俺が戦う本当の理由は――
『死ね! 死ね! 死ねぇ!——』
斜面を上がっていると、罵声と共に無数のカートが転がってくる。大型の小売店にありがちな大きいカートなんだけど、積まれているのは籠いっぱいの食品ではなく、建柱車が用いるような鋭利なドリルと、双翼を成す巨大なチェーンソー。おまけに、下部でも芝刈り機に使われてそうな鋭利な円盤が高速回転しているという完全装備っぷり。
止める気はない。全てQliphOSの根が絡んでいるから、どうせ
さらに悪趣味な仕掛けは続く。長い廊下から無数の刃物が飛び出してきたり、バーナーが陳列された棚から炎が噴き出してきたり、天井から散弾銃が伸びてきたり――殺意に満ちた罠が俺の前に立ちはだかる。
「なんだよ、焦らしにしては殺す気満々じゃないか。早く会わせてくれるんじゃないのか!?」
降り注ぐ無数の鋸刃や斜めにカットされた鉄パイプを、頭上で回転させた六尺棍で弾き飛ばしながら俺は呟く。
『うるせえ! やっぱり、この俺様の正体を知っててここに来やがったのか! あの裏切り者が色々吐きやがったんだな! 許せねえ! てめえを殺して、そいつも見せしめにぶっ殺してやる!』
帰ってきたのは、吠える子犬のように怒鳴り散らすワズラの合成した音声。
「仲間にあんなことするような組織が『真の自由』とか目指すなんて、笑えるよね」
『ルールを破ったもんに制裁すんのは当然だろう? それはホワイトテンプルだって変わんねえだろうが。自分らだけ違うようなことぬかしてんじゃねえよ!』
のっぺらぼうのマネキンのようなアンドロイドの集団が俺の前に現れる。身をくねらせる不気味な挙動をする彼らの手には、鋭利なナイフが握られていた。
「一緒かなあ。君達みたいにサバエが作ったルールだけに支配されるのに比べたら、セフィアの法に支配されてた方が俺はずっとマシだと思うね」
タコのように読みにくい挙動からの、鞭のように腕をしならせた斬撃が襲い掛かる。回避する俺の装甲すれすれを奴らの刃先が何度も通り過ぎる。
『てめえ――! 俺様達がサバエの言いなりだと思ってんのか!?」
あるタイミングで六尺棍で一体の腕を絡めて拘束。相手側から見るとそいつが邪魔で俺に攻撃を当てられない位置に立ち、六尺棍をカリスティックに分離。首元の中枢に先端を押し当ててメイナルドの苗を打ち込む。解放させた後、すぐさま来た先鋒の斬撃をかわしざまに喉元に一撃。メイナルドの苗を植え付けた。
「よくあるよね。学校からのルールなんかに縛られないぜって息巻いて生まれた不良や暴走族のグループが、逆に上下関係が厳しすぎるってやつ。LNMも所詮、そんなもんさ。その程度の奴らが作る理想郷なんて、ろくなもんじゃないさ」
残る一体は、既に俺の手中に堕ちていたアンドロイドによって後ろ手に拘束されていた。六尺棍に連結させた突きをそいつの喉に当て、メイナルドの苗を植え付けた。
後は、俺の命令によってみんなその場に体育座り。平和な心を得た彼らに戦う意思はかけらもない。
なんかワズラはその後も何か喚いていた気がする。だけど、俺は聞いてなかった。正直、そんな暇なんてなかったし、何より――
鉄の扉を俺が蹴破ると、蝶番が外れてひしゃげた扉板が細い通路を反射して床の上に転がった。
——ゲームの主の部屋がすぐそこだった。
「なるほど、安全圏からゲームの様子を眺めてたい輩には最高の空間だね」
そんな感想が俺の口からこぼれてしまった。
これまた広めの空間なのだけど、薄暗い内部を照らしているのは天井の明かりではなく、壁一面に展開された数々の映像。映像。映像。俺が通ったエリアからセフィア中の町中まで、LNMの仕掛けたカメラの映すありとあらゆる映像が、プラネタリウムのような室内に所狭しと並べられていた。
部屋の中央に螺旋階段がぐるっと一周する程度の高さの台があり、ホログラムディスプレイが投影されたコンソールが柵のように囲っている。いかにも司令官が座ってそうな椅子が中央に置かれ、その手前に立っていた男が酷く狼狽した様子でこちらを見ていた。
マゼンタのLNMが躍る黒いシャツが膨らんだ腹に押し広げられた体型でもなお、かつて美少年たったであろう面影が顔に残ってる辺り、流石は労働者一族の端くれと言ったところ。短く刈り上げた金髪の剃り込みに髑髏の刺青が掘られ、金属の歯が口元から覗く今の様相からは、かつて彼が表舞台では上流階級の一人だったなんて想像すら出来ないけどね。
「やっと生で会えたね、ワズラ。いや、ここはちゃんと本名で呼んであげた方がいいかな? マモンズ・ダカオ」
「ふざけるな! 貴様が警察をボコり、躊躇いなくアンドロイドを壊しちまった様子は全国に晒したんだ。貴様のヒーロー生命も終わりだ! ここで俺様をボコったところで何の意味もねえんだぞ!」
初めて聞いたワズラの生声は、俺が思ってた以上に甲高かった。
「マモンズ・ダカオ、君は何も分かってない。悪役なら悪役らしく、もっと俺のことを調べた方がいい。何もかもが見当違いだ」
「なんだと? 幻想月影様はヒーローだろ? デストリューマーの悪事からアンドロイドやセフィアから救う、ホワイトテンプルが作った正義のヒーロー! それがお前だ。そんなお前が、今回何をした? たくさんのアンドロイドを殺し、お前に憧れてたチビッコ共を幻滅させた。お前自身の手でだ!」
喋ってるうちに、ワズラの口角がだんだん上がってくる。
「俺様は分かるんだぜ。お前は今、余裕ぶって立ってるんだろうが、内心は『やっちまった……』でいっぱいなんだ。明日から自分は幻想月影様としてやってられない現実に、崩れ落ちそうになっているのを必死で耐えてるだけなんだと。それとも、実はバカすぎて事の重大さが理解で出来てねえだけかもしれねえな」
「やっぱり見当違いだ。思い込みが激しすぎて、俺のこと全然分かってない」
金属の歯を剥き出しにして、ワズラは唸るように返す。
「見当違い見当違いばっか言いやがって。同じことばっか言ってるってことは、図星突かれて相当余裕ねえってことだろ。——お前らやっちまえ! 今なら、あいつを倒して、
フロア全体に雄叫び。実は、ワズラの足元には、LNMの暴徒達が集っていた。部屋の主と共に俺の醜態を嘲笑うのが目的で集まったのだろう、どおりであの時、ワズラの音声に混じって複数人の笑い声が聞こえたわけだ。
暴徒達が罵声を上げて迫る。ライブハウスよろしく詰め込まれていたから、当然ながら数は多い。
けど、いうて彼らは幹部ではない。この手の暴徒は、これまで何度も相手をしてきた。だから、結末は既に決まり切っていた。
数分後。
ところで、ここに積み上げられた人達を見てくれ。こいつをどう思う?
無論、彼らを追う気はない。重要なのはワズラ、君だけだ。
「くそ……! 俺をぶっ殺したところで、てめえの評価は変わらねえぞ!」
「殺すつもりもないし、名誉がどうたらとか関係ないさ。ただ、君を捕まえて警察に引き渡す。それだけさ」
俺が高台に近づこうとした瞬間、ワズラは後退りして腰にぶつかったコンソールを力強く叩いた。
「近付くんじゃねええええええっ!」
次の瞬間、ワズラの立つ高台がドーム状の何かに覆われる。続いて、下部から長い脚が生え、台座となる階段や支柱を蹴飛ばした。
ガシャーンと盛大な音を立てて着地したそいつは、複数の脚で床の上に立ち、カニのような複数のアームを伸ばしている。かつてワズラが座っていた場所は操縦席のようになっていて、二本の操縦桿を握りしめた小太りの男がこちらに向かってぎらついた眼をこちらへ向けている。
「俺様を捕まえて名誉の回復をしようったってそうはいかねえ。逆に捕まえて、お前の心をへし折ってやる」
機体の額と思しき箇所に『
だが、俺を捕えようとした瞬間、幻想月影が分裂した。蒼き外殻の幻想月影が、フロア全体に散ったのだ。
「小賢しいっ!」
金切り声で怒鳴るワズラが機体を回転させる。腕を広げ、上半身を固定させ、ガチャガチャのカプセルの蓋だけを回すように。まだ残る部下などお構いなしに周囲を薙ぎ払う。
直撃する幻想月影。けれども、それらは全て幻影。実体はアンドロイドの傀儡。本物は離れた位置にいた。
回転を止めたワーカーは、無数のアームで倒れていた部下を引っ掴む。抵抗の声とか悲鳴とかお構いなしに、こっちにむかって放り投げる。哀れな暴徒達は俺の身体の一切を捕えることすら叶わず、次から次へと壁に激突する。
「おらっ! 早く本体を見せやがれ! 弱い奴らを救うのがヒーロー様の役目だろ? か弱い俺様の部下がこれ以上傷つくのを見たいのか!? ああ!?」
「「あのねえ。どれが本体か吐く以外に、彼らを救う方法がもう一つあるんだけど」」
部屋中に散らばった霊月型が一斉に同じことを言うもんだから、コクピット内のワズラの顔が恐怖でこわばった。
ガタンと音がした。俺の一体が脚部の一つに近づき、関節部分に六尺棍を差し込んだのだ。それだけじゃない。瞬達で先端から酸を流してやった。どれだけ表面が耐薬品性能が高くとも、関節というデリケートな部分に突っ込まれてしまえば話は別だ。もろくなった関節は強度を失い、次に接近した幻想月影による六尺棍の貫きをもろに食らって砕かれた。機械の怪物が、大きくバランスを崩す。
己の脚を壊した不届き物を、ワーカーはアーム先端のドリルで刺し貫く。まとめて串刺しにされた二体は、どちらも実体であるアンドロイドの偽物で、紫電を纏いながらアームの上でぐったりする。
「くそっ! 本物はどれだっ!」
数多の凶器を携えたワーカーの腕が複数の幻想月影を狙う。アーム先端のドリルが空を貫き、アーム側面のチェーンソーが虚空を薙ぐ。アーム底面の火炎放射器が室内を舐め付け、アームから射出された丸鋸切りが火花を散らしながら床を跳ね回る。機体の両脇に備え付けられた機関銃からも、フルオートの業火が吐き出される。
ワーカーの攻撃、どれかは当たったかもしれない。けれど、多勢に無勢。どんな巨大蜘蛛とてアリの群れの襲撃の前では無事では済まい。
ワーカーの各部位から金属のひしゃげる音。火花が散り、室内狭しと動き回っていたワーカーの稼働も鈍くなる。やがて床の至る所に落ちる、ワーカーの腕、脚、外殻。
背後に回った幻想月影が砕いたのは、中枢を守護する分厚い外殻。何層も折り重なった金属の板が剥離した瞬間、火花を散らす精密な部分が露出した。まるで吸い込まれるかのように六尺棍の先端が中枢を貫いた時、ワーカーの巨躯は尻餅を付き、そのまま動かなくなった。
動力を失ったワズラがコクピット越しに見たのは、こちらに向かってドロップキックをかます幻想月影——巨大なボールよろしく蹴っ飛ばされたワーカーがフロアの壁に直撃する。その威力たるや、かつて建築物の解体に使われたクレーン車の鉄球そのもの。壁を突き破り、その奥にあったフロアを幾重も貫いた。
大穴の開いた部屋が何度も続き、一番奥で手足の無いワーカーが転がっている。
メイナルドの苗が植わっているおかげで、あのワーカーに関する情報は幻想月影のメモリ内にも伝達されている。動力機関は尽く破壊されているようだけど、代わりにエアバッグが機能したようだ。
「すごい機能を持ってるね、それ。あれだけ吹っ飛ばされたのに、中の人はほぼ無傷で済むんだから」
エアバッグに包まれたコクピットから、まるで胎内から生まれ出た赤子よろしく姿を現したワズラは、俺の呟きが耳に入るや否や、こちらを見る間もなく逃げ出した。もっとも、その前にそいつの足元に六尺棍の先端を当てがったから、その場に盛大に転んだんだけどね。
ワズラは腰が抜けたまま、後ろへ後退りしながら喚いている。
「……俺を捕まえたければ捕まえてみろよ。てめえは英雄でも何でもねえ。ホワイトテンプルなんて強いもんに媚びへつらって、ただホワイトテンプルの言うことだけ聞いてるだけの傀儡だ。強いもんに従えない弱者を捕まえて、自分は正義の味方なんだってイキッてるだけのガキなんだよお前は! 俺を捕まえるってことは、そういうことなんだぞ!」
「同じようなこと、サワガも言ってたなあ。最後に言いたいことはそれだけ?」
「他にあるぜ。てめえ、何のためにホワイトテンプルなんかに従ってんだ! あんなやつの傀儡で居続けることが、恥ずかしいと思わねえのか!」
「思わないね。少なくとも、あんたらの理想としてる世界に比べたら、ホワイトテンプルの支配する今の暮らしの方がずっといい」
「狂ってやがる! お前が正義の味方ごっこしてる理由はなんだ!? どうせ、大した理由じゃねえんだろ?」
「簡単に言えば、俺と国のため、かな」
「俺のため? はっ! それ見たことか! 語るに堕ちたな、幻想月影様よぉ! 結局てめえは、アンドロイドを助けるために戦ってるわけじゃねえ。俺のためってことは、要するに正義の味方ごっこして自分はイイことしてるんだってオナニーに浸りたいだけってことなんだろ? そういうことなんだろ!? 所詮、てめえはよぉ!」
「考えたことなかったね。実際は、ヒーローへの憧れとか、ヒーローになっている自分への自負とか、そんなにキラキラしたもんじゃない。もっとシンプルだ」
「は? もっとシンプルでキラキラしてないだと? 意味わかんねえ。適当なこと抜かしてはぐらかしてんじゃねえぞクソが!」
「分からないようなら、もういいよ。俺が戦う理由は、たったひとつだった。マモンズ・ダカオ。たったひとつの単純な答えだ。俺は――」
俺のセリフは、銃声によってかき消された。床に拳銃が隠されている場所まで後退して、俺に一発当てようとしたようだ。だけど、俺が気付く方が早かった。六尺棍で手首を跳ね上げられ、銃弾は明後日の方向へ飛んだ。拳銃が床へ転がり、ワズラは顔面に突きを食らって昏倒した。
「聞く人が気を失っちゃ、答えても意味ないよね」
★★★
出口の場所は、ワズラの指令室にメイナルドの苗を植え付けたら探し出せた。流石にQliphOSそのものをSephirOSへと塗り替えるなんて芸当は無理だったけど、この基地に張り巡らされたありとあらゆる罠を無効化する程度なら造作もない。
鉄くずかき集めてやっと門の
が、ひと悶着でも起こるのかと思いきや、警官は俺が担いでいるワズラの身柄を受け取ると、俺なんかよりもLNMのアジトの方へと一斉に入ってしまったのだ。理由は後で分かった。俺がトバンシティを抜けた間、彼らのフォローがあったのだ。
「……ったく、今度のはこれまた狡猾な奴だったな。あたしらよりは全然たいしたことなかったけど」
要するに、ワズラが市井にばら撒こうとした嘘情報は、全てレオーネらの尽力によって無効化されたってわけ。
ワズラが拘束されるのを見届けた俺は、すっかり罠の無くなったラナマの街を見下ろしていた。LNMから解放された人々が、歓喜の声と共に家々へ帰っていくのが見える。彼らの嬉しそうな姿を眺めながら、俺に助力してくれた裏方たちに感謝する。
「すごいよ、レオーネにアレクも。俺なんか、助けられてばかりだ」
「何言ってんだ。マモンズを捕まえたのは能男の功績だろ?」
俺は「まあ、そうなんだけどね」と答えた。これでも、この世界の自分を受け入れられるようになった方なんだよ?
「けど……」
俺は声を曇らせた。レオーネは「なんだ? また、いつもの異世界人的な自虐ジョークか?」なんて茶化すんだけど、そうじゃない。もっと、別の問題だ。
「なんでトバンシティで俺の部屋が爆破されたのか、その謎がまだ解けてない。それに、護送車に入れられる寸前、ワズラが言い残したんだ――」
あいつ、拘束具を嵌められて護送される前に、俺に言ったんだ。こっちへ来いって促した後に。
『俺様は、貴様のこと、分かってるんだぜ? どうしてここにサバエ様がいないか分かるか? ここなんてもう必要ねえんだよ。帰った先で、てめえらの研究室が無事だと思ってんじゃねえぞ?』
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