リベンジャーの月光
逮捕されたワズラの報復のため、サバエがエレメンタルプラザ・サンダーバニーに襲い掛かってきた。なぜ、連中はここを標的にしたのか。それは……俺の住処焼かれた点を顧みるに、考えたくないんだけど。
阿鼻叫喚の現場。画材とかハードウェアまで幅広いジャンルの専門店が所狭しと並んでいたはずの
くそ、行ったことのない店とかまだあったんだぞ。自分一人じゃ無理だけど、ゲンロクと一緒なら行けそうな店とか、まだまだ沢山残っていたんだ。
アドは大丈夫だろうか。いや、彼のことだ。自分の子供も奥さんも、自力でみんな守れるだろう。彼の為に俺が出来ることは信じることだけだ。俺は俺のすべきことを成す。
——いるんだろう? 幻想月影!
幻聴だろうか。頭の中で忌々しい唸り声が響く。
「ああ、いるよ。逃げても隠れてもいないさ!」
「!?」
構築中のさ中、何かを察知した。
カメラの映す方角を見る。真っ二つになったジェットコースターのレールが中二階のバルコニーの上に横たわってんだけど、その陰に隠れるようにしてこっちに銃口を向けてる男がいた。
喧騒に紛れた銃声。確かに、弾丸は俺の頭部を捕えた。だが、当の俺は残像——彼は思いもよらなかっただろう。まさか、付近の監視カメラから蒼い色の幻想月影が、突然飛び出してきたんだから。
振り下ろしたワンパンでKO。伸びた男の胸にLNMの三文字。やはりこいつもか。エレメンタルプラザに銃砲店は無かった気がするんだが、どこから取り寄せてきたんだ? ラナマの拠点墜としたってのに、LNMの供給力はちっとも衰えちゃいない。
「早く親玉を黙らせないとだめだな」
ルート演算は既に完了していた。案の定、崩壊した瓦礫などのオブジェクトが所々道を塞いでいるようだが、流石はAIの演算能力。一般人を巻き込みにくい、俺にとって都合のいいルートを提案してくれた。
アドからは遠く離れてしまう。でも、俺は彼を信じてる。この姿で達也やジュリウスの前に再び姿を現してやりたいところだけど、それは――
あんたをぶっ飛ばしてからだよな、サバエ!
「てめえに会うのはこれで二度目だな。幻想月影」
宣言通り、敵の首魁は
けれども、ダカオ礼拝堂なんてものはそこにはなかった。ばらばらになったレンガの欠片が床のあちこちに散らばり、積み上がった残骸だけが残されていた。唯一の幸いは、時間が礼拝の始まる時間じゃなかったようで、嫌な色の液体が特に散らばっていなかった点だ。と言っても、倒れている人とか阿鼻叫喚の叫び声の数は尋常ではないんだけど。
そいつは、祭壇にいた。
太いベルトを巻いた豪奢なズボン。筋骨隆々の肉体の上に羽織られた、赤と黒の派手な色彩のコート。指先にまでびっしりと描かれた、地獄の業火を彷彿とさせる炎や奇怪な文字列を模した刺青。鬣のように盛り上がったモヒカン。そして、顔の3/4を覆う巨大な仮面――初めて見た時と変わらぬ忌々しき要望の首魁がいた。
いつもならそこに司祭が立っていて、眠くなるほど有難い話をしてくれるはずだった。興味ない人にとっちゃ退屈極まりない時間だけど、待っていれば
けれども、かつての祭壇はない。脚が壊れて傾いた祭壇には稲妻のようなヒビが入り、半ば真っ二つに割れている。鉄骨の残骸だけが残り、祭壇の名残の上にどっかりと座るサバエの姿を見た時、俺は神聖な何かが汚された時の嫌悪感が如何なるものなのか、なんとなく理解した。
最悪な気分だ。お前みたいな奴が、そんなところにいるんじゃない。いちゃいけないんだ。
「そうだね。生で会うのは久々だね、サバエ」
サバエが立ち上がる。かつてそこに立っていた司祭を凌駕する巨躯が、俺を睨む。口元の片方しか見えぬ仮面のため、その表情は読めないが、わずかに細まっている辺り、多分笑っている。いや、嘲っているってのが正しいか?
「俺にやられたのが悔しくて、代わりに可愛い部下どもを何度も虐めてくれたようだが、それも今日で終わりだな」
「それが、負けた部下を蹴り飛ばすような人間の言うことかな? 俺があいつらを豚箱に閉じ込める前に、あんたがへまをした部下を殺しちまう方が先だったかもしれないのに」
「なんだとてめえ……。ワンパンで吹っ飛ぶだけの雑魚が、イキったこと抜かしてんじゃねえよ」
「どうかな。これでも俺、いつかあんたに勝つために、強くなっ――」
俺のセリフは途切れた。座っていたサバエが突然ぶん殴ってきたからだ。
祭壇から立ち、後ろ足を蹴って接敵、渾身のボディブロー――文字に起こせばそれなりの数がある動作を、サバエは瞬きひとつの合間に繰り出した。腹の空気が全て押し出されるような悍ましい感覚が一瞬したかと思いきや、目の前の景色がひっくり返った。
「いつかあんたに……なんだって?」
めっちゃ吹っ飛んだ。周りを見たら景色がちょっと違うじゃないか。雰囲気こそ
「危なかった。こいつがなかったら、また意識が飛んでたかも」
危機を感じて、咄嗟に両腕から抜いた三尺弱のカリスティック。十字に交差させたおかげで、サバエの拳を受け止めることが出来た。衝撃の残滓で肺の奥から咽るような不快感があるけど、戦いに影響はない。さて、次はどうするか――。
殺気。半ば無意識に屈んだ頭上をサバエのフックが通り過ぎた。慌ててスウェーやバックステップを駆使するも、間髪容れず迫る拳足が俺に反撃の暇を与えてくれない。
砲撃のように繰り出された蹴りが、店内に立つ鋳鉄製の街灯を溶けた飴細工ようにぐにゃりと倒す。何度も放たれた突きが、納品用に停車されてあったトラックを小さな鉄くずへと変形せしめる。
反撃の糸口が掴めない。なんてスピードとパワーだ。デカブツならカマビスともやりあった記憶こそあれ、あいつもあそこまで素早くはなかった。こいつはやはりケタ違いだ。
「どうした、幻想月影! お得意の力はどうした! それでも、俺様達を追い詰めたヒーロー様かあ!?」
挑発と共に振り下ろされる打撃。タイミングを見計らい、カリスティックでいなす。反対側のカリスティックで胴を薙ぎ払う。次いで、いなした方のカリスティックで叩き、続けざまに連打を浴びせかけ――サバエの回し蹴りで中断。煩わしい羽虫の群れを蹴散らすが如く豪快に薙ぎ払われた蹴りで、連打中の俺の身体が吹っ飛んだ。
宙を舞う俺は、こちら目掛けて迫るサバエの拳を見た。
六尺棍に連結。棍の先でわずかに軌道を反らす。拳が俺の真横を掠める。反撃。サバエの巨体が揺らいだ。棍の反対側がサバエの側頭部に直撃したからだ。
着地。六尺棍で刺突の構え。先端に力を籠め、一歩踏み込んで――貫き!
サバエの腹部に直撃。巨躯が折れた。
すかさず地面を突き、棒高跳びよろしく跳躍。頂点で六尺棍の先端を掴みながら身を捻り――落下と同時に振り下ろす。遠心力、電脳の力、重力加速度を棍の先に乗せた一撃が頭部に直撃した。
何か硬いものを割ったような感覚。サバエの身体が動かない。ふと、後頭部を見ると、何か亀裂が入ってる。もしかして、鬣みたいに豪奢なモヒカンって単なる装飾で、サバエがかぶっていたのは仮面ではなく、奇怪なデザインのバイザーと装飾が施された兜だったの――
「!?」
刹那、俺は首根っこを掴まれた。様子を見ようと僅かに隙を見せたのがまずかった。万力のような片手で締め上げられ、俺の足の裏が地面から離れる。
「また、同じ展開だな。幻想月影」
あれだけの衝撃を頭部に食らっておいて、脳震盪も無し。万力のように締め上げる握力は凄まじく、電脳の力でこじ開けることすら出来ない。というか、指の食い込みが深すぎて、そもそも俺の指が引っかからない。
「また、同じ負けを繰り返すわけだ」
息が吸えない。呼吸のライフラインを強引に塞がれている。脳に酸素がいかない。サバエが拳を振り上げている気がするが、視界がかすんで良く見えない。
目の前が暗くなる。その時、俺の目の前に浮かんだのは――。
「そういえば、機械のくせになかなか良かったな、あの第六世代とやらは」
——第六世代!?
瞼の裏に浮かんだものと同じものを悪の親玉が口にしたおかげで、俺は現実に引き戻された。
「使いもんにならなくなる直前まで、あいつは俺達を存分に楽しませてくれたぜ。ちょいと脳みそ弄れば、殴られることも突かれることも嫌がらねえでなんでもやらせてくれた! 俺は基本的に生身とヤるのが好きなんだが、あれも悪くねえ」
あいつの言わんとしてることは分かった。サバエ、お前、本当にやりやがったのか。あの惨劇は、やはり全部お前らがやったのか!
「あれは、あそこにいる労働者の使うもんだったんかなあ? いや、天下の労働者様があんなダミーの肉壺程度で満足するわけねえよな? てことは、もしかすると――幻想月影の使ってたもんかもしれねえなあ!」
「——な!」
自分の中で何かが燃え上がる。大切なものを邪悪なやつに汚された事実への悲憤。目の前でそれを恥ずかしげもなく語る邪悪への憤怒。そして、今ここでその感情を湧き立ててでも動かねば、幻想月影になってまで守りたかった最後の何かが潰されるという――恐怖。
「あ? てめえ、何言ってんだ?」
——幾多もの感情が体内で燃え上がる。燃え上がる炎が炎を呼び、連鎖爆発を引き起こす。燃え滾る感情が血流となり、電脳の力と合わさって、サバエの腕を硬く握りしめる。
サバエが自分の腕を見た。サバエの腕が緩んだ。解放された喉から、爆ぜる感情をぶちまける。
「これ以上、彼女の話をするな!!」
サバエの腕を引っ掴み、身体を持ち上げて顔面目掛けてドロップキックを食らわせる。その反動を生かし、ジャンプ。宙返りして着地して距離を取る。
「——!?」
膝下を崩すローキックが死角から突っ込んできたから、サバエの巨体がさらに傾いた。しかも、このトラックに積まれていたのは、
「ぐおおおおおおおおおお!」
野太い悲鳴が響く。倒れたサバエに引火した燃料が容赦なくまとわりつき、悪の首魁を瞬く間に火達磨へと変えた。いくら屈強なサバエの肉体とて、炎には無傷ではいられまい。
「くそがああああああああ!」
サバエが叫ぶ。全身を炎に包まれながら悶えるように暴れまわる。立ち上がり、燃料で滑って転び、また立ち上がり、業火に焼かれながらもんどりうつ。燃料の入った缶を蹴り、身体に付着した燃料を振り払うもんだから、炎が辺りに散らばる。屋内でそんなことをするもんだから、周辺は火事になる。
当然ながら、そんなことになれば、この施設の安全機能が黙っちゃいない。フロア中のスプリンクラーが作動。施設を管理するAIはよほど深刻な火災と判断したのか、バケツをひっくり返したような量の水をフロア中にばら撒いた。
スプリンクラーの水が、周囲の炎を瞬く間に鎮めていく。店舗を焼き尽くす炎も、全壊したトラックから湧き上がる炎も、サバエを纏っていた炎も。
火炎に舐られた全身は赤黒く変色して、奇怪な模様の刺青も見えない部分もあった。けど、仁王立ちするサバエの巨体からは痛々しさの欠片も感じられない。むしろ、歴戦の狂戦士を彷彿とさせる威圧感すら感じられた。
仮面越しに俺を見てニヤリと笑むのを見た。自分を焼き殺そうとしたところで消火されて意味がない。愚かなことをしたのだと。仕返しに思いっきりぶん殴ってやろうと。
でも、俺はこうなると最初から分かってたし、最初からこうなることが目的であんたを火達磨にしたんだ。代わりにサバエに聞こう。なぜ俺は今、倒壊していない店舗の梁の上に座り、尚且つ全身を全く濡らしていないのか。
「——!!?」
殴り掛かろうとしたサバエの体勢が一変、その場で盛大に仰け反った。実は、俺の真下辺りに配電盤があって、
梁を蹴って跳躍する。バイザーの視覚情報が、サバエの生体状態をスキャンして演算する。火傷や感電により筋組織に異常の生じたそいつに、俺の大掛かりな技を止める術はない。
飛び蹴り。
梁から跳躍し、空中で回転――重力加速度に電脳の力、筋力、そして感情……ありったけのものを足先に込めて、サバエの巨体に叩き込む。
サバエの巨躯がくの字に折れる。なお、俺の飛び蹴りの威力は衰えぬ。飛ぶ勢いに乗っかったまま、サバエの巨体もろともエレメンタルプラザの店舗の壁を幾重も貫き砕いていく。
さて、エレメンタルプラザは店舗同士の競争もそれなりに激しいから、訪れるたびにどこかで新しい店が生まれて消えてるのを見かける。となると、その度に店の外装を変えるべく、それなりの設備も入ってくる。まして、今はLNMの襲撃によってプラザは酷く荒廃している。となれば、こういうオブジェクトも出てくる。
「があああああああああああああ!」
再び響く野太い叫び声。
最後に突っ込んだのは、未だ何の店になるのか分からない改装途中の店だった。改装途中といえば、どんな見た目をしているのか誰もが知ってるよね――俺がいた世界と同じで、周囲を高所作業の足場用として鉄骨が組まれ、内部も内装作業用に脚立や鉄骨の足場が組まれている。違う点と言えば、主な作業者はAI制御のマシンたちってくらい。そんなところに突っ込み、尚且つ運が悪かった場合、どうなるか。
飛び蹴りから着地した俺の目の前で、サバエは血を吹き出しながら絶叫していた。店舗に飛び込んだ時、折れていた足場用の鉄パイプが、サバエの腕や脚に刺さったからだ。
常人なら立てぬほどの苦痛。だけど、膝を付く気配すらないのは敵ながら恐るべしというべきか。しかし、わずかに見とれていたのもつかの間、咄嗟に首を傾けた俺の頬を鉄パイプが掠める。引っこ抜くと同時にサバエが投げた鉄パイプは、レンガで瀟洒な模様を描くプラザの床に深々と突き刺さった。
激昂したサバエがこちらに拳を振り下ろし、六尺棍に阻まれた。返す打撃はサバエに受け止められるも、二の腕からは血が噴き出し、唯一仮面から覗く口元が苦しそうに歪む。間髪容れず迫る打撃も、どれもが六尺棍で防げるほど、パワーもスピードも弱くなっている。
火傷、感電、打撲、刺傷……どれだけ己が憤怒、攻撃性、凶暴性で誤魔化そうとしても、全身に蓄積されたダメージに身体は耐えられるわけがない。
これでやっと、俺とサバエは対等になったわけだ。
サバエの打撃を回避しつつ、六尺棍で胴に打撃。続いて棍を振り下ろし、腕で阻まれる寸前に根を引っ込め――胴へ貫き。サバエの巨体が崩れ、後方へとたたらを踏む。
「もう終わりだ、サバエ。これ以上、戦う必要もないだろ? 降伏して、警察のご厄介になるんだ」
「は? 何、勝った気でいるんだ。てめえごときに、『真の自由』は邪魔させねえ。ぶっ殺してやる」
「なら、遠慮抜きであんたを全力で止めるまでだね」
周囲に意識を張り巡らす。ここはエレメンタルプラザ。使えるものには事欠かない。
「覚悟しろ、サバエ。この国の全てが俺の味方となり、お前の脅威となる」
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