そんなの言った覚えないんだがな
LNMの襲撃により、瞬く間に職場と住処とパートナーを失い、数日が過ぎた。俺は今、アドの家に住んでいる。
「ほんとに迷惑かけちゃってごめんね。ほんともう、どこからお礼を言ったらいいか……」
「なに、困った時はお互い様ってもんだろ? それにしても、ゲンロクどころか家までやられちまうとは、とんだ災難だったな」
そう言って、ため息交じりに吹き出された煙草の煙が、朝の風に流されて消えていく。
「気にかけてくれてありがとう。前も言ったけど、おかげで
「大変だな。ったく、俺の息子にまで手を出しやがるし、ほんとLNMはろくでもねえやつらだぜ」
今、俺達は朝食を終え、男二人で二階のベランダでだべってる。あの日、俺がアドに自分が異世界人であることを告白した場所だ。俺がここに居候してからというもの、すっかりベランダが大人の男二人の最後の砦と化してしまった。
俺がアドの家に住むことを提案したのは、アドだった。俺の家が焼けてしまったことを知るや、すぐさま空き部屋があるから俺ん家に住まないか? と誘ってくれたんだ。
俺は断らなかった。進んで快諾したというよりは、アドの懇意を無下にしたくないって気持ちの方が大きい。なんというか、ここまで俺のことを心配してくれたのに「別にいいよ」とかえって気を使う方が彼に悪い気がしたからだ。
全く、この国というのは、あっちの世界じゃありえなかったことを次々に恵んでくれる。いくら看板持ちが金に困らないとはいえ、家失った俺の為に部屋ひとつ提供してくれるなんてことあるのか? アドが太っ腹なだけか? それとも、『相助せよ。是もまた人類に残されし生産のひとつ也』というホワイトテンプルの教えが行き渡っているからだろうか? 少なくとも、俺の日頃の行いが理由とは思えんな。
ちなみに、俺の家が焼かれた理由については、ホワイトテンプルは伏せたようだ。十中八九、LNMの幹部に幻想月影の正体を掴まれたのが理由なんだろうけど、流石に公表するわけないよな。俺もする気ないし、そもそも憶測の域を出てないし。
「そういえば、達也が幻想月影に夢中になってたね。昨日、ジュリウスと幻想月影で話そうかと思ったら、まさか達也まで話題に入ってくるなんて思ってなかったよ」
俺が達也と幻想月影の話題を出すと、アドが歯をむき出しにして笑んだ。そりゃもう、『ニカッ!』て音が聞こえそうなくらい。
「そりゃもう、幻想月影に命を救われたんだからな。あの事件以来、真面目に勉強するようになったし、俺の言うことも聞くようになった。LNMに関係あるもんは、達也が自らチャンネルも全て消しちまった。なにもかも、幻想月影のおかげだ」
「へえ、そりゃ凄い。流石はホワイトテンプルの誇るヒーローだね。達也を救うばかりか、アドん家みんなも救っちゃった。俺なんか、出張先でその事件に遭ったけど、結局何も出来なかったよ」
「なあに、能男が無事で済んだのも幻想月影のおかげだろ? 幻想月影は能男も救ってくれた。それでいいじゃないか」
「え、あ、まあ、そうだね。その通りだね」
アドの言う通りだ。幻想月影は俺も救ってくれた。くどいようだけど、この事実は間違っちゃいない。
と、次の瞬間、女性の怒声が。
「いつまで上で喋ってんの! 子供達はもう準備出来てるわよ!」
「うおあっ! 済まねえ、オメアラ! 今すぐ降りるからちょっと待ってくれ!」
てなわけで、アドの愛妻より催促のメッセージが下階からぶちあがってきたので、俺達は足元に火が付いたかのように慌てて準備をした。大丈夫。財布とか最小限の貴重品データはSephirOSのデータベース内のアカウントに登録されてるし、そこへ繋ぐための携帯端末は常に持ち歩いてる。だから、このベランダを来た時のように整理さえすれば全て終わる。何も問題ないんだ。
★★★
俺は今、コルテス家と一緒にアドの自家用車に乗ってお出掛け中。社内をリビングのようにぐるっと囲うテーブルの中央にホログラムディスプレイが浮いており、みんなで適当にニュース番組でも観てる。
車内を座席がぐるっと囲っているため、もちろん、運転席はない。車を運転しているのは、自家用車に備え付けられたAIと補助としてアドのパートナー・ロボットであるジャンゴだ。機械仕掛けの鷲頭は部屋の隅っこに座っているようで、その目は目の前にいる俺ではなく車載カメラおよびセンサーに繋がっている。
アドの車は、かつて俺が使っていたマンションのシェアリングカーよりもずっと大きい。俺がいた世界でいう大型ワンボックスカーに相当する。やはり、コルテス家のような大家族だと、シェアリングカーよりも自家用車の方が何かと都合がいいみたい。
ニュースの内容は、幻想月影がLNMの拠点を潰した出来事だ。現実のヒーローがこの国の秩序を乱す悪の根城をぶっ飛ばしたんだ。人々が湧かないわけがない。こっちには根っからのファンが三人もいるんだ。ジュリウスに達也に、何より――俺!
だけど、事態はそれで全部終わりってわけじゃなかった。最後にひとつ、デカいのが残っていた。
『これで俺達を完全に黙らせたと思ってるなら、大間違いだ。お前達が潰したのは俺達の住処ではない。俺達を留めておく最後の軛だ。俺達はセフィアのどこにでもいる。俺達を押さえつけようとする者がいる限り、俺達から自由を奪おうとする者がいる限り、俺達の脅威となるホワイトテンプルがあり続ける限り、俺達はどこにでもいる。俺達は止まらない。真の自由を勝ち取るその日まで』
これは、SephirOSの動画投稿サイトにて、サバエが大々的に発したメッセージの抜粋だ。ワズラが逮捕されてから程なくの出来事だ。実は、この車内で観たのが初めてではなくて、初見は片付いたばかりのレオーネの研究室だった。
要するに、サバエがいる限り、幹部を捕まえようが、拠点を制圧しようが、QliphOSを取り戻そうが、LNMは不滅だってわけだ。
結局、連中にとってラナマの拠点も、不良グループがたむろする喫茶店程度のもんだったってわけだ。彼らはずっとそこに住んでるわけじゃない。何かあったら家に帰り、拠点が無くなったら新たな拠点に映す。みんながみんなバラバラで、全貌は誰も掴めない。それが、LNMの本当の強みなんだろう。
「幻想月影に拠点を潰されたってのに、ボスのこの余裕っぷり。LNMの人達からすれば、心強いんだろうねえ」
「でも、これをいいって思っていた俺が馬鹿みたいだったよ」
サバエのスピーチの感想を呟くと、『とんでもない!』とばかりに達也が答えた。
「そうだね。しかし、初めて会った時とは色々変わったんだね」
「うん。幻想月影に助けられたからね。それに約束したんだ。お父さんも、学校も、信じてみるって」
「へえ、大したもんだね! 変わってくれた達也も素晴らしいけど、そこまで変えてくれた幻想月影も本当に凄いもんだ!」
「そうだよ! 幻想月影は凄いんだ! 僕のことも助けてくれたし、お兄ちゃんもみんな助けてくれた! ヒーローなんだ!」
俺と達也が幻想月影で盛り上がるもんだから、当然、ジュリウスも混ざってきた。
「……だからさ、きっとLNMのボスもやっつけちゃえるんでしょ?」
俺はぎょっとした。まさか、このタイミングでサバエの話を振られるとは思わなかった。
俺がサバエを倒せる? 俺があいつにワンパンで吹っ飛ばされたの知らんのか? いくらレオーネやアレクの助力があったとはいえ、今でも勝てる気がするか分らん。正直、避けてるところだってあるんだぞ?
ふと、車窓の奥から気配。市街地のビルの屋上から覗いていたのは――まったく、ボロアパートの二階から窓越しにこっち見てたり、俺の幻想月影は事ある度に無言で俺を激励してくれる。
「……きっとやっつけてくれるさ。幻想月影は負けやしない。だって、俺達のヒーローなんだぞ?」
俺は答えた。幻想月影に背中を押されて口から搾り出た言葉は、俺が思った以上に力強く出た。
「そうだよね。幻想月影はLNMのボスなんかに負けないよね!」
「……でも、どうしてさっき窓の外を見たりしたの?」
「え、ああ、なんか、幻想月影がビルの上を走ってたのが見えた気がしてさ」
「え? 幻想月影がいたの!?」
二人が食い付くのは早かった。俺との会話はどこへやら、窓の外を食い入るように見てしまった。
「いや、その二人とも、ちらっと見えただけだから、もうどこに行ったか分からないって! だから、ちょっと砂のついた靴をみんなの方に向けてバタバタすんのはやめてくれー!」
★★★
やがて到着したのは、巨大な商業施設『エレメンタルプラザ・サンダーバニー』——名前からして察しの通り『エレメンタルグループ』が経営しているショッピングモールだ。俺がいた世界だとカタカナ三文字のあそこ。もっとも赤い英字ではなく、四色の四角い
あっちの世界だと、ちょっと買い物したり一人で映画見に行くくらいだったな。そりゃ、子供連れや複数でつるんでる若者とか見かけたもんだけど、俺には縁すら感じられんもんだった。
それがどうした。友達と一緒に、しかもその子供達とも一緒にこの施設を歩いていると来たもんだ。もはや、あっちの世界の出来事は無かったことにしたいくらいだ。俺にとって、こっちの世界こそが俺の住むべき本当の世界だったんだ。
さて、エレメンタルプラザってのは、どこの店も大体同じように区分けされている。主に食料品が売られている『
まず行ったのは、『
もっとも、最近はホワイトテンプルの施設を狙う例の悪党どものせいで、警備が尋常じゃなくなってるんだけどね。神聖な作りの中庭の至る所まで銃器光らせたドローンが飛んでるのを見たのは流石に驚いたわ。
『
『
ここで、女性陣はアドの嫁であるオメアラさん引率により『
で、パーティーグッズを探すために玩具店に立ち寄った俺達だけど、そんな俺達の目に飛び込んできたのは――フロアの一区画を占領せんばかりに棚に敷き詰められた幻想月影のグッズだった。
等身大の幻想月影フィギュアが直立し、棚にはフィギュアや彼の纏っているスカーフや三日月のマーク、頭部のバイザーのおもちゃ。棚の中腹にはアクリルケースがあり、中で幻月型や霊月型の幻想月影のフィギュアが様々なポーズを決めている。
既に先達の客がグッズを眺めていた。その輪の中に、早くもジュリウスや達也も混ざろうとしている。
正直、言葉が出なかった。
一角に専門のブースを作られ、しかもさらにその一部が消えている。何かが午前中に完売していたようだ。これが、幻想月影の――俺の歩んできた成果なんだ。
次の瞬間、誰かが俺の両肩を叩いた。左側を見ると、アドがいた。
「お前も好きなんだよな、幻想月影。部屋に飾るくらいなら好きにしていいぜ?」
「え? ありがとう。じゃあ、選ばせてもらうよ」
思わずそう答えた。じゃあ、反対側を叩いたのは――?
横一文字に閃くバイザーと俺は目が合った。
彼は俺と目が合ったことに気付くと、すぐさま棚に向かってジャンプし、こちらを向いてポーズを決めるマネキンと一体化して消えた。
なんだ、幻想月影の等身大フィギュア、そこにもあったんだ。
「おい、どうした能男? 俺の手前だからって遠慮しなくていいんだぞ? 子供たちと混ざったって、誰も笑いやしねえよ」
「……あ、いや、ごめん。ちょっと、ここまで幻想月影がフィーチャーされてるブースなんて見たことなかったから、ちょっと見惚れちまって……」
「はあ、そういうことか。なあ、能男、もしすぐに行かねえなら、ちょっと話を聞いてくれねえか? 子供がおもちゃに気を取られてる隙に聞きてえことがあるんだ」
「え? なに?」
アドの顔を見て、俺はどきっとした。真剣を通り越して剣呑さすら感じられる眼差しだったからだ。親身な間柄とはいえ、いきなりそんな目で見られてしまうと「俺、なんか悪いことしたかな?」と不安な気持ちになる。
ここじゃ喋りにくいから、と俺は幻想月影のブースから木工玩具のエリアへ移動する。この辺の玩具はマイナーすぎて、人がろくにいないんだよね。
「ミルトンステップでLNMがやりやがったあの時、帰ってきた達也とジュリウスが気になること言ってたんだ」
アドの切り出したセリフに俺は眉を顰める。
「気になること?」
「ああ、『パパが幻想月影に僕達を助けるように言ったんでしょ?』ってな。俺、幻想月影に助けてだなんて、そんなの言った覚えないんだがな」
「え……?」
「あの時、俺が助けを呼んだのは、近所に住んでる連中と――たまたまミルトンステップに出張で行ってた能男、お前だけなんだよ」
間。お互いの間に妙な空気が流れる。
「こっちで助けを呼んだ奴らは、みんな俺の近くにいた。近くにいなかったのは、能男だけだ。こいつは仮設にすぎねえんだが、もし子供達の言ってたことが本当なら、もし幻想月影の言ってたことが方便じゃなかったら、幻想月影の正体ってのは……」
『俺達の次の標的は、このエレメンタルプラザだ。まずは、この店にある胸糞悪い存在を破壊する!』
アドのセリフは、鼓膜をぶん殴るように突然響き渡った店内放送によって乱暴に中断された。
続いて、轟いたのは爆発音。
爆心地は隣の区画だったから、衝撃はすぐさまこちら側に届いた。
凄まじい衝撃だった。玩具店という室内にいたってのに、見えない力の塊に俺もアドも突き飛ばされてしまった。続いて轟音がしたので起き上がったら、近くの天井が崩落し、壁には大穴が開いていた。店の中にいたはずなのに、なぜか外の景色が見えた。
瞬きひとつの合間に情景はすっかり変わっていた。
楽しげな喧騒から一変、辺りに聞こえるのは悲鳴と怒声。そして――忌々しい身なりの武装集団が、鉄パイプやら物騒な凶器を片手に暴れまわっていた。店舗の窓ガラスを割り、ごみ箱をひっくり返し、あらゆる備品を破壊して回っている。備品の中には、止めに入るアンドロイドの姿も。
惨憺たる状況。我に返ったアドが叫んだ。
「そうだ! オメアラは!? 子供達は!?」
俺達は幻想月影のグッズがあったブースの方を見る。崩れ落ちた一枚の天井が行く手を塞ぎ、子供たちがいる場所へ行けない。壁に空いた穴から外に出て回り込む必要がある。瓦礫と暴徒で溢れ返った危険極まりない外を。
「外から迂回しよう。これ以上、室内にいるのは危険だ」
「ああ、そうだな」
俺の提案にアドが頷き、壁の穴から外に出る。大の大人二人が十分通り抜けられるほどの尋常じゃない穴を潜り抜けると――地獄が広がっていた。LNMの暴徒たちが暴れまわっている。飛び散っている赤い液体は、果たしてアンドロイドの皮下循環材か? あいつら、もはや相手がアンドロイドだろうがそうじゃなかろうかお構いなしになってないか!?
心のどこかで思っていた。俺達はアンドロイドじゃないからLNMには襲われないだろって。でも、向こうからLNMの拘りを捨てられちゃうんなら話は別だ。状況は、クリアストリームの襲撃の比ではない。
「まずいな……」
暴徒の連中はこっちに気付いていない。だけど、俺達に襲い掛かるのも時間の問題。懸念点は、すぐ隣にアドがいるって――それ本当に問題か?
「ねえ、子供たちはアドに任せていい? 俺が奴らをなんとかするか、アドは達也君たちを助けて」
「おい、なに言ってんだ、能男!?」
一歩踏み出しながら提案する俺に、驚くアド。そんな彼の方へ、俺は振り向く。
「アド、子供達には内緒にしてくれないか? 俺にはまだ、みんなに打ち明ける覚悟がないんだ」
変身。胸の三日月が光り、瞬く間に漆黒のボディスーツに包まれる。白、青、緑の三色のスカーフが風に靡き、一文字のバイザーが閃いた。
アドの驚愕した表情が、俺のバイザー越しに映っている。
「能男……やっぱり、そうだったのか……分かったぜ。お前の頼みなら誰も断らねえ」
アドがニッと笑みを見せ、店の入り口の方へ駆けていく。間もなく、暴徒の連中が俺達に気付いた。
「幻想月影ッ!」
「てめえを殺して、幹部に昇格してやる!」
「嬲り殺せえ!」
口々に罵声を上げてこちらへ疾駆する暴徒達。
三手――挨拶代わりの飛び膝蹴り。カウンターの突き。後方への敵に対する後ろ蹴り。それだけで、目の前にいた暴徒がすべて戦闘不能。
『いるんだろう!? 幻想月影!』
再び店内放送から聞こえたのは、あの忌々しき獣のような声。そっちこそ、来ているんだね。
『ゲームを始めよう。
早速、タチの悪そうなゲームを始めるつもりのようだ。しかも、俺達に居場所を教えるあたり、勝つ気満々のご様子。
よっしゃ、その喧嘩、受けて立とうじゃないか!
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