きの鈍ったサバエに、棍のプロペラのように回して遠心力をつけた得意の連打を浴びせかける。


 サバエが足元の何かを蹴った。弾丸のように飛んできたそれを回避した途端、サバエが反撃とばかりに殴り掛かる。それを棍でいなし、反対側の棍の先端で反撃の突き。サバエの身体がくの字に折れた――その僅かな隙を狙い、棍を肩口に差し込み、身を捻る。サバエの巨体が放り投げられ、工具の残っていた棚に激突する。がしゃんという盛大な音と共に棚が大破した。


 起き上がられる前に追撃。仰向けのサバエへと肉薄し、そいつの手前で棍の先端で地面を突く。棒高跳びの原理で跳躍。頂点で身を捻り、遠心力、電脳の力、自由落下の乗った渾身の一撃を、サバエの顔面目掛けて振り下ろす。その威力は店舗の床を砕き、瓦礫と粉塵を舞い上がらせしめる。


 棍から伝わるこの感触はなんだ? 硬い床を砕いた音じゃない。素焼きの殻みたいなのを砕いたような――いや、ぎゅっと硬くした金属たわしを強く叩いたような……この感触はなんだ? あいつの仮面がとうとう割れたか? それとも、俺は――。


 次の瞬間、棍の先端から弾かれるような力。爆ぜるような衝撃に棍どころか持ち主まで吹っ飛ばされた。空中で宙返りしてバランスを取り、着地する。


「俺達のケタタマをパクったんだから知ってんだろうなあ? 俺様の本当の名前がなんなのか」


 俺はぞっとした。あれを食らって平気なのか? いやまさか、あいつにもウルサのギターやサワガのドローンみたいな何かが……。


「俺は、クィント・メイ・ベルゼバビッチ。ベルゼバブのベルゼバビッチだ。ベルゼバブって、なんだか知ってるか?」


 靄の向こうから、黒い巨影が立ち上がる。


 次の瞬間、靄が盛大に吹っ飛んだ。細かい瓦礫までもが木の葉のように舞い、俺は腕で顔を抑える。


 サバエの周囲を何かが螺旋状に囲っていた。質感からして鋼鉄のようだが、まるで巨大な生き物の皮膚か水面のように表面が波打っている。よく見るとそれは、浮遊する細かい金属の粒が凝集して一つの巨大な何かを形作っている。そこからわずかに分離している小さな粒は、薄い羽根で羽ばたく球体のよう、まるでその姿は蝿のようで。


「——蝿の王だ」


 次の瞬間、サバエを囲う黒い塊が、意思を持った奔流となって襲い掛かってきた。その迫力と弾速は、もはや砲撃と大差なかった。


「——!?」


 一瞬だけ、動作が遅れた。あいつが自信満々で披露した時点で気付くべきだった。


 横っ飛びで回避するも脚をかすった。恐ろしい感触だった。肉ごと装甲を持ってかれたような感覚に、痛みよりも動揺が勝った。ドリルのように螺旋を画きながら射線上のあらゆるものを取り込んだ金属の奔流は、俺を捕え損なったのに気付くや否や、軌道を変えてこちらに迫ってくる。あらゆるものを砕き飲み込みながら。


 俺は回避した。飛び込んで回避するしか出来なかった。


 主の下へ帰ってきた金属の奔流は、まるで守護するようにいくつかの塊へと分離して、サバエの周囲を浮遊する。


「どうした、幻想月影? お得意の乗っ取りはどうした? こっちはLNMの切り札だったQliphOSは使えなくなってんだぞ? 好き放題にやれるんじゃないのか? あ?」


「分かってるのに、意地悪なことを言ってくれるじゃないか。もうすでにやってるよ」


 サバエの周囲を浮遊する金属から、ぱらぱらと金属の粒が落下する。それはまるで巨大な蝶が散らす鱗粉のようにも、燃え盛る焚火から散る火の粉のようにも見えた。


 散らばるそれらを一瞥したサバエの口端が、嫌らしいほどに吊り上がった。仮面越しの四白眼が弱き者を威圧するかのようにこちらを睨め付ける。


「そうだろうなあ! 出来ねえよなあ! てめえが操ろうとする前に、勝手に死んじまうからなあ! しかも、俺様はベルゼバブを無限に増やせる。てめえがどれだけ手え出そうとしてもだ!」


 サバエを取り巻く微細ナノドローン『ベルゼバブ』が変貌する。分裂と増殖を繰り返して巨大化し、宙に浮く巨大な二つの手を形作る。誰かの首を絞めるような獰猛な構えをしたそれらは、猛スピードで俺めがけて接近した。亡骸をぱらぱらと落しながら。


「てめえの乗っ取り、破れたりィ!」


 金属の巨手が俺に掴みかかる。巨手はバックステップを取る俺のギリギリ目の前を掠めて、かつてのホームセンターのタイルの床を地盤ごと掴んだ。


 ぐしゃりと音がした。巨大な手が文字通り握り潰したんじゃない。手を構築する粒子のように微細なドローンが、土砂やら瓦礫やら品物やらを細かく磨り潰しているんだ。


 嫌な汗が流れる。さっきの奔流もそうだ。一度飲まれてしまったら最後、打撲とか切り傷とかそんなもんじゃ済まない。ミンチにされる。肉塊すら無かったことにされちまう。


 ——サバエらしい、残酷な武器じゃないか。


 形状が変わる。両手を合わせて一つの塊になったと思いきや、上昇――天井を砕き、瓦礫の雨を降らす。それを避けようとしたら、ベルゼバブの塊から、まるで粘土の塊をちねって引き延ばすように無数の触手がこちらへ伸びてきた。


 降ってきた瓦礫を横っ飛びで回避。かがんだ頭上を凶悪な触手が通り過ぎる。容赦なく降り注ぐ瓦礫。走って回避した先に巨大な瓦礫、かと思いきや、それを砕いて数本の触手が襲い掛かる。


 降ってきた瓦礫に進路を塞がれた。振り返ると触手が四方から迫る。瓦礫を蹴って跳躍した俺の足元で、触手が瓦礫を砕いてシュレッダーのように取り込んでいった。


 埒が明かない。血路は――サバエだ。恐ろしい兵器で俺を追い掛けまわしておいて、当の本人は何もせず呑気に仁王立ちとはな。その巨体に大きな一発でもぶち込めば、ベルゼバブも少しは大人しくなるかな!


 接敵。サバエもこちらに気付いた。六尺棍を振りかぶる俺めがけ、返り討ちとばかりに腕を振り下ろす。


 巨体に似合わぬ素早い打撃だった。だけど、サバエの表情は曇っているだろう。なぜなら、手応えが全く無かったから。打撃を食らう寸前、俺はサバエの股下をスライディングして背後に回り込んでいたからね。


 棍を地面に突き立て、ドロップキック。一旦、棍を軸に回転して付けた遠心力も乗せた両足蹴りが、サバエの体勢を崩す。バランスを崩してたたらを踏むサバエの眼前には、こちらに向かって迫るベルゼバブの奔流。


 微細な蹂躙者達の軍勢が、サバエの巨体を飲み込む。他の触手も合流し、無頼の偉丈夫を取り込む巨大な『袋』と化す。ベルゼバブの塊がぐにゃぐにゃと動いた。まるで胃袋の蠕動運動のように、飲み込んだ獲物を徹底的に我が物とすべく激しく動く。そして――


「やっぱりだめか」


 愚痴るような独り言が俺からこぼれた。


 殻が割れるように、閉じていた大翼を広げるように、ベルゼバブの塊が左右から開いた。サバエには何一つダメージが無かった。


「当然か、自分がやられないように安全装置のひとつやふたつはついてるもんだよね」


 ベルゼバブがサバエを包んでいたのは、その安全装置を守るためか。おかげで、どれだけ合法的干渉リーガルハックの手を伸ばそうとも、外側のベルゼバブだけがぱらぱらと堕ちるだけでちっとも効果がない。かくなる上は――


 俺は外に飛び出した。ウィンド区画の一角を占める大型ホームセンターが、音を立てて崩れたのはそれから程なくの出来事だった。


 砂鉄の羽虫の群れが塊となって、瓦礫の山を飲み込みながら姿を現す。群れはしばしその場をぐるっと巡回して瓦礫をあらかた飲み込むと、散会して中にいる主を顕現させる。


「残念だったな、幻想月影。俺様達の邪魔をするのも、いい加減に諦めたらどうだ?」


「まさか、それだけは断る」


 サバエからの返答は――ベルゼバブによる砲撃。俺とサバエの間を遮る瓦礫の山を容易く飲み込む。真横へ受け身して回避するも、ベルゼバブの奔流は俺の背後にあった雑貨店を蹂躙した。壁を突き破って飛び出した死の軍勢が、回避した俺に襲い掛かる。さらに、反対側から殺気。俺を挟み撃ちにすべく、サバエが反対側から殴り掛かってきた。


 ここで、スーツに埋め込まれたAIがとある情報を開示する。そうか。ここはウィンド区画の端っこ。つまり――


 俺はベルゼバブの方の回避に注力した。軍勢はまっすぐ近付いており、左右にぶれてフェイントをかます気はないようだ。頃合いを見計らい、俺は真横に飛んで回避。サバエはそこを狙っていた。俺の回避に合わせて地を蹴り、腕を大きく振り回して俺をベルゼバブの奔流の中へ殴り込——


 搬入用の大型トラックがエレメンタルプラザの敷地内に突っ込んできて、サバエに衝突した。


 流石のサバエとて、大型トラックの運転席が凹むほどの衝撃を不意に食らえば吹っ飛ぶ。さて、俺の予想では、この後ベルゼバブはこのトラックを飲み込み、再びこっちに来るはずなんだが、


「——?」


 ベルゼバブは来なかった。微細な鋼の群れはこちらに来るのを辞め、サバエの方へと集まっていった。その姿は、傷付いた主に慌てて駆け付ける親想いの子供達のようにも見えて。


「……ったく、面倒な機能ついてやがるぜ。うざってえホワイトテンプルを思い出して腹が立つ!」


 サバエが何か愚痴ってるのが聞こえた。八つ当たりとばかりにベルゼバブをトラックへ放つ。鋼の軍勢は瞬く間にトラックを飲み込み、食い散らし、瞬く間にくず鉄の山へと変えてしまった。


 今度はこちらへとベルゼバブを放つ。四方八方から乱杭歯の怪物の顎よろしく、鋼の激流が襲い掛かる。俺は――大きく避けない。敢えて踏み込む。棍を一旦引っ込め、激流の中へ飛び込んだ。


 激流が俺の残像を飲み込む。のけぞる俺の背中や腹部の手前を、ベルゼバブの軍勢が何度も通り過ぎる。顔面すれすれを避けた時、耳元で聞こえる無数の金属同士のこすれる音が、耳障りな悪魔の囁きの様で気がおかしくなる。だけど、俺は引かない。なぜなら――

 

 ベルゼバブの弱点が分かったかもしれないから。


 サバエの顔面へドロップキック。反撃の殴打が繰るも、素早く着地して回避。打突。続いて、引っ込めた棍を一対のカリスティックに分けて握り打撃。舞うような連打。サバエの反撃に合わせて連打。ソバットを叩き込むと、サバエの巨体が後ろへたたらを踏んだ。


 ベルゼバブの大群が戻ってきた。大きく後方へジャンプしながら――に触れちまう箇所を少しでも減らすべく、きりもみ回転も加えて――着地。無数のベルゼバブとすれ違った気がするけど、何も痛覚は無し。ボディにも目立った傷は――無し。


「やっぱりだ。そういうことなんだ」


「ああ? 何言ってんだてめえ?」


「いや? さっきベルゼバブがあんたの所に戻ってきたのは、じゃないんでしょ?」


 一瞬、サバエを取り巻く空気がピキッと硬直するのを感じた。


 派手な装飾の仮面かぶってるから分からないけど、多分、血管浮いてるでしょ。


 案の定、サバエが吠えるように怒鳴った。


「だから、なんだってんだああああああああ!」


 天高くサバエが突き上げた両腕にベルゼバブが収斂する。再び喧嘩の構えを取るサバエの両腕で、ベルゼバブの群れが螺旋の渦を巻く。


 突撃。豪快なラリアット。回避――間一髪でサバエの腕が頭上を通り過ぎたのだが、耳元に響く甲高い死の音に、俺はゾッとした。金属粒子がこすれ合う音に空を砕くような剛腕の音が混ざって、なんともいえない恐怖を煽っている。こんなん、触れただけで原形留めることすら無理じゃないか。


 間髪容れず、タックル、ラリアットと凶悪な腕が迫る。防戦一方。ベルゼバブを纏った腕は太さもリーチも増加して回避するのに手一杯だ。回避するたびに、再び別の店舗の壁が跡形もなく破砕され、中にあった売り物がベルゼバブに飲み込まれて存在ごと磨り潰される。


「どうした! 俺にあれだけの傷を負わせておいて、勝利宣言していたんじゃなかったのか!?」


「全くその通りだね。ぐうの音も出ないや!」


 開き直れる余裕があるだけ、まだマシってもんだ。


 距離を取る。サバエが拳を突き出す。伸びるパンチのような奔流が襲い掛かる。真横へスウェーするも、サバエは奔流の腕を伸ばしたまま、こちらへ肉薄。再びラリアットをかます。流石にこれは回避が出来なくて、平行にしたカリスティックで受け止め――


 恐ろしい感覚だった。激流の中に棒を突っ込むような感覚。けど、実際の激流は水ではなく鋼が流れていて、手を触れようものなら瞬く間に引きずり込まれて全身を裂かれ磨り潰される凶悪なモノ。それが、棒の振動を介して伝わるもんだから、もう死そのものを触ってるようなもんだった。——俺は、吹っ飛ばされた。


 吹っ飛ばされて尻餅を付く俺。追い打ちとばかりにサバエが、ベルゼバブを纏った両腕を振り上げて飛び掛かる。


 とにかく、真横に転がって……!? 左右に瓦礫が転がってて避けれない? てことは、今の俺ではあいつの攻撃は回避できない。


 ならば――次の瞬間、死角から振り子のように飛んできた何かにサバエは衝突した。ウィンド区画にあるマリンスポーツ店の天井にワイヤーで固定されていたクルーザーだ。一か八か、ワイヤーを支えているフックの一部に合法的干渉リーガルハックして外してやった。支えを失って落下していく軌道上に、運よくサバエがいたもんだ。


 危機を脱して安全に立ち上がる俺の前で、憎々しげに俺を睨むサバエ。


 相も変わらず頭に血が上りすぎてるようで、この店にある都合の良いギミックの数々に気付いていない。


 ベルゼバブを両腕に纏い、こちらへ突撃。俺を捕えるサバエの視界は、突然、頭上から降ってきたキャットウォークによって歪められた。どんなに屈強な偉丈夫とて、満身創痍の身体に鋼鉄の塊が頭上から直撃すれば、突撃は止まる。予想通りキャットウォークはベルゼバブに飲み込まれて破砕されるが、俺を見失わせる程度に十分な仕事をしてくれた。


「どこ行った!」


 サバエの激昂に応えるように、ベルゼバブの大群がいくつかの触手のような束となって店内を暴れまわる。破壊しまくる。案の定、何もかも壊されるもんだから、俺の居場所もばれるわけで。


「そこかあ!」


 走り回っていた俺を見るなり、こちらに迫るサバエ。が、瞬時に俺に近付くべく、崖の山を飛び越えた瞬間、サバエの巨体がよろめいた。


 侵入してたLNMの連中が開通させたのだろうか、大穴の向こうにあった店が自動車用品店だった。で、サバエは床中にばら撒かれていた(正確には、俺がばら撒いた)売り物のオイルを踏んでしまったのだ。そりゃ、滑ってバランスを崩すわけだ。


 体勢を崩しながらも、俺を付け狙うサバエの執念は変わらない。球状に固めたベルゼバブの塊を宙に浮くボクシンググローブのように何発も放ってくる。俺も反撃すべく、足元のオイル缶や売り物の改造用サスペンションを棍で飛ばす。サバエに当たる前にベルゼバブに阻まれ破壊されるが、奴にこちらに意識を向けるには充分だ。


 店のどこかで音がした。落下してきたスパナを見て、サバエが上を見た。華やかな車の宣伝を流していたであろう吊り下げ型の液晶看板が落下。無論、その落下の先にいるのは――サバエ。


 間一髪、鋼の軍勢が横払いで看板を破壊する。この時、けたたましいベルゼバブの羽音は、サバエに迫る全く別の脅威の音をかき消していた。次の瞬間、サバエの姿が目の前から消えた。


 売り物の手漕ぎボートが、大量に積載されたボンベやら消火器やらの噴出を推進力に、オイルまみれの床を爆走。上に気を取られたサバエに衝突したのだ。船首を膝の裏にぶつけてバランスを崩したサバエは、背中からボートに乗っけられた。そのままボートは疾駆する。


 サバエを乗せ、ボートはガラス張りの壁を突き破った。あの向こうには、カー用品店必須のあの設備がある。見極めるタイミングは、あの部屋の監視カメラを乗っ取れば手に取るように分かる。


 オイル交換の作業中だったのだろうか、客も従業員も逃げ出したガレージの中で、車が一台ガレージリフトで持ち上げられたまま放置されていた。その場所は、暴走するボートの丁度先。俺が合法的干渉リーガルハックするとガレージリフトが勢いよく下がり、サバエを乗せたボートの上に落下した。 


 あと、今思い出したんだが、確か俺の記憶が正しければ、ボートの中には先の尖った工具とかをダクトテープで巻いた車両阻止アングルとか入ってたような。


 遅れて現場にやって来た俺は、ボートから夥しい量の血が流れているのに気が付いた。アスファルトを赤黒く染めるほどの血に俺は驚いた。作戦は成功した。それこそ、一線を越えてしまうほどに。


「……やっちまったか? 俺?」


 刹那、それは悪い意味で杞憂だったと思い知る。


 怒声と共に鉄粉の爆発が起こり、車やボート、周辺設備を丸々吹っ飛ばしたのだ。


 背中やら脇腹やら痛々しい傷にベルゼバブを押し込んで強引に止血しながらも立つ眼前の偉丈夫に、俺は改めて恐怖した。


「なんなんだよ、お前。そこまでして、どうして……?」


 ぎらついた眼が仮面越しに俺を睨みつける。残りのベルゼバブが、双翼を宿した鎧のようにサバエにまとわりつく。


 第三ラウンドが始まろうとしていた。


 

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